【番外編】イリルの休日〜昼下がりのカフェ〜2
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「どこに行きたい?」
用意しておいた馬車に向かいながら、イリルが聞いた。
「あのね、もしよかったらなんだけど、イリルといきたいとこがあるの」
「いいね。どこ?」
クリスティナは意外にも王都のカフェの名前をあげた。
「カフェでいいの?」
拍子抜けして聞いたら、
「あ、でも、どうしてもってわけじゃないから。外に出るのが無理なら、宮廷内を散策するのもいいわ。今は何が見頃かしら」
気を遣ってそんなことを言う。
そんなクリスティナが愛しくて、イリルは思わず日傘を持っていない方の手を握った。
「無理なんてことはない。どこでも行こう」
「え、あ、はい……」
ある程度遠出することは想定して準備していた。
王都のカフェならむしろ近くて助かる。
イリルは、クリスティナにわからないようこっそりと何人かの護衛に指示を出した。
目立たないように移動する彼らを引き連れて、イリルとクリスティナは馬車に乗り込む。
繋いだ手はそのままで。
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「確かに落ち着くね」
目的のカフェで、奥まった席に案内されたイリルは正面のクリスティナにそう言った。
「クリスティナおすすめだけはある」
「私のおすすめというより……」
そこまで言うとクリスティナは、紫色の目を細めて笑った。何かを思い出しているときの顔だ。
イリルは次の言葉を待つ。案の定、クリスティナは笑顔のまま続けた。
「私も人から教えてもらったの」
「誰に?」
「それはーー」
クリスティナがその名前を口にしようとした瞬間。
「クリスティナ様?」
思わず出た、という声がしてクリスティナはそちらを振り向いた。
「グレーテ様!」
クリスティナも驚いたように立ち上がる。イリルもそれに倣った。
グレーテがハッとしたように頭を下げた。
「ごめんなさい、急に声をかけたりして。私たち今このお店に来たところなんだけどクリスティナ様の姿が見えたからつい」
「そんな、気にしないで。ね、イリル?」
「ああ、もちろんだよ」
イリルは安心させるようにグレーテに微笑みかけた。クリスティナがふと首をかしげる。
「私たち? どなたかとご一緒なの? グレーテ様」
「ええ、そうなの……あら?」
グレーテがあたりをキョロキョロと見回したが、イリルの方が速かった。
柱の陰に向かって声をかける。
「偶然だな、シェイマス」
「お兄様!?」
イリルの友人であり、クリスティナの兄であるシェイマス・リアン・オフラハーティが諦めたように柱の陰から出てきた。
「……ほんと、偶然だな」
イリルは笑いを噛み殺すのに必死だった。
「忙しいんじゃなかったのか?」
シェイマスが片頬をわずかに動かした。
余計なことを言うなと思っているときの表情だ。
シェイマスもクリスティナも、高位貴族として感情を出さない術は心得ている。そんな小さな表情の変化はイリルだからこそわかるのだ。
それぞれと過ごした時間の長さと、イリル特有の観察眼の鋭さ。
それがこの兄妹の考えを読むのを易しくさせた。
「領地に公爵家にと慌ただしい日々を送っていると聞いたが」
本当のことを言うとシェイマスは悔しそうに答えた。
「お互い様だろ? 今や国防の要だと聞いているぞ」
「それは言いすぎだよ」
「謙遜か? 珍しい」
「そっちこそ」
と、そこへ。
「あの……シェイマス様」
グレーテがおずおずと口を挟んだ。
「積もるお話もあるでしょう。私はここで失礼しますね。イリル様、クリスティナ様、突然声をかけた無礼をお許しください。では……」
今にも帰りそうなグレーテをシェイマスが慌てて引き留めた。
「違う! 今さらこいつと話すことなんてない!」
「おい」
イリルは思わず文句を言おうとしたが、シェイマスがいつになく必死なので我慢した。グレーテがなだめるようにシェイマスに言う。
「そんな気を遣わないでください。お借りした本はまた次回お返ししますね」
グレーテの言葉はおそらく本心だ。
駆け引きではなく、本心から自分がいると邪魔になると思っている。
そう読み取ったイリルはさすがにシェイマスに同情して言った。
「クリスティナ、シェイマスとグレーテ嬢の邪魔をしては悪いね。僕たちが場所を変えよう」
だが、グレーテは笑顔できっぱりと言った。
「いいえ、私はここでお暇します。遠慮なさらないで、シェイマス様」
「えっと多分、そんなことないわ、グレーテ」
クリスティナがイリルに続いて助け船を出そうとした。しかしグレーテは首を振る。
「いいえ、今日はシェイマス様に、落ち着くカフェの場所を教えてほしいと頼まれていただけですの。きっとイリル様やクリスティナ様とゆっくりお話がしたかったのではないでしょうか」
「グレーテ、それは違う……」
シェイマスは弱々しく反論したが、いかんせん声が小さい。
「ゆっくりしてらしてください。シェイマス様、今日はありがとうございました」
拒否はしていないが、距離がある。
グレーテは、根本的に自分がシェイマスに選ばれないと思い込んでいる。
公爵家のシェイマスが、平民出身で母の再婚とともに男爵家に入った自分を相手にするわけないからだ。
こればかりは、グレーテを責めるわけにはいかない。グレーテはむしろ、この国の「常識」に従ってるだけだった。
「お兄様! なにをぼんやりなさってるの」
「そうだ、シェイマス、ちゃんと言った方が」
イリルとクリスティナは同時にシェイマスに発破をかけた。しかし。
「ええと」
ーーダメだ、最善手がどれかわからなくて思考停止しているときの顔だ。
シェイマスは固まっていた。
仕方なく、本当に仕方なく、イリルは言った。
「クリスティナ、せっかくだから四人でお茶を飲むのはどうだろう?」
「いいと思います!」
兄の恋路が心配なのだろう、クリスティナは一気に言った。
「イリル様、先ほど言いかけていたんですが、私にこのお店を教えてくれたのがグレーテ様なんです。グレーテ様は新しいお店に詳しいんですよ。他にもお話聞きましょう」
「それは楽しみだ」
「ええと……よろしいんですか?」
グレーテは戸惑ったようにシェイマスを見る。シェイマスは、目を見開いてグレーテに言った。
「そうしよう! みんなで楽しい時間を過ごそう! だからまだ帰らないでくれ!」
「は、はい」
こうして、昼下がりのデートは思いもよらぬ賑やかさで過ごすことになった。





