第125話 実験
「東門は随分と派手にやってるようだな!」
キルビルが東門より響き渡ってくる轟音を耳にし、嬉しそうに声を上げた。
南門では盗賊ギルドのマスターであるキルビルと、常に彼に付き従い行動する護衛のふたり、更にキルビルが目を掛けているギルドのメンバーが数名、魔物相手に大立ち回りを演じていた。
それぞれ会得しているジョブは、ローグであったりトラッパーであったり、また護衛のふたりに関しては長身痩躯の男がレンジャー、巨漢の男はバンディット、盗賊ギルドのマスターであるキルビルに関しては最高位職のシーフマスターである。
南門の魔物たちは音もなく忍び寄った盗賊達に反応が追いついていなかった。
その間に奇襲に近い形で次々と魔物の命を奪い、そこからバンディットである巨漢が突撃し、手持ちのバトルメイスを振り回す。
高位職のバンディットは、盗賊と戦士の利点を併せ持ったようなジョブであり、接近戦もこなすことが可能。
スキルとしては攻撃と同時に何かを奪う、ぶん取るのようなスキルを得意としている。
彼の扱うバトルメイスは短い柄の先にトゲ付きの鉄球を取り付けた代物だ。
それを振り回し、スキルも交えて周囲の敵を吹き飛ばしていくが、一体のオークが間に入り盾で攻撃を受け止めた。
人に近い顔を目にし、感覚からシールダーのジョブ持ちだと判断した男は、バンディットのスペシャルスキルであるモロ出しを発動させ、瞬く間にすべての装備を引っぺがしスッポンポンの状態に持ち込んだ。
モロ出しは相手の装備であれば、下着も含めて全てを剥ぎ取る事が出来る。
相手が女性だったならかなり問題がありそうなスキルだが、これはジョブ持ちとはいえオーク、迷う必要もないだろう。
そして勿論、身を守る物がなくなったオークにはしっかり武器スキルである骨砕きをお見舞いし、文字通りオークの骨を粉々に砕いた。
もう一人の仲間である痩躯のレンジャーに関しては、バンディットと同じく高位職であり、ある程度弓スキルを使いこなし、更にトラップも仕掛ける事が出来る万能なジョブだ。
その特性を活かし、彼は少し離れた位置から矢を連射。
素早い動きで翻弄しつつ、仕掛けておいたトラップのロープを切り、尖鋭した丸太を弩の如く勢いで射出した。
丸太は弓形の軌道を描きながら見事着弾し魔物の身体を貫いた。
「あいつらも随分と成長してるじゃねぇか」
自らの側近であるふたりの戦いぶりを満足そうに見やった後、門を背にして佇むジョブ持ちの魔物を見た。
人間の姿をしつつ魔物の要素も残しているそれに、薄気味の悪いものを感じつつも、近づこうとしたキルビルに向かって、魔物が両手を突き出した。
その瞬間、手の中に生まれたエネルギーの塊がキルビルに向かって直進する。
高位職であるモンクの波動弾だ。モンクは気という特殊な力を使いこなす格闘系のジョブである。
そのモンクの放った気の塊がキルビルに迫る――が、彼は慌てることなく避ける素振りすら見せず、スペシャルスキルである【オールスティール】を発動した。
その瞬間キルビルの身体から半透明の巨大な手が生み出され、気の塊を掴んで消えた。
彼のスペシャルスキルは、相手のスキルや魔法さえも盗むことが出来る。
そして盗んだスキルや魔法は一度だけいつでも再現が可能だ。
但し対象がスキルや魔法の場合、同じスキルは、それを使用し終えるまで、再度盗むことは出来ないが。
また盗む対象が形ある物だった場合は、盗むものを使用者本人が理解できていれば、手が触れた瞬間に盗むことが可能だ――が、この場合は盗んだものをキルビル本人がしっかり受け取らなければこのスキルでの次の動作は不可能だ。
キルビルは相手から盗んだ波動弾を早速使用。魔物に気の塊が命中――するも一瞬怯むが怒声を上げキルビルを睨む。
「流石に自分の技で倒れるほどやわじゃねぇか」
思わずキルビルが漏らす。怯みこそしたが、確かにそこまでダメージは受けてなさそうだ。
そして歯噛みする。この戦い、押してるのは間違いなくキルビル達の方だが、やはり決め手にかける。
丸太杭やモロ出しなどのスキルは強力だが、そうそう連発出来るものではない。
奇襲も最初の一度が成功しても、そこからは乱戦になり、負けてこそいないが完全に押し切るには若干火力が足りていない。
目の前にいる相手を倒すのも少々骨が折れるな、とキルビルがこの先の展開を考えていると、空中から何かが無数に降ってきて地面に落下すると同時に、爆発した。
「うぉ! な、なんだ!?」
突如戦場に鳴り響く轟音にキルビルが驚きの声を上げる。
一瞬敵の援軍をも心配してしまうが――杞憂だった。
何せその爆発で絶命したのは全て魔物。
そして続けて張り上げられた声がそれぞれの耳に届く。
「待たせたな! エリンギ特製マジックボム! 大量入荷だぜ!」
「ドワンか! ははっ、ナイスタイミング!」
キルビルが歓喜の声を上げると、ドワンがニヤリと口角を吊り上げ、更に手持ちの槌でマジックボムを打ち、キルビルが相手していたジョブ持ちの魔物にそれを数発命中させた。
同時に再度爆発が連鎖し、魔物の身体は木っ端微塵に吹き飛んだ。
そこから更にばら撒かれたマジックボムで南門が吹き飛ぶ。
するとどこからともなく別の援軍が現れ、キルビル達の戦いに加わった。
「よっしゃ野郎ども! こっからは外の連中が相手だ! 気合入れろよ!」
キルビルの声に仲間たちは鬨の声を上げて応じるのだった。
「どこもかしこも、派手に動いてくれているようですね」
東門に続いて、響く南門から鳴り響く爆音を耳にしながら西門を担当するシャドウがポツリと呟いた。
そんな彼の目の前では、付き人のコアンと彼が生み出したシャドウナイトが西門を守る魔物相手に奮闘してくれていた。
コアンはまだまだ若いながらも既に高位職であるアサシンを会得し、その能力を使いこなすほどの腕前を有している。
今も戦場を縦横無尽に駆け回り、魔物の首を心臓を的確に絶ち、その命を奪っていっていた。
それをシャドウは若干遠巻きに見ながら、流石ですね、と呟きつつ、影を鎌に変え影で出来た柄を伸ばし、離れた位置から魔物たちに攻撃を加えていく。
シャドウは元来戦闘タイプの人間ではない。だからこそ前衛は完全に二人に任せている形だ。
シャドウナイトも、近接戦が苦手なシャドウの代わりによく働いてくれている。
接近戦では影の剣を振るい前に出てくる魔物を斬伐し、離れた相手には影を矢に変え射据えていく。
正直これだけでもかなり効果は高いが――ここで更に強力な一撃がこちらも必要だな、とシャドウは考え。
「お願いしますよ」
そう西地区側の路地に向けて声を掛けた。
「みゃかしぇてなの! 悪いみゃものはおしおきなの!」
と、そこへエリンギに手を引かれ姿を見せたのはエルフ耳の幼女――こんな幼子を戦闘に参加させるなんて! と余人が見ていたら非難の一つでもされそうだが――シャドウはこのエリンという娘がとんでもない力を秘めていることを十二分に理解していた。
「シャドウナイト! コアン! 一旦退いてください!」
シャドウの掛け声に、戦いを演じていた一人と一体が即座に反応。
コアンは持ち前の身軽さで相手を見据えたまま後方に大きく飛び退き、シャドウナイトも影矢を射続けながら後ろに下がった。
「風の精霊さん! 回って回ってやっつけるなの!」
そこへエリンが精霊に呼びかけ、するとごうごう~~という風の唸り声と共に、魔物共が蛮声を上げる中で渦をまき、螺旋を描き、天を貫くほどに巨大な大竜巻が西門の前――正確には若干北側よりに出現し、甃を巻き上げ地面を捲り、北地区の建物の屋根を打ち上げ、石造りの家屋すら壊裂させ、ついでに魔物の集団も空高く舞い上げた。
竜巻の中には巻き上げられた瓦礫や土塊が高速回転し、魔物の身体に次々と打ち付けられていく。
そして竜巻の強烈な回転に巻き込まれた状態では、魔物も身動きとれず、ただただ、渦の中で迫る衝撃物に蹂躙され続け――その命を絶たれるほか無い。
「……これは、予想以上にすご過ぎますね――」
シャドウが思わず呟く。隣に戻ってきていたコアンに関しては、愕然といった様相だ。
当初の予定どおり、門を開けた後の為に近くに別部隊を控えさせていたが、正直無駄になりそうな勢いである。
巨大な竜巻はそのまま門にぶち当たり、門どころか柱や城壁までもを破壊し、ゆっくりと門の外へと突き進んでいく。
これだけ目立つ代物ならば、さすがに外で戦っているメンバーは気づいているとは思うが――しかし策を練るという行為が馬鹿らしくなるほどの圧巻なその力に、シャドウは思わず嘆息するのだった。
◇◆◇
「ねぇゴールド。どうやら外の魔物は大分やられちゃったみたい。どうしよっか~?」
魔族のベルモットが無邪気な笑顔をゴールドに向けてくる。
彼は背中から生える翼と、蒼い肌を除けば見た目は人間の少年とそれほど変わらない。
短めで丸みを帯びた髪型、くりくりっとした大きな瞳はぱっと見は小動物さえも連想させる。
実際実験も玩具を与えられた子供のようなノリでこなしている感じだ。
「ふぅ……仕方ないですね。それにしても出来れば貴方の実験が無事成功してから出向きたかったものですけどね」
「え~だったら今直ぐにでも試して上げるよ~ゴールドぐらいの実力者の方が上手くいくかもしれないし~」
翼をぴょこぴょこ前後させながら、期待の眼差しを向けるベルモット。
だがゴールドは首を横にふる。
「勘弁してください。確実に魔族に生まれ変われるというならまだしも、あんな知性の欠片も感じさせない失敗作なんてごめんですよ」
「あ~! ひっどいな~失敗作だなんて。あれはあれで十分使い道があるじゃないか~」
口を尖らせぶ~ぶ~と文句を述べるベルモットに嘆息し、呆れたような眼差しをゴールドは向ける。
「確かにジョブが使える魔物は強力そうですがな。しかしまだまだ課題は多いのでは? 実際今回もかなりの数投入しておりますが、軒並み倒されてしまいましたし、もう少しオツムが良くないと作戦もくそもないですな」
むぅ~と唸るベルモット。
「その辺は中々難しいんだよね~魔族を作るのも配合とか微調整がさ。まぁ失敗は成功の元っていうしそのへんはね」
一旦は悩むような仕草を見せたベルモットだが、今度はケタケタと笑いあげる。
エビルクリエーターという魔族だけが持つことの出来るジョブ(その中でもかなり希少なジョブだ)を持つこのベルモットは、魔物同士の掛け合わせや魔物と霊獣や幻獣、神獣の掛けあわせ等色々組みあわせてキメラを作り出すことが可能だ。
そんな彼に課せられた任は魔物と人を掛けあわせ、魔族(に限りなく近いもの)を作り出すこと。
だが、この計画のためには実験体としての人間が大量に必要になる。
しかも色々と試した結果、少なくともジョブを持っているぐらいの人間で、ある程度の実力もなければ意味が無いことが判った。
それ故に奴隷商人でもあるメフィストの手を借りて、ゴールドの力も利用し、冒険者ギルドも巻き込んで数多くの冒険者を手に入れ実験材料とした。
そしてゴールドに関してはこの計画の事を知った段階から、成功した暁には自身を魔族に変えてもよいとし、協力を惜しまないという姿勢も示した。
何せ魔族は人間なんかより身体能力も魔力も高い。
その上寿命がはるかに長く、平均で五〇〇歳ぐらいまでは生きられる。
ゴールドからしてみれば夢の様な肉体であり、望まないほうがおかしいとさえ思っていた。
ただ、勿論それも成功ありきのことだ。現状の冒険者の成れの果てをみている分には、とても実験に自分の身体を差し出す気になれない。
「まぁいっか。まだ材料は残ってるしね。もう少し試してみるよ」
「是非そうして下さい。そして私が戻ってくる頃には、見事その実験が成功している事を望みますよ。貴方がただって、そんなに実験に時間を割く余裕があるわけではないでしょうしな」
そういいつつゴールドは身を翻し、頑張ってねえ~、というどこか飄々とした声を背に受けながら彼の実験場を後にしようとする。
目端に、与えられた雌との交尾に無我夢中の魔物の姿が見えた。
それも元は冒険者だったものだ。
「――あんな醜悪で頭の悪そうなものに成り下がるのだけはゴメンだな」
そう独りごち、ゴールドは連中を片付けるため銀行へと脚を向かわせるのだった――
実験♪実験♪




