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魔力ゼロの転生姫君~もう『残念』とは言わせない!~  作者: 玉響なつめ
本編

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88.

「白き月の麗しの王女殿下、こうして御身の前にこの不肖なる身を晒しますこと、お許し願います」


「……?」


 彼は自分のことを隠すでもなくフードを取って、ディミトリエ皇子の離反者として私に対して他の人間と同じような……利用価値ある人間程度の『人形』を見るようなまなざしを向けることはなかった。

 寧ろ私の臣下であるかのように恭しく膝を折り、許しを請うように頭を下げた。

 そして自身の掌に先程まで彼が纏っていたローブを被せ、その上に私の足を乗せる。

 私の足の甲に額を触れるか触れないか、そのくらいに持って敬意を示すそれを、私は、知っている。


 知っているからこそ、驚いて思わず息を呑んだ。


(……マギーアでの、最上の礼……)


 なぜ私に。

 どうしてこの人が、こんなことを?


「お許しいただけるのであれば、どうかこの愚かな男の話を聞き、その慈愛と英知をもって我が国をお救いいただけませんか。白き月の化身たる貴女様ならば……」


「ま、待って。私は確かにターミナルの王女だけれど月の化身だのなんだのって」


「だが貴女様は打ち勝った」


「……!」


 顔を上げたハリルの顔は、決意と焦りに満ちていた。

 私は彼の態度も、言葉も理解できなくて動揺しっぱなしだ。かろうじてそれを態度には出していない……と思う。

 もしかしたら声が上擦ったかもしれないけれど、彼は私をまるで崇拝するかのように見つめてくるから居心地が悪くてたまらない。


「この愚か者が貴女様のことを知ったのは、先のターミナルで起こった反乱の騒ぎにございました。それまで貴女様は、雲に隠れた月の如くそのお姿も英知もお見せにならなかった」


「……」


 ハリルの言葉に、私は押し黙るしかできない。

 それは、それまで私が魔力なしの『残念姫君』として、いかにレイジェスを救うのか前世の記憶を頼りに独りで計画を練っていたからに過ぎない。

 ハリルから過大評価の気配を感じても、それを告げることはできないし……告げても今の彼はそれをきちんと受け止めることもなく、謙遜をしていると言い出しかねない。


(あの反乱の主導者はマギーアの手の者。そう『物語』には書かれていたけれど、それが誰なのかは記されていなかった)


 或いは記されていたかもしれないけれど、覚えていないだけなのかもしれない。

 ターミナルを陥れ、その混乱に乗じ『増幅の魔石』を奪い去り王位継承権争いで一も二も抜け出そうとした誰か(・・)がいたのだということは事実だ。


 だが、それは誰なのか。


「貴女様が中心にいた。そして守り抜いて見せた。勿論、あの作戦は穴が大きすぎる……成功する確率は低かった。けれど」


(成功する確率は低かった?)


 いいえ、あの日まで物語通りに過ぎていった日々。

 もしあの時私が行動を起こさなくても、すべてが無事だったかもしれない。


 だけれど、物語の通りにすべてが失われていたかもしれない。

 そのことに今でもぞっとする。

 だから、私が行動を起こしたことは間違いではないのだと信じている。今でも。


「私はディミトリエ皇子に忠誠を誓う者。だけれど、我が一族は別の御方を頂くと決めてしまった……次代を担う兄は、一族の意向を誰よりも守るでしょう」


 苦々し気に、ハリルが言う。

 けれど、少し強めに言葉を続けた。


「そして私も兄に従うのです、……一族の者として」


 決意を語るというよりも、それはまるで誰かに聞かせるかのようだ。

 そう感じ取れれば感じ取れるほど、私の方の声は小さくなってしまう。


「それは、どなたなのですか」


「兄は、つい先ほど貴女様にお目にかかっております。……我らが一族が頂く方は、ディミトリエ皇子以外にございます」


 どの皇子かは決して明かさない徹底ぶりには頭が下がる思いだけれど、ハリルはディミトリエ皇子に忠誠を誓うと言った。

 と、いうことであれば当然彼の立場は板挟みというわけで、その中で兄……先程私に食事を持ってきた人だろうか、その人物のことをとても案じていることは態度で伝わった。


「マギーアにて白き月は、破壊と創造を司るのでございます」


「……知っています」


「白き月の化身よ、知恵の姫君よ。どうかすべてをお話できぬ不肖の身をお許しください。ですがどうか、今を切り抜け我が主(・・・)に救い出され、母国マギーアをお救いください」


「何を……」


「失礼いたします」


 一方的だ。

 一方的すぎてそして情報の少ないこと!


 それは外にいる人間に聞かれて困ることであろうし、そして私を試しているのだろうか?

 長くここに留まっては確かに無用の勘繰りを受けるし、これ以上警戒を強められては私としても嬉しくない。


 だけど、あまりにも情報が足りなすぎるのではない……!?


 さっと食事のトレイを手に出て行くハリルを呼び止めるわけにもいかず、だけれど期待の籠った眼差しを去り際に向けられて私は困惑せずにはいられない。

 

「……」


 はあ、とため息を吐き出す。

 今日は流石にもう誰も来ないだろう。


(どうして欲しいのよ……)


 ディミトリエ皇子に忠誠を誓っている。

 けれど一族を、特にお兄さんを裏切ることができないというハリム。


 母国を救う?

 母国を救ってほしいというのは、この皇位継承権争いを終わらせて平和な国に戻すことを指しているんだということはわかる。


 じゃあ、誰に?

 私を(・・)救い出す人に。


 ……話の流れで言えば、連れ去るよう命じた皇子を指す言葉じゃない。

 とすればやはりディミトリエ皇子で良いのだろうけれど。


 与えられた情報は、まるで要領を得ない欠けたピースばかりのジグソーパズルのようだと思うと途方に暮れる。

 けれどここでこの思考を放り出したら、何にもたどり着けないままに連れていかれてしまう未来しかないのだろう。だからこそ、彼は私に無茶を承知で話をしたのだろうから。


(考えなくちゃ)


 白い月は破壊と創造。

 ということは、私に求められているのは改変。

 それは一体何を指す?


 そこから導くなら、ああ、ああ、なんていうことだろう。


 私は自分がたどり着いた答えが正解でないことを望んだ。


 だって、それは。

 ハリルは、自らの命を使って私という囮を用意して、ディミトリエ皇子に覚悟を促しているのだ……なんて結論に達したからだ。


(ディミトリエ皇子は後ろ盾のない継承権争いで後れを取っている皇子。それを押し上げるには他の皇子が失脚するか失墜するかしかない)


 それを狙うために動くには、後ろ盾がいない……つまり手駒の劣るディミトリエ皇子には不利だ。いくら少数精鋭で固めようと、相手は大国の皇子である以上安易な行動は命取りにしかならない。

 だからこそ彼はターミナルにやってきたのだから。


 そこで、後ろ盾を得るまではいかなくても、彼にとって武器となる何かを手に入れるために。

 だけれど、ハリルは考えが違う。

 その武器を手に入れるのを待っている時間が惜しい。私という手駒から、後ろ盾を手に入れてくれればすべてに片が付くのだと、今回の件を利用することを思いついたのではないだろうか?


 兄を、一族を救い。

 そして敬愛する皇子を皇帝に押し上げる。


 ……彼自身の、命を犠牲に。


(あの反乱を、確率が低く失敗に終わるとみていた。ということは、それを知る立場にあった……首謀者側とは思えない)


 その上で私を、利用するというよりもディミトリエ皇子の伴侶として信じて推したいとそう思ってくれたのかもしれない。

 叔父様が仰られた、王の資質を私に見出した、ということ……?


(ああ、ああ、だめだだめだ、まだこんがらがる。これだけじゃだめ)


 もっと考えなければ。

 王子は自分の部下が王女誘拐に関わっていると知れば動かざるを得ない。

 謹慎を命ずるか、或いは捜索にと手を上げたのを受け入れるかはターミナルの国王次第……だけど、マギーアの抜け道を知るのもディミトリエ皇子ならば許さざるを得ないはず。


(お父様は私を見捨てない)


 カチカチとピースがはまっていく。

 足りないところは予測するしかない。


(レイジェス)


 あの人は、私を助けに今どこにいるのだろう。

 ちらりと早く助けて欲しいと思考を投げ出したい私が嘆いたけれど、私はそれを飲み込んで再び考えに耽るのだった。

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