第24話 王国騎士団
「遠路はるばるようこそおいでくださいました」
「ふんっ!」
尊大な男だな、それが第一印象でゲイルが感じたことだ。
「私は王国軍正騎士団所属、階級は中佐。今回の先遣隊では隊長を務める、ジョルト・ヘンベルだ」
そこまで言った後、ギロリとゲイルを睨めつけてくる。
それで? 貴様は誰なんだ? と威嚇するように目で訴えてきているのが、ゲイルとその両隣で構える仲間たちにも理解が出来た。
その男の後ろには馬上に跨がり続ける男の姿。
馬の数は一〇、軍の紋章が刻まれた立派な白銀の鎧から彼らも騎士である事が理解できる。
騎士は最低でも准男爵の爵位を持ち、更に隊長であるこの男は佐官である事から、少なくとも子爵以上の位を持つことは間違いがない。
そしてその騎士たちとは別に歩兵の数がざっと見たところで八〇~一〇〇。
何かを運ぶための大型の運用馬車が六台と、先遣隊としてはそれなりの大所帯で赴いてきているようだ。
「……私は現在、このイーストアーツ周辺の復興のため生き残った者達の纏め役を担っているゲイルです。どうぞお見知り置きを」
「ん~、ん~? ゲイル? なんだ貴様は家名も持ちあわせてないのか?」
「……私は元々はしがない冒険者だったもので、そういったものは持ちあわせておりません」
ムッとはしたが、なるべく言葉を選んでゲイルも相手と接する。
「ふん、なんだ冒険者風情がこの街を取り仕切ってるだと? 身の程知らずも甚だしいな」
「ヘンベル卿。それも致し方無いかと。何せ――」
「ん~? ん~? あぁ、そうかそうであったな。確かここを治めていたチェリオ伯爵は結託した街の人間によって殺されてしまったのだったか」
「……その言い方だとまるで我々が悪いようにも思えますが」
ゲイルの発言にヘンベルが眉を寄せ顔を眇めた。
どこか人を見下したような高圧的な空気がピリピリとゲイルの身に纏わりつく。
「……この街を見て下さい。これでもましになった方ですが、チェリオの所業でかなりの家屋が半壊し、以前の面影すら残っていない。多くの人が奴の所為で死にました。ましてや魔族と共謀し魔物さえも兵として利用したのです。今ここで討っておかなければ間違いなく王国に仇なす存在となっていたはずです」
「ん~、ん~? とはいってもな。この目でみたわけでもない」
訝しげな瞳を向けるヘンベル。
その姿にゲイルは拳を強く握りしめた。
おかしな口癖がより腹立たしさを極めさせた。
「……そこまで言われるなら仕方ありません。私も直接話を伺っておりますが、王国の正騎士であるアンジェ様もこの件で協力していただきましたし、チェリオの凶行も目にしております。今はセントラルアーツの復興を手伝って頂いておられますが、きっと証人になってくれるでしょう。それに、何より報告はアンジェ様自らが認め逓送されてると聞き及んでいますが」
「……あぁ聞いてるさ。小娘風情が生意気にもな」
「え?」
ヘンベルの声が急に萎んだ為、ゲイルが問い返すが、高圧的な態度を崩すことなくヘンベルが応じる。
「何でもない。勿論その件は聞いている。だからこそ我々は事の真意を確かめるためにここまでやってきたのだ。まぁメインはセントラルアーツだがな。ここには今日一日部下たちも休めるよう立ち寄ったわけだが」
「つまり明日には出発されると?」
「ん~、ん~? 随分と嬉しそうだな。確かに私は明日出発するが、この内半分は残してはいくぞ。この街の惨状をみてそのままというわけにもいかないからな」
惨状という言葉に反応するゲイル。
確かにこんな事になる前に比べれば酷い状態ではあるが、それでもなんとか立てなおそうと生き残った皆は頑張っている。
しかしこの男の言い方は、そういった部分を一切評価していない言い草だ。
聞きようによっては寧ろゲイル達のせいでこうなったと言っているようですらある。
「そして明日からは、ここにいるザクスがここで陣頭指揮を取る」
「おいおいあんた。いくら王国騎士様だか知らねぇが、いきなりやってきて勝手な事言わないでくれよ。第一ゲイルは上手くやってくれてる。なんだったらこのまま」
「黙れ、冒険者風情が偉そうに、由緒正しき騎士であり、子爵でもある私に意見するなど不敬を問われても文句を言えぬぞ!」
ヘンベルが吠え、その威勢に多くの者は尻込むが、血の気の多い者は言い返そうと前に出る。
しかしゲイルはそれを手で抑え、頭を下げた。
「……お許し下さいヘンベル卿。彼らも私を思ってのことなのです」
「ん~、ん~? ふんっ、まぁ私はこうみえて心の広い男だ。冒険者なんてその日暮らしの仕事しか出来なかったような連中が礼儀など知るはずもないしな。不問にしておいてやろう。それに何も貴様の仕事を取り上げると言っているわけではない。こちらとて色々話を聞く必要があるしな。貴様には明日からはザクスの下で業務の補佐をお願いしよう。ザクスは男爵の位を持つ騎士だ。その下で働けるのだから寧ろ光栄に思ってもらわなければ」
ヘンベルがそう述べると、騎士の一人が一歩前に出る。
それがきっとザクスなのだろう。鍛え上げられた肉体を持つ中年の男で、剃っているのか髪は一切生えていない。
「……」
ザクスとヘンベルを交互に見やった後、ゲイルは若干の不満を表情に滲ませる。
まるで最初から決まっていたがごとく、話が進んでいくのが気に入らなかった。
「ん~、ん~? なんだその顔は? あぁそうだ、一つ大事な事を忘れていたな。今回の遠征では王より貴重な物資を運ぶよう頼まれてもいる。この馬車に積まれているのがそれだ。勿論割当は全て私に一任されているのだがね」
その言葉にゲイルは目を見張った。
イーストアーツにおいて問題なのは、やはり物資が圧倒的に不足している事だった。
皆の協力で少しずつ農作業も再開されつつあるが、それでも中々厳しく蓄えも心許ない。
セントラルアーツはシャドウの手腕でなんとかなりそうだという話も耳にしており、助けを乞うか迷っていたぐらいでもある。
しかしシャドウには既にかなり世話になっているのも確かで、出来れば自分たちでなんとかしたいという気持ちが強い。
しかしここで救援物資が手に入るなら大分楽になる。
王国側からの支援であれば遠慮する必要もないだろう。
「そうでしたか……陛下のご配慮大変痛み入ります。補佐の件は謹んでお受けいたします。この街の復興の為、ご協力どうぞよろしくお願い致します」
「お、おいゲイル」
「いいんだ。それよりも――」
ゲイルは目で、お前も頭を下げろと促した。
ここで自分が意地を張って、折角物資を運んできた騎士たちの機嫌を損ねたら水の泡だ。
そう考えての行動であった。
確かに彼らの態度は気に入らない部分も多いが背に腹は代えられない。
「ん~、ん~? ふむ、判ればいいのだ。まぁ安心しろ、物資はきちんと割り振ってやる。この街もみたところ大変そうだからな。これがなければ年を越すのも一苦労であろう」
「ありがとうございます」
「あぁ判った。それで今夜の寝床を用意して貰いたいのだがな。何せなかなかの遠征だった上、兵も騎士たちも疲弊しておる」
「そうですか……しかしなにぶん急な事でしたので、少々お時間をいただくことになるかとは思いますが、多少のご不便は容認いただけると」
「ん~、ん~? あそこはどうなっているのだ?」
ヘンベルは丘の上に見える屋敷を指さしてそう言った。
そこはチェリオ伯爵が生前住んでいた屋敷である。
「え? あ、あの屋敷ですか」
「そうだ。まさか貴様が暮らしているとかではあるまいな?」
威圧するような強い口調。
だが、ゲイルからしてみればそれは心外な話であった。
「……いえ。街の者にとっては、あそこにいい思い出がなく、半ば負の遺産といった形であり」
「つまり誰も使っていないのだな?」
「えぇ、まぁ」
ゲイルの話を途中で遮るように質問を被せる。
それにゲイルも素直に返した。
「ふむ、ならば丁度よい。今後はあそこを拠点とさせて貰おう。なかなか広そうな屋敷だしな。あれであれば今夜の寝床としても十分すぎるだろう」
「……」
「なんだ? 何か不満があるのか?」
顔を顰め不機嫌そうにヘンベルが述べる。
しかし、確かに自分たちで利用したいとは思わないが、彼らがそういうなら嫌だという正当な理由もない。
「いえ、判りました。ではそのように……」
「ゲイル!」
仕方がないと諦めたその時、彼を呼ぶ声が聞こえ振り返ると、駆け寄ってくるは。
「あ、レイリア!?」
思わず叫ぶ。
そんなゲイルの横に並び、レイリアが息をついた。
「ん~、ん~? ほぅ……その娘は?」
するとレイリアに視線を移し、ヘンベルが問うように言う。
「あ、申し遅れました。私、そのゲイルの……」
そこまでいってレイリアがゲイルの顔色を窺うように視線を投げた。
するとゲイルがコホンッ、と咳払いし後を引き継ぐ。
「彼女はレイリア。一応私の婚約者です」
「レイリアと申します。王都から遠路はるばるようこそおいで下さいました」
ゲイルの紹介に合わせて、レイリアが恭しく頭を下げた。
彼女も彼らが王国から派遣されてきたであろう正騎士であることは理解している。
だからこそ、妻になる身として一言挨拶に来たのだろう。
「ほう……婚約者――これはまた随分と美しい娘を見つけたものだな」
「美しいだなんてそんな……」
頬に手を当て照れくさそうに頬を染めるレイリア。
褒められて悪い気はしなかったのだろう。
「レイリア。俺はヘンベル卿や皆さんを屋敷まで案内するから君は……」
「ん~、ん~? レイリアだったか? そなたは料理などは出来るかな?」
そんなレイリアを横目で見つつ、ゲイルが口を開くが、それに構わずヘンベルが質問を重ねてきた。
「え? あ、はい。一応人並みには嗜んでおります」
「ほぉ、それは丁度いい。何せ男だけの部隊だ。旅の途中もあまりよい飯にありつけず、料理などこなせるものもいない。どうかな? 英気を養うためにもその腕を振るってはいただけぬか?」
「え? 私がですか?」
レイリアは口元に手を添え、突然の抜擢に目を丸める。
「そなた以外におるまい。それにどうせお願いするなら、見目麗しい女性のほうが良いしな。どうだゲイル、構わないであろう?」
「いや、しかし……」
ヘンベルはさも当然のように、答えありきの質問をぶつけるが、ゲイルが戸惑い口籠る。
「ん~、ん~? なんだ貴様は。婚約者に料理の世話を頼めないほど尻に敷かれているのか?」
「そういうわけではなく、ただ」
責めるような視線に戸惑うゲイル。
どうみてもあまり気乗りしない様子だが。
「判りました。皆様の疲れが取れますように、腕によりをかけて振る舞わせて頂きます」
「お、おいレイリア」
しかしレイリアはゲイルの判断も待たず、勝手に承認の意を示してしまう。
ゲイルは右手を差し伸べるようにし、戸惑いの表情を浮かべるが、レイリアが腰に手を当て口を開いた。
「あら貴方、私の腕が信用できなくて?」
「そういうわけではないが……」
「ふむ、よくわかっているではないか。これはまた随分と気立ての良い女性を見つけたな。羨ましい限りだ」
ヘンベルが満足そうに頷く。彼の中では既に決定事項のようだ。
それにレイリアも完全にその気である。ゲイルの為に役立ちたいという気持ちが先立っているのだろう。
こうなるともう止める事は出来ないな、とゲイルは諦め彼女が夕食を振る舞うのを認めた。
任せておいて、と張り切るレイリアにやれやれと嘆息するゲイル。
その様子を眺めながらヘンベルが口を開き。
「それでは楽しみに待っているぞ。ゲイル案内の方を頼む」
「……承知致しました」
屋敷までの先導を頼まれ、ゲイルは仕方ないといった空気を滲ませながら正騎士と兵士を屋敷にまで導くのだった――




