第123話 一二〇対二〇〇〇~東門の戦い~
東門の攻略は先ずはアンジェを筆頭に、ブルーナイトのマリーンとアーマーナイトのダイアが付き従い、魔物の軍に吶喊し特攻することから始まった。
七〇〇近い敵の軍勢に一見無謀にも思える攻めだが、事前にリインフォーサーの手によって一通りの強化魔法を掛けられ、かなりの肉体強化が成されている。
ウィンガルグを纏ったアンジェが先ず魔物の集団に飛び込み、シルフィードダンスで次々と剣戟を叩き込んでいく。
付与魔法と精霊獣の力で東門を守る魔物がバッサバッサと斬り倒されていった。
この戦法は一見かなりのゴリ押しにも感じられるが、何も考えていないというわけでもない。
事実アンジェの後方、魔物の正面にはアーマーナイトのダイアが迫り、スキルの仁王立ちを発動させていた。
このスキルは文字通り敵の目の前で仁王立ちとなり、周囲の敵の攻撃を引き付ける。
これによりアンジェの背後からの攻撃は鈍る。
アンジェからしてみれば、後方をさほど気にせず、前方と左右に集中できるのはありがたいところだろう。
魔物の数は驚異的ともいえるが、エンチャントの効果はやはり大きい。
ただでさえ手練のアンジェの動きが、より強靭のものに変わり、殆どの敵を一撃で仕留めていく。
前方のダイアも同じだ。能力の底上げによって数多の魔物からの攻撃もすべて耐え凌いでいる。
一切怯む様子もない。この強さは能力を強化されたという事もあるが――ただ彼には彼なりの思いの強さがある。
彼は元々はセントラルアーツを守る騎士の一人であった。
だがダイアの大事にしていた彼女……冒険者だった彼女はザックの手により汚され、そして殺された。
彼は団長にそのことを伝え、ザックへの極刑を望んだが――却下され彼の思いは踏み潰された。
ダイアが解放軍に加わったのは、その事があったのが大きい。
そして、今彼は必死に役立とうと頑張っている。それはアンジェの為というより、間接的とはいえ敵を取ってくれたヒットに報いる為といった部分が大きいのだろう。
勿論ただ壁役に徹しているだけではなく。
仁王立ち状態で愛用のポールアックスを振り回し、周囲の魔物たちをがんがん薙ぎ倒していっている。
ポールアックスは、二メートル程ある鋼鉄の柄の片側に厳厳しい斧刃を取り付けた得物だ。
斧刃の反対側には尖鋭した鉤爪が備わっている。
柄の途中には円形の鍔も付いているため、それで相手の剣戟などを止める事も可能な武器である。
アーマーナイトの彼は、剣を使用して攻撃してくる魔物達の攻撃をある程度鍔で受け止めつつ、それほどダメージに繋がらないと思われる攻撃に関しては抵抗せず鎧に頼った。
装備している鎧は全身鎧のハードプレートアーマーで、鋼を徹底的に鍛えることで出来上がった重厚な防具である。
重量感のあるゴツイ鎧だが、その分大抵の攻撃は弾き返す強度を誇る。
そこへスーパーアーマーのスキル効果も加わる。このスキルは鎧の強度を上げることが可能、これにより、敵からしてみれば命を持つ要塞を相手にしているようですらあるだろ。
そして今度はダイアは反撃の手を止めて、仁王立ち状態でポールアックスを振り上げ、大上段の構えを取ったまま立ち続ける。
勿論その瞬間魔物の集中砲火を浴びることとなるダイアだが――ある程度攻撃が纏まったところで彼が更にスキルを発動。
ラスチャージアタック――力を溜め、相手から攻撃を受けた分だけ反撃の威力が上がる。
これに武器スキルであるフルスィングを踏み合わせ、前方の敵を薙ぎ払った。
その強烈な一撃で、多くの魔物の半身が弓形に飛んでいき、地面を汚す。
相当に荒っぽい一撃。だがそれ一つで三十近い魔物が戦場から消え失せた。
「ダイア、あんまり無茶しないでよね!」
と、そこへ蒼い鎧に身を包まれた女騎士が迫り、ダイアとは一〇歩分ほど側面から魔物相手にアクオスソードを振り下ろしていく。
「マリーン、それは俺の台詞でもあるぜ。女だてらに、しかも片手半剣なんて魔法騎士の扱う武器じゃないぜ」
短めのアクアブルーの髪に、碧眼と、正に蒼騎士の名に恥じない様相の彼女へダイアが言った。
どこか呆れたように肩を竦めながらも、近づいてきた敵はその長柄の斧でしっかり叩き潰す。
「あらダイア、それはちょっと偏見が過ぎない? 私は例え女でも平等で扱ってくれる貴方に誘われたから解放軍に入ったっていうの、に!」
柄から剣身まで、淀みのない湖のような蒼で統一されたそれは、例え魔物を斬り伏せて鮮血を受けても、一度払えば霧散し、シミひとつ残すことがない。
この武器も、また防具の素材も同様だが、ここボガード大陸西部に存在する内海の一部にのみ生息する魔物、アクアマイマイクラブの甲羅と魔法銀であるミスリルを組み合わせ、作成されたものである。
アクアマイマイの甲羅は強靭で色が蒼く、また常に水気を含んでおり汚れが残らないのが特徴。
それにミスリルを組み合わせたことで、魔法の乗りが良く剣に関しては鋭い切れ味、防具に関しては丈夫さを兼ね備えた装備品に仕上がっている。
そしてこの素材の特徴としては、水に対する耐性が強く、同時に水の力を増幅させるという点でもある。
マリーンは、手持ちの剣こそ美しくも仰々しい代物であるが、鎧に関しては胸当てに近いものと具足と手甲の組み合わせであり、致命傷を負いやすい部位はしっかり守られているものの比較的露出度は高めだ。
中々の大きさを誇る故、胸部からは谷間もよくみえる。
だが、なまじ見惚れてしまっていると痛い目をみるぐらい、彼女の攻撃は激しい。
魔法と剣術の組み合わせに、興奮して攻め込んでくるオークも指一本振れることを許していない。
彼女の戦術はその装備品の示すように水魔法を組み合わせたもの。
「生命の水は時折その牙を向く、この水球は甘くはない――アクアボール!」
先ずは初級魔法のアクアボールで遠くの敵にダメージを与え、
「不純なる水よ、不浄なる水よ、それもまた水なり、相手を捕え放さぬ水なり――ウォータージャム」
そして同じく初級のウォータージャムを魔物達に浴びせていく。
ウォータージャムは粘性の高いゼリー状の水を浴びせ、動きを鈍らせる効果がある。
ジャムでベトベトになったオークなどは、とても見苦しくもあるが、防御に移る所為が確実に遅れる為、剣戟で止めをさしやすくなる。
そしてブルーナイトである彼女は、武器に加えた属性によって特殊なスキルも使えるようにもなる。
今彼女が使っているスキルは武器に水の属性を付与するアクアウェポンだ。
そして、魔物に剣を振ると同時に強烈な水飛沫によって周囲の敵が弾き飛ばされ更に水にぬれる。
アクアウェポンの使用後に使えるスキル、スクラッシュだ。
そして続いて敵を一旦泡に閉じ込めた後に斬りつけるバブルアタック。
更に得物を振り上げると同時に、水によって具現化されたイルカが跳ね上がり追撃するドルフィンスイングで複数の魔物が浮き上がる。
イルカの尻尾で宙を舞った魔物たちは、ポールアックスを構えるダイアの前で落下し、見事その斧の餌食となった。
このふたりの息はかなりあっている。その様子をちらりと見ていたアンジェも満足げに笑みを浮かべた。
ふたりの息が良いのは、マリーンがダイアを信頼しているというところが大きい。
彼女もやはりダイアと同じく、元はセントラルアーツの騎士団に所属していた。
ダイアとはその頃からの付き合いである。
しかし女の騎士というのは実は存外珍しい。
ガロウ王国に限らず、どこも大体同じだが、女の社会的地位というのは男に比べて相当に低いものだ。
そしてそれは、国や領地を守るような騎士や兵士達の間では顕著にあらわれる。
女の騎士など、所詮は男の慰み者になる為だけの存在等と囁かれてしまう事も珍しくはない。
彼女も例外ではなく、常に男からは女としてだけ見られ、騎士として見られるような事はなかった。
見た目が良かったのが逆に災いしたのかもしれない。
常に男たちから向けられるのは、欲情にかられたような視線だけ。
しかしそんな中、対等な目線で騎士として接してくれたのがダイアだったのだ。
それがマリーンには嬉しかった。
そして同時に、彼に関しては助けてもらった恩もある。
あるとき彼女は、上役にあたる長官に呼ばれ部屋まで赴いた。
そこには長官の他に、数名の騎士も待ち構えていた。
部屋に入るなりマリーンは彼らに押さえこまれ、着衣も無理やり剥ぎ取られた。
その時点で彼女は、長官が自分を呼び出した意図を悟った。
その男は日頃から夜の奉仕をしろとしつこく迫っていた男であった。
それをのらりくらりと断り続けていたマリーンだが、それに腹を立ていよいよ実力行使にでたのだ。
しかしそれを助けたのはダイアであった。彼は部屋に入りその現場を目にすると、長官の、出て行け、という命令にも動じず、周囲の騎士たちを薙ぎ倒し彼女を救った。
マリーンはその恩を片時も忘れたことはない。しかし恩だけではなく負い目もある。
何せその事が原因で、ダイアの大切にしていた彼女が憂いな目に遭うこととなったのだから――
マリーンが今の騎士団を抜け、ダイアと共に解放軍に入ったのも、元々騎士団に不満があったというのもそうだが、ダイアがいたからという事が大きいのだろう。
彼の為にもマリーンはその剣を振るい続ける。
しかし――と、アンジェを一瞥する。
王国の正騎士であるアンジェは、マリーンと同じく女騎士でありながら、その実力が桁違いであることを彼女は痛感した。
ブルーナイトのジョブまで手にした自分は、もう下手な男には負けない自信があった。
だがアンジェをみてるとその自信も揺らぐ。
それぐらい彼女の戦いぶりは勇ましく、そして――美しい。
とはいえ、己が尊敬できる騎士のもう一人が、女で良かった――そんな事も思いつつ、更に魔物たちに剣戟を叩き込む。
すると魔物の軍勢目掛け、雷が落ちる。
それはセイラの魔法であった。援護に入った彼女が雷系初級魔法のサンダーストライクを唱えた。
この魔法は初級の雷魔法としては最も威力が高い。
発動までに間があるのが欠点ではあるが、この一撃はマリーンの攻撃と相性が良かった。
マリーンの放ち続けていた魔法やスキルで、周囲の敵も地面もすっかり水浸しになっており――そこに雷が落ちたことで電撃が伝わり魔物たちを感電させた。
その一撃で絶命した魔物もいるが、ショック状態で立ちすくんでいる物もいる。
そういった連中はダイアとマリーンで確実に仕留められていった。
「ウォオオオオオーーーーン!」
すると今度は、魔物の群れに白い獣が飛び込み、鋭い爪牙で引っ掻き、噛み砕き、数多の魔物たちを蹂躙していった。
それはセイラの従える神獣フェンリィであった。だが、精々子犬でしかなかったその姿は、まるで成犬の如きサイズに変化している。
これはビーストティマーのスキル【ワイルドウィップ】の効果であった。
このスキルは従える獣の本能を呼び起こし、一定時間、全ての能力を向上させる。
効果時間は五分程度だが、それでも敵の軍勢を掻き乱すには十分だ。
東門を守る魔物たちは、この四人+一匹による攻勢の時点で三分の二程度まで減少した。
そこへ更に気勢を上げ、残りの冒険者達が一斉に突撃する。
付与魔法で強化されたおかげで、ファイターやウォーリアも強固な意志で責め立てている。
その勢いに魔物たちは押され、その数がみるみるうちに減少していく。
「さぁお前たち! 勝機は見えた! このまま押し切るぞ!」
アンジェの勇ましい掛け声に、その場の全員が喚声を上げ応えた。
後は予定通り東門が開けば、誰一人欠けることなく一気に雪崩れ込むことが可能だが――




