伯爵令嬢の戦い③
空中を跳んでいた魔法使いたちに魔法で呼びかけて、二人に下りてきてもらう。
「では、殿下……よろしいでしょうか」
「ああ、頼む」
作戦内容を伝えると、二人はシャイルを囲んで魔法を発動させた。剣を構えたシャイルの姿が淡く光り――そして、魔法使いたちと一緒に宙に跳び上がった。
(シャイル様、ご無事で……!)
魔法使いの手を借りて跳んだシャイルを見送り、リネットも自分の役目をするべく魔法鞭を出した。
この鞭では、あの巨大な鳥を倒すことはできない。しかもあの鳥魔物はやたら魔法に強くなっているようで、おそらく魔法使いたちで総攻撃しても撃破するのは難しいだろう。
ならば、魔力を纏わせた剣でシャイルが核を壊すしかない。そうするためには、シャイルが空中戦ができるようにする必要がある。
(私がするべきなのは、シャイル様のサポート……!)
しゅる、と鞭を伸ばすが、その動きはこれまでと違い控えめだ。
鳥魔物もリネットの魔法鞭に警戒しているようだから、真正面からぶつけても弾かれ、リネットの魔力が大きく削られるだけだ。
だが、今のリネットの役目は攻撃ではなくて、シャイルのサポート。
彼が一撃で核を潰せる環境を整えることだ。
魔法使いたちも、鳥よりも高い位置まで上昇して威嚇攻撃を行っている。自力では空を跳べないシャイルが少しでも核を狙いやすくするために、鳥の高度を落としているのだ。
リネットの鞭もそろそろと伸びて、鳥のほぼ真下の位置を捉える。上空を見やると、シャイルを支えて跳んでいる魔法使いたちの姿が見えて――きらっと、小さな合図の光が躍った。
(今だ!)
それまではもぞもぞと低空飛行していた魔法鞭を一気に地面と垂直に伸ばし――狙うのは、鳥の首。
下方から魔法鞭が迫っていることに気づけなかったのか、鳥魔物の翼に阻害されることなく魔法鞭が首に絡みつき、ぐいっと締め上げた。
喉を圧迫された鳥が潰れたような悲鳴を上げて暴れるが、自分の首を絞める光の鞭にはくちばしも翼も届かない。
ガクガク揺すぶられてリネットの魔力もごりごり削られるが、今は自分への防護魔法も必要ないし宙を跳んでもいないので、両足で踏ん張れた。
(シャイル様、頑張って……!)
暴れ馬の手綱を引く騎士のような気持ちで鞭を引っ張りながら、リネットはシャイルの姿を探す。そして――
シャイルを抱えた魔法使いたちが跳び、その姿が鳥の陰に隠れる。
だが、リネットには見えた。
赤い髪の騎士が剣を構えて鳥の背中に飛び移り――鋭い一閃が、鳥の心臓付近にある核を貫いたところを。
ギャアアアアア! と城下町を震わせるような絶叫を上げて鳥がもだえ――そして、魔法鞭で拘束していた体がジュワッとかき消えた。
「っ……シャイル様!」
すぐさまリネットは、跳んだ。魔法鞭も防護魔法も必要なく、全力で空を蹴ってシャイルのもとへ飛ぶ。
鳥魔物が消えたことで、その背中に乗っていたシャイルが宙に投げ出される。当然、魔法使いが放った光の膜がシャイルの体を支えているので大丈夫そうだが、リネットは真っ直ぐシャイルのもとへ向かった。
「シャイル様!」
両腕を伸ばすと、シャイルもまたこちらを見て手を伸ばしてくれた。
リネットがその体に抱きつくと、気を利かせたのか何なのか魔法使いがするりと光の膜を消し、シャイルの体はリネットの差し伸べた腕で抱き留められた。
「よかった、ご無事で……!」
「リネット、おまえの力があってこそだ。……ありがとう」
シャイルは微笑み――そして、今になってこの状況に気づいたようで目を瞬かせた。
「……もしかして俺、おまえに抱えられて飛んでいるのか?」
「はい! ご安心ください、シャイル様には傷一つ付けずに王太子殿下のもとにお送りします!」
「……重くないのか?」
「魔法を使っているので平気です!」
シャイルはリネットよりずっと大柄で体重もあり、さらに鎧を着ているし重そうな剣も持っている。普通ならこうして抱きかかえることもなんてできないだろうが、リネットの魔力をもってすれば平気だ。
そう説明したのだが、シャイルはしばし悩ましげな顔をしていた。
「……まあ、たまにはこういうのもいいかな。リネットにされるのだから」
そう言って、シャイルは苦笑した。
赤い前髪は風で乱れており、魔物を消し去った反動なのか顔に黒っぽい汚れが付いている。
……だが、リネットの愛する主君はどこまでも、格好よかった。
突如城下町に飛来してきた鳥型魔物は、護衛魔法使いや王子シャイルの働きにより消滅し、王太子とクリスフレアはもちろん、国民や城下町にも大きな被害がなく混乱を収めることができた。
……が、一つ厄介なことがあった。
「……えっ? エルマーが?」
「ああ。……あいつに行かせて正解だったな」
シャイルの執務室での、報告会。
シャイルが差し出した報告書には、「王家への侮辱発言者捕縛について」という項目があった。
「リネットも聞こえたかもしれないが、魔物が城下町に現れた際に、王家が呪われているとかなんとかって叫んだやつがいたな」
「え、ええ。でもまさか、エルマーがその人を捕まえていたとは……」
確かに、無礼で厄介なことを叫んでいる者がいるとは思っていた。
だがシャイルはすぐにエルマーを向かわせ、その男を捕まえた。そうして尋問した結果、「金を渡され、魔物が街に現れたらこのように発言しろと脅された」と告白したという。
「そいつに命じたのがどこの誰かまでは、分からないが。……おそらくだが、あの魔物を生成して城下町の防護魔法に穴を空けて襲来させた者の目的は、王太子殿下やクリスフレア殿下を魔物により亡き者にすることではなかったのだろう」
「……金を渡して嘘の情報を流させ、王家への信頼を失墜させる……?」
そこでリネットははっとして、テーブルに身を乗り出した。
「あのっ! 私、魔法鞭で魔物を倒したときにも思っていまして。……その、量は多いけれどやけに弱いような気がすると」
「……ああ、それなら他の護衛魔法使いたちも数名言っていたな。はっきり弱いとは口にしなかったが、単体のときは防護魔法を蹴破ってでも城下町に送り出したいほど強い魔物とは思えなかった、とな」
シャイルは顎に手をやり、「そういうことか」と呟く。
「鳥魔物は、言うなら舞台設定のための道具に過ぎない。魔物が飛来してきて城下町が混乱する中、『王家が呪われている』と発言することで民はますます不安を煽られる。……人の心は繊細なものだから、噂を信じてしまう者もいたかもしれない」
「でもそう考えると、殿下が魔物を倒したのは大正解だったってことですよね」
そう言うのは、エルマー。
この場にいる者たちの視線を受けた彼はシャイルを見て、にっと笑った。
「一瞬だけ王家の呪いだとか言われていたけれど、そんな馬鹿らしい噂が広まることなく殿下がばっさりと諸悪の根源を倒してしまったんですからね!」
「それはそうだが、おまえが確実に対象を捕縛してくれたからでもあるからな」
「いえいえ、それもあの場ですぐに僕を向かわせた殿下のご判断ゆえでしょう? ……いやぁ、でも僕も見たかったですねぇ。殿下がリネット様にお姫様抱っこされて凱旋する姿」
「……おまえ」
シャイルがじろっと横目で睨むが、エルマーは涼しい顔をしている。
――鳥魔物を倒したシャイルを抱えたまま、リネットは宙を跳んで王太子のもとに戻った。
それを見た王太子は何も言わなかったが、その隣にいたクリスフレアはリネットたちをじっくり十秒は見つめた後、呟いたのだ。
「逆ではないか?」と。
(……あれがお姫様抱っこだって、後で気づいたのよね……)
当時のリネットは必死だったのでクリスフレアに指摘されてやっと、あろうことか麗しの王子をお姫様抱っこしていることに気づいたのだった。
当然リネットは平謝りしたが、シャイルの方はからっと笑っていた。「こういう経験も悪くなかった」と言って。
だが、静かに反省に浸るリネットや睨んでくるシャイルに構わず、エルマーは笑顔のまま肩をすくめた。
「いえいえ、ですからこれが大正解だったのですよ。リネット様が特に理由もなく殿下に愛されているのではなくて、タッグを組んで戦い――しかも殿下を抱えて戻ってくる姿を見せられたら、民だってお二人の仲を認めるしかないですよ」
「……まあ確かに、リネットではない普通の令嬢だったら、ああはならないな」
シャイルも思うところはあるようで、複雑そうな顔をしつつも頷いた。
「そうそう! そういうことで今回の魔物襲来事件はハプニングではありましたが、お二人の動きにより大きな被害を防げましたし、魔物を生成したやつの狙いも分かったんですから、結果としては十分すぎるくらいでしょう」
「……でも、魔物を生成した本人は分からなかったな」
シャイルの呟きに、リネットはドキッとした。
一度目の戦争時には、デュポール侯爵が大量の魔物を生成させていた。侯爵本人の魔力は低かったと思うので、おそらく抱えている魔法使いに――大量の動物を犠牲にして、魔物を作らせたのだろう。
(今回も同じ鳥魔物だけど……侯爵の犯行だと決めつけることはできないわ)
シャイルが言うように生成した犯人が不明だというのなら、いきなりここでリネットが「デュポール侯爵が怪しいと思います」と言うのは危険だ。それこそ、証拠も何もないのだから。
(でも、今回の目的が王家の信頼失墜だったとしたら、ある程度目星は付けられそうね……)




