第35話 とにかく戻ろう
「ボス大変や!」
俺がカラーナの心配をしながらメリッサと無事帰ってくるのを待っていると、ドアを力強く開けてカラーナが飛び込んできた。
どうも凄く慌てているようだが、何か情報を掴めたのだろうか?
なので俺はエキやメリッサ、そしてカラーナと一緒に戻ってきたセイラと一緒に彼女の話を聞くが――
「そんな、酷いです……」
カラーナの話を聞いたメリッサがドレスをギュッと掴み、涙声になる。
レイリアについては……予想はついていたがやはりなといったところだ。
それでいてこの街の住人の奴隷化など王国軍というには耳を疑いたくなるような話ばかりが飛び出してきた。
「……それは本当か――」
すると、いつの間にかレイリアの傍から離れ、俺達の話を聞いていたのであろうゲイルが拳をプルプル震わせながら怒りの様相で述べる。
「ゲイル、お前……」
「許せねぇ! 許せねぇあいつら! 俺が、俺が絶対ぶっ殺してやる! 今すぐ乗り込んであいつらを!」
「落ち着けゲイル! 今お前が行ってどうなるっていうんだ? 相手はあの王国軍の連中だぞ! 策もなしに飛び出したところで返り討ちにあうのが落ちだ! それに奴らはやろうと思えばいくらでもお前に罪を負わせる事ができる。レイリアはお前がそんな目に遭わないようにその為に奴らの言いなりになったんだ。その気持ち無駄にするな!」
「くっ! だが納得できねえ! 俺は許せねえ! あいつらも、俺自身も! レイリアがこんな目に、こんな辛い目にあってるのに彼女を信じる事が出来なかった。俺はこの命に変えても奴らに一矢報いねぇと!」
「勝手なこと言うとるんやないで、このアホんだら! そんな身勝手してレイリアが喜ぶとほんまに思うとるんかい!」
ゲイルに向かってカラーナが吠えた。その表情は怒りに満ちている。
「ほんま、ほんま男は勝手やわ。自分を犠牲にって、そんなんされても嬉しくないねん! なんやねんほんま! 大体レイリアがこうなったのもあんたのせいやって? あったりまえやろそんなもん! そうや、あんたのせいや! あんたがそんなんやからレイリアがこんな酷い目にあったんや! やけどな! それが判っとんのやったら生きて償わんかいボケェ!」
そしてゲイルに近づき胸ぐらを掴んで捲し立てる。凄い迫力だ。まさに男顔負けだな……これはあんまりカラーナを怒らせないほうがいいかもしれないとは思うけど……でも確かに、何も考えず突っ込んだって無駄死にでしかないだろうな。
「……カラーナの言うとおりです。実は私も、本当に腸が煮えくり返る思いなんですよ。王国軍もそうですが、貴方にだって……本当引っ叩いてやろうかとも思ったけど、カラーナが全て言ってくれました」
メリッサはメリッサで涙目から一変、きつい眼差しをゲイルに向ける。
セイラも、一見表情に変化は少なそうだが、よく見ると汚物を見るような目でゲイルを見ている。女性陣は中々に手厳しい。
「……まあとにかく、お前のやろうとしていることは身勝手過ぎる。軽率な行動を取ったなら下手すれば街の人間にも飛び火しかねないんだ。リーダーを務めていたのだからそれぐらい判れ。とにかく頭を冷やすんだな」
「……う、うぅうう、レイリア、レイリアぁああああ」
結局ゲイルは床に膝を落とし、その場で泣き崩れた。それを認めカラーナもため息混じりに頭を掻き俺達の席まで戻ってくる。
「さて、とにかく今後はどうするかといったところだよな」
「そやなボス。あいつらがレイリアをあんな目に遭わせたことも、裏で怪しいこと目論んでるんも判ったけどな」
「でも、それが判ったからといって訴えても――」
「……とても聞き入れてはもらえない思う。ここにいる王国軍、セントラルハーツ含めて、全員敵」
「ウォン! ウォン!」
確かにそのとおりだ。カラーナの持ち帰った話を聞くに、あの豚蛙も当然というか多分この件に関しては責任者のようなものなのだろう。
なんだか怪しいと思ったが面だけでなく心も醜い豚だったな。
だが、それだけに厄介だ。いくらここで俺たちが奴らの企てを暴露したところで握りつぶされるのがおちだからな。
「それですが……ここは一旦皆さんにはセントラルアーツに戻っていただきたいと思います」
「セントラルアーツに?」
「はい。もうここまで来たら俺達だけでなんとかなる問題ではない。だから――」
「そうか、シャドウ……確かにシャドウなら上手い手を考えてくれるかもしれない」
何せあいつは裏の世界にも通じていたほどの男だ。蛇の道は蛇というわけでもないが、こういった手合いを相手取るにはシャドウの存在が心強いかもしれない。
「それと、その時一緒にこのふたりもセントラルアーツに連れて行ってもらいたい」
「あ、あの……先程はありがとうございました」
「姉さんを助けてくれた御方ですね。本当に感謝しています」
ふたりの姉弟が顔を出し俺達に頭を下げてきた。既にお礼は言われていたが、カラーナに対する感謝の表れだろうな。
このふたりの内、姉の方はどうやら奴らの慰みものになっていたのをカラーナが助けたようだ。
それにしても本当にろくでもない連中だけどな……。
「このふたりは、折角助けて頂いたのだが、このままでは――」
「街にはいられない、ということかな」
「確かに連中が今血眼になって探しとるからなあ。街までやってくるんも時間の問題やで」
「え? じゃあ……」
「はい、できればすぐにでも出たほうがいいでしょう。今見つかったらセントラルアーツに戻るどころではなくなります」
確かにな。正直俺達だけならなんとでもなると思うが、下手に暴れると結果的に街の皆に迷惑をかけることになる。
「……すぐに戻るのがベスト」
「アン! アン!」
「そうだな。だけどどう出る? 出入り口には王国から来てる兵が見張ってるしな」
馬車は念のため外に繋いで魔物よけの魔導具をつけてあるから、外まで出ることができれば、後はこのふたりも乗せてたつことができるけどな。
「それなら俺に任せてくれ。何かあった時のために秘密の抜け穴を作っておいた。ただ小さい穴だから、一人ずつ抜けてもらう必要があるが」
「抜け穴? そうか! それなら助かる。俺の力があれば穴さえあればすぐにぬけ出す事が可能だからな」
ステップキャンセルの応用だけどな。一人ずつ抜けれる程度の穴でも大丈夫だ。縦に並んで移動場所を指定できればそれで行けるはずだからな。
そうと決まれば、とりあえずは一旦街を離れようとも思うけど、ただ――
「しかし街の皆は大丈夫だろうか? 特に、その、また別の女の子が――」
そこまで言って口篭ってしまう。なんとも口にしづらい案件だが、あの連中はただでさえ好き勝手やってきたんだ。
この姉弟を逃がすのはいいとして、その代わりを探し始めたりしないだろうか?
「それなら俺に任せてくれ。ちょっと考えがあってな。だからシャドウにはこれを渡しておいて欲しい」
そう言って手紙を渡された。封筒なんてものはないから丸めて紐で結んである。
俺はそれをマジックバッグにしまいこんだ。そしてエキの案内で上手く兵士の目を盗みながら抜け穴に向かう。
エキの言っていた場所は使われてない家屋を利用したようで、そこから掘って壁の反対側に抜けれるようにしたようだ。
「ここから東側に抜ける事が出来る。ただ川を挟んでしまっていて、西側に行くには北側の森を経由してぐるりと抜ける必要がある。少し面倒かもしれないが――」
本当は南から行くのが早いんだが、当然そっちは見張りの兵士がいるから、回りこむように行くしか無いって話のようだ。
尤も、そっちの方が目立たなくていいだろうな。
なので俺達はエキに別れの挨拶を済まし、ステップキャンセルで一気に反対側の抜け穴まで移動した。
一緒に逃げてきた姉弟は驚いていたが、今更隠しておくほどのことではないだろう。
そして俺達は北の森に入り西に向かう。当然外は暗いが、カラーナが夜目が利くし、フェンリィも夜に強いので問題なくすすむ。
「グェ!」
「グギョ!」
その途中、なんとなく聞き覚えのある声が聞こえたので、皆に少し待ってて貰いつつ声のする方へいくと、やっぱりゴブリン共だな――
俺は数体のゴブリンをキャンセルで八つ裂きにする。だが、当然だがこれでは気が収まらない。
「悪い、フェンリィ以外先に戻っててもらっていいかな?」
「え? どうかしたのですかご主人様?」
「そや、ボス一体どうしたん? あまりのんびりしてる暇ないと思うんやけど」
「うん、まあ、そうなんだけどな。ただそこにゴブリンがいてな……」
それを聞いてカラーナとメリッサが顔を見合わせ頷いた。どうやら俺の考えていることを察したようだ。
「だったらうちもいくで」
「私にも手伝わせて下さい! レイリアの、レイリアの仇をとりたいです」
「う~ん、でもふたりがな……」
「……それなら大丈夫。私が見てる。フェンリィは皆をお願い」
「ワン!」
「あ、なんかすみません私達が足手纏になってしまって」
「何いうとんねん! あんな辛い目にあったんだからもっと頼ってええんやで。それと、あんたはセイラがいるからって油断しないで、しっかりお姉ちゃんを守るんやで」
「……う、うん判った!」
話が纏まり俺たちは残りのゴブリンを探しに向かった。
フェンリィの鼻を頼りにゴブリンの遺体から奴らの塒を探しだす。
レイリアを、あんな目に遭わせたゴブリンは退治されたって話でもあったが、今の俺はそもそもゴブリンそのものを片付けてしまいたくて仕方がない。
正直言えばこんなのはただの八つ当たりにすぎないのかもしれない。本来ならその原因を作ったあの連中を八つ裂きにしてやりたい気持ちでもある。
だが――感情に任せて動けば必ず後悔する。だけど、このやるせない気持ちの、行き場のない感情を――何かにぶつけなければどうにかなってしまいそうだ。
「ギャギョ!」
「ギヒェ!」
「ギュギョ! ギョ!」
ゴブリンの集まる塒は思いの外あっさりと見つかった。フェンリィの鼻は流石に優秀だな。
そして当然だがゴブリンごとき今の俺達の相手ではない。
つまりここから先は一方的な惨殺タイムだった。本来サポート役のメリッサでもゴブリンごときに遅れをとるようなことはなく、久しぶりにウィンドエストックを振るい、ゴブリンの脳天を胸をそして陰茎を貫いていく。
カラーナも容赦がない。二本のナイフで次から次へと切り刻んでいた。フェンリィも風を纏いミキサーのように肉ミンチに変えていく。
まあ俺も似たようなもんだ。キャンセルを駆使し、四肢を切断し、首を刎ね、原型を咎めてないほどに蹂躙していく。
結局五十体ほどいたゴブリンは俺達の手であっという間に物言わぬ骸に成り果てた。
俺達の周囲には醜悪な魔物の肉片と鮮血の海が広がっていた。
おかげで、多少はウサを晴らすことが出来たが――本当に多少だ。微々たるものだ。こんな程度で心からスッキリなんて出来るわけもない。
「……行くか」
「そう、ですね」
「……そやね」
「クゥ~ン」
戻るとセイラはセイラでその辺りの魔物を何匹か狩っていた。
「……念のため」
抑揚のない声でそう返してきたが、セイラはセイラで思うところがあったのかもしれない。
どちらにせよ俺たちはその脚でぐるりと回り込むようにして西側の馬車の位置まで無事辿り着いた。
魔導具の効果はしっかりあったようで、馬車は無事である。そしてメリッサの隣に夜でも視界が確保できるカラーナが座り、セントラルアーツに向けて夜の道を走らせたのだった――




