第21話 決意の時
「ぐっ、畜生が……」
驚いたことにグレイはまだ意識があった。こっちはボルトを一本無駄にしてクイックキャンセルを限界まで重ねた。
下手したら死ぬかもなとは思ったがそれも致し方無しと判断したんだが、意外としぶとい。
「なんやしぶといやっちゃな~」
「でも姐御! こいつはもう虫の息ですよ!」
「にゃん、大体の話は聞いたにゃん。全くとんでもないギルドの副長もいたにゃんね」
「……死刑確定」
「ワン! ワン!」
ニャーコも一応はギルドの受付嬢だったからな。このグレイに関して憤りを覚えるのも仕方ないか。もっと過激なのはセイラだが。
「今のお前を殺すのは簡単だが一つ聞きたい。どうしてお前らはアンを狙った?」
「アン、か。そんなのでごまかせると本気で思っているのか?」
言ってることは判る。こいつは手紙にしっかりとアンジェと書いてきていた。
つまりこいつへ情報提供している誰かがいるはずだ。そうなると彼女の正体に気がついているのはもっと他にもいると見たほうがいいだろう。
だが、それでもここでアンジェの名前を出すわけにはいかない。町の住民を信用してないわけではないが、無用のトラブルは避けたいんだ。
「……どっちにしろ、俺に答える気はない。それでどうする? 殺すか?」
「町の人の気持ちを考えたらそうしたいのも山々だが、お前はこの町を任された副長なんだろ? それならこのまま捕まえておいたほうがなにか役立つこともあるだろう」
「なるほどな、だが、そう上手く行くかな?」
何? と俺が発した直後だった。突如グレイの頭上に激しい閃光。炸裂した光の衝撃で、俺たちの視界がホワイトアウトする。
「グレイ様こっちへ!」
「へへっ、信じてたぜ――」
聞こえてきたのは男女の会話。女の声にも聞き覚えがある。そうだ、あの受付嬢の声だ。
つまりこの光はあの女がやったのか?
いや、違う。そうだこれが出来るのがもう一人いた。
俺たちに向けて、遠距離からボルトを撃ち込んできた奴なら――
「ごめんボス、だめやった。追ってももうどこにもおらんねん……」
「クゥ~ン……」
「めんぼくないにゃん」
カラーナとフェンリィとニャーコが揃って頭を下げた。
あれから、視界が回復するなり三人はグレイ達の後を追おうとしたが、予想はしていたが三人の姿も、逃げた痕跡も発見できなかった。
だけどこれも仕方がない。ブルーの言っていたとおりならグレイは盗賊系のクラスから最高位まで上がってきたことになる。
それにスコープもあの慎重さだ。結局俺たちは姿を見ることすら叶わなかったわけだし。
それに、追わせたと言ってもそこまで深追いはさせてない。下手な距離を追って逆に罠にはめられたら厄介だ。
「仕方がないことです。今回は町から連中を追い出せただけでも成果としては十分だと思いますよ。戦力差で考えれば、勝利できたことが奇跡みたいなものですからね」
俺達の前にブルーが立ち、今回の戦いを評した。う~ん、ただの変態のイメージだったが、真面目な顔で話してるのを見ると様になってるな。
まるでやり手の貴族のようだ。
「ブルー! 何かっこつけてんだい! 大体姐御が櫓に潜んでるやつを叩いておかなくていいのか? と確認した時、あんたやめとけって言ってたじゃないか! でもその時叩いておけば、みすみすグレイを逃がすことも無かっただろう!」
と、ここでアイリーンが抗議の声を上げた。眉を怒らせて偉い剣幕だな。本当、すっかりカラーナの虜だ。
「……アイリーンの気持ちもわかるけど、スコープは用心深い男だよ。この町の住人は誰ひとりとして奴の顔は見ていないはずだ。それぐらい奴は慎重で、用意周到なんだ。あの時は既にギルドの冒険者も動き出していたから櫓に人数は割けなかったし、かといってカラーナさんが一人で櫓を狙ってたら間違いなくスコープは何かしらの対策を施す。櫓の中だって何重ものトラップが仕掛けられてるはずさ」
ブルーの話を聞いて、念の為カラーナとニャーコが櫓を確認しにいったが、ブルーの言っていた通りの処理が施されていたようだ。
しかもトラップは巧妙に張り巡らされていて、カラーナでも解除は手間取っただろうと、本人が認めた。
「悔しいけどあんたの言うとおりやわ。あの時、もしあんなところでまごついとったらうち結局何も出来ずじまいやったし、中からは簡単に脱出できるようになっとったから、あんなトラップにかまけてるだけ無駄やねん」
ならば櫓から出たところを狙うのはどうかと思いそうだが、櫓のトラップには気配を散漫にして、逆に相手の行動を掴みにくくするのも仕掛けられており、何より相手は妙なスキルも使う。
ブルーの話では途中から俺たちにボルトが飛んでこなくなったのは、ある程度の疲労があったからではないかという事だが、慎重なスコープはどんな状況でもいざという時に我が身を守る余力だけは残しておくそうだ。
「それにしてもブルーはなんでそんなにスコープについて詳しいんだ?」
「う~ん、スコープについてというよりセブンスについてかな。吟遊詩人として旅していると色々な情報が耳に入ってくるんだよ」
そういわれてみれば、吟遊詩人みたいな存在は情報屋としても重宝されていたと聞いたことがあったな。
詩を作るための材料として色々な情報を集めたりするから、必然的に情報通になれるようだ。
通信手段が確立されていない世界なら、確かに彼のような存在は貴重なのかもしれない。
「どちらにしても、私らからすれば感謝しかないねぇ」
「全くだ。おかげで俺たちの町を食い物にしてた連中を追い出すことができたんだ」
「本当、何かスカッとしたよ!」
「あぁ、わしらもまだまだ捨てたもんじゃないなぁ」
今回の戦いに参加してくれた人達が、互いの健闘を称え合っている。
確かに年齢的には既に一戦を退いてそうなものなのだけど、戦っていたときの勇姿は若者に負けずとも劣らずといったところだった。
そして彼らがいたからこそ、触発されて参加してくれた住人も出てくれた。
特に女性陣は若い人も懸命に協力してくれた。
「馬鹿な事を言ってんじゃねぇよ!」
だけど、どんなことであれ、必ずしも全員が賛同してくれるものではない。
こういった喜び合ってる中に水を差してくるような人物というのはやはり出てくるものだ。
「お前らは自分たちが何をしたのか判ってるのか?」
「よりにもよってこの辺り一帯を取り仕切るレフター伯爵が贔屓にしている冒険者ギルドに喧嘩を売ったんだぞ!」
町の男連中だ。殆どの女性は、町を守るため覚悟を決めたようだが、男性陣の中にはまだまだ不満を持っているものが多い。
「……スコッチ、またお前か。結果を出せば、少しは判ってくれると思ったんだがな……」
スコッチ……確か俺達やあの母娘を批判してた連中の中心にいた青年だ。
しかし、気のせいかもしれないが、その表情にはどこか悔しいという感情が滲んでいるのが見て取れた。
「それで、あんたらまですっかり町の英雄気取りか? だけどな! 現実を見てみろ! 町を守った? 違う! 何も守れてない! 結局ギルドの主要メンバーだって逃してしまったんだろう? それなら必ず連中は領地を仕切るギルドマスターや領主である伯爵に報告するはずだ。そうなればもう終わりだ。連中は今度はより多くの戦力を率いてこの町を取り戻しに来るだろう。それをしのげるのかよ! この人数でよ!」
辺りがシーンと静まり返った。折角勝利の余韻に浸ってるところだったのだろうが、冷水を浴びせられたように現実に引き戻されてしまう。
「確かに、そこのスコッチさんの言っている事も判りますね。ここでギルドから冒険者を追い出せたと喜んでるだけでは何の解決にも繋がりません。我々は次の手を考えなければいけないでしょう」
顎を指で押さえ、何かを考えるような仕草を見せたブルーが語りだす。
その言葉に、その立ち振舞に、皆の注目が集まった。
「ブルー、次の手ということは、やはりそこのスコッチと同じ考えなのか?」
俺は敢えて問う。するとブルーは首肯し。
「正直ここでごまかしても仕方ありませんからね。だから、この町の皆さんは選択する必要があります」
「選択じゃと?」
「はい、それはつまり――この町で戦う、つまり戦争をする覚悟があるかという事です」
戦争――その言葉に空気が張り付いた、そんな気がした。




