第10話 ギルドの研修
ベアから声がかかり、カールはギルドへ向かって疾駆した。
ランナーのジョブ持ちであるカールは当然走る速さにも自信がある。
通常でも最高時速は五十キロメートル、それにランナーのスキルであるビーダッシュを組み合わせれば倍の時速百キロまで速度は上がる。
当然、ギルドまではあっという間にたどり着き、施設に飛び込むなり受付嬢に向けて声を上げた。
「ヒットの野郎! ギルドの方針に歯向かいやがった! 今、ベアとヨンが躾けようとしてるぜ!」
それを耳にし、受付嬢がヤレヤレと頭を振った。
「嫌な予感はしてましたが、まだそんな甘ちゃんがいたのですね」
「ヘヘッ、だけど俺は残っててラッキーだったぜ。つまりあの女どもは好きにしていいって事だろ?」
「おお! そりゃいいや! あの野郎、連れて歩いているのはやたらといい女だったしな」
「おう、あの騎士みたいな女もそうだが、顔もいいしスタイルもいい」
「おっぱいなんてデカくてよ! もうずっと俺は妄想しっぱなしだったぜ!」
「何だお前、それでずっと勃ちっぱなしだったのかよ」
「せっかちな奴だな」
どっ、とギルド内が沸いた。あまりに下品なやり取りに受付嬢は嘆息するが、かといってやめさせるつもりもなさそうだ。
「ま、これもギルドの方針ですからね。うちのやり方に従えないと言うなら、それなりに痛みを伴ってもらうだけです」
「決まりだな、あの女たちは別館か?」
「はい、隣の建物の研修室で待機してもらっています」
「研修って、一体何の研修になるのやら」
随分と愉しそうにしている冒険者達。
受付嬢の言っている研修室は、名目上はそうなっているが、いざとなった時は相手を監禁するための牢に変わる。
勿論その上で、他の冒険者の慰みものになったりもする為、仕置部屋やストレートにヤリ部屋などと言われたりもしているが――
「ところであのエルフの餓鬼はどうすんだ? 流石にあんなのをどうこうする趣味はないぞ?」
「むしろしないで下さい。あの幼女エルフはどちらにしろ売りに出すことは決定済みです。エルフの子供は高い値がつきますし、奴隷商人なら喉から手が出るほど欲しい一品です。奴隷ギルドに恩を売ることにも繋がりますし、できるだけ無傷のまま縛り上げておいて下さい」
「なんだそりゃ? あんたもひどい女だな。それってつまり、例え素直に俺達のやり方に従っていたとしても売却していたって事だろ?」
「それぐらいの協力は当然です。勿論売り上げの一部は渡すつもりでしたしね。大体あんな子供を連れたまま冒険者としてやっていこうというのが甘いのです」
まぁ違いねぇか、と別の冒険者が肩を竦めた。
「それにしても馬鹿な野郎だ。素直に言うこと聞いておけば、ここほど楽に稼げるギルドはないってのにな」
「ま、たまにいんだよ。あぁいう勘違いした馬鹿が」
「だけど、そう馬鹿にしたもんじゃねぇぜ。おかげで俺達はいい女にありつける」
違いねぇ! と一斉に声を上げ、そして待機していた八人の冒険者が動き出した。
勿論その全員が男である。
「……相手は所詮女二人と幼女、八人の屈強な男に囲まれては手も足も出ないでしょうね。ご愁傷様――」
熱り立った冒険者達を見送りながら、哀れみの視線を浮かべつつ独りごちた――
◇◆◇
「一体いつまで待たせる気なのだ?」
「あははっ、研修とは言っていましたけどね」
「エリン、退屈なの! つまらないなの!」
アンジェ、メリッサ、エリンの三人は、ヒットがギルドを出てすぐ、冒険者ギルドに隣接された建物に連れて行かれ、この研修室とやらに通された。
受付嬢曰く、アマチュアまでの冒険者には先ずここで講義を聞いてもらうのがならわしである、とそんなことを言われたのだ。
尤も、これに関しては本来であればメリッサはともかく冒険者ではないアンジェとエリンには関係のない事だ。
ただ、受付嬢はなんだかんだと理由をつけて二人にも講義を受けるよう言ってきた。
突っぱねても良かったが、やはりメリッサ一人というのも妙に不安に感じたので、言われるがままこの部屋で待ち続けている。
「しかし、このような殺風景な部屋で一体何を学べというのか……」
アンジェが不満そうに呟く。確かに通された部屋はまともな窓もなく、唯一格子窓から明り取りがされているだけである。
テーブルもなく、三人はなんとも座り心地の悪い丸椅子に腰を掛けている状況だ。あまり長時間座っていたなら、きっと尻が痛くなることだろう。
「でも確かに、囚人にでもなった気分ですね……」
ポツリとメリッサが呟く。無機質なコンクリートの壁は、より暗然とした気分にさせてくれた。
「よぉ、待たせたな」
それから暫しの間、微妙な空気が流れ続けていたが、ドスドスドス、と多くの足音が聞こえてきたかと思えば入り口のドアが開かれる。
可動域が広いため容易に開放状態にできる。
開放された入り口からは、八人の男達がゾロゾロと部屋に入ってきた。
屈強な男が多いが、杖持ちや、小柄な男も混じっている。特に一人はヒットと一緒に出ていった筈のカールという冒険者であり、それが妙に気になるメリッサだ。
「男臭いなの」
「そうですね、確かに多いです……」
「これは一体どういうことだ? 私たちはこの研修室で講義を聞くと聞かされていたのだがな。なぜこんなにも大勢でやってくる?」
エリンが顔をしかめ、メリッサも整えられた細い眉を曇らせた。
アンジェに関しては不穏な空気でも感じたのか、眉をきらめかし、射るような瞳を冒険者達へ向けた。
「気の強い姉ちゃんが一人いるみたいだが、勿論講義も研修も行う。この俺ピュートンがな」
すると、全員を代表するように、蛇のような目をした長身痩躯の男が先ず口を開く。
「といっても、この講義は非常に簡単な話さ。お前ら冒険者にとって一番大事な事が何か判るか?」
「……一番ですか? 大事なことは多いと思いますが、請け負った仕事はしっかりとこなすなどでしょうか?」
メリッサが答えた。元は商人の家に生まれた彼女らしい回答ともいえるかもしれないが――
「間違いだ。全く、冒険者としてこれまで何をしてきたんだか」
「随分な言い草であるな。それならば、正解はなんだというのだ?」
「待つなの! エリン判ったなの!」
「え? 本当ですか?」
「勿論なの! 冒険者にとって大事なのは、冒険することなの! 当たり前の事なの!」
『…………』
一瞬辺りがシーンっと静まり返った。
「どうしたなの? 間違いなの?」
「え? い、いえ、間違いではないと思うのですが……」
「むしろあまりに正論過ぎてな。だがエリン、それは正解でもあり、禁句でもあるのだ」
「どうしてなの?」
コテンっと可愛らしく頭を傾けるエリン。とても愛らしいが、子供は時に鋭いことをズバッと言いのける分、残酷である。
そう、冒険者は、冒険者だからと常に冒険できるとは限らない。時には森に行って薬草を探したり、頼まれた手紙をただ届けるだけだったり、なんなら買い物代行すらさせられたりする職業なのである。
「と、とにかくだ! 冒険をするも不正解! いいか! 大事なのはギルドのやり方に従い決して逆らわないこと! これだ!」
ピュートンがまくし立てるように述べる。
だが、アンジェもメリッサもいまいちピンっと来ていない表情だ。
「正直、その答えには疑問が残るな。もしそれでギルド側が間違いをおかしていたらどうする? 前提条件からして崩れるではないか」
「馬鹿が、そんなもの俺達が気にするべきことではないって事だよ。俺達はギルドの方針に従ってただ粛々と責務をまっとうすればいい。だが、これに逆らった馬鹿が早速出やがった! お前らの仲間のヒットだよ」
ご主人様が? とメリッサが心配そうに眉を垂らした。
アンジェの表情も固くなる。
「逆らったというと、ヒットは一体何をしたというのだ?」
「営業先で、依頼を請け負うのを放棄したばかりか、俺達の仲間に手を出したのさ。これは許されざる反逆行為だ。よって、お前たちにはギルドに逆らったら一体どういうことになるか、身をもって知ってもらう」
「つまり、これも研修の一環てわけだ」
「へへっ、だけど安心しな。とりあえず命までは奪わねぇよ。大人しくしとけば、下手すれば気持ちいい目に会えるかもしれないぜ?」
「そんなこといって、お前ら壊す気満々だろうが」
下卑た笑みを浮かべ、三人を包囲するように動き出す冒険者たち。入り口の扉には鍵も閉められた。
逃げ場を完全になくして乱暴を働こうというのだろう。
「なるほどな。ヒットがなぜ逆らったのか、現場を見ていなくてもよく判る気がするな」
「本当に、判りやすいですね――」
「悪漢なの! 不埒な奴らなの!」
三人はすぐに立ち上がり、アンジェは愛剣を、メリッサも護身用の細剣をそれぞれ抜いて身構えた。
「おいおい、この人数相手にやる気かよ?」
「どうせ抜くなら俺達のを抜いて貰いたいぜ」
言動の端々から下劣さが漂う冒険者達。その様子にアンジェも思わず顔を歪めた――




