第142話 領主の居城に向けて
北門を抜け、五人(プラス一匹)で庭園のような森の道を抜ける。
特にそこまではこれといった障害もなく抜けることが出来た。
そして川のせせらぎを耳に受けながら、居城を目指し、丘を登る道を駆ける。
岩壁に挟まれた狭隘な道だ。恐らく元々の領主が有事の際を想定し、敢えてこのような道にしているのだろう。
そして居城に向けての一本道の途中。残り半分といったところ。
ここまではまだ敵の動きは見られない。
しかし、岩壁の上部に穿たれた横穴――それに俺が目を向けるが。
「ボス! 気いつけてや。何かあやしいで」
カラーナが警戒を呼びかける声を発した。それに俺は頷きつつ、注意深く見ていると、左右の穴から大きな影が数体飛び出し、道を塞ぐように着地した。
額から伸びる一本の角。三メートルはあるであろう筋骨隆々な体躯。
顔は人間のそれと大差ないが、口元から伸びる牙はまさに猛獣のそれだ。
「こいつは、オーガが四体か――」
「ご主人様! 背後からも!」
後ろにいるメリッサからも警告の響き。
オーガのこともある為、一顧しての確認となるが――背後に関しては穴からではなく、岩壁の一部がドスドスと動き始め、背後を塞いでいく。
「後ろのはイワクイか……」
イワクイはその名の通り岩を食べる魔物であり、見た目も岩がそのまま人の形を取ったようなタイプだ。
身長は二メートル程度とオーガよりは小さいが、身体そのものがゴツゴツとした岩であり、その為か幅が広く厚みがある為、数が揃った状態での圧迫感はイワクイの方が上だろう。
「イワクイ……岩を食べて身体の再生が可能。そして食べた岩を口から吐き出して攻撃。接近戦では岩の腕を振り回して攻撃してきます」
メリッサの鑑定が発動したようだな。どうやら魔物程度なら大分鑑定に掛かる時間も短くなっているようだ。
「ご主人様! 正面のオーガはジョブを持っているのが二体います!」
二体?
……確かにそう言われてみると若干見た目の異なるのもいるような――ただオーガは元々顔が人に近いせいか、ジョブ持ちかどうかはわかりにくいな……
「ヒット! 私は背後をやるそっちのオーガは済まないが――」
「あぁ判ってる。任せておけ」
「やったら、うちとセイラは――上ってとこやな!」
上? カラーナの声に俺は頭を擡げるが、なるほど。
岩壁に出来た横穴は足場が少し出ている形であり、そこにはゴブリンやコボルト、オーグの姿も見える。
手には投石するための岩や、弓を構えているものや投げ槍を手にしているのもいた。
どうやらまだまだあの穴には魔物が潜んでいるようだな――しかし、これはまるで俺達が来るのを想定していたようにも思える。
魔物たちを配置し、ここで待ち構えさせたって感じだからな。
「メリッサ! 君の鑑定は今後かなり重要になる。だからあまり無理はしないようにしてくれ」
「はい――判りました!」
メリッサの返事を背中に受けつつ、いよいよ動き出したオーガの接近に応じる。
この距離だと、スパイラルヘヴィクロスボウよりは双剣での戦いのほうが良さそうだ。
俺は接近してきた二体のオーガの攻撃とスキルを先ずはキャンセル。
スキルとはいえ発動前なら普通のキャンセルとして扱われる。
そして生まれた隙を見逃さず、闘双剣で闘気を刃に纏わせつつ、ハリケーンスライサーで二体同時に切り刻んだ。
そのままの流れで背後のオーガにも一気に近づき、スキル持ちを卍スライサーで絶命させた。
それにしても凄いな。闘双剣の効果があるとはいえオーガをここまであっさり倒せるとは。
ドワンが手入れしてくれた影響なのか、切れ味がかなり良くなっているようだな。
だがこれで安心もしていられない。上からは矢や投擲攻撃が大量に降り注いできているからな。
セイラの風魔法とアンジェのウィンガルグの力で、多くは軌道が逸れ明後日の方向に飛んでいってくれてはいるがな。
ただ、中にはスキル攻撃も混じっている。遠距離から攻撃してくる魔物にもジョブ持ちもいるようだ。
メリッサからは、どんなジョブ持ちがいるのか鑑定の情報が耳に届く。
俺はアンジェの様子にも確認をとったが――流石はアンジェというべきか。
イワクイの岩石の身体は、普通なら剣で傷つけるのは困難だが、全く意に介さずスパッスパッと豆腐でも斬るかのように切り刻んでいる。
あの細剣でもよくもまぁとも思うが、元が英雄の剣というのも、もしかしたら大きいのかもしれない。
もちろんそれも、アンジェの腕があってこそ活かされているのだろうが。
と、そんな事を考えていると再び上からオーガの強襲!
どうやら、まだ横穴に潜んでいたようだな……道が狭いから、やられたら入れ替わりで攻めてくる作戦か――
「チッ! うざったいねん!」
カラーナの投げつけたムーランダガーは次々と上から攻撃を仕掛けてくる魔物たちの喉を掻き切りとどめを刺していくが、倒しても倒しても現れる魔物にうんざりしている様子だ。
反対側ではセイラが魔法で応戦しているが、やはり似たようなものである。
そしてそれはこっちも一緒で、再度オーガを倒すもやはり次から次へと別の魔物が行く手を塞ぐ。
全く一体あの穴にどれだけ潜んでいるというのか。
「くっ! こっちもキリがないな!」
アンジェからも悲鳴に似た声が響き渡る。
背後は岩壁そのものが擬態したイワクイだったようで、倒しても倒しても別のイワクイが姿を見せるのは変わらない様子。
メリッサが鑑定でイワクイの潜んでる場所をアンジェに教えているようだが、それが判ったとしても一度に戦える数には限度がある。
……これは結構厄介だな。今のところ押しているのはこっちの方だが、このまま数で攻められると体力的にきつくなっていくのは間違いない。
ダメージキャンセルもあるが、これは一度使用すると暫く同じ相手は回復ができないので、出来れば温存しておきたいのだが――
「……だったら――」
うん? 何かセイラが思いついたように声を発し、詠唱を始める。
「……大地と共に眠る土よ、今眠りの時が来た、沈めよ沈め、さぁ深い眠りに落ち給え、我は大地の母なり――ダウングラン」
セイラの詠唱が終わり、発せられた土の魔法によって、先ずは魔物たちの足場となっていたそれが崩落し、魔物もろとも崩れた土が地面に叩きつけられた。
あれは土の初級魔法――本来は指定した場所を陥没させる物だが、それを足場に使用することで足場そのものを崩したってわけか。
そしてかと思えば、すぐにセイラが次の詠唱に移り――
「……大地と共に眠る土よ、今目覚めの時が来た、脈動せよ躍動せよ蠕動せよ、さぁ立ち上がり隆起せよ、我は大地の先導者なり――アップグラン」
この魔法は同じく土の初級魔法だが、ダウンとは逆に指定した場所を隆起させる事が出来る。
ということはつまり、なるほどそういう事か。
セイラの狙いが判り、俺は確認するように魔法の対象位置を確認する。
すると見事に岩壁に穿たれた横穴は、地面が隆起したことで出入口が塞がれる。
つまり――これで全ての穴を塞げば、このうざったい魔物との戦闘も回避できるというわけだ。
「やったなセイラ! その調子で全部の穴を塞ごう! 俺が協力する!」
「……協力?」
あぁ! と返しつつ、目の前の魔物を斬り殺し、詠唱を始めたセイラにチャージキャンセルを施す。
これで時間短縮が可能だ。それに初級の魔法ぐらいならリスクも数秒程度と少なくて済む。
俺はセイラに協力し、足場を崩し出入口を塞ぐという作業を繰り返した。
程なくして全ての穴は土魔法によって埋もれ、当然魔物の攻勢もそこで収まる事となる。
「おおセイラ流石やな~」
「感心してる場合じゃないぞ、後はアンジェの援護だ!」
声を張り上げつつ、メリッサがイワクイの潜んでいる位置を教えてくれたので、武器をスパイラルヘヴィクロスボウに切り替え片っ端から打ち込んでいく。
イワクイはあの穴とは関係がないからな。直接倒さなければ終わらない。
そして、セイラもファイヤーボールの魔法を駆使し、カラーナはドワンから密かに預かっていたというマジックボムを使用し――背後にいた魔物イワクイも全て壊滅させることに無事成功した。
ありがとうみんな、とお礼を言ってくるアンジェに無事でよかったと告げ、そして俺達は居城に向けて移動を再開させた――
◇◆◇
城にたどり着くまでの間、魔物との交戦は続いたが、その都度撃破し、穴のある場所は同じようにセイラの魔法で封じ込めることで対応し――そして、ようやくここまで辿り着いたな。
「ここにその領主に成り代わった魔族がいるというわけか――」
きりりと眉を引き締めアンジェが言う。
丘を登りきり、その上に鎮座している居城。
ここにその糞領主がいるというわけだ。
しかし、改めて見ると城の大きさはそこまで大きなものではないな。
比較的小さな部類に入ると思う。全体的に白を基調としているようで、奥に長大な尖塔が一つ見えるが手前側は少し大きな石造りの屋敷といった佇まいである。
ただ、城門はやはり大きいな。そして今はそれが大口を開けて待ち構えている形。
つまり、門は閉まることなく開け放たれているというわけだ。猛獣が餌をじっと待ち続けているかの如くな。
「それにしても相手も随分と余裕やな。腹立たしいで。ボス! こうなったらさっさと攻め込んで吠え面かかしてやらな気がすまんで!」
「全くカラーナは相変わらずだな……とはいえ、入り口はここぐらいだろうしな。罠かも知れないが――」
「あぁ、だからってここで退くわけにもいかないしな。敢えて乗ってやるしかないだろ。ただ、油断はせず慎重にな」
俺の言葉に全員が頷く。そして一応念のため、カラーナが地面に罠がないか確認するが、その心配はないらしい。
なので、不気味に口を開き続ける門まで近づいていく俺達であったのだが――
「――グォオオォオォオオオン!」
突如、頭上からの咆哮。空気を揺らし、俺の肌もビリビリと震える。
そして、巨大な獣が俺達の目の前に降り立ち、その衝撃で土埃が舞い上がりもくもくとした煙が視界を覆う。
「ウィンガルグ!」
「――エアガスト」
しかし、アンジェとメリッサの手によってその煙も瞬時に掻き消された。風の精霊と風の魔法による効果だな。
そして――煙が晴れた事で現出したそれに、一様にして目を奪われる。
だが、俺はこれを知っていた。蒼紫色の毛に覆われた、巨大な獅子を連想させる化け物。
そうこいつは――魔獣ガルムだ……




