第151話 曇天の空の下
前の話で時間の設定に間違いがありました。
屋根が開いた後は夜としてましたが修正し曇という形に表現させて頂いております。
ガルムとの戦いは終わり、フェンリィの姿も戻った後は、セイラは疲弊したフェンリィを撫で無表情ながらも温かみのある態度で接し勇敢なる愛狼を労っていた。
「あれ? あそこにいるのヒット様のメイドのセイラさんじゃね?」
「おお! 本当だ! フェンリィも一緒だな!」
「お~いセイラさ~ん」
と、その時であった、自分たちが登ってきた方から聞き覚えのある声。
セイラが首を巡らすと、そこには街で待っているはずの冒険者や盗賊ギルドの面々。
「……どうして?」
セイラが小首を傾げる。表情の変化こそ少ないが怪訝に思っているのは確かだろう。
確かに、例の結界は一時的に消したものであり、ヒットを含めた一行が抜けた後は、また元に戻って通れないはずなのである。
「いや、それがよ。エリンギさんが結界の反応が消えたっていうから試しに通ってみたらさ、なんとこの中までこれちまったのさ」
「……反応が、消えた?」
セイラが疑問符まじりの声音で呟く。
すると集まってきていた冒険者と盗賊の波を掻き分け、キルビルがセイラの前に姿を見せた。
「ところでセイラちゃんよ。ヒットとカラーナは、て! あそこに倒れているの魔獣ガルムじゃねぇか! ヒットがこれを倒したのか?」
「……それは私とフェンリィで、他の皆は、先にいってもらった――」
何かを聞こうとして既に事切れたガルムに気が付き、キルビルが問いかける。
しかしその後のセイラの返答を聞いて、口をあんぐりと開けて驚いてみせた。
「お、おい、あのガルムをセイラちゃん一人でやったってんか?」
「……一人じゃないフェンリィも一緒」
「だとしてもすげぇよ。神獣と言ったってフェンリィまだ幼いだろ?」
「スペシャリストが何パーティーか揃ってようやく倒せるってレベルのはずなのに……」
「……フェンリィ頑張った」
「くぅ~ん」
そんなフェンリィは少々お疲れのようである。
「流石俺達の英雄の奴隷だけあるな! メイド服も似合ってるし!」
「やっぱメイド服は正義だな。それにあの変化の少ない顔がまた堪らない~!」
メイラを見ていた冒険者や盗賊が感嘆の声を上げた。セイラの姿に妙に興奮しているものもいるようで、その様子にキルビルが呆れた様子で頭を掻く。
「お前らいつまでもくだらないこと言ってるんじゃねぇぞ、たく。まぁでもガルムの素材は高く売れるから後でしっかり回収しとくんだな。後は、先に行ったって事はあの城にカラーナや、騎士の姉ちゃんにおっぱいのでかいメリッサちゃんだったかな? そしてヒットが入っていったって事か」
「…………」
表情に変化は見られないが、キルビルの口にした、おっぱいのでかい、という部分でどことなく空気が変化したセイラである。
「とにかく、こうなったら俺達も城に行きたいとこだが、門が閉まってやがるのか。仕方ねぇ俺が調べて――」
キルビルが腕をわきわきさせ、首を鳴らし、盗賊の腕を披露してやろうとやる気になっていると、突如何かの動き出す音が天から地上に響き始める。
皆一様に音のする方へ目を向けた。塔の立つ方で、その最上階からであるためセイラも含めて見上げる形となる。
それなりに距離は離れているが、塔の最上階はしっかり認める事が出来た。
塔の先端はまるで蕾が花開くかのごとく開き始めている。
その上空はどんよりとした厚い雲に覆われており、辺りが若干薄暗い。それがどことなく不気味でもある。
「ありゃ一体何がおきようとしてんだ?」
皆がその光景に目を奪われている中、キルビルが怪訝そうに呟いた。
「――アン! アン! アン!」
するとセイラの肩に乗っているフェンリィが、何かを訴えるようにセイラに向かって吠え声を上げた。
それにセイラが頷き――
「フェンリィはなんて言ってるんだ?」
セイラの背中にキルビルが声を投げかけた。
すると、すっと首を巡らせセイラが応える。
「……あの最上階に、ご主人様とメリッサ、いる」
◇◆◇
「カラーナ……」
色々釈然としない思いでありながらも、メフィストを打ち倒したアンジェは、かつてのボスの遺骸の前で項垂れていたカラーナに声を掛けた。
背中からは悲愴な空気が滲み出ており、アンジェも眉を落とし、その悲しみが伝染しそうになるが。
「よしっ! 弔いは終わりや!」
といってすくっと立ち上がり、そんなことを口にしたカラーナは、どこか吹っ切れたように上へと繋がる扉の前に移動し、作業に没頭し始める。
するとアンジェは、塔の上へと繋がる扉をなんとか開けようと手探りで色々試しているカラーナに近づき声を掛けた。
「カラーナ……その、なんだ、あまり無理しなくてもいいのだぞ?」
「はぁ? 何言うとんねん、らしくない。うちはもう大丈夫やって。それよりはやくここを開けてボスんとこいかんと」
あっけらかんと応えるカラーナの口調は、いつもの調子に戻っている。
ただ、恐らくはそれが空元気である事がなんとなくアンジェには理解できた。
しかし、無理をしているわけでもないというも事実なのだろう。
これが彼女なりの吹っ切れ方なのかもしれない。
アンジェはふと、物言わなくなったカラーナのかつての仲間の遺骸に目を向けた。
その姿は魔物のままだが、それでもこの件が片付いた後は皆にも事情を説明し、しっかりとした形で弔ってあげたいものだ、と、そうアンジェは心に決めるが。
「うぅううう、鍵穴もないし、なんか頑丈やし、もうなんやのこれ! はようボスんとこ行きたいのに!」
取っ手もない、鍵穴もない。それでいて鋼鉄製の厚い扉である。
確かにこれでは、いくら鍵開けの得意なシーフでも、開けるのは難しい事だろう。
イライラした様子でついにカラーナはどんどん! と叩いてみたり蹴飛ばしたりをし始める始末だ。
「カラーナ、そういう事なら私に任せろ」
「へ?」
目を丸くして一言発し、アンジェを振り返るカラーナ。
数歩分離れた位置では、アンジェは構えをとり鋒を扉に向けている。
「ちょ、ちょい待て! 流石にそれは強引――」
「ゆくぞ! ゲイルオンスロート――」
カラーナが慌ててその場から飛び退き、そこへまさに嵐に乗るような勢いで突撃してきたアンジェは、全身に纏った荒ぶる風を右腕に集束し、捻りを加えながら鋼鉄の扉に向かって螺旋のひと突きを叩き込んだ。
これは、先ほどのメフィスト戦で編み出したばかりの技である。
威力は絶大であり、あれだけの頑強さを誇ったメフィストですら一撃の元に貫いた、まさに必殺話と呼んで間違いのないものであったが――
「……まぁ確かに穴はあいたんけど」
「……うむ、穴はしっかりあいたな」
鋼鉄の扉にぽっかりとあいた穴を見ながら、アンジェが頷く。
そしてカラーナは穴の先を覗きこんだ後、ため息を一つ吐き出し。
「やからって、こんな覗き穴一つあいたかてどないせいっちゅうねん!」
「し、仕方ないだろう! 既にエレメンタルリンクの効果も切れていて、どうしても威力は下がってしまうのだ!」
確かに、メフィストを倒した後、アンジェのスペシャルスキルの効果は切れてしまい、再度使用するにはそれなりの時間を要してしまう。
「はぁ、まぁしゃあないな。でも、それでも穴あけれただけ凄いといえば凄いんか。さっきちらっと見たけど、あの筋肉ダルマみたいのにトドメさしただけあるわ」
「うむ、その場の思いつきではあったがな。成功してよかった」
「……意外とアンジェも博打打ちなんやね」
若干意外そうにカラーナがいうと、照れたようにアンジェが頬を掻いた。
「しかし、これであればもう少し体力が回復し次第ガルの力を開放すれば――」
と、アンジェが言いかけたその時、ガタガタと部屋が揺れだし、壁を通して重苦しい音が部屋の中に響き始める。
「何だこれは? 一体何が起きている?」
「……ようわからんけどアンジェ。うちなんとなくボスが絡んでると思うわ。きっと上で何か起きてるんよ」
「むぅ、確かにそんな気がするな――とにかく、早く体力を回復させて急がねば……」
◇◆◇
「ふふっ、なるほどなるほど。いや人間の女にしては、この私を前にしてそのような台詞、少し気に入ったぞ。先程は依代などといっったが、どうだ? そんな奴の奴隷などやめて、我のもとへ来てみないか? 並の人間よりはいい暮らしをさせてやるぞ」
下卑た笑みを浮かべ、アルキフォンスがそんなことを言ってきた。
その目は俺から外され、今前に出て勇ましく奴を否定する台詞を言い放ったメリッサに向けられている。
「死んでも嫌です。私のご主人様はヒット様だけ! それに貴方にご主人様をそんな奴呼ばわりされるいわれはございません!」
メリッサの強気な台詞が奴に飛ぶ。
するとあの魔族、何が面白いのか含み笑いを見せ、そして今度はより粘っこい視線をメリッサに向けてきた。
俺のことを信頼してくれているのは嬉しいし、メリッサの意外な一面も見れた気はするが……あんな奴に見られているのは少々我慢がならないな。
「ありがとうメリッサ、後は俺に任せろ、だから後ろへ」
俺は前に出て、メリッサを庇護するように背中で彼女を隠す。
「ふむ、なるほど。どうやら貴様にとってもその娘はよっぽど大事と見える。ただの奴隷ではないというわけか」
「当然だ。今は事情があって奴隷として一緒にいてもらっているというだけだ。メリッサは俺にとって大事な存在。貴様なんかにじろじろ見られるのは我慢ならない」
ふむ、とアルキフォンスがキザな仕草で髪を掻き上げる。
全く一つ一つの仕草が鼻につくやつだ。
「ならばここで勝ったほうがその女を物に出来るというわけだな。これは面白い。ただ邪魔者を片付けるよりもよほど面白い」
「お前如きが勝手にメリッサを物扱いするな。そんな賭けをしなくても、お前は俺が必ず倒す」
俺は眼力を強め、奴に言い放つ。
全くさっきまでは人間の女に興味がないなんていいながら、その嫌らしい目付きが実に腹ただしい。
「いいぞ、実にいい。そういうのがな。たまらないのだよ。以前もいたな、かつての魔族と人間が争っていた時代。どこぞの小国を攻め落とした際、婚約者を守ろうと必死に抗っていた王太子がいた。そいつも貴様と同じようなことを言っていたがな。実力の方は全く大したことのない口だけの男だった。だからその場で四肢を切断し、魔法でぎりぎりで生かした状態にし、身動き取れないその男の目の前で、そいつの大事な女を奪ってやったものよ」
その時のことを思い出しているのか、にやりと口角を吊り上げ、嫌らしく唇を舐めてみせた。
「あの時のあの男の顔といったらなかったぞ。知っているか? 人間の女にとって魔族の男との性交は相当に良いらしい。まぁ我らは人間の男のように貧弱ではないからな。その女も最初こそ必死に抵抗していたが、一度交われば、くくっ、瀕死の婚約者の前で獣みたいによがり狂っておったわ! もっと! もっと! とな! あの時のあの男の顔ときたらなかったぞ!」
……全く本当にゲスいやつばかりだな――
「まぁ、ひと通り楽しんだ後は男の目の前で女の首を刎ね、二人纏めて魔物のエサにしてやったがなくくっ――」
「酷い――」
メリッサの声が震えていた。その気持ちはよく判る。
やはり魔族というのはろくでもない連中ばかりのようだな。
「メリッサといったな。安心しろ。お前はあの時の女とは違うと信じているぞ。私が気に入るよう尽くしてさえくれれば生かしておいてやる。この私の子種を植えこむためにもな。人間の女と魔族は更に確率が低いようだが、まぁ一〇〇〇回も抱けば――」
「黙れ、貴様はもうその口を閉じろ」
何? と聞き返してくる。全く耳が悪いのかこいつは?
「貴様の話は聞くに耐えないといってるんだ。特にメリッサに対するこれ以上の侮辱、とても許してはおけないぞ。覚悟を決めるんだな」
俺は愛剣のセイコウキテンを抜き、両手で戦闘の構えを取り、奴に宣戦布告した。
今、確実に言えるのは、この男は生かしておくわけにはいかないという事だ。
メリッサを前にしてあの台詞は万死に値する。
「……ふむ、まぁいいだろう。どうやら結界の範囲を変えたことで、観客も随分と増えてきたようだしな。お前を殺し、その女も我がものとし、奴らに絶望を与えてやるとしよう」
「……やれるものなら、やってみろ!」
俺は念のためメリッサの前にキャンセルのトラップを仕掛け、そして奴を討つべく前に出た――




