28.
「それにしてもクリスティナがあいつを引き取ってくれたからワタシもこれで安心して王城に遊びに来れるわあ」
「えっ?」
「ああ、引き取ったってのは言い方が悪かったわね。まあワタシからすればクリスティナがお嫁に行っちゃうのもちょっと寂しいけれど、王城じゃなくなる分もっと会えるようになるかなぁって思ってはいるのよ?」
「え? えぇと、マルヴィナ、どういうこと?」
「ああ、ほら。レイジェスよレイジェス。あいつとクリスティナが婚約してくれたから、ワタシ王城に来やすくなったってこと!」
「どうして?」
お茶を飲み始めてそれはすぐのことだった。
マルヴィナは美味しそうにお菓子を食べて、久しぶりに私とこうして対面できたことを喜んでくれた。
この間の事件も無茶するなとちょっと叱られたけど、それは心配してくれたから。
でも唐突に言い出した先程の内容に、私が困惑しているのは彼女にもわかったはず。
レイジェスが私と婚約して、どうして王城に来やすくなるっていうんだろう?
私の疑問に対して彼女は口にしていた菓子を咀嚼して、にっこりと笑ってみせる。もったいぶっているわけじゃないんだろうけれど、レイジェスの名前が出たことで私も内心穏やかではいられない。
「うちの父親が、なかなか見合いとか婚約とかを受けないワタシに焦れてたのよねえ」
「……叔父様が? まあ、うん……そうね、私たちの年齢を考えたら婚約でも遅いくらいだし」
特に身分ある令嬢となれば、むしろ生まれてすぐに婚約が定められていても不思議ではないくらいなんだけど私の場合は状況と家族が自由にさせた方がいいだろうっていう判断で、マルヴィナはご両親が恋愛結婚だったから子供たちを縛るような真似はしないと決めていたと聞いているけれど。
とはいえ、マルヴィナは私よりも魔力もあったし社交界でも物怖じしないその姿に貴公子たちが熱を上げているってディアティナ姉様がまだこちらにいた時に教えてもらっていたからモテないわけじゃない。
公爵令嬢で地位に相応しい魔力量持ち、そして美人で快活。ちょっとお転婆が過ぎる部分もあるけれど、そこがいいって……。
そして注目されるのは、彼女は王弟である公爵の娘、ということ。だから子供を儲ければかなり遠いとはいえ王位継承権だって手にする可能性もある。
王族と外戚である公爵家のご令嬢、それだけでも価値があると思われるところにそれだけのものが付属するんだからきっと引く手数多だったに違いない。
それらを断っていた理由を私は知らないけれど、そういう目で見られるのがいやなのかなとも思っていたから私はただ困惑するばかり。
「実際の貴族じゃないし、扱いは一代だけど実力もあって信頼もある、実績もある。三拍子揃った【アルバ】の庇護下にあるレイジェスを、お父様は公爵家として囲い込みたかったみたい」
「……」
「ワタシは公爵家を継ぐわけじゃないし、嫁に出そうが構わない。或いはあいつが婿に来たって【アルバ】の一族としては重視していないでしょ。マールヴァールが引き入れたってことで軽視したりとかはないけれど、純粋に一族じゃないわけだし」
「……ええ」
「だけど、あいつは悔しいけれど優秀だし、平和的に【アッダ】と【アルバ】の旧き家柄同士、対立などせずこうして手を取り合っていますよ……って国内外に知らしめるにはすごくちょうどいいじゃない」
「……」
叔父様が考えることは、ごくごく普通のことなんだろう。
アルバの血筋でなくとも、その一門に連なる人間と婚姻という形で友誼を結べるならそれに越したことはないし、レイジェスとマルヴィナならば生まれる子供は優秀に違いない。
さらにレイジェス個人で言えば軍部を味方につけると言っても良いわけで……公爵家としてこれほど望ましい展開はないのではないかしら。
何せ今の将軍は別の公爵家、敵対関係にあるわけじゃないけれど、同格同士で繋がってばかりいては繁栄していかないことは誰もが理解しているところだもの。
(でもこの言い方だと、マルヴィナはレイジェスと婚約するのが嫌だった?)
マルヴィナも私と同じ、レイジェスと幼馴染で……よく駆け回っていたから私よりも仲良しだと思っていたのだけれど。
小首を傾げた私を見て、彼女はまた笑った。
「まあ理屈はわかるのよ、ワタシだって公爵家の娘ですもの。だけど、ワタシは縛られたくないの。特にあんなしかめっ面男、一緒に暮らすとか考えたくないじゃない!」
「し、しかめっ面って……まぁ、うん……愛想の良いレイジェスってあんまり想像できないわ」
「そうよね、子供の頃からこーんな目つきだったんですもの!」
目じりを指でくっと押し上げるようにして笑うマルヴィナは、カップに残るお茶を一気に飲み干すとソーサーに戻した。そういう仕草はとても令嬢なのに、さっきから笑う姿は幼い頃と変わらなくて。
「まあね、知らない相手よりはマシかなって思ったことはあるのよ」
「私は……レイジェスのことを、思って婚約者を作らないのかと思っていたわ」
「やだー! やめてよ!!」
「そ、そこまで嫌そうな顔しなくてもいいじゃない!」
「だってぇ……そりゃマシかなってだけで良いとは思ったことないわよ!」
力説するマルヴィナに、私はどうしていいかわからない。
だって、レイジェスはマルヴィナが好きで、マルヴィナは……そこまで悪く思っていないと思っていて、それがそもそも違ったのかしら?
少なくとも幼馴染として遊んでいた頃は仲が良かったと思うのだけれど、成長してからは接点もそんなにないからそこまで嫌うほどじゃないような……。
「それにワタシ、好きな人がいるの」
「え……えええ!?」
「なによう、そっちこそそんなに驚くことないじゃない!!」
「だ、だって……」
唐突な発言に、私が驚いて声を上げても仕方がないと思うの。
どうして、って聞いてもいいのだろうか。
彼女が望めば大抵の相手と婚姻関係を結べるのだから、それができない相手ってなると……。
既婚者、とか……?
「シグルド」
「え」
「内緒よ、ワタシね、シグルドが好きなの」
「兄様……?」
「そうよ、血筋が近すぎて、許されない。それにあの人もワタシのことなんて、眼中にない。せいぜい妹だけど妹としても見てないわね、あの人からしたらワタシはいつだってただの従妹なの」
マルヴィナが、初めて。ここに来て初めて、少し切なそうに、笑った。
唐突な告白、だけれどそれは何かを秘めたようなものの気がして私はマルヴィナをただ見るしかできなかった。
「クリスティナがあいつと婚約してくれたから、ワタシはまた王城にちょいちょい来ると思うわ。……あんまりこっちに来て、お父様がレイジェスと婚約話を勧めようとしたら面倒だって思ってたから。それもなくなったから安心よ! ……でも」
ふっと目を伏せたマルヴィナは、明るくてお転婆でよく笑って、そんな少女時代と変わらない面差しのまま……それでも、ずっと大人びて見えた。
私より一つ年上の、少女みたいに笑う、だけれど恋の苦しさを知る大人の女性の翳りを見せて。
「でも、この恋は実りはしないって、わかってるの。もう少し、もう少し、そうやってぐずぐずして来たわ。勿論、シグルドの婚約者に対して意地悪とかはしてないわよ? 遠目に見て、従妹として挨拶して、……ちゃんと、ワタシは彼の従妹なんだって、自覚しようとしてたの。なかなか難しいわ」
「マルヴィナ……」
「今まで誰にも言ったことなかったの。そんな理由もあって、王城から足が遠のいて、今日久々に会ったらね、なんだか……前よりも遠い存在みたいに思えちゃって。馬鹿ね、ワタシとは元々ただの……ただの従兄なのに」
ああ、なんだろう。
私だけが苦しい恋をしている、だなんて流石にそこまで悲劇のヒロインをしているつもりはなかったけれど、こんなにも身近に恋の苦しみを感じている人がいると思わなかった!
「……レイジェスは、マルヴィナが好きなのかなって、思ったことがあったの」
「ええ!? ないない、そりゃないわよクリスティナ!!」
だから、もし。
その苦しみから、愛される立場で救われるなら。
そう思ってぽつりと言葉にしてみたら、マルヴィナはすごい剣幕で手を左右に振って見せた。
「あいつ、ワタシが騎士になりたくて訓練混じった時とか本当に容赦ないからね!? あれで惚れてるとかだったら頭オカシイってくらいなんだから!」
「え……だ、だって、マルヴィナを見る時優しい顔をしていたのよ?」
「見間違いじゃない? ……あとはそうね、可能性だけど」
うぅん、とちょっと考えてからマルヴィナは、ぴしりと指を立てて真面目な顔をする。
そして、はっきりと言った。
「ディアティナ様じゃない?」
皆さまメリークリスマス!
年末年始も変わらず3日間隔の更新しますのでよろしくね!(*´ω`)




