第5話 一日目終了
「シャトー様の護衛につかなくて本当にいいのだろうか……」
襲いかかってきたキリカマの鎌攻撃を躱し、敵を水球で包み込みつつ、マリーンが納得の言っていないような表情で呟いた。
「俺達の主が大丈夫だと言ってるんだから仕方ないだろ。それにヒット様達も残ってるんだ。コアンもいるしな、正直俺達が残ってるよりずっと頼りになるだろうよ」
「確かにそうかもしれないが――」
「いや、そんな会話しつつ凄いなふたりとも……」
彼らとパーティーを組んでいるナイトが感嘆の声を漏らす。
何せマリーンはダイアと話をしながらも泡に閉じ込めた相手を切り裂き、更に近づいてきた別のキリカマもイルカを具現化させたような水撃と合わせて切り裂くドルフィンアタックで撃退してしまう。
キリカマは歪な楕円形の顔と、やせ細り節くれだった身体が特徴的な魔物だ。
長身で両腕が地面に到達する程ながく手が鎌のようになっている。
そしてこの魔物は鎌状の両手を使い攻撃を仕掛けてくる。
長身と尺のあるリーチとが相まって、手練の冒険者でも近づくことすら出来ず鎌で切り裂かれたなんて話もよく聞くほどの魔物であるが、それもマリーンにとっては赤子の手をひねるようなものだったようだ。
そして更に言えばマリーンはとても美しくもあり――思わず見惚れてしまう騎士ふたりでもある。
「おい! ボケっとしてんなよ!」
するともう一人の仲間であるランザーがリザードマンを貫きながら怒鳴った。
その言葉にハッ! となりナイトのふたりが改めて周囲の魔物を片付け始める。
一方その頃、マリーンと会話しながらダイアは巨大な蜘蛛と対峙していた。
ジャイアントスパイダー――この巨大な蜘蛛もやはり魔物である。
見た目には昆虫の蜘蛛がそのまま巨大になったようなもので芸が無いが、しかし相手をするとこれほど恐ろしい敵はいない。
この蜘蛛はガタイの良い冒険者の男であってもあっさりと捕獲できるほどの体躯を有し、前肢の特に長い爪を器用に扱い攻撃を仕掛けてくる。
更に口からは体内で生成した糸を吐き出し投げ網のようにして相手を捕らえに掛かる。
そして網にかかった相手を、口と繋がった一本の強靭な糸で引き寄せ獰猛な牙でがぶりと食い付くのである。
この蜘蛛型の魔物は爪にも牙にも神経性の毒が通っており、攻撃を食らうと身体が痺れて自由が効かなくなってしまう。そしてその状態から生きながらもしゃもしゃと相手を食べてしまう。
この悍ましさから冒険者の中でもこの魔物を忌避する者は多い。
アマチュアランクでは出会った瞬間に死を覚悟し、マネジャーランクでも単身じゃ絶対に相手はしたくない魔物である。
そしてそんなジャイアントスパイダーの、そうこの蜘蛛の投げつけた網は、しかしダイアに――見事命中しその身が糸に包まれた。
「て、何してんのよダイア!」
思わずズッコケそうになりながらも叫ぶマリーン。
「あ~ちょっと油断した」
網の中で肩を竦めるダイア。それを見ながらマリーンが、今助ける! と駆け寄ろうとするが。
「いや、いい。そっちを優先させておけ。こっちは問題ない」
ダイアの返しに、え? と目を丸くさせるマリーンだが、強がりで言っているわけではない事を察したのか素直に自分の戦いに戻っていった。
そして当の網で捕獲した大蜘蛛は爪を器用に使い、糸を巻き取るようにしてダイアを引き寄せようとするが――
「どうした? この程度じゃ俺は動かないぞ」
蜘蛛とダイアの間の糸がピーンと張られたままびくともしない。
ダイアはスキル仁王立ちも発動しているため、地面に根を生やすが如くどっしりと構え微動だにしていない。
引いても引いても全く動かないダイアに、いよいよ痺れを切らせたジャイアントスパイダーがカサカサと耳障りな音を奏でながら、正面からダイアに迫る。
この蜘蛛から噴出された糸は粘着性が強く、一度絡まれば動きはかなり制限される。
更にダイアの持つポールアックスでは柄の長さが災いしてこのままでは上手く振るう事は出来ない。
しかしダイアは慌てた様子も見せず、落ち着いた表情でフルフェイスタイプのヘルムのバイザーを下ろし、その隙間からじっくりと敵の攻撃を見据える。
接近した蜘蛛の爪が容赦なく仁王立ち状態のダイアに襲いかかる。
ガキィン! ガキィン! と鋼鉄を打つ音が当たりに鳴り響き続けた。
だが、スーパーアーマーのスキルを使用している事で鎧はより頑強な壁と化しその爪の攻撃を全く通さずに弾き返す。
神経毒を有す爪であっても直接傷を負わせられなければ意味が無い。
「そろそろ頃合いかな――」
ボソリとダイアが呟く。染みだした闘気が鎧の中から煙となって立ち上る。
全身の体温が上がり、熱を持った手でその柄を握りしめ、兜越しに目標の姿をしっかり捕捉する。
そして更に全身が発光。スペシャルスキルであるオフェンス&ディフェンスプラス《一体》を発動したからだ。
これは武器に防具の性能を防具に武器の性能をプラスするスキルだ。
「うぉおおぉおおお!」
気勢を上げダイアがポールアックスを一閃――するとその身を覆っていた蜘蛛の糸が切り払われ、更に蜘蛛の身にも一文字の傷が刻まれ大量の緑の血が吹き上がる。
蜘蛛の丸く紅い光を帯びた瞳に動揺の色が浮かび上がる。
絶対の自信があった網が切り裂かれたのだからそれも仕方がない。
だが、何故糸を断ち本体に傷を付ける事が出来たのか――秘密は武器を持つダイアの握りにあった。
ダイアは攻撃に移る直前スペシャルスキルで武器の威力をあげていた。
更に固有スキルであるラスチャージアタックを発動していた為、攻撃を受けた分だけ次の一撃の威力を上げていた。
だが、それでもダイアの持つポールアックスでは柄が長くまともに振る事はかなわない。
そこでダイアは柄を短く持ち全身で回転するようにしながら一撃を放った。
通常このやり方では威力は損なわれてしまうが、その分はスペシャルスキルと固有スキルの使用によって補われ、見事に網を切り蜘蛛にダメージを与えた。
ただ、まだ終わりではない。傷は深いが大蜘蛛は諦める事なく一旦距離を取ろうとする。
だが、それをダイアが許すまでもなく、柄の握りを元に戻し肉薄、鈎の部分を蜘蛛の身に叩きつけ、そのまま地面を引き摺るように回転させた。
長柄武器のスキルである【引き地滑り】だ。更に地面に張り付いたようになっている蜘蛛の頭部へフルスイングで斧刃を叩き込む。
プシューという音と共に割れた頭部から緑色の液体が噴水のように舞う。
そんな状態でも流石に蟲の生命力は強く、暫くはカサカサ蠢き続けたが、次第に元気がなくなり終いには活動を停止した。
「うぇ、気持ちわる――」
ふぅ、と息を吐く体液まみれになったダイアを横目にマリーンは顔を歪め嫌悪感を露わにした。
やはり彼女も女、こういう魔物は苦手なようだ――
◇◆◇
(みんな結構頑張ってるにゃんね――)
森のなかを木から木へ飛び移りながら、魔物退治に勤しむメンバーを俯瞰しニャーコは心のなかで思った。
この状況であれば己がわざわざ手助けに入る必要はないだろう。
跋扈している魔物はどれも中々のレベルだが、五人一組で分かれた彼らも結構な手練である。
そう安々と命を奪われるような事はなさそうだ。
とはいえ――だからとニャーコ自身が何もせず、ただ見ていればいいだけの状況なのかと言えばそんな事はない。
彼女の猫耳がピョコピョコと揺れ、黒目だけを動かし相手の位置を掴む。
「三匹かにゃあ。全くニャーコみたいなキュートなレディ相手に不貞な奴らにゃ」
比較的太めな梢の上に立ち、腰に両手をあてながら不機嫌そうに眉を顰める。
するとガサゴソと枝葉の擦れ合う音がし、黒い影が三つニャーコの周囲の枝に降り立った。
「むぅ、モンキルにゃんね。面倒にゃん」
首を巡らせ相手を確認する猫耳娘。
キーキーと鳴き声を上げるそれは、赤褐色の毛衣で被われ身長は一五〇cm程度。
脚よりも腕のほうが長く、毛のない顔は酩酊したかのように赤い、猿タイプの魔物である。
このモンキル、特に森を好んで生息し単体では行動せず、大抵の場合はスリーマンセルで行動する。
長い腕を振り子のように使って枝から枝へと飛び移り、素早い動きで相手を翻弄しながら近づき、獲物を握りつぶすのがこの恐るべき魔物の戦い方だ。
驚異的な一トンに上る握力を誇り、下手な鎧であればその手で軽く握るだけでも拉げてしまう程であり当然鎧を着ていない生身の人間であればひとたまりもない。
そして今のニャーコに関しては身軽さを重視してかこれといった鎧などは装備しておらず、当然掴まれでもしたら一巻の終わりである。
ニャーコもそれは重々承知の上なのか、愛用の小太刀を構え迎え撃つ体勢。
と、そこへモンキルの一匹が跳躍しニャーコの小さな肩に掴みかかる。
「甘いにゃん!」
片目を閉じ、声を上げつつ枝を揺らし靭やかな身が跳躍、前もって定めておいた別の枝に飛び移ろうとするが――そこへ左右からふたつの影。
のこりの二匹のモンキルがニャーコの動きを読んでたが如く挟撃を仕掛けてきたのだ。
空中漂うこの状況ではこの攻撃はとても避けられそうにない。
「ウキィイイイ!」
奇声を上げ左右から合わせて四本の腕がミャウの身を捕らえた。この魔物の握力を持ってかかれば掴んだその瞬間には、女の身体などいともたやすくバラバラに引き千切られてしまうことだろう。
だが――そうはならなかった。確かにその握力で掴まれた部位は欠けこそしたが、しかしドスンという音を残し丸太が地面に跡を残す。
その様子にモンキルの二匹は目を丸くさせた。
「上にゃんよ!」
驚愕し顔を上げた二匹の頭上にはニャーコの姿。身代わりの術――このシノビの忍術をもって彼女は丸太を目眩ましに利用したのである。
そしてまぬけな顔を晒す猿二匹を見下ろしつつ、脇に装着していたクナイを抜き取り指に挟め八本同時に投げつけた。
シノビの得意としてる乱れ投げの術である。
投擲されたクナイは淀みなく八本全てが二匹に命中した。
一匹はその身に受けた四本の内の一本が心の臓を貫き、絶命し地面に落下した。
もう一匹は死にこそしなかったが肩と膝、そして片目を失う事となる。
「キキッ――」
地面に落下し満身創痍といったところだがまだその瞳は敵意をむき出しに、ニャーコを睨めつけている。
「中々しぶといにゃんね」
空中で呟きつつ小太刀の刃を下に向け、相手に目指して落下する。体重を乗せた一撃でトドメを刺すつもりだろう。
だがそんな事をさせてたまるかと残ったもう一匹が枝を掴みぐるりと回転した勢いを利用し、再度ニャーコに飛びかかろうとする。
ニャーコの猫目が動き、迫る魔物を捉えた。
小太刀を口に咥え、両手で手早く印を結んでいき。
(風印の術・輪!)
心で念じ忍術を完成させ、その手の中に風が集まり、切れ味するどい風の輪が出来上がり相手に向かって投げつけた。
ギュルギュルと回転音を刻みながら、迫るモンキルの首を輪が捉え、スパンッ! という快音と共に猿の頭が宙を舞う。
相手の死を認めた後は咥えていた小太刀を両手で握り直し、地べたでもがき続けている最後の一匹にトドメの一撃を叩き込んだ。
急所に体重を乗せた一撃を受けた魔物は為す術もなく絶命する。
刃を抜き、ふぅ――と立ち上がった後やれやれと額を拭うニャーコ。
「まぁニャーコに掛かればこんなもんにゃんね」
そして最後にそう言い残し再び他のメンバーの状況を確認するために移動を開始した。
だがその後も何度か魔物に襲われる事はあったが、それらを全て返り討ちにしつつ他のパーティーも問題なく自分の仕事を全うしているのを認めた後――日が落ち始めた頃を見計らって陣地へと戻っていった。
それは他のパーティーも一緒であり――こうして一日目は誰一人として離脱者を出すことなく無事狩りは終了した。
マリーンの相手していたキリカマも
ダイアの相手していたジャイアントスパイダーも
一緒に行動していたナイトやランザーでは単身では厳しい相手だったりします




