第141話 結界を破れ
「おはようございます皆様」
ドワンと一緒に北門に向かうと、既にそこにはエリンギと、そしてシャドウと従者のコアン。キルビルにニャーコが集まっていた。
「おおヒット。聞いたぜ昨晩、ヒットと誰が夜を共にするか揉めてたんだって?」
「な!?」
「よ、夜……」
「な、なんやキルビル! 突然なにいうとんねん!」
「…………知らない」
「アンッ!」
キルビルの発言に一様に驚いてみせる。もちろん俺もだ。
一体何がどう伝わってそんな話に……てかあの様子みられてたのかよ。
いや……よく考えたら目立つかあれば。
「にゃん。凄かったにゃん。ヒットにゃんを取り合ってちょっとした修羅場になって――」
「犯人はお前かーーーーーー!」
「にゃにゃにゃ~~~~!」
アンジェの剣幕にニャーコが耳をビクリと震わせた。
それにしても……昨日はニャーコには気づかなかったな、流石シノビのジョブ持ちといったところか。
しかし、内容は全く間違った形でみられてるがな!
俺も文句の一つもいってやろうかと思ったが、まぁアンジェが説教してるからそれはそっちに任せるか。
「まぁ決戦前夜ですからね。色々と燃え上がるものがあったのでしょう」
シャドウがクスリと悪戯っ子のような笑みを浮かべ言う。
こいつ……判っててわざといってるだろ――
「……あ、貴方様。私達もこの戦いが落ち着いたらその――」
「ば、馬鹿野郎お前。そんなことこんなところで、は、恥ずかしいだろうが――」
そして何故かエルフとドワーフ夫妻の間にも妙な火が点いた模様。
なんかお互い照れくさそうにしてるし……にしてもドワンとエリンギ、いや考えるな! そういう事を考えちゃ駄目だ!
「お二人とも仲が良くて羨ましい限りですが、そろそろ本題の方を……」
モジモジしてるふたりにシャドウが言を滑りこませた。
確かに、このままいちゃいちゃを見ていても話は進まないしな。
「あ、は、はい、そうですね」
エリンギが、頬に両手を添えながら気恥ずかしそうに俺たちを振り返った。
う~ん、しかし見た目は本当に若いな。
「それではこれがその魔導器になります」
エリンギはそう言って、徐ろに棒形の魔導器を取り出し軽く掲げた。
見た目はワンドといったところで、青白い小型の杖だな。
細く短く指揮棒に近い形だ。まぁ指揮棒よりは一回りぐらい太いようだが――しかし。
「これで結界が?」
「はい。見た目には頼りなく思えるかもしれませんが、これでもかなりの魔法式が組み込まれているのですよ」
俺はエリンギに断って手にとって見てみるが――なるほど、そう言われてみるとこのワンドの表面にびっしりと細かい文字や記号のような物が刻みこまれている。
しかし本当に小さいな……一文字一文字が米粒に書かれた文字のようだ――
「これは凄いな。ここまで細かい魔法式を記述できるものなどそうはいないぞ。魔法式はただ記述するだけでは駄目で、その式にあった効果をしっかり込めながら、魔力によって固着させねばならない。これだけの式なら本来は完成まで最低でも三日以上かかってもおかしくないぞ」
「さ、流石先生です」
アンジェが感嘆の声を漏らし、メリッサも尊敬の眼差しでエリンギを見た。
俺には文字が細かいという以外はよく判らないが、それでも三日かかるところを一日も掛からず終わらせてくれたならありがたい。
「なんやしらんけどそれなら、あとはそれ使ってすぱっと結界解けばえぇってことやな。やったら城に乗り込むメンバー集めて一気に――」
「その事なのですが」
カラーナが息巻くように口にした台詞に、エリンギが言を重ねた。
頬に手を添え、少しだけ弱ったような様子を見せる。
何か問題でもあるのだろうか?
「確かに魔導器は出来ました。ただこの結界そのものがかなり強力なものであることに変わりなく……なので完全に結界を取り除くことは不可能なのです」
「不可能?」
俺は思わず反問する。それに、はい、とエリンギが応え。
「なので、この魔導器はこの結界の特性を逆手に取った仕様となってます。簡単にいうと結界を裏返し一部の裏表を反転させる形なのですが――」
エリンギの話によると、この結界は領主の居城に向かう方向に関しては件の踏み込んだ相手を戻す効果があるが、逆側につまり居城側から結界の外に出る分には特に制限のないように張られているらしい。
その上で、この結界が堅い壁のような仕様ではなく、柔らかい布地のような特性を持っていることに目をつけ、結界を裏返すという魔法式を魔導器に組み込んだとのこと。
「でもそれやったら、別にその裏返った? 結界から全員で入ればえぇんちゃんの?」
「いえ。実はその結界を通れるように出来る時間には制限がありまして……この魔導器だと効果を発動出来るのは恐らく数秒程度。多分ですがその時間帯で結界を抜けることが出来るのはギリギリ五人といったところかと――」
……そういう事か、それでエリンギも困った顔をしていたのだな。
「でもそれなら別に五人ずつ入ればいいだけじゃないのか?」
ここでキルビルが口を挟んだ。確かにそれならば一度に全員で抜けなくても五人ずつ分かれて入れば良い話だが。
「それが……この魔導式を組み込むと、どうしても魔導器は使い捨てという形でしか作成できず、これ一本しか作成できなかったのです」
エリンギは目を伏せしゅんとした様子で言った。
使い捨て……つまり居城に向かえるのは五人だけという事か――
「おいおいそれならその魔導器をもっと作ることは出来ないのかい? いくらなんでも五人じゃ」
「それが出来れば苦労しないさ。だけどな無理なんだ、材料が足りねぇ」
「材料ですか?」
メリッサが疑問の言葉を投げかける。
「あぁそうだ。この魔導器には材料としてミスリル……その中でも特に純度の高いハイミスリルを使用してる。魔鉱石とも相性がいいし魔力も乗りやすいからな。だがそのハイミスリルは――」
「セントラルアーツでは手に入らない……そういう事ですね」
シャドウの言葉にドワンが大きく頷いた。
「シャドウの言うとおり。ハイミスリルはもともと――大陸の西部に位置するエルフ大森林でしか採れないもんだ。これを作れる素材が残っていただけでも本当は奇跡みたいなもんだぜ」
両手を差し上げながらドワンがいう。
だが、気のせいかエルフの事を言う前に妙な間があったような気もするが……
「ドワンの言うとおりです。それにハイミスリルといっても数はそこまであったわけではないので、素材の多くは普通のミスリルも合わせて使用しています。しかし、その影響もあってどうしても使い捨てというタイプの魔導器しか作成できなかったのです」
なるほどな。ちなみに一般的には魔導器にはミスリルと魔鉱石の組み合わせて作られる事が多いようだ。
「魔導器が出来たとお呼び立てしておきながら、申し訳なくも思いますが、ただ――」
「いや、大丈夫だエリンギ」
俺はエリンギにそう言い放ち。
「これだけの物をこの短期間で作成してくれたんだ。文句なんてある筈もない。それに、ようはその五人で居城に向かい今の糞領主をぶっ飛ばせばいいってだけだろ?」
彼女に余計な心配を掛けないように、自信を覗かせる顔つきを見せ伝える。
するとエリンギは目を丸くさせるが、隣のドワンはガハハッと愉快そうに肩を揺らした。
「俺が言ったとおりだろ? ヒットならこういうと思ったぜ」
「貴方……えぇ本当に勇敢なお方です。メリッサちゃんもいいご主人様をつかまえましたね」
「え? あ、は、はい!」
どうやらドワンはきっと俺がそう言うであろうことを予想していたようだな。
「だが本気か? たった五人でなんて無茶じゃねぇのかい?」
キルビルが前に出て両手を差し上げながら訊いてくる。
確かに、何の情報もつかめてない相手に五人でとなると無謀にも思えるがな。
だがだからといって――
「キルビルの気持ちも判るが、だからって動かないわけにはいかないだろ? 誰かがやらないといけないことだ」
「ボスの言うとおりやで! びびってたってどうしようもないやろ?」
「うむ、私も騎士として黙って指をくわえているなど御免こうむる」
カラーナとアンジェの擁護にキルビルがたじろぎ苦笑する。
ふたりの迫力は男顔負けだからな。
「でもヒットにゃん。五人となると誰がいくのかが問題にゃんね」
「それに関しては、私は代表はやはりヒット様がいいと思ってます。そして残りの四人もやはりヒット様がお選びなったほうがいいでしょう」
シャドウが俺に顔を向け、両手を広げながら言う。
シャドウがこういってくれるのは、ありがたい限りだが――
「俺で本当にいいのか?」
「えぇ。寧ろヒット様以外は考えられないですね」
「そうか――だったら俺の中ではもう決まっている」
シャドウに告げ、俺は周囲を概観した。一様にしてどことなく緊張した面持ち。
だが、今も言ったように俺の中では既に指名する人員は決まっている。
「……メリッサ、カラーナ、アンジェ、セイラそして俺、以上の五人で向かおうと思う。どうだろうか?」
シャドウに問う。すると、ふふっ、と含み笑いを見せ。
「ヒット様なら、きっと彼女たちを選ぶと思いましたよ」
「ヒット! 私は騎士としてヒットに選ばれたことを誇りに思うぞ!」
「よっしゃ流石ボスや! うち頑張るで!」
「わ、私までご一緒させて頂けるなんて――ご主人様うれしいです……」
「……フェンリィ」
俺の発言にシャドウが判ってたといわんばかりに応え、そして俺が選ばれた皆は全員俺についてきてくれる意思を示してくれた。
実は断られたらどうしようかと思ったけど……
「ところでエリンギ、フェンリィぐらいは一緒でも大丈夫だろうか?」
「は、はいそれぐらいでしたら十分余裕はあると思います」
セイラが気にしてたからな。
「……ありがとうご主人様」
セイラは表情は相変わらずだが、やっぱりどこか素直になってる感じがするな。
「う~ん、選ばれなかったのは残念にゃりが、こればかりは仕方ないにゃんね」
「……でもよ、こういっちゃなんだが、エリンってお嬢ちゃん連れて行くのも手なんじゃねぇのか?」
と、ここでキルビルが意見してきた。
う~ん確かにエリンはかなりの力を秘めてはいるが――
「いや、それはやめたほういいでしょう。確かにエリンの潜在能力はかなりのものです。ですが彼女はまだ幼く力を上手くコントロール出来ていないですからね。だからこそ力を使い果たした後は、強烈な眠気に襲われているのだと思いますし」
「シャドウ様のおっしゃるとおりです。それにエリンは力を使用した後は暫くは完全に無防備になってしまいます。なので……」
「あぁ判ってる。だから俺もエリンを連れて行く気はないさ」
エリンギがほっとした表情を見せる。
やはり母親だな、愛娘の事が心配で仕方ないのだろう。
「なるほどな、難しいもんだ。だがそういうことなら仕方ねぇな。俺らはここ街を守りながらヒット達の帰還を待つぜ。カラーナも、頑張れよ!」
「任せとき! ボスはうちがしっかり守るで!」
……俺が守られるのか?
いろいろ気になる点はあったが、とにかく話が決まり俺達は領主の居城に向かう準備を進め、そして。
「それでは、その魔導器を結界に近づけて意識を集中させて下さい。それで効果が発動されます。ただ効果時間の事がありますのでお気をつけ下さい」
「あぁ判ってる」
そう言いつつ俺は四人に目で確認を取った。
全員が頷いて問題ない旨を示す。
それを認め、俺はワンドを結界近くで掲げ魔力を込める――するとワンドが輝き始め、かと思えば結界のあると思われる場所に複雑な文字の羅列が浮かび上がる。
そして――文字の壁がぐにゃりと捻じれ、文字の壁の一部に扉一枚分程度の隙間が出来る。
「結界が開きました! 今です!」
「俺達の分まで、その魔族って奴に恨みの一撃を叩き込んでやってくれ!」
「ヒットにゃんならきっとやってくれると信じてるにゃん!」
「きばれよカラーナ!」
「……ヒット様ご武運を」
残った皆の声を背中に受けながら、開いた結界の中へ俺たちは一人ずつ飛び込んだ。
この魔導器が使い捨てである以上――俺達に全てが掛かっているといっても過言ではないだろう。
だからこを俺は――不退転の決意で決戦に望む。
ここの領主を打ち破らなねば、セントラルアーツに自由はないのだから……




