第14話 荒ぶる住人
あの矢文というより槍文というべきなんだろうが、とにかく脅迫ともとれるメッセージが届いた直後、俺達が一旦身を置かせてもらっている母屋には町の連中が押し寄せてきていた。
どうやらあの手紙は俺達以外の住人たちにもしっかり届けられていたらしい。
「じょ、冗談じゃねぇ! あんたら一体なんて真似をしてくれたんだ!」
「全くだ! 俺達はただでさえあんたの旦那がやった行動で迷惑被ってんだ!」
「も、申し訳ありません」
「謝って済む問題じゃないわよ! 五百万ゴルドよ、五百万ゴルドよ! こんな大金用意できるわけないじゃない!」
「全くお前らは厄介事ばかり持ち込みやがって! お前らがいなければ、いや、そもそも旦那が余計なことさえしなければ、毎日の支払いだってもっと少なくて済んだんだ!」
「一体どうやって責任をとるつもりだ!」
母娘はすっかり針のむしろだった。私達の問題なので、と俺達の介入を予め止めていたふたりだが、流石にこれは酷い。この家屋では当然押しかけた人々全員は入り切らないが、表からも怒号は飛んできている。
「ちょっとまってくれ。いくらなんでもそれはふたりの事を責めすぎだろ」
「ヒット様、ここは……」
「いや、流石にこのまま黙っているのは酷過ぎる。それに、冒険者ギルドがこんな手に訴えてきたのは、俺達が反撃したのも大きいだろうしな」
「そのとおりだ!」
「あんたらさえ余計なことをしなければ、ギルドを怒らせることなんて無かったんだ!」
「そうだ! お前たちがとっととギルドに出頭して、全て責任をとってこいよ!」
「私達が責任を取らされるなんてまっぴらごめんだわ!」
矛先が一気に俺に向けられたな。だけど、このままふたりが責められるよりはいい。確かに彼らからすれば俺達のせいでという思いもつよそうだしな……。
「ちょ、ちょっと待って下さい。確かに結果的にギルドはご主人様に腹を立て、このような手にうってきましたが、それもこの母娘を守りたかったが為です。もしご主人様が助けに入らなければ、こちらの娘さんは奴隷として売られることになっていたことでしょう」
「それがどうかしたのか? それで済むなら、それでいいじゃないか」
「え? ほ、本気で言っているのですか?」
「本気も本気さ。大体、まさか子供を売り飛ばすハメになったのかこの家だけだとでも思っているのか?」
「冗談じゃない。毎日これだけの金額の依頼を出す必要があるんだ。当然、他の連中だって子供を奴隷として間引きする事もある」
「むしろ、この母娘の旦那のせいで金額が増やされているのに、この娘だけが無事っていうのが調子良すぎなんだよ!」
あまりに切ない話だ。怒りに任せて町の住人はこの母娘を責めている。でもだからって、俺は町の連中に怒りを覚えることはない。
彼らだってこれまでさんざん失ってきたんだ。だからこそやり場のない怒りを抱え続けていて、ここにきて爆発してしまった。
何が悪い? そんなの決まっている。冒険者ギルドだ。そしてその行為を許しているレクターという領主だ。
そんなことは皆わかっている筈。でも、現実問題としてそれに抗う余裕が彼らにはない。
だからこうして、誰かを悪者に仕立てて攻める他ないのだろう。
だが、それでも――
「……私は、お前たちの気持ちも判らなくもないが、それでこの母娘を責めたからと言ってこの町の問題が解決するのか?」
「な、なんだと?」
「わかったような口をきくな! 所詮部外者のくせに!」
「そうよ、この町にはこの町のやり方があるのよ!」
「やり方がある? このまま大人しくギルドの方針に従っているのがか? 牙をなくし、無理やり鎖で繋がれ、延々と搾取され続ける。しかも法外な金額でだ。お前たちはこの母娘を責めているが、例えそこでふたりの夫がおとなしくしていたとしても、その金額は決して安くはなかったはずだ。違うかな?」
「そ、それは――」
そこで集まった人々は言葉をなくす。
そうだ、それでもこんなやり方は間違っている。
このやり方じゃ根本的な問題なんて何も解決しないからだ。相手に逆らえないからと、この町を犯し続ける大本から目を背け、本来責められる謂れのない相手に鉾を向け続けても何も好転はしない。
アンジェは、流石、王族の生まれだけあって何が一番重要で、大事なのかをしっかり理解している。だからこそ、はっきりと口にしたのだろう。
「結局、このままでは遅かれ早かれお前たちは破綻する運命だった。飼いならされた猫のように大人しくしていても、迫ってくる火の手は止められはしない。ただの飼い猫であれば、それでも誰か面倒見てくれるかもしれないが、お前たちは違う。無理やり飼い猫のようにおとなしくさせられ、迫る火の近くに放り出されているような状態なのだ。大人しくしていれば、いずれその尾に火が届くことだろう。そしてそうなってからではもう遅い。それでもお前たちは今の状況を望むのか? 何もせずにただ命尽きる日を待つのか?」
アンジェの行った問題提起は、これまでこの町の住人が目を背け続けてきた現実だ。一日一人最低五万ゴルド分の依頼なんて、捻出し続けられるわけがない。
そしてアンジェの言うように、これが二万や三万ゴルドだったとしても一緒だ。その程度の差、ほんの少しの延命に繋がる程度でしかない。
結局のところ、どこかで誰かが決断しなければいけなかった。それに最初に気づき、行動に移したのがこの母娘の夫であり父親だったのだろう。
それは確かに失敗したのかもしれない。だが、本来それは責められるべき事ではないはずだ。
「……やっぱりアンタはよそ者だ」
「何?」
「アンタの言っている事は正論さ。そんなことは俺達だって判っちゃいる。だが、それを考えてどうなる? 以前にその母娘の旦那がこのままじゃいけないと、町の男達と決起してギルドに逆らい、この制度の廃止を求めた。だけど、それは失敗だった。結局手も足も出ず、全員強制労働送りさ。しかも全員この町じゃ腕っ節の強い事で有名な連中だった。元冒険者だってのもいた。だけど、そいつらが全員この町から消えたんだ!」
「そうさ、残った連中は、情けない話だが冒険者に刃向かえるような腕は持ち合わせちゃいない」
「畑を耕して、なんとかその日を凌ぐのが精一杯の野郎どもか、後は女子供だ。老人だって多い」
「それなのに、一体どうやって抵抗しろって言うんだい。あんまり無茶言うんじゃないよ……」
途端に全員の声が沈んだ。表情も暗くなる。母娘や俺達への責めの言葉はなくなったが、問題は切実だ。
「……確かに俺達はよそ者だ。俺なんかもこの町からしたら、縁もゆかりもないただのしがない冒険者だ。だけどな、自分のやった事にはしっかり責任を持つ」
「……それは、あんたらが大人しく要求を飲むということかい?」
「ご、ご主人様……」
「ヒット、まさか、そうなのか?」
住人の一人が問いかけてくる。メリッサもアンジェも心配そうな表情。
だが、俺は首を横に振った。
「そんなやり方じゃ、あんたら一人一人に五百万の借金が残るだけだ。それに、折角この母娘への横暴も食い止めたのに、それも無駄になってしまう」
「ヒットさん……」
「――だから、俺は連中の要求をはねのけるため。そして、こんな悪辣な制度をやめさせるため、ギルドの連中の前に立つ。たとえそれで、戦いに発展したとしてもな」
俺の発言に、周囲がザワザワし始める。
だが、アンジェとメリッサの表情は、どこか満足げだった。
「やはり、私のご主人様です」
「全く、お前は無謀な奴だな。だが、それが一番わかりやすい。私も乗らせてもらうぞ」
「ちょ、ちょっと待て! 勝手に決めるな! これ以上勝手な真似はしないでくれよ!」
「悪いが、これは俺達の問題でもある。お前たちの考えも判らなくもないが、俺はあんたらと違って問題を先延ばしにしたりはしないんだ」
「な!?」
ここで少しだけ棘を刺させてもらった。ま、これぐらいはな。
「勿論、できるだけあんたらには迷惑がかからないようにする。だから一つだけお願いさせてもらうなら、全員ギルドからは出来るだけ離れた場所にいてくれ。巻き添えを喰らってほしくない」
「……本気なのか?」
「当然」
「当たり前だな」
「私はご主人様についていくまでです」
「くっ、勝手にしろ! だがな、俺達は無関係だからな! とばっちりはゴメンだ!」
そう言って、押しかけてきた住人ともども、彼らは一旦引き上げてくれた。
ふぅ、それにしても、折角の忠告だったんだけどな。
「何か、エドにはもうしわけないな」
「今更ではないか? ヒットが通る時点で、平和になんて終わるわけがない」
「ふふっ、でもそうやって問題を放って置けないのが、ご主人様のいいところです」
アンジェもメリッサもとっくに覚悟はできていると言った様子。
だけど、実は俺には一つだけ気がかりな事があった。それはギルドからのあの手紙だ。
あれには、俺がアンとしか紹介していなかった彼女について、しっかりアンジェと名指しされていた。
つまり、連中はアンジェが王女だと気がついている可能性が高いという事になる。
だとして、なぜその王女を差し出せなどと要求してくるのか……とにかく気になる点が多い。
「あの、何か私達のせいで、申し訳ありません」
そんなことを思っていると、母親が申し訳なさげな顔を見せてきた。
自分たちのせいで俺達がギルドと揉めることになったのだと思っているのかもしれない。
「そんなことはないですよ。この町の状態ならどこへいっても同じような事になってましたし」
「そのとおりであるな。事実、このことがなくても私達はギルドの連中に襲われたのだからな」
「はい、それで抵抗してますから、どちらにしても目は付けられてましたね」
クスクスとメリッサが笑い出す。それはそれで気が気じゃないところではあるんだけどな。
「どちらにせよ、この町の問題は見過ごしてはいられないです。それに、強制労働送りになったというご主人の事も、出来れば助けたいとおもいますしね」
「え?」
「お父さん、助かるの?」
母親が目を見開き、娘さんも懇願するような目を俺に向けてくる。
「断言は出来ないけど、それでもやれるだけの事はやらせてもらうよ――」
強制労働の場所が判れば、なんとかなる可能性はある。後は、生きているかどうかという問題はどうしてもあるけど、それは信じるしかないな。
そして、俺達は何度も二人から感謝の言葉を貰いつつも、約束の時間が迫ったので指定された場所まで赴いた――




