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異世界のキャンセラー~俺が不遇な人生も纏めてキャンセルしてやる!~  作者: 空地 大乃
第一部 異世界での洗礼編

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第113話 夜の戦い

「カラーナ、本当にいいのでしょうか? ご主人様は待っていろと言っていたのに――」


「やったらメリッサは待ってたらよかったやん。あそこやったらセイラとシャドウナイトがみててくれたんやし」


「う、うぅ。でもやっぱり心配で……それに私の鑑定が役立つかもしれませんし」


 ふたりはヒットとアンジェが冒険者達を追った直後、セイラとシャドウナイトに馬車を任せ、結局ヒットを追うようにして、その場を飛び出していた。


 といってもメリッサに関しては直前までは迷いがあり、カラーナが行こうとしてるのを見て、自分も、とついていったかたちではあるのだが。


「それにしてもボス一体どこやろな~」


 カラーナは走りながらも、きょろきょろとあたりを見回し口にするが、その時茂みから何かが飛び出しそしてふたりを一顧した。


「こいつさっきの冒険者の一人やな!」


 カラーナがそう叫びあげると、細身の男は逃げるように走りだす。

 男の格好は平民が着衣するような布衣で、ただ靴だけは革製のしっかりした物が履かれている。

 尻のあたりには得物用のケースが装着され横向きにナイフが収められていた。


 一見シーフ系のジョブ持ちにも思える男ではあるが――


「カラーナ――」

 

 そこへメリッサが後ろから声をかける。

 

「あいつ結構速いで、メリッサ急ぐで」


 言ってその腕を取り、逃してなるものかと男を追いかける。

 だが、男とはある程度の距離を保ったまま、いくら走っても追いつくことは出来なかった。


 そして――


「メリッサ! こうなったら、ちっとまっとき! うちがさっさと追いついて片を付けたる!」


 メリッサを振り返り自信ありげに伝えると、その手を放し、男を追いかける足を更に激しく前後に動かす。


 前を行く男との距離が段々と縮まっていく――が、その時、カラーナの姿がメリッサの視界から消え失せた。

 落とし穴だ。男を追いかけていた進路上に、落とし穴の罠が設置されていたのである。


「いまだ! 射て!」

 

 かと思えば、藪の中から発せられた合図と共に、枝葉に埋もれた梢に潜んでいた弓使いの二人が、それぞれのスキルを使用して、矢の雨を穴の中に注ぎ込む。


 カラーナの悲鳴が闇夜に鳴り響いた。


「よっしゃ! 上手くいったぜ!」

「全くこんな手に引っかかるなんざ、盗賊ギルドにいるってわりにチョロすぎだぜ」

「まぁそれだけ俺の罠が完璧だったって事だな」

「でもなぁ、ちょっと勿体なかったな。少しは楽しみたかったが」


 一人取り残されたメリッサの前に、冒険者という名の四人の悪漢達が姿を見せた。

 連中はもはや、仕掛けた罠には興味なしといった感じであり、じりじりとメリッサに近づいていく。


「動くんじゃねぇぜお嬢ちゃん。大人しくしておけば、殺さないでおいてやってもいいぜ」

「勿論その分、俺達専用の性奴隷にはなってもらうがな」

「くくっ、仲間は残念な事をしたが、その分あんたで楽しませてもらわないとな」

「全くだ。たくそのデケェ乳とか、見てるだけでたまんねぇぜ!」


 四人のうちの二人は、弓に矢を番えた状態で、鏃をメリッサに向けている。

 妙な真似をしたら射つ! とギラついた瞳が言っていた。


 その様子にメリッサは若干身じろぎはするも、その双眸には抵抗の意志が感じられた。


「さっきまで逃げていたのはランナー(疾走士)ですね。弓を持っているのはシューターとアーチャー。そして小柄な貴方はトラッパー(罠師)です」


 一人一人に指を突きつけながら、次々とジョブを看破していくメリッサに、連中は一様にして唖然とした顔を見せた。


 だが、直ぐにその中の一人、トラッパーの男が口を開く。


「なるほど。さてはあんたチェッカーだな? 鑑定があれば、相手のジョブを見ることもできるからな」


 するとその言葉を聞いていたランナーが、ふんっ! と鼻を鳴らし。


「だから何だってんだ! 寧ろチェッカーなんて一人じゃ何も出来ない戦闘能力皆無の連中だろうが!」


「貴方にそんな事を言われるとは思いませんでしたね。ランナーなんて所詮走ることしか能がないジョブじゃないですか」


「な!? なんだとこのアマ!」

 

 ランナーの男はキレるが、実際その指摘はあたっている。

 メリッサの鑑定でも、彼のスキルは基本的な走力を上げるスピードアップと、一気に倍近い速度まで加速できるビーダッシュ。そして敢えて敵を引きつけて囮になるトレインなどであり、個人の戦闘能力としてみれば、とても高いとはいえないのである。


「そして、だからこそ陽動作戦の囮役をかって出たわけですよね?」


 メリッサはにっこりと微笑みを浮かべ、四人に向けて問うようにいった。

 その言葉で四人ともが驚きに目を見開くが……


「つまり、あんたらの作戦はバレバレだったっちゅうことや」


 四人のすぐ後ろからカラーナの声。

 そして弓を構えていたふたりが先ず、背中から血を流しながら前のめりに倒れていった。

 勿論既に事切れている。

 落とし穴から抜けだした後カラーナは、準備を終えた後、音もなく忍び寄り、ムーランダガーを投げつつ、ふたりの背中をソードブレイカーでそれぞれ一突き、それで終わりである。


「ひ、ひぃ!」


 ふたりが倒れたのを認め、カラーナがランナーの男を睨めつけると、走るしか能のない男は背中を見せ、ビーダッシュで一目散に逃げ出した、のだが、その前方から戻ってきたムーランダガーによって、右足の腱を断たれ悲鳴を上げてゴロゴロと転がった。


「ぎひいいいいいぃいぃい、脚がぁああぁあ俺の脚があああぁあ!」


 ランナーにとって脚は命。だが今この男は、その命を失った。

 こうなってはこの男など、何の役にも立たないただのクズでしかない。


 そしてカラーナは、ムーランダガーをキャッチしながらトラッパーの男を振り返り、その首に刃を押し当てた。


「くっ!? なぜだ! いくら鑑定でも仕掛けた罠までは見破れないだろ!」

「まぁそやな。そっちは寧ろうちの得意分野やから、それを見破ったのはうちやし。てか、あんたさっき完璧とかいうとったけどな、さっぱりなってなかったで? 隠し方も雑やし、あのランナーかて、わざわざその一箇所だけ歩幅を変えて飛び越すように進むもんやから、簡単に判ったわ」


「だ、だがランナーのスキル、トレインは発動中だったはずなのに、なぜ!」


 確かに彼のいうように、トレインのスキルが発動すると、相手を追いかけずにはいられない、という感情を引き起こさせる。

 だが――


「でもその効果は、バレると意味がないですよね?」


 メリッサのその言葉で、あ! と男は気がついたように声を上げる。

 そうメリッサは鑑定でランナーの能力を看破した。

 そして一緒に追いかけつつも、カラーナにその事を伝えたのである。


「まぁ更にあんたがまぬけやったのは、落とし穴が一人分の大きさ程度でしかなかったことや。やから、折角矢でトドメをさそうとしても、穴が小さいから軌道もばればれやし、うちのナイフ捌きで簡単に全部対処できたってわけやねん。ちなみに悲鳴は演技や」


 うぐぅ、と男が悔しそうに呻く。


「こ、殺すのか?」

「……うち覚えてるで、あんたさっき言ってた盗賊ギルドの名を騙って村を襲った連中の一人やろ? トラッパーやからそれっぽいとでも思うたんか?」


「……あぁ、だがそれだけじゃないぜ、村の周りに前もって罠を仕掛けておけばあいつらは逃げられないしな。それに俺は、馬鹿な人間が罠に掛かって泣き叫ぶのを見るのが何より好きなんだよ。村の連中がギャーギャー喚く姿は見てて傑作だったぜ」


 男は半ばヤケになったようにカラーナに向け言い放った。

 醜悪な笑みを浮かべてはいるが、ここで死ぬ覚悟は出来ているといったようでもある。


「……あんた随分と自分の罠に自信があるようやね。だったらえぇで。見逃したるわ。但し逃げる方向はそっちの藪の中や。先に言うといたる。そっちにはさっき、おまんらがメリッサ気を取られている間にトラップを仕掛けといたねん。あんたもトラッパーいうなら、上手いこと見破ってみい」


 話し終え、カラーナが男の首からダガーを外す。


「へへっ、望むところだ! てめぇみてぇなガキの仕掛けた罠に引っかかるかよ!」


 小柄な男はそう言い残し、カラーナの指定した藪の中に足を踏み入れる。

 慎重に目を凝らし、どこに罠があるかを探す。

 意識を集中させ、あった……と男は呟いた。


 草に隠れて、細い糸が一本どこかへと伸びている。


 それにニヤリと口角を吊り上げ、罠をまたごうとするが――

 

(どうせ多重トラップだろ)


 頭のなかでカラーナが設置したであろう罠の配置を描き出す。

 これまでの経験、長年の勘、全てを総動員して求めた解は、絶対に安全な小さな一点を導き出した。


 その距離は一〇メートル。普通なら絶対跳ぼうとは思わない。

 着地点がずれれば、一気に罠が作動し連鎖する。


 しかし男は、絶対の自信を持って、その距離を跳んだ。

 そしてその小さな一点に、男は見事着地を決める。

 勝った! そう確信した男であったが――カチッ、ズボッ!


「ア"ーーーーーーーー!」


 夜空に男の何とも言えない悲鳴がこだました。

 その声を耳にしたカラーナが、

「なんや、あっちの罠に掛かったんか。串刺しとは難儀やな」

と言いつつ、ざまぁみろとでも言いたげにほくそ笑んだ。


「ほんじゃまぁ、ボスを探しに行こか」


 メリッサを振り返り、告げられたカラーナの言葉で、メリッサもはい、と頷きつつ、ランナーがそのままなのを気にしてる様子も見せるが。


「はよ離れんと、連中がきてるで」

 

 その言葉に、連中? とメリッサが復唱した。

 だが直後、その意味を理解する。


――ガルル……


 血の匂いを嗅ぎつけた野生の狼が、身動き取れないランナーの近くに現れたからである。


「腹を減らした狼には丁度えぇ餌やろな」

 

 冷たく言い放つカラーナの後を、黙って付いていくメリッサ。

 その直後、足を失った男の絶叫が背中に届いた。

 

「ひ、ひいぃいいい、嫌だ! 来るな! 来るなぁあああああ、俺は餌じゃなぎいいいぃいいぃいいいい!」






◇◆◇


「後はお前一人か」


 地面に転がる三人の冒険者崩れの姿を一瞥してから、俺は残った男にそう告げる。

 すると男は、ふん! と鼻を鳴らし、首をコキコキと鳴らし、更に胸の前で拳を合わせそっちでも骨を鳴らした。

 

 相手は山のように盛り上がった筋肉を誇る、逞しい男であった。

 頭もスキンヘッドにし、厳つい顔立ちをしている。


 男は随分と動きやすい格好をしていた。

 黒いTシャツに、柔らかい生地のズボン。

 履いているシューズにも拘りがありそうだ。


「全く使えねぇ連中だ。だが俺とあたったのが運の尽きだな。これでもこの中じゃリーダー張らせてもらってんだ。てめぇなんかにはやられはしねぇよ」


 俺に野獣のような瞳を向けながら構えを取る。

 なるほど、確かにさっき片付けたふたりとは違いそうだ。


「てめぇは俺が何のジョブ持ちか判るか?」


「あぁ簡単だ。ボクサー(撃拳士)だろ?」


「ほぉ、よく判ったな」


「……いや、簡単だろ。ボクサーは構えが独特だし、それに……その腕」


 肩を竦めつつ応え、男の腕の変化に着目する。

 ボクサーのスキルであるオーラグローブによって、男の拳には闘気で顕現したグローブが嵌められている。


 これはまさに、俺のよく知るボクシングで装着するものと、見た目は殆ど一緒だ。


 ただ本来のボクシングでは、リング禍が起きないよう考慮されてた部分も大きかったようだが、異世界のスキルでは当然破壊力もしっかり備えている、というよりは当然それが狙いだ。


 そして奴にいったように……どうやらサウスポーではないようだが、左手を前に出し右手は顎、半身状態を保つこの構え。


 これこそが高位職ボクサーの基本スタイルだ。


「くくっ、このスキルの効果で俺は遠慮なく自慢の拳を振るえる。テメェの肉と骨の砕ける音を、早く聞きたくて堪らねぇぜ」


 ニヤリと不敵な笑みを零しつつ、男は臨戦態勢にはいり、見た目にそぐわぬ軽快なフットワークを見せ始めた。


 確かこれもボクサーのスキルで、そのままフットワークだったな。

 そのスキルのおかげか、足場の悪さなんてお構いなしで、小刻みに跳ねまわるような動きで、俺を中心に見据えて回り出す。


 俺も双剣を構えて奴の動きに注目するが――そこへ横からボクサーが詰め寄り、パンチを繰りだそうとしたがそこには俺の仕掛けたトラップがある!


 当然男の足はとまり、そこに一瞬の隙が生まれる。

 俺はそれを見逃さず、ファングスライサーでその腕を狙おうとしたが――その瞬間顔に衝撃。

 思わず仰け反り体勢が崩れそうになる。


 やばい! とステップキャンセルで間合いを離すと、俺のいた位置にぶぉん! という豪快な音。


 ボクサーのフックが空を切っていた。

 あんなの喰らったら流石に平気でもいられないか……

 

「俺のクロスカウンターを喰らってもその程度とはな……それに動きもはぇぇが、しかし逃げてばかりじゃ勝てないぜ」


 軽いフットワークでの動きは続けながら、男がいう。

 クロスカウンターは相手の攻撃に合わせて交差するようにカウンターを決める技。

 そしてトラップキャンセルは引っかかれば直前の動きこそ止められるが、その次の行動までは制御できない。

 

 カウンター技は考える事なく、相手の攻撃に合わせて反射的に繰り出すスキルだから、トラップで動きが止まってたとしても喰らってしまう。


 カウンター使いのボクサーは、まともに闘うのは中々厄介かもな。


「へいへいどうした? 俺のパンチが怖くなったかい?」

 

 ……でもだからって、あまり調子に乗らせておくのもな。

 だから俺も加速する事に決める。

 

 キャンセルで――空中に移動!

 そこから宙を蹴って更にすぐ頭上に移動!


「な!?」


 男の顔色が変わる。今のステップキャンセルを多用すれば、相手に反応させる間もなく近づく事は可能。 

 それに空中の相手には、クロスカウンターも撃てない。

 

 だから俺はその腕に、闘気で切れ味がました刃を振るい、さらにクイックキャンセルの五連打でボクサーにとって大事なそれを一本切り離した。

 

 ちなみに奪ったのは左腕。ジャブを制すのはの左だから相当にダメージはデカイだろ。

 勿論肉体的にも精神的にも。


「ああぁああぁああ俺の腕ががががっ!」


 叫びあげてはいるが、それでも立っていられるのは凄いかもな。

 

「ち、ちく、しょうが!」

 

 奥歯を噛み締めながら、男は俺との間合いを詰め、そして組み付いてきた。

 スキルのクリンチングか。組み付いて相手の体力を奪いつつ、自分の体力を回復させるスキル。


 だが片腕がない状態じゃな。

 脇もがら空きだから、コンパクトに腕を振りぬき、脇腹を右の刃で抉る。


「うぎぃ!」


 流石に悶絶して苦しそうだな。

 俺から距離を離し、フットワークも重くなり、肩で息もし始めた。


「糞が! 糞が! ぐ、うぅ、こうなったら――残り三分で、決める!」


 決然とした表情。

 ボクサーで残り三分というと、スペシャルスキルのラッシュオブ(三分間の)スリーミニッツ(猛攻)か。


 息継ぎなしで、拳の乱打で攻め立てる。

 中々強力なスキルで発動も早いが、三分後には体力がつきて動くのもやっとの状態になるリスキーなスキルでもある。


 だが、男の目には覚悟が窺えた。

 この三分間で決めれなければ、死んでも仕方ないと、そういった覚悟が。


「さぁ……耐えれるもんなら耐えてみろ!」


 叫びあげ、一人のボクサーが全身全霊を掛けて、拳を振るおうとするが。


「キャンセル」


 俺はあっさりその男の覚悟を踏みにじった。

 スキルキャンセルでな。

 おかげで結局男は何も出来ず、だがしっかり疲弊しふらふらの状態だ。


「はひぃ、ば、な、なんで、こ、ん、な……」


 うん、まぁあれだ。散々好き勝手やって鬼畜な所業を繰り返してきたような糞野郎に……


「いちいち合わせる道理は、こっちにはねぇんだよ!」


 俺はそのままファングスライサーによる上下からの斬撃で右腕を切断。

 流石に堪えられなくなってか、イテェ! イテェ! と地面を転げまわる男の首を刎ね、今宵の俺の戦いは終わった――

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