第9話 侍?
冒険者ギルドで話を聞いた後ここにくるまでに倒した魔物の素材や魔晶を売却し俺達はその日の夜は宿をとり旅の疲れを取り早朝には街を出た。
ちなみにエリンには今回留守番をお願いした。エリンは、嫌なの!エリンも役に立つなの! と最初は言って聞かなかったけどな。
でもエリンは確かに内に秘めた力は相当なものなのだが、体力面ではまだまだ幼い。ダンジョンともなれば当然それなりの期間潜り続けなければいけないわけで、そうなるとエリンでは途中でバテてしまう可能性が高いだろ。
そういったことを考慮するとやっぱりな。エリンに何かあったらドワンとエリンギに申し訳が立たないし。
だからこの件は実は領主のエドにもお願いしておいたのだが、エリンにしか頼めないことがあるんだと伝え、俺達が戻るまではエドの屋敷で精霊の様子を見ていて欲しいと仕事を与えた。
実際精霊を普通に見れるのはエリンだけだしな。勿論当然これは建前でしか無いけど、エドも俺達がいない間エリンを屋敷で見ていてくれるとも言ってくれたからな。
『判ったなの! 精霊さんの事はエリンにお任せなの!』
結局彼女は俺達から、精霊のことを任せられるのはエリンだけ、と頼りにされたことで、残ることを決めてくれた。
やる気になってくれてよかったが、騙しているみたいで少し心苦しいかな。
でもエリンを残すことには他の皆も賛成だったからな。やっぱダンジョンは危険だろうと皆思っていたようだ。
まあそんなわけでエリンをエドの屋敷に預けた後は、湖近くのダンジョンまで冒険者の脚で半日ほどという話だったので、基本的には徒歩で進んでいくことにする。
目的地は標高一五〇〇メートル程度の中規模な山の中腹あたりにあるようだ。
それなりに険しいようだが湖近くは緩やかな道が続くらしい。
気になっているのはギルドで聞いたマサムネという冒険者の話で、一人でダンジョンに向かったらしいからな。
誰も戻ってきていないダンジョンに一人でって随分と無茶な奴だなと思うけど、耳にした以上放ってもおけない。
尤も昨日話を聞いた時点で三日前に街を出たというから、既にダンジョンに入っている可能性もなくはないけど、一応魔獣なんかも出る山だからな。
途中でまあ、考えるのもあれだがそういった事になっている可能性もある。つまり途中で死体になってる可能性だ。
その場合はせめて供養してギルドに報告してあげるぐらいは必要だしな。だから基本的には歩いて周囲に目を光らせながら進む。
山についたが中々緑が豊かだな。ただ空が覗き見えるぐらいは木々の間隔が開いてるので明るいし普通に歩いている分にはぽかぽかして心地よいぐらいだ。
ただ魔物は普通にいるみたいだしな。それに魔獣の話もあるし後はそのマサムネという冒険者のこともあるから俺は勿論、ここはフェンリィも頼りにさせてもらう。
「アン、アン」
「お、フェンリィ張り切っとるな」
「……皆の役に立てるのが嬉しい」
「わ、私も頑張らないと!」
「にゃんにゃん、ニャーコも犬には負けていられないにゃん!」
「いやフェンリィは狼だぞ……」
アンジェがなんとも真面目なツッコミを返す。それにしてもニャーコはフェンリィにライバル心燃やしてたのか? 猫だからなのか? でも普段はフェンリィに遊ばれてるなそういえば。
フェンリィ的には自分の方が立場が上と思っているのかもな。
どちらにしても先頭はフェンリィが進む形で、途中振り返っては大丈夫だとと伝えてくる。
う~ん仕草が愛らしい。
そして後方からチェックはメリッサの仕事だ。スポッターの彼女は天眼で遠くを見渡すことができるし透視で透かして見ることもできるからな。
そんなわけで俺達はダンジョン目掛けて緑の溢れる山を登っていく。
一応ダンジョンが現れるまでは湖が観光地として利用されていただけに、山道もしっかり敷設されている。
なので基本的にはそれを辿っていけば湖に辿り着けるし、ダンジョンは湖から東北方面に進むことで見つかるようだ。
「それにしてもボス、魔物もなんかでぇへんね」
「ああ、そうだな……」
カラーナの言うように、フェンリィも先頭をずんずん進んでいくが、特に怪しい気配は感じていないようだ。
元々が一般人もよく通る山道だし、本来ならそれほど魔物が出なくてもおかしくはない。そんな魔物が大量に出る場所に山道なんて危険過ぎるしな。
ただ、ダンジョンが出来ると周囲の魔物の動きが活発になる。だから今この山道も麓に看板を立て一般人の侵入は禁止されているぐらいだ。
だから、全く魔物が出ないというのもおかしな話ではあると思うんだが――
「……ガルッ! グルルルルルゥ!」
「……フェンリィ何かに気がついた」
おっと、そんなこと思っていたら前を進んでいたフェンリィが唸りだしたな。
セイラの言うとおり、この感じは何かが近くにいることを表しているわけだが――
「皆、油断するなよ!」
「わかっとるって」
「か、鑑定はおまかせを!」
「にゃん! 腕がなるにゃん!」
アンジェが警告の声を発し全員が身構える。
俺も双剣を抜きいつでも対応できるように周囲を警戒する。
すると――フェンリィのすぐ近くの藪がガサゴソと音を立て揺れ、直後、何かの影がその目の前に飛び出してきた。
「気をつけろフェンリィ!」
「アンッ!」
思わず俺がフェンリィに呼びかけ、それに答える勇敢な神獣。
だが――ドサッ! 現れた影の主は見事に地面に落下。かと思えばそのまま動かなくなった。
「……ク~ン」
フェンリィが困った様子でこちらを振り返り淋しげに鳴く。
うん、気持ちはわかるぞフェンリィ。
とりあえず少しは俺達も警戒して見ていたが、さっぱり動こうとしないので仕方ないので近づいてみる。
見たところ魔物ではなく明らかに人間だしな。
そして近づいてみて俺は、あ!? と思わず声を上げてしまった。
「なんだヒット知り合いなのか?」
「え? あ、いや別にそういうわけじゃないんだけど……」
そう、別に知り合いではない。ただこの格好は俺には懐かしすぎる言うか、はっきりと言えば和風過ぎた。
何せ来ているものは着物、それに腰には帯を締め、そこにこれは間違いなく俺のいた世界で言う日本刀が差されている。
そして髪の毛は黒く頭は髷とまではいかないが総髪だ。そう、見た目だけなら間違いなく侍である。
「にゃん、ヒットにゃん、もしかしてこれがマサムネじゃないにゃんか?」
するとニャーコが思い出したようにそんなことを言ってきた。
そういえば、確かおかしな格好をした男がダンジョンに向かったとギルドの職員も言っていたな。
うん、確かにこれはおかしな格好だな。この世界では特にそうだろ。俺のいた世界でもここまで見事な侍はもういない。
そんなことを思いつつ、うつ伏せに倒れた侍を眺めていると、ピクリと指が動いた。どうやらまだ息はあるようだな。
そして顔を少しずつ俺達の方へ向けていき、
「……ど、どなたか、後生でござる、た、食べ物と、水を、わ、分けてほしいでござるよ――」
と、そこまで言ったかと思えば盛大な腹の音が山中に響き渡ったのだった――
棚川かやま様からレビューを頂きました!嬉しくて小躍りしてしまいそうになりました。本当にありがとうございます感謝感激!




