第134話 魔族の話
ゴールドは死に、ベルモットという魔族はカオスドラゴンに貴族の女を乗せ去っていった。
その事に若干の後味の悪さは残ったけどな。
ただシャドウの話だと、確かに乗せられていたのは全て貴族絡みだったことに間違いがないようで、そのせいか、この場のほぼ全員、若干の悲壮感は漂いつつも、その事に憤ったりといった様子は感じられない。
それだけ貴族に対しては恨み辛みのようなものがあったという事なのだろう。
俺自身はカラーナに石をぶつける貴族連中の姿も見ているのでいい思いはないが、かといって自分自身とそこまで関わってきたわけでもないので、そこまで強い恨みを抱いているような事もない。
寧ろ彼女たちの今後を考えると哀れみさえ感じるが、かといって積極的に助けにいくわけにもいかないけどな……今は他にもするべきことがある。
「王国の正騎士などといっても情けない話だ……」
ふと、アンジェが呟き表情に影を落とす。騎士として、あの場であの子達を助けることが出来なかったことを悔やんでいる様子。
「アンジェ。君の気持ちも判るが、今はそれを悔やんでいる場合ではないと思うぞ。まだ俺達にはやるべきことがある」
「ヒット様のいう通りですね。ゴールドが死に、金庫の中身も開放されたことで、次の目的もはっきりしました。いまこの領地の居城に鎮座している何者かを倒さなければ、真の解放はありえませんからね」
「ヒット……シャドウ――確かにそうだな。それに領主の居城とやらにむかえば、まだ助けられる可能性もあるわけだしな」
そういってアンジェが表情を引き締める。
ただ、シャドウに関してはなんとも複雑な面持ち。
だが、その理由は俺にも判る。
「……シャドウ、さっきのベルモットはおそらく――」
「えぇ、流石ヒット様。気がつかれてましたか。あの方向、明らかに領主の居城に戻る方向ではありませんでした。恐らくあの魔族はどこか別の場所に向かったと考えるのが妥当でしょうね」
小声でシャドウと話す。
この事は、アンジェにはとりあえずは言わないでおくか……
「それにしても魔族なんてほんまなん? うち話を聞いてもピンとこないんやけど」
「うむ……実際魔族についての伝承は諸説あるしな。ただ、王国図書館にある書物の中には魔族はまだ滅んでいないと、将来を危惧する内容のものもあったのも確かだ。それに……あんな姿をしているのはやはり魔族としか考えられないだろう」
「同感ですね。それにカオスドラゴンを手懐けるなど、普通の人間には無理でしょう」
「……ビーストテイマーでも不可能」
「アンッ!」
カラーナの反応を見る限りは、魔族というのはこの地では伝説の類として扱われていた感じか。
と、いうことは魔族と人間との間で何か争いのようなものがあったのは、随分と昔の可能性が高いな……
「ご主人様どうかされましたか?」
俺が魔族について考えを巡らしていると、その様子に気がついたのか、メリッサが隣に立ち訪ねてくる。
「あ、あぁ、実は俺は魔族についてそこまで詳しくなくてな」
「それでしたら私なども物語で聞いた事があるぐらいですよ。なので正直驚いてますし……不安もありますが――」
視線を下に落とし表情を曇らす。
冷静に考えれば、相手が魔族と知れば憂愁を感じたり、恐れを抱いたりするのは当然か。
アンジェは騎士だし、カラーナはあの性格だから魔族と聞いても畏怖している様子は感じられないが、メリッサは元は貴族の生まれ、色々あって奴隷に落ちたとはいえ、感覚は外にいる人々と何ら変わらないだろう。
「メリッサ――大丈夫だ俺が付いている」
「ひゃっ! ご、ご主人様――」
メリッサの頭を優しく撫でててやる。何か久しぶりな気もするなこの感触……でもメリッサは不安な表情から一変してとろけているような恍惚とした顔に変わっている。
……もう俺は、正式にメリッサのご主人様になっているんだ。
何れ奴隷からは解放できればなとも思っているが、とにかく俺がしっかり守ってやらないとな。
「むむぅ……ボスなにしてんのこんな時に?」
カラーナが俺達を振り返り、呆れたように言ってきた。
むぅ、話の流れを聞いていなければ、ただイチャイチャしてるようにしかみえないか?
「いや、これはちょっとメリッサを安心させようとな。なんだカラーナも撫でて欲しいのか?」
「え? あ、うちは、で、でも、ボスがそう――」
「コホン!」
と、ここでアンジェが咳きを入れる。俺の方に目を向け、少し責めるような目で、うん、まぁこんな時に何をしてるんだと、そんな目だな。
「あ、アンジェも良かったら撫でようか?」
「ひゃ! にゃ、な、何を言ってるのだ! い、今はそういう場合では、いや、そもそもそんな撫で、撫でられるような――」
あれ? 冗談でいったつもりだったんだが妙にドギマギしている印象だな――頬も紅いし。
……そういえば女騎士様は男性経験は少なかったか……いや、俺も経験豊富ってわけじゃないが――
「てか、いつまで俺達は、お前たちの盛ってる様子を見せつけられないといけないんだ?」
「だ、誰が盛ってんねん!」
キルビルの嘆息混じりな横槍に、カラーナがムキになって返した。
傍から見るとそんな風に見えるものなのか――
「いや済まない。元はといえば俺が魔族について考えていたのをメリッサが気になったみたいでな。実は俺自身、あまりその魔族の伝承みたいなのは知らないんだ」
俺がそこまで話すと、ほぼ全員が、本当かよ? て目で俺を見てきた。
どうやら魔族についての伝承は、お伽話などにもなっていることもあるようだが、どんな形であれ何かしら聞いたことがあるのが普通のようだ。
俺の世界で言ったら、魔族についての話を知らないというのは、桃太郎を知らないぐらいのと同レベルな扱いらしい。
「ふぅ……ヒットは基本凄い男だと思ってはいるが、妙なところで世間知らずなところがあるのだな。まぁいい、折角だから私が聞かせよう」
まぁ元はこの世界の人間ではないからな。ただ魔族について全く知らないといえば嘘になるが、まぁ逆に俺が知っている事を彼らにいっても理解はされないだろうからな。
取り敢えずだ、俺はアンジェから話を聞く。その内容に関しては、まぁこういったものでは割りと普通だったな。
今から一〇〇〇年ほど前の話らしいが、ここボガード大陸より北に数百キロ程離れた島で魔族が生まれたらしい。
そして、魔族は海を越え多くの魔物を従え大陸の侵略に乗り出したそうだ。
伝承ではしっかり魔王の存在も認められていたようだな。
ちなみに、大陸に魔物が住み着いたのは、魔族の侵攻が原因とされているらしい。
しかし、その魔族の計画は大陸の英雄たちの手で阻止されたとか――まぁこういうのもありがちだが、阻止されていなければ当然この王国も無事であるはずがないわけだしな。
「なるほど、いやありがとう助かったよ。そして、話を聞いてなんとなく似たことを聞いたことあるのも思い出した」
「うん? なんだそうなのか。まぁ知らないほうが珍しいぐらいだしな」
アンジェが、当然か、といった様子で言う。
まぁ、こういった剣と魔法の世界ならありきたりな内容でもあるからな。
しかし、伝承にもあるという事はやはり魔族ありきの世界なのか――
思い出すのは割りと久しぶりな感じだがな。
今更だが、この世界は俺が生前にプレイしていたゲームがベースとなっている。
そして、魔族というのはゲームの大型アップデートで実装される予定だった種族。
まぁ、結局隕石の事があって、そのアップデートは行われず終いだったわけだがな。
そのアップデートの詳細に関しても、結局そこまで詳しく語れることはなかった。それは魔族についてもだが、それでも多少なりともわかっていたのは、魔族はプレイヤーが選べる種族の一種となっていたこと。
そして、アップデート後は魔族と大陸の他の種族との間で、大掛かりなPvPイベントが行われるという話が持ち上がっていた。
元々ゲームでは、冒険者と盗賊ギルドなどの裏ギルドの間で、護衛と襲撃の依頼を用意し互いに競わせたりといったものがあったが、魔族との間の戦いというのは、この規模を大きくしたものの予定だったはず。
イベントの進行次第では、大陸の版図も魔族によって塗り替えられるという事も考えられていたようだ。
そして魔族は、後から実装される種族ということで、基本能力は高めになるという話でもあった。
ついでに言えば、魔族専用ジョブも用意されたり何か特殊なスキルも準備中ということだったな。
それにしても……これまでの経験を踏まえてみても、どうやらこの世界はゲームのアップデート後がベースになってるような感じがしないでもないな。
まぁ俺自身、アップデートについて詳しくは知らないから、正しいのか正しくないのかは断言できないがな。
「なぁ? とりあえず一旦ここを出ないか? もう銀行にも用はないだろ?」
ある程度話が終わったところで、キルビルがシャドウに問うようにいった。
それにシャドウが振り返り言葉を返す。
「えぇ、そうですね。ここで出来ることは全て済みましたし。後は――まぁとにかく出てからですね」
キルビルとシャドウの意見に特に異を唱えるものはいない。
確かにここにいても仕方ないしな。
だから俺達も揃って銀行を後にした――




