第10話 どこから来たのか?
「――ぬぉんどうに、がづぁずぇげぬぁい……」
「いや、お礼なら食べてからでいいからゆっくり食えよ……」
途中行き倒れの侍を拾った俺達は、マジックバッグに詰めておいた乾パンや干し肉、そして水筒を男に手渡してやった。
するとそれをひったくるようにして受け取り、すごい勢いでがっつき始める。喉に押し込んで無理やり水で流しこんでるな、一体どれだけ腹が減っていたのか……。
とは言え、状況的にこの男が冒険者ギルドで言っていたマサムネであることは間違いなさそうだ。
ただ、そうなると俺としてはどうしても気になることがあるが……まあとりあえずは食べ終わるのを待つとしようか。
「それにしても凄い勢いだな。一体どれだけ飢えていたのだ?」
「うむ、いろいろあって、むぁっかもざむぁおっで」
「いや、だから喋るのは食ってからでええ言うとんねん」
「全く落ち着きのない男にゃん」
「ははっ、でも思ったより元気そうでよかったですね」
「……これだけ食べれるなら問題ない」
「アオン……」
フェンリィですら呆れてしまう食いっぷりだからな。だけどセイラの言うとおり、これだけ食べたり飲んだり出来るなら体の方は心配しなくても大丈夫だろう。
「ぷはぁああぁああぁあ! いやぁ食った食ったでござる。いや! 真に大事な糧食を惜しげも無く恵んでいただき忝ないでござる」
一息ついたところでこの男は地面で正座をして頭を下げてきた。ござる口調といい腰の刀といい、もう侍にしか見えないんだが。
「ところで一つ聞きたいのだが、そなたが冒険者ギルドから一人でダンジョンに向かったというマサムネで間違いないだろうか?」
「おお! なんとこのようなべっぴんが拙者のようなしがない侍をご存知とは、至極光栄でござるな」
アンジェの質問を受け、正座からあぐらに変化し、膝をぱ~~んっ! と軽快に鳴らした後、大きな口を開けて笑い出した。
う~ん豪快なのか軽いのかよくわからんな。
「うちらがあんさんの事知っとるのは、ギルドで話を聞いたからやで。全く一人でこんな森にまでくるなんて無茶もいいとこやん」
「ほうほう、これは中々変わった口調のおなごでござるな」
「あんたに言われとうないわ!」
思わずカラーナが突っ込んだな。まあ口調がおかしいって意味ならこの侍の方が浮いてるだろ。
「ところでマサムネ、さん」
「マサムネでいいでござるよ。拙者堅苦しいのは苦手でござる」
「そうか、じゃあマサムネ、その一つ質問なんだが、マサムネは日本から来たわけじゃないよな?」
「日本? なんでござるかそれは?」
この反応……嘘を吐いているわけでもなさそうだし、やっぱ俺と同じってわけじゃないのか。まあこれで俺と同じだったらどんだけ成りきってるんだって話だけど。
「にゃんにゃん、マサムネはもしかしてアスラ王国から来てるにゃん?」
うん? アスラ王国?
「なんだニャーコ知っているのか?」
「にゃん、先生から聞いたことあるにゃん」
「先生って、ニャーコは誰かに何かを教わっていたことがあるのか?」
アンジェが興味深そうにニャーコに聞いた。確かに俺もそこは気になるところだな。
「にゃん、ニャーコのシノビのジョブは先生譲りにゃん。そして先生も変わった格好をしていてアスラ王国の出だと言っていたにゃん」
「おお! なんとニャーコ殿は拙者と同郷の者であったか」
「にゃん、話を聞いていたかにゃん? ニャーコじゃなくて先生がだにゃん」
「おっとそうでござったな。いやしかし、拙者感動でござる。まさか異国の地でシノビのジョブ持ちに会えるとは、世の中は広いようで狭いでござるな」
腕を袖に通し、うんうんと頷くマサムネ。それにしてもアスラ王国か……。
「ところでそのアスラ王国ってどこにあるねん? うち初めて聞いたわ」
「私もそういえば聞いたことありませんね……」
カラーナとメリッサが思案顔で述べる。どうやらこの世界の人間なら誰でも知っているというわけじゃないんだな。
「私はそういえば教わったことがあるな。そこまで詳しいわけではないが、確かこの大陸の東の半島の国であるギルティル公国から海を渡り、船で三日ほどの距離にある島国だった筈だ」
「……東の半島、獣人の多い国」
「アンッ!」
なるほど、流石にアンジェは王女というだけあって国に関しては詳しいようだな。
そしてセイラはそのギルティル公国という国のことも知っているようだ。
「そのアスラ王国にはマサムネみたいな感じの人が多いのか?」
「うむ、拙者の格好はこの大陸では珍しいようでござるが、アスラでは普通でござるな。それとジョブにも違いがあるでござる。拙者の国では侍や忍、妖術師や陰陽師などがおるでござるが、どうにもこちらの大陸では珍しいようでござるからな」
……なるほど。久しぶりにゲームとの共通点を見いだせたな。とは言っても結局実装されなかったけど、和風のジョブも用意されるという予定があったし、それにそういった和風の世界観を持った国も設定上では存在した。
一応シノビやサムライなんかは初期からあったのだけど、それは東方の島国から伝わったジョブだという話だったしな。それがアスラ王国という形でこの世界では存在するのだろう。
「ちなみにニャーコの故郷はそのギルティル公国にゃん」
「……なんかサラリと新事実をぶっこんでくるなお前」
「にゃん? もしかしてヒットにゃん、ニャーコに興味が湧いたにゃん?」
媚びるようなポーズでそんなこと言われた。一体こいつは俺にどうして欲しいんだ?
まあ、全く興味が無いと言えば嘘になるけどな。
「なるほど、それで合点がいったでござる。ギルティル公国は現状アスラ王国と唯一国交を結んでいる国でござるからな。故に多くはないでござるが拙者の国からギルティル公国に渡りそのまま移住したものもおるのでござる。ニャーコ殿が教えてもらった先生というのはきっとその一人であろう」
「なるほどな……しかしニャーコの事はともかくとして、マサムネはどうしてこんなところまで来ているんだ?」
「……うむ、拙者の場合は武者修業でござる。漢たるもの小さな世界に閉じこもってばかりでは駄目でござるゆえ、まだ見ぬ猛者を探し求めて世界中を旅して回っている最中でござるよ」
なんとも侍らしい理由だな。そして偉く脳筋な目的だ。
「ふむ、では一人ダンジョンへ向かおうとしたのも腕試しの為なのか?」
「いや、それは単純にギルドで話を聞いたからでござる。拙者もアスラ王国の【萬組合】に登録する身の上、放ってはおけないでござるよ」
「……そのよろず組合言うんは突っ込んだ方がええの?」
「おっとこれは失礼したでござる。こちらでは冒険者ギルドというのでござったな。うむ、同じ萬士、もとい冒険者として黙ってはいられなかったでござるよ」
ま、マサムネの国ではよろず組合によろず士というのか……流石にそれは初めて知ったが、中々微妙な気がするぞ。
「でも、マサムネさんは三日前にギルドを出られたのですよね? なぜこんなところで行き倒れみたいなことに?」
メリッサが質問すると、う、うむ、とマサムネが頬を掻きバツの悪そうな顔を見せた。
確かにメリッサの疑問はもっともだけどな。普通であればダンジョンの中にいてもおかしくない。
「そ、それがでござる。拙者道に迷ってしまったのでござるよ」
「はい? いや、道に迷ったって……この山道を伝っていけば湖に着くし、ダンジョンはその近くだって話だったと思うんだが?」
「うむ、確かにそうなのでござるが……途中拙者物の怪を見つけた故、それを退治してたでござる」
「も、物の怪?」
「こっちで言う魔物のことにゃん」
「ややこしくてしゃあないわ」
「すまんでござる、そうそうこちらでは魔物でござったな」
ところかわればとはいうが、本当にマサムネの国は和風なんだな……。
「拙者、それでその魔物を倒すのについつい熱くなってしまったでござる。それ故に途中で道がわからなくなったでござるよ」
「……ドジっ子?」
「アウン?」
いやセイラ、ドジっ子属性は男にあっても可愛くないぞ。
「やけど、そないなことで三日もウロウロしていたなんてどれだけ方向音痴やねんって話ちゃう?」
「うむ、なんとも面目ないでござる」
頭を擦りながら気恥ずかしそうにしているマサムネだが、でも、ちょっと待てよ?
「ちょっと気になったんだが、マサムネはつまりこの辺りの魔物をずっと狩っていたのか?」
「うむ、そうでござる」
「ちょ、ちょっと待て! ということはここに来るまでに全く魔物と遭遇しなかったのは……」
「うむ、それはそうでござるよ。この辺一体の魔物はあらかた拙者が片付けてしまったでござるからな」
……おいおい、こいつは思った以上にとんでもない奴と一緒になってしまったかもしれないぞ――




