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麗しの王子と護衛魔法使い③

 思いがけずリネットは、シャイル付きの護衛魔法使いになった。

 リネットの侍女であるミラも必然的にそばにいるし、シャイルは大抵護衛のエルマーを連れている。


(まさか今回も、この四人で行動することになるとは……)


 それも、前回とは全く違った形で。


「あまり嬉しくなさそうですね、リネット様」


 仕事を終えて部屋で伸びていると、ミラの声が掛かったためドキッとした。


 ソファに転がるリネットの横を、洗濯係が届けてくれた清潔なタオルを抱えたミラが通った際、リネットに話しかけてきた。


「リネット様は、エルドシャイル殿下付きになりたかったのでしょう? 願ったり叶ったりではございませんか」

「それは……ええ、そうだけれど」


 ミラは、リネットがシャイルに片思いしていると考えている。それ自体は――決して嘘ではないのだが、今回はシャイルに恋心を押しつけてはならないと自分に言い聞かせていた。


 ミラは「お恥ずかしいのですね」と解釈してくれたので、彼女の方からシャイルにあれこれ言うことはないだろう。代わりに、こうして二人きりのときにあれこれ突いてくるのが困ったものだった。


「私は……本当に、近くでお姿を見られるだけでよかったの。だから、こう、あんなふうに迫ってこられると、困るというか……」

「私は、とてもよいことだと思いますけれどね。王太子殿下直々のご推薦ですし、殿下もリネット様とエルドシャイル殿下の仲については察してらっしゃるのでしょう。となれば、このような配置を提案なさるのも当然のことです」


 ミラの言うとおりだし、リネットも王太子を困らせるつもりは毛頭ない。だから、シャイルとは護衛と護衛対象の関係を保ちつつ、やっていければいいと考えることにしていた。


「そ、それよりも、ミラの方よ。今日もまた、エルマーから手紙が届いたのでしょう?」

「……ええ」


 無理矢理話題を逸らすと、ミラは砂糖と塩を間違ってなめたかのような顔になった。


 どうもエルマーは既にミラを意識しているようで、あれこれ理由を付けて彼女に声を掛けたり手紙を送ったりしている。

 最初は突っぱねていたミラだが、シャイルから「あいつは変わり者だが、案外誠実でいいやつだ。だが、嫌なら断ればいい」と言われると逆に断りづらくなったようで、今は渋々手紙や贈り物を受け取っていた。


(一度目では……私とシャイル様が会うきっかけを作るために、二人の方から提案して恋人のふりをしてもらっていたのよね)


 最初の頃はリネットもシャイルももだもだしていてなかなか進まず、侍女と護衛の方が一肌脱いでくれた。

 そうして王太子急死事件の頃にはリネットとシャイル以上に関係が進んでおり、その約二年後にはミラのお腹が大きくなるに至ったのだった。


(ミラ、私たちより先に妊娠したことを気にしていたわよね……)


 そもそもリネットとシャイルの夫婦は戦時中は子作りをするつもりがなかったので、ミラが気にする必要は全くなかった。

 それに……リネット付きの侍医をミラのもとに行かせるというのも、リネットとしても都合がよかった。


 二年掛けてゆっくり関係を築いていた一度目はミラもエルマーに対して素直になっていたが、今回はエルマーの押しが早いし強すぎる。ミラが困惑するのも仕方のない話だ。


(もし今回の二人も相思相愛なら、結婚してほしいと思っていたけれど……そうじゃないのなら迷惑なだけよね……)


「ええと。もし本当に困っているのなら、私の方からも一言言うけれど?」

「いえ、お気になさらず。……どうせ火遊びのおつもりなのでしょうから、適当にあしらっていればいつか冷めてくれます」


 そう言うミラは、本当にエルマーのことをなんとも思っていないようだ。


(……一度目と違って私は護衛魔法使いになったし、シャイル様もちょっと雰囲気が変わった。それなら……ミラが違う人と一緒になる未来も、十分あり得るのかしら……?)


 かつての二人を知る身からすると複雑なところはあるが、リネットとしてはミラにも幸せになってもらいたい。

 相手がエルマーでなくても、それが今のミラの幸福なら止める権利はないはずだ。


 やれやれ、といった雰囲気でミラはタオルを片付けていたが、ドアがノックされる音が響いた。


「どちら様ですか?」

「あ、僕です。エルマーです」

「……居留守を使いたいわ」

「使ってもいいわよ……?」

「いえ、出ます」


 すぐにミラがドアを開けたので、リネットもソファから体を起こした。

 エルマーは思ったよりもあっさり帰っていったようで、戻ってきたミラは少し嬉しそうな顔をしている。


「エルドシャイル殿下からリネット様に、贈り物ですよ」


 どうやら嬉しそうなのはエルマーがさっさと帰ったからではなくて、リネット宛のプレゼントを預かっていたからのようだ。


 ミラが大切そうに両手に持っているのは、一輪のミニバラだった。淡いピンク色の花弁を持つバラは棘が処理されており、簡素な布と革紐でまとめられている。


 絢爛豪華とはとても言えないし、むしろ包装はやや無骨だとさえ思われる。

 だが。


(シャイル様からの、贈り物……)


 ミラが差し出したそれを受け取り、胸元に寄せる。よく見ると、処理された棘の切り口は少し雑な感じがする。手慣れた庭師ではなくて素人が処理したのだろう。


 ミラも、「よかったですね」と優しく言ったため、リネットは黙って頷いた。


 シャイルからの愛情を受け取ることはできない、と自分に言い聞かせてはいるけれど。

 彼の優しさあふれる贈り物が――とても、嬉しかった。









 シャイル付きの護衛魔法使いになったリネットだが、四六時中シャイルにくっついているべきというわけではない。

 というのも、リネットの他にも王家付き護衛魔法使いはいるので、基本的には彼らに頼めばいいのだ。


 リネットが担当するのは主に、シャイルが自室と騎士団以外の場所を移動するとき。王都の屋敷で催される音楽鑑賞会などにシャイルが出向く際は、リネットが呼ばれることが多かった。


 どうやら個人付きのリネットと違い、他の護衛魔法使いたちはそれぞれが担当するエリアなどが決まっているらしく、それ以外の場所に護衛対象が出向く場合は基本的に、個人付きに任せることになっているそうだ。


 そういうわけで、リネットがシャイルのそばにいるのは外出時が主になるがそれに伴い、彼が招かれているパーティーなどを厳選する際にも同席することになっていた。


「……ということで、ここにあるのが今殿下のもとに届いた招待状の数々です」


 そう言ってエルマーが示したのは、銀盆の上にこんもりと盛られた手紙の山。ざっと見ただけでも、三十通はあるだろう。


「いやー、うちの殿下、人気者なんですよ。貴族たちとしてはもちろん王太子殿下やクリスフレア殿下をお呼びしたいのでしょうが、彼らは多忙。となると、いい感じに宙ぶらりんな殿下で妥協しようかな、と思うそうなんです」

「……俺としてはいい迷惑だがな」


 エルマーはなぜか自慢げだが、リネットの正面に座るシャイルは憂鬱そのものの顔をしている。


「とはいえ、全部断ると後が面倒くさい。だから、俺の護衛魔法使いであるリネットの都合も聞きながら、まだましなものだけに参加することにした」

「その……大変ですね」

「本当にな。だが、これで王太子殿下やクリスフレア殿下の盾になれるのならばそれこそが、俺の役目だからな」


 そう言いながらがさっと手紙の山に手を突っ込むシャイルだが、ハシバミの目は死んでいる。


 彼は少年期をアルベール伯爵領で過ごしたが、その頃から大勢の人が集まる場所はあまり好んでいなかった。大抵は挨拶をするとすぐ引っ込んでしまうので、彼の誕生日パーティーなどもリネットの家族だけで密かに行うようになっていた。


「……殿下はご幼少の頃から、内輪だけのパーティーの方がお好きでしたよね」

「そうなんだ。……離宮で母上と一緒に暮らしていた頃の影響も、あるかもしれない。人の多い場所は華やかだが、蓋を開けば醜聞ネタを嬉々として語ったり、他人をおとしめるような話題を探したり、にこやかに挨拶した相手のことを別の相手に愚痴ったりと、ろくなことがないと思っていた」


 特に意味もなく手紙を積み重ねながら、シャイルは言った。


「もちろん、アルベール伯爵たちが開催するパーティーではそんな人はいないと信じていた。だが……それでも、着飾った大人はずっと苦手だった。最近はましになったけれどな。だからアルベール伯爵夫妻やリネットたちが小規模ながら心温まる誕生日会などを開いてくれて、本当に嬉しかったんだ」

「殿下……」

「……まあ、今でも王太子殿下たちは気を遣ってくださるし、この年になるとエルマーに連れられて騎士団で飲み食い騒ぎをする方が性に合っていると分かってきたがな」

「そうなのですね……」


 けだるげだが調子よく自分のことを語るシャイルを、リネットは懐かしい気持ちで見ていた。


(一度目の人生でも、こういうことを話したっけ……)


 わずかな時間の逢瀬で、リネットたちはいろいろなことを話した。その中でも同じように彼は、伯爵家が開く小さなホームパーティーが好きだったと言っていたものだ。


「……だから今回も参加するなら、小規模なものがいい。あと……その、俺は芸術を解する心がないから、できれば音楽や詩歌などは外してほしい」

「了解しました」


 シャイルの希望を聞きながら手紙を厳選して、最終的に手元には五通が残った。


「せめて三つに絞りたい」

「では、これはいかがですか? 深夜の仮装パーティーなら、殿下も楽しく過ごせるかと」

「深夜にリネットを連れ回せるわけがない。却下」

「ではこちらの、お花鑑賞会は?」

「この貴族が主催するパーティーにはいつも、女癖の悪い男が参加する。そんなやつのいる場所にリネットを連れていけるわけがない。却下」

「……では残りの三つにしましょうね」


 リネット基準で参加するパーティーを決めるのもどうかと思うが、ひとまず三つに絞れたのでよいことにした。


「……ああ、そうだ。クリスフレア殿下が、近いうちにおまえに挨拶したいとおっしゃっていた」


 エルマーが返事を代筆している間、また手紙を積む遊びをしていたシャイルが思い出したように言ったため、リネットは頷いた。


「それは光栄なことですが……わざわざ殿下にお越しいただくのもご足労ですし、私からお伺いしますが」

「いや、殿下の方から訪問するとおっしゃっていたんだ。……あの方は妙なところで頑固だからな。おまえが頼み込んでもきっと、首を縦には振ってくださらないだろう」


 確かに、一度目で関わっていたときに分かったが、クリスフレアはなかなか個性的な女性だった。


 だがおおらかで懐の広いところは父親の王太子似で、彼女のファンも数多く存在した。ただ、本人はかなり理想が高くて「私の婿にふさわしい男がなかなか現れない」ということだったので、二十三歳の現在でも独身で婚約者も持っていない。


(一度目は王太子殿下の暗殺でますます結婚を遠慮なさっていたから、今回はクリスフレア様にとってよいタイミングで婚約者捜しをしていただければいいわね)

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