第150話 魔族アルキフォンスとの開戦
俺の正面に佇む男が魔族である事に間違いはないのだが、その一つ一つの所作はどことなく優雅で、その風貌も相まって育ちのよい貴族のような雰囲気させ匂わせていた。
尤も爪と羽と青い肌は人間ではありえないわけだがな。
だが、着ているものに関しては貴族御用達のような高級な糸で仕立てられたであろう厚手のゴシックコート。
青と白のツートンカラーで、丈が長く地面に達するぐらいまである。
袖も長めで手首が隠れる程であり、二の腕から手首の手前ぐらいまでは膨らみがあるが、手首の部分ではきゅっと窄み少々きつそうにも思える。
そしてそんな魔族の右手には金属製の杖が握られている。
柄の部分が銀色で尖端には闇色に輝く宝石が備わり、宝石の外側には楕円形のリングが取り付けられている形だ。
「ようやくここまでこれたってところだな」
アルキフォンスを見据えながら、やっとという思いを込めて口にする。
本当に長かった気がするしな。
俺達のことを見ている魔族は、余裕の笑みを浮かべているな。
俺たちなんて歯牙にもかけていないといった、そんな感情が滲み出ている。
全く憎たらしい。
「ご、ご主人様……」
そこへ、俺のすぐ後ろからメリッサが囁くように言ってくる。
「鑑定ですが……申し訳ありません。鑑定までの時間が三時間と出てしまい、こ、これではとても、うぅ……」
メリッサが口惜しそうに漏らす。
だが、俺もその可能性は考慮していた。
何せ、魔族でここまで領主のふりをしてこの場所に居座り続けた奴だ。
実力も当然それ相応にあるはずだしな。
だからこそ――
「メリッサ。鑑定はあの魔族に集中させててくれ。アルキフォンスの能力だけが鑑定できるように」
「え? あ、はい……ですが」
「大丈夫だ俺を信じろ」
戸惑うように口にするメリッサだが、俺は語気を強めてメリッサに返す。
「ふむ? 何をブツブツ言っているのだ? てっきり直ぐにでも仕掛けてくると思ったがな」
「いくら俺でもそこまで安易じゃないさ」
俺達のやりとりを不審に思ったのか、アルキフォンスからの挑発の言葉。
だが、その前に能力は見ておきたい。
だから俺は適当に言葉を返しながらも――チャージキャンセル!
「え……? ご、ご主人様! これは――」
「あぁメリッサ、判ってる大丈夫だ」
メリッサが驚きの声。これはどうやら上手くいったようだな。
正直ここに来る直前に思いついたことだけどな。
チャージキャンセルは、魔法やスキルの発動までの詠唱や溜めをキャンセル出来るスキルだ。
つまり、これは鑑定が発動するまでの時間にも言えるんじゃないか? とそう考えたわけだけどな。
ただ、これも万能ではない。当然だがメリッサの鑑定に使ったことで、元々鑑定に必要だった三時間がリスクとして課せられた。
これでメリッサに対して三時間はチャージキャンセルが使えない。
俺がメリッサにアルキフォンスだけを鑑定するようにしてくれといったのは、このリスクに関係がある。
メリッサの鑑定は一度で全てを鑑定するわけじゃない。
あの魔族を鑑定するのと奴の装備している物を鑑定するのは別扱いだ。
だから、もし間違って装備を鑑定されるとその分のリスクによって能力が判らなくなる可能性があった。
その為念を入れておいたわけだ。
「ふむ、何か色々模索しているようだが、まぁいいだろ。折角だ、こちらもそろそろ準備にとりかかろう」
「準備だと?」
俺は怪訝に思いながら問う。
するとアルキフォンス人差し指を口の前に持って行き、やはり不敵に笑う。
かと思えばもう片方の指をパチンッ! と鳴らした。
なんかキザな部分もあるやつだな――て、なんだ? 何か重苦しい音と共に、天井が……開いていく?
「驚いたかね? 中々の仕掛けだろ? 何せここはこのままでは戦うには少々手狭と思ってな」
……確かに。この空間は今のままだと壁の端から端まで十歩分あるかないかといったところだ。
俺とこの魔族の距離も、大きく一歩踏み込めば刃が届きそうな状況でもある。
ただ、どうやらこの男、この仕掛の動作が終わるまでは何かを仕掛けてくる気配もない。
メリッサもそれに気がついたようで、俺に寄り添ってきて、囁くほどの声で詳細を教えてくれる。
「ふむ、随分と仲が良いようだな」
「羨ましいか?」
「私がか? ははっ面白いことを。魔族の私が人間の女などにそのような感情は抱かん。尤も、子種を宿す依代として利用するには良さそうな身体ではあるがな」
俺の瞳に力がこもる。一瞬今直ぐ飛び出して首を刎ねたい衝動にさえかられたぞ。
こんな奴にメリッサを? 虫唾が走る思いだ。
「ご主人様……私は大丈夫ですので――」
そっと俺の手を握りしめ、優しい声で語りかけてくれた。
少しだけ冷静になる。
とにかく――メリッサが教えてくれた情報だが……
鑑定結果
名前:アルキフォンス♂
ジョブ情報
ダークプリズナー
ランク:極位
系統:特殊魔法系
履歴
メイジ→マジシャン→エンチャンター→スペルマスター→ダークプリズナー
技能情報
スペシャルスキル
・スプレッドプリズン
使用効果
結界を自由な形で伸長させ範囲内を覆う。
範囲を広げれば広げた分魔力を消費し続ける。
効果は使用者の調整で変化し使用可能なスキルや魔法を組み合わせることも可能。
効果範囲・対象
効果範囲は結界を広げた分だけ。
対象は結界に触れるもの全て。
固有スキル
・プリズムコート
使用効果
自らに結界を纏わせ一切の攻撃を寄せ付けなくする。
効果範囲・対象
使用者本人。
結界に触れるすべての攻撃。
・プリズムウォール
使用効果
結界の壁を出現させる。壁に触れた魔法や攻撃は無効化される。
効果範囲・対象
視界の範囲内に壁作成。
壁に触れた魔法や攻撃。
・プリズンキューブ
使用効果
結界に相手を閉じ込める。
効果範囲・対象
視界の範囲内。
指定した一人。
・魔道結界
使用効果
魔法を結界から発動できる。
効果範囲・対象
設置済みの結界。
指定した結界。
俺が頭のなかでこの魔族の情報を反芻していると、再び重苦しい音と共に仕掛けが動作を終える。
そして――広がった屋根は床へと変貌していた。
なるほど、確かにこれで戦闘のフィールドは広くなったな。
大体さっきの三倍ぐらいか。
屋根が開いたことで頭上には曇天の空が広がっていた、どうやらいつの間にか天気が変化していたようだな。
全体的に薄暗く、どことなく不気味な様相を醸し出している。
「どうだ? 気に入ってくれたかな?」
「……確かにさっきよりは戦いやすくなったけどな。外から丸見えというのがな。それに雨が降ったら面倒そうだ」
「それなら心配はいらない。既にあの結界はこの空間を覆うぐらいにまで変化させている」
瞑目しそう告げた後、アルキフォンスは滑るように後ろに移動した。
器用な真似だが、後ろに下がったのはこいつのジョブによるところが大きいか。
明らかに魔法タイプだしな。
しかし――
「結界というと、お前が長い間この領地を覆うように展開させていた結界のことを言っているのか?」
「そうだ」
「……随分と余裕だな。しかしそれを外したらヘタしたらこの領地の事が気づかれるんじゃないか? それに街の人間だってやってくるぞ」
「構わんさ。少なくとも街の人間は来ることが前提だ。こうやってしまえば、私達の戦いがよく見えるだろう。そして英雄が惨めに死んでいくさまもしっかり拝めるはずだ」
……そういう事か。つまりこいつはここで俺を殺すことで、高まっていた人々の士気を下げるのが目的というわけか。
「……愚かですね魔族というのは」
ここでふと、メリッサがアルキフォンスに向かって言い放つ。
「ほう?」
アルキフォンスの片眉がぴくりと跳ねた。
そしてじっとメリッサの顔を見据え、次の言葉を待つ。
「貴方なんかに私のご主人様は負けません。ここで倒されるのは私達を騙し、汚い手で領主のふりを続けていた卑劣な魔族です!」




