未来を共に①
王宮にある、リネットの私室にて。
「……ちょっと派手すぎないかしら?」
「いいえ、そのようなことはございません。リネット様は普段はあまり着飾れないので、今くらいはむしろうんと華やかにしましょう」
リネットのドレスのリボンを結びながら言うのは、ミラ。彼女は相変わらすリネットを着飾れるのが嬉しくてたまらないようで、ドレスや靴などを選ぶときから満面の笑みだった。
先代国王がぺいっと追放されて新国王が即位してから、半月。
普通ならば世代が交代した直後はなかなか世の中も落ち着かないものだが、ずっと前から王太子が政務を行っていたこともあってほとんど混乱もなく、シャルリエ王国の国民はもうすぐ来る冬の仕度をのんびりと行っていた。
今日リネットは、シャイルと一緒に国王親子に呼ばれていた。
重要な話があるということなので、ならば護衛魔法使いとしての正装を――と思ったのだが、「着飾ってきてくれ」とクリスフレアから謎の指示があった。
とはいえ国王と王女――王太子の御前に参るので、夜会用のドレスというわけにはいかない。
そこでミラは、尻を膨らませるという今時のデザインでありながら全体は暗めの青色で統一して、華やかさの中に淑やかさも見られるようなものを選んでくれた。
仕度を終えてミラを伴い国王の執務室――実は、王太子時代と同じ場所だ――に向かうと、そこでエルマーを連れたシャイルと合流できた。
シャイルもまた、騎士男性服の正装姿だった。これまで夜会に同伴した際に着ていた衣装よりは落ち着いた意匠のものだが、本人も落ち着かないのかそわそわと袖のあたりをいじっていた。
「お待たせしました、シャイル様」
「リネット。……ああ、そのドレスもとても素敵だ」
シャイルは顔を上げると、ドレスのスカートを摘まんでお辞儀をしたリネットを見てとろりと表情を緩めた。
彼は大股でリネットのもとまで来るとグローブを嵌めた右手を取り、そっと手の甲に口づけた。
「リネットは何色でも似合うな。さすがだ」
「い、いえ、私、明るい青色とかは全然似合わないので……」
「それくらい、どうということもない。……俺なんて、似合わない色の方が多すぎるくらいだからな」
確かに、彼の燃えるような赤い髪は華やかだし見事だが、喧嘩する色は多そうだ。
そんな会話をしていると執務室のドアがきいっと薄く開き、その隙間からげんなりとしたクリスフレアが顔を覗かせた。
「叔父上……人の執務室前でなにイチャイチャしているのですか」
「すみません、殿下。お待たせしました」
「どちらかというと待たされたことより、目の前でイチャつかれたことに対して物言いたい気分ですが……まあ、いいでしょう」
クリスフレアはため息をつくとドアを開け、二人を招き入れた。ミラとエルマーには、廊下で待ってもらうことになった。
室内の内装は、この部屋の主の立場が王太子だった頃とほとんど変わりはない。
壁には国王と王妃、そして王女クリスフレアの肖像が掛かっており、棚には資料などが乱雑に押し込まれている。シャイル曰く、国王はあまり片付けは得意ではないようだ。
シャイルの異母兄である国王は娘が案内してきたリネットたちを見て、頷いた。
「よく来てくれた、エルドシャイル、リネット嬢。多忙な中すまないな」
「いえ、陛下のお呼びとあらば」
リネットとシャイルが揃ってお辞儀をすると、国王はクリスフレアを隣に呼んだ。
「まずは……私が即位して半月経ったが、そなたらの尽力によりつつがなく国政を行えている。……いつも助かっている、エルドシャイル、リネット嬢」
「もったいないお言葉です」
「今後よりいっそう精進いたします、陛下」
「ああ、期待している」
国王は鷹揚に微笑んだ後に、本題に入った。
今日リネットたちが呼ばれた理由までは聞いていないが、予想はしていた。
「エルドシャイル。そなたには長い間、そなたの立場と能力に応じた官職を与えられずにいたこと、申し訳なく思う」
「お気になさらないでください。先代国王は……私をどこにも所属させない方針だったようですので」
シャイルは苦く笑って応じた。
シャイルは長い間、王太子付き護衛隊長の座を所望していた。王太子の異母弟であり騎士として優秀な彼が兄の護衛をすることは何らおかしなことではないし、騎士団でもたびたび話が上がっていたという。
だがシャイルにゆがんだ愛情を与えた国王は、次男が長男の護衛隊長となることを最後まで認めなかった。
昔から王太子に権力があったとはいえ、国王が断固として反対するもののごり押しをしてもいいことにはならない。
国王のことだから、あの手この手でシャイルを自分の手元に置こうとして――かえって、王太子やクリスフレアの迷惑になるかもしれなかった。
だが全権が国王にある今は、その決定に異を唱える者はいないし――約一ヶ月前に身を挺して王太子とクリスフレアを守ったシャイルが国王の側近を務めるのが理想だとさえ、言われていた。
「本日よりエルドシャイル・ティトルーズを国王付き護衛隊長に任命する。エルドシャイルよ、その職務をまっとうするべく尽力せよ」
「はっ。我が剣は、国王陛下のために」
拝命したシャイルが腰に提げていた剣を鞘ごと外して跪き、国王に差し出すように掲げた。騎士が主君に忠誠を誓う伝統的な仕草だ。
国王は頷いた後に、クリスフレアに視線を動かした。彼女はこくりと頷くと、シャイルの隣に立っていたリネットを見つめた。
「リネット。そなたは私が狙われた際、その身で私を守ってくれた。あの空間では魔法が使えず、そなたの得意な魔法鞭を使うこともできない。……だがそなたは父上の異変に混乱する私をなだめ、支え、そして守ってくれた。……何度感謝しても足りないくらいだ。ありがとう、リネット」
「もったいないお言葉です、殿下」
リネットが応えると、クリスフレアは微笑んだ。
「……リネット・アルベール。そなたを、王太子付き護衛魔法使いに任命する――いや、なってほしい」
「殿下……」
「私はこれからも、命を狙われ続けるだろう。……今回のようなことはあってはならぬことで、私もそなたに盾になれと言っているわけではない」
だが、とクリスフレアは自分の叔父をちらっと見て、すぐにリネットに視線を戻した。
「私はそなたに、これからもそばにいてほしい。……私が迷ったときには支え、暗君になりそうなときには叱咤し――この手で国民を傷つけることがあれば、そなたの得意な魔法鞭でひっぱたいてほしい」
「……横から失礼しますが。リネットの本気の魔法鞭を食らえば、殿下の首と胴体が離れてしまうかと」
「はは、分かっていますよ、叔父上。……私がそうならないために、リネットに見ていてほしいのだ。私がいずれ父上の跡を継ぐ際には――私がシャルリエを治める姿を、近くで見ていてほしい」
「殿下……」
「……というのはまあ建前で。私が個人的にそなたともっと話をしたいと思ったから、頼んでいる」
クリスフレアは、にっと笑った。
淑女らしい、とは言えない笑顔だが――彼女がこの笑顔でいられる間は、シャルリエ王国は平和でいられるだろう。
リネットは微笑み、シャイルと同じように跪いた。
「……ありがたく拝命いたします、殿下。私の力をお役立てください」
「ああ、こちらこそ感謝するぞ!」
クリスフレアは笑うと、二人を立たせた。
そして国王のデスクの前にある書類にシャイルとリネットがそれぞれサインをすることで、国王付き護衛隊長と王太子付き護衛魔法使いとしての立場が約束されることになった。
(前に国王陛下から提案はされていたけれど、まさか本当にクリスフレア様の専属になるなんて……)
これでシャイル付きの護衛ではなくなるのだが……全く惜しい気持ちはない。
護衛でなくなっても、シャイルのそばで……彼と対等な立場でいられるのだから。




