第12話 波乱の幕開け
「……これは、どういうことだ? 説明してくれ」
灰色髪を油で固め、少々乱暴なセットをした男が、険しい顔で隣の女に尋ねた。
女の表情には明らかな戸惑いの色が浮かんでいたが、一旦唇を引き締めた後、研修室(あくまで建前だが)を含めた建物の惨状について答える。
「それが、実は本日、新しい冒険者がこの町を訪れまして――」
冒険者ギルドの受付嬢としてヒットに応対した彼女は事の顛末を隣に立つ男に話した。
その男は黙って耳を傾ける。三十代そこそこといったところの精悍な面立ちをした男であった。
灰色の外套を身にまとっているが、それでもかなりの筋肉質である事は見て取れる。
腰にはファルカタと呼ばれるタイプの長く湾曲した剣を携えていた。握りの部分は狼の形をしており、豪華な象嵌も施されている。
「以上です、グレイ副長――」
「チッ、マスターのいない間に厄介なトラブルを持ち込んでくれる」
話を聞き舌打ち混じりに男、グレイが呟いた。
そして、改めて損壊した建物を見やる。
「それで、やられた連中は死んだのか?」
「いえ、命までは――ただ、かなりの怪我を負ってまして、外にまで吹き飛ばされたものなどよく生きていたなと思いますが、全身の骨は砕けてます」
「そうか、今後冒険者としてやっていけそうもない連中はさっさと始末しておけ。不良品を抱える余裕なんてないからな」
「……それだとほぼ全員になりますが」
「なら全員処分しろ。そのぐらいの権限は俺にもある。ただし、逃げた連中の話ぐらいは聞いておけ」
「それはすでにランナーのカールから、かなり重症でしたが、無理やり話を聞いた所、鑑定持ちが一人いたそうです」
鑑定か、とグレイは顎を擦る。
「他には?」
「後はとんでもない強さのエルフの幼女が一人、それに、エレメンタルナイトのジョブ持ちが一人。私も見てますが、エレメンタルナイトの女は、騎士の格好をしていて、本人は流浪の剣士のような事を言ってましたが、雰囲気的に下民とは違う物を感じましたので、もしかしたら没落した騎士の可能性がありますね」
「……その女、名前はなんといった?」
「はい、アンと名乗ってましたが」
グレイは一旦考え込み、そして、カカッ、と笑い声を上げた。
「それはいい。もしかしたらこの失態を帳消しにできるぐらいの金の卵が、向こうからノコノコ飛び込んでくれたようだな」
「え? それは一体?」
「あぁ、実はさっき丁度、マスターに同行したカタベルのボーンバードがやってきてな。その手紙にそのことが書かれていたのさ――」
ニヤリと口角を吊り上げる。受付嬢の全身を黒い影が覆う。
グレイが体を向けてきたからだ。狡猾な表情が、たかが一人の冒険者が起こした事態が、とんでもない大事に繋がる事を顕著に表現している。
「今すぐ集められる連中は何人いる?」
「六十名程になります」
そうか、と顎を撫でながら口にし。
「冒険者ランク、いやそれよりも純粋な力だな。どの程度のジョブ持ちが揃う?」
「はい、高位職持ちがその内、八名程、上位職で二十名、残りは基本職となります。ですが――」
「なんだ? どうした?」
「はい、すでに女の三人はここを出ていってしまいました。町から出ていった可能性も……」
「それはねぇよ。俺と同じ【セブンス】のスコープが櫓で見てやがるんだ。入る時はともかく、黙って出てく奴らを見逃すわけがねぇ」
「確かに、そうでした」
受付嬢が思い出したように述べる。セブンスというのは、どうやら特定の何かを指している名称のようだ。
「それで、結局ベアも戻ってきてないのか?」
「今はまだ――相手は高位のダブルセイバーですが、バーバリアンのベアと、クンファーのヨンのコンビであれば、問題ないと思うのですが」
「……まさかお前、その申告真に受けているのか?」
「え?」
受付嬢の表情が曇った。グレイはギロリと睨みつけ。
「そのアンの正体が情報通りなら、ヒットという野郎がダブルセイバーだけでここまで出来るとは考えにくい。それに、情報が無かったとしてもエレメンタルナイト持ちと同道してるぐらいだ、それなりの実力者じゃねぇとつりあわねぇよ。恐らく俺と同じ最高位のジョブ持ち、もしくはセカンドジョブとして何かを得ているかのどちらかだ」
「そ、そんな、でも最高位なんてそう簡単には、セカンドジョブとて手に入れようとして手に入るような物では――」
「いいたいことは判るがな、だけどこのギルドにだって、少なくとも俺を含めた最高位持ちが七人いる。つまりありえない話でもないのさ」
受付嬢に考えを述べつつ、また何かを考えるように顎に指を添え。
「そう考えると、もう一人がチェッカーというのも怪しいな。高位職ぐらいは手にしてる可能性がある。幼女の方は、見た目がそれならエルフでもジョブは手にしてないと思うが……謎が多いな。とにかくだ、動けるやつをすぐに集めろ。町にいるのが間違いない以上、スコープが何か見てるだろう。話を聞いてあとは一応最初の脅迫だけしておけ。俺も準備して出る。それとくれぐれもアンって女は殺さず生け捕りにするよう徹底させろよ」
そこまで伝えて、グレイはボロボロになったその部屋を出ていった。
それを見送った後、すぐに動き出す受付嬢だが――
「まさか、セブンスである副長まで動くなんて、あの女、一体何者なのかしら――」
まるでとんでもない事が起きる前触れのような不安を抱えつつ、受付嬢は冒険者をかき集めに戻るのだった。
◇◆◇
「おかげで助かりました。ほら、アイリーンも御礼を言って」
「……別に、余計な事をしなくてもあたいだけでどうとでもなったし」
「アイリーン……」
なんだか妙な事に巻き込まれたうちらやったけど、とりあえず囲っていた山賊連中は片付けた。
数は多かったけど、あんま大したことなかったし、今は全員地面に転がっとる。
それにしてもこの子、なっまいきな子やなぁ。
反抗期なんやろか? 跳ねっ返りというのがピッタリはまるし。
「折角助けたのに酷い言い草にゃん」
ほら、ニャーコでさえ不満そうにしとるやん。
それにしても、こういう性格だと連れの男が大変そうやな。
……でも、よう考えたらこいつ、今は普通に見えるけど、すごい変態やったな。
そう考えたら、おかしなふたりに関わってしまったかもしれへん。
これはもしかしたらあまり深入りする前に取り返すもん取り返して、ボスの後を追っかけた方がえぇかもな。
「とにかく、別に無理して感謝してもらわんくてもえぇよ。うちらは返してもらうもん返してくれれば」
「……そう、ご主人様のバッグ、返す」
「アンッ! アンッ!」
「あぁ、そうでしたね。これはもう観念した方がいいでしょうね。アイリーン、大人しくマジックバッグと中身を――」
「は? 何馬鹿なこと言ってるのよ! このあたり一体を仕切る土竜山賊団の二代目アイリーン様が、一度盗った物を返せと言われて、はいそうですか、なんて聞いてたら名が廃るってもんさ!」
何や、やっぱり身のこなしはただもんやないと思うとったけど、うちと同じ畑の子やったんやね。
う~ん、でも土竜山賊団、何か聞き覚えがあるような――
「でもアイリーン。貴方の父上が纏め上げていた山賊団は、弱き者からはけっして盗らず、奪わず、殺しもご法度と掲げた義賊だったのですよね? それであれば、今回はここにいる皆さんのおかげで助かったわけですし、義理は通したほうが」
「う、うぅ」
変態の割に、言ってることはわりとまともやな。
でも、何か本人はまだなっとくしてないようやけど。
でも、だからって返してもらわんわけにはいかへんけどね。
「う、うるさいうるさいうるさいうるさーーい! あたいはね、セントラルで活躍したブラックキャットの元メンバー、生きる伝説! 麗しき夜の怪盗姫、カラーナ姐様に少しでも近づきたいんだ! だから、だから、一度盗んだ物を返すなんてみっともない真似、絶対に嫌なんだよ~~~~!」
「……んにゃ? カラーナ?」
「……姐さん――」
「ワンッ!」
……ふたりとフェンリィの目がうちに向けられたで。うぅ、なんや、ややこしいことになってきたわ。
「判った? あたいは憧れの美しさと一流の盗賊技術を兼ね添えたカラーナ姐様にいつか認めてもらうため、こんな事で妥協できないのさ!」
「にゃん、そういう事らしいし、カラーナ認めてあげるにゃん」
「ば、バカ! うちに振るなって!」
「は? カラーナ?」
アイリーンが小首を傾げてうちを見てきたわ。勘弁してや……。
「なんだいあんたもカラーナと言うのか?」
「え? お前もというかうち――」
「そうにゃん、カラーナにゃん」
「……ふざけるんじゃないよーーーー!」
えぇえええぇえええ? なんでうちどなられとん? ほんま意味判らへんし。
「改名しな! あたしの憧れのカラーナ姐様と、あんたみたいのが同じ名前だなんて耐えられないよ!」
「何かすごい面白い光景を見ている気がするにゃん」
「ニャーコ……あんたなぁ――」
何故か、ワクワクテカテカしてそうなニャーコに憤りを感じるわ。絶対面白がっとるやろ……。
「……お前の言ってるカラーナ、多分そのカラーナ」
「ウォン!」
そんな七面倒な流れを断ち切ったのはセイラやった。うちを指差し、アイリーンとかいう山賊娘に教えとる。
フェンリィもそのとおりだと言わんばかりの吠え方やな。
「――はい? 何それ? どういうこと?」
「つまり、アイリーンの言っていたブラックキャットの麗しき夜の怪盗姫と、そちらのカラーナさんは、同一人物という事ですね」
「え? え? え? え、えぇえええぇええええぇええええぇえええ!?」
「知らなかったこととはいえ、大変失礼な言動、申し訳ございませんでしたーーーーーー!」
結局、うちがブラックキャットのカラーナだと判明されて、手のひらを返したようにアイリーンが平謝りしてきたな。
さっきまで散々な言われ方やったし、複雑な心境やけど、まぁ、しゃあないかな。
「あの、アイリーン、ところで何で僕までこんな体勢?」
「当たり前だよ! よりにもよってカラーナ姐様にとんだご無礼を働いてしまったんだから! ほら、もっと頭を下げて!」
「ここまで一変すると逆に清々しいにゃん」
「ふぅ、まぁ、もうえぇって。ボスのマジックバッグも返してもろうたし。そんなペコペコされても逆にかなわんわ」
「え? そ、それじゃあ許してくれますか?」
「許す許す、せやから、いい加減頭下げるのやめいや」
「う、うぉおおぉおおおお!」
な、なんや! 突然吠えだしたてこの子。ほんま挙動が謎やわ!
「流石は夜の怪盗姫と名高いカラーナ姐様! その海よりも深い御心! 感服です!」
「いや! その夜のなんとかもやめてー! 誰が言うとんのそれ? 初めて聞いたんやけど!」
「あ、あたいのイメージです」
「イメージだったんかい!」
「カラーナのツッコミが激しいにゃん」
「……夜の怪盗姫――何か寝取りそう」
「アンッ!」
いや、アンッ! じゃないし! セイラもどさくさまぎれて何言うとんの!? 寝とるって! いや、でもボスも合意なら……て、そうやない!
「はぁ、とにかくここまで関わったら仕方ないなぁ。あんたんとこの土竜山賊団も、聞き覚えがあるはずやは。前にチラッと話に聞いとったし。でも、あんたの親父さん、かなりの腕前だったんやろ? それなのになんでそんな変態と一緒におるん?」
「何気に酷い!」
「それが、確かにこいつは変態っぽいけど、一応命の恩人でもあるんです。それに――」
うん? 何か言い淀んどるな。あまり、語りたくないことやったか。
せやけど、この様子だと――
「ふぅ、とにかく私も含めてお互い情報交換する必要はありそうですね。ただ、ここに留まっているのは得策ではないでしょう。なので、移動しながらもお話致しましょうか?」
う~ん、ただの変態かと思ったら、なんやわりと普通に話せるタイプやったようやな。
とは言え、それには同意や。うちもボスの事が気がかりやしな――




