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異世界のキャンセラー~俺が不遇な人生も纏めてキャンセルしてやる!~  作者: 空地 大乃
第一部 異世界での洗礼編

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第109話 セントラルアーツの反乱

 ヒット達がメリッサ救出の為、イーストアーツに向かい伯爵との決戦に臨んでいた頃、セントラルアーツには大きな変化が生じていた。


 きっかけとなったのはあの銀行での事件。

 ヒットとその仲間の協力を得て、シャドウが金庫より五〇億ゴルドの現金を全て奪ったことに起因する。


 元々銀行が横暴とも言える徴収方法を行っていても問題視されていなかったのは、その手管を持って有力貴族や騎士達を上手く丸め込めていた事が大きい。


 平民から絞りとった資財の一部を分け与え、また貴族に関しては銀行の制限をなくし自由に預金を引き出せるようにもしていた。

 税に関しても、重税を課される平民とは逆に貴族はむしろ減税となり、その暮らしは以前よりも豊かになっていったのである。


 だが、銀行から九割以上の現金が消失したことによって、この状況は一変した。

 なぜなら銀行からお金が無くなるという事は、貴族が銀行から預金を下ろそうとしても下ろせないという事態に繋がる。

 特別視されていた筈の貴族が、その恩恵を受けられないとあっては、当然不満が募ることになり、そこに綻びが生じる。


 そうなったなら、銀行がどこかおかしいという噂はあっという間に広まる事となるだろう。


 その為ゴールドの厳命により即座に銀行の回収部隊が動き始め、消失した分を無理やり理由を付けて、平民から預金分として徴収し、銀行は足りない分を補填しようと考えていたのである。


 だが――その銀行の目論見は平民達の予想外の反撃にあい達成できずに終わる。

 彼らはそれぞれでグループを組み、回収に来た部隊に反骨精神を見せつけ銀行の圧力には屈しない! と宣言した。


 銀行からしてみれば、これは理解に苦しむ所業であった。

 セントラルアーツの街では、銀行によって多くの商会がその取り引き内容なども含めて完全に掌握されている。

 なので、反抗するものは、商売する権利を失わせたり、買い物すらまともに出来ない状況に追い込むなども可能なのである。

 銀行に逆らうということは半ば街で自由に暮らす権利を放棄したに等しい行為だ。


 そして当然だが、銀行に逆らうことはそれ自体が罪に繋がる。

 その場しのぎではなんとかなっても、直ぐに衛兵や騎士が動き、反逆者として捕らえられる事になるだろう。


 それなのにこんな馬鹿な行為が続くわけがない、それが銀行の考えであったが――


 だが、その銀行の思惑は脆くも崩れ去る。

 理由の一つとして、騎士や兵士の中にも反旗を翻し、銀行に反抗する者達に加わるものが現れたこと。

 

 また、盗賊ギルドが銀行に仇なす彼らを全面的にバックアップする事を決めたことも大きかった。

 特にこの時の盗賊ギルドには、冒険者ギルドを抜け盗賊ギルドに加わった冒険者も多く、中には受付嬢の姿も見受けられたぐらいだ。

 

 これは正に圧政に苦しめ続けられた民による反乱といえる事態であった。

 そしてこの反乱が起きるに至ったのは、シャドウの活動によるところが大きい。


 彼は領主が変わってからこれまでに集めた情報と、そして銀行から見事盗みだした(彼から言わせれば取り返しただが)五〇億ゴルドを使用し、暖め続けていた作戦を実行に移した。


 先ず最初に彼は、シャドウキャットの名前を使用し、影の力と盗賊ギルドの協力を以って、虐げられ続けてきた人々に全てのお金を返して回った。


 シャドウは己のスキルと築き上げてきた情報網を駆使して、人々がどれだけ搾取されてきたかを調べあげていた。

 それ故にこのような所為に及ぶことが出来た。


 勿論彼がやったのはそれだけではない。同時にこれまで銀行や貴族がどれだけの横暴を繰り返してきたかを暗に伝え、彼らの怒りを呼び起こし、さらに銀行の現金は全てシャドウキャットにより奪われ、銀行が追い詰められていることも示唆した。


 シャドウキャットの名を敢えて使用したのは、その知名度を活用するためだ。

 一部の平民はシャドウキャットのせいで税が重くなったとお門違いの恨みを抱くものもいるが、スラム地区やそこから近い区画では、今でもシャドウキャットを惜しみ英雄視する声も大きい。


 そのシャドウキャットが復活したとあれば、皆の気持ちを鼓舞するきっかけとなり得る。

 そしてこれはあながち嘘でもない。

 何せ銀行から現金を奪うのに、シャドウキャットのメンバーであるカラーナも一役買っている。


 そしてシャドウの予想通り、これらの噂はまるで疾風の如き勢いで一晩の内に街中に広まった。

 銀行だけでなく、大商人であったボンゴルや奴隷ギルドのメフィスト公、そしてイーストアーツのチェリオ伯爵と銀行の支配人であるゴールドの黒い繋がりも露わにした。


 また、冒険者ギルドに関してもシャドウの手によりその不正が顕になった。

 冒険者ギルドのマスターは、銀行からの強制預金や重税の対象から外すという待遇の見返りに、ギルドで保管されていた冒険者の情報を全てメフィスト公に横流ししていたのである。


 また銀行にも都合の良い情報を流し、場合によっては無実の冒険者に罪を着せ犯罪者に仕立てあげるような事も平気で行っていた。


 つい先日起こった宿での惨殺事件も、ギルドのマスターの所業により、本来無実であるはずのヒットに罪を被せられていたことも白日の下にさらされた。


 多くの冒険者や受付嬢が盗賊ギルドに移ったのもこれが原因である。

 その中には猫耳獣人のニャーコの姿もあるが……実はシャドウに頼まれ冒険者ギルドの不正を暴く手助けをしたのは彼女でもある。


 しかし何故一介の受付嬢にこれだけの事が出来たのか……それは彼女が実は王都の冒険者ギルドから密かに派遣されていた受付嬢であったからだ。

 

 彼女の本来の目的はギルドで不正が起こらないように監視することである。

 だが、にも関わらず長い間ギルドでの出来事に一切不信感を抱かなかったのは、彼女の思い込みやすい性格にあったわけだが――


 その為、領主がチェリオより手にした力の効果で、ニャーコの中では、

 領主に逆らえない→領主は間違っていない→領主に従うことが最も正しい。

 という考えが膨らみ、領主と繋がりのある銀行も正しければ、銀行に良くしてもらっているマスターも正しいんだにゃ! という答えにも行き着いたのである。


 尤もそんなニャーコも、シャドウの話を聞いたことで考えが一八〇度変わり、なんとしても不正を暴くにゃ! という正義感を燃やすこととなったわけだが。


 ちなみに王都から派遣される受付嬢は、冒険者としても通じる実力者、もしくは元冒険者が多く、ニャーコにしても実は高位職であるシノビのジョブ持ちだったりする。

 そして彼女が盲信する事なく、本来の職務を従事していたなら、ヒットが罪をなすりつけられることもなかったであろうというのは余談である。

 

 どちらにせよ、シャドウの考えは見事にハマり、今セントラルアーツではゴールドを筆頭とした領主派と反旗を翻した反乱軍の間で紛争が起こり、街のあちこちで戦いの調べが鳴り響く。


 ただ領主派とはいっているが、シャドウが掲げたのはあくまで対銀行である。

 なぜなら領主を敵と定めても誰一人として逆らおうとしないのは明白だからである。

 そしてこれはシャドウ自身が実感している事でもあった。


 だからこそシャドウは、ターゲットを別に置き換えることを考え、見事クーデターを引き起こさせた。


 そして勿論これらは、シャドウが勝てる見込があると判断したからこその行動である。

 その為の作戦は基本シャドウが考え、盗賊ギルドのマスターであるキルビルがそれを他のメンバーに伝えつつ、彼が中心となって実行する。

 

 シャドウがまず行ったのは、市場の制圧とセントラルアーツに戻ってくる商人の馬車を狙うこと。

 領主により許可を得た商人は領地から離れる事が可能であり、他の領地やもしくは他国の交易所で取り引きを終え戻ってくる。

 

 この際、商人が買い付けてくるものは殆どが食料だ。

 既に領内の民は疲弊しきっており、更に銀行の無茶な要求に答えることも出来ず、奴隷として売り払われることも多く、とても耕作どころではない。


 収穫量が激減し、それが原因でノルマもこなせず、更に預金が出来なければ奴隷として連れて行かれる。

 悪循環でしか無い状況だが、それでも貴族達が未だ贅沢な生活を維持できるのも、食料を仕入れてくる商人のおかげであった。


 だがそれを封じたことで貴族たちにはろくな食料がいきわたらなくなった。

 

 そして食料を集めながら、別部隊に命じ、領内の村々を回らせ、未だ無事な人々の救出に回らせた。


 何故なら反乱勢力が動き出すのと同時期に、ゴールドやメフィストの手のものと思われる連中の所業により、問答無用で各村の人々が奴隷認定され、連れ去られていったからである。


 この事実は敵が既に形振りかまっていられない状態にまで陥っている事を示してもいる。

 実際馬車を引く馬も通常の馬とは違い、馬型の魔物を利用してるあたり、もう隠すことすらしていないといったところか。


 その為もあってか、クーデターの相手も更に一夜を過ぎると、人相手から魔物相手のほうが多くなっていったほどである。


 そして――





「これは一体どういう事なのか説明してもらいたい!」

「銀行の預金も全てシャドウキャットによって奪われたと聞いておりますよ!」

「市場も解放軍を名乗る連中に乗っ取られ、おまけに街には魔物までも現れ始めて一体どうなっているというのか!」


 今銀行のホールでは、ゴールドが一身に貴族たちの不満を受け止めていた。

 彼らはこれまで散々苦しむ平民の影で、特別扱いされ贅沢な暮らしを維持し続けていた連中であった。


 そんな飼いならされた家畜たちが、少し状況が変わっただけで、一斉に押し寄せ、口々に勝手な事を言い続ける。


 しかしゴールドは彼らが気が済むまで、にこにこと笑顔を貼り付けたまま、罵詈雑言すらも受け止め続けた。


 銀行には既にゴールド以外の行員は存在しない。その多くは裏切ったか、もしくは城におくられている。

 

 もはやゴールドにとってはこの銀行とて、あるものを除いては無意味なものと変わっている。

 そして、目の前の連中も――


「皆様のお気持ちはよくわかりました」

 

 ゴールドは静かな、それでいてよく通る声で貴族たちに言い放つ。

 そしてその言葉でこれまでの喧騒は収まり、沈黙がその場に訪れた。


「今回の件ですが、私は領主様に言いつけられ、皆様を城に招待するよう言われております。今後の事は直接領主様より説明がございますので、どうぞ付いてきて下さい」


 ゴールドの言葉で、再び貴族たちがざわめき始めた。

 一応領主により認められた有力貴族とされる者達ではあるが、実際に領主にお目通りできたものなど、この場の中ではゴールドを除いては誰も居ない。


 だからこそ彼らも戸惑いを覚えたのであろうが――

 だがそれも、ゴールドが歩き始め、再度ついてくるよう促すと、彼らも大人しくその後に続いた。






◇◆◇


「それでは皆様お待たせいたしました。領主様がお見えになりましたので――」


 城に着き、巨大な広間に集められた貴族たちは、固唾を呑んで領主が姿を現すのを待った。

 ここに来るにあたり、各有力貴族達は家族も含めて全員この場に招待されている。


 そして、まさか自分たちが、これまで公に姿を見せなかった領主様に会えるとは夢にも思わなかったのだろう。

 ゴールドに向けていた不満は鳴りを潜め、寧ろ期待の眼差しを向け続けている。


 その隣ではゴールドがにこにことした笑顔で、その様子を眺めていた。


 そして――今、セントラルアーツの領主が皆の前に姿を見せた。

 

 その瞬間の貴族たちの表情が一様にして――恐怖に染まった。

 ロードオブテリトリーの力で逆らう気持ちは失われている彼らでも、恐怖は感じることが出来る。


 そしてそんな彼らを、どこか嬉しそうに眺め回しながら、セントラルアーツの領主が挨拶の言葉を述べた。


「貴族の皆々様、はじめまして。私がここセントラルアーツで領主を務める、アルキフォンスと申します。くくっ、流石に皆様もお気づきと思われますが――私は魔族、向こうでは伯爵でもあるがな」


 そういった男の姿は容姿だけで見るならば人に近い。

 着ているものも貴族然としたものだ。

 しかし口内に見え隠れする二本の牙と、人よりも長く鋭い爪、灰色に染まった瞳と同じく灰色の髪。

 そして全身を包む蒼い皮膚が彼が人でないことを証明していた。


「ちなみに僕はベルモットだよ。宜しくね」


 そして、アルキフォンスの横に立つもう一人の魔族も、彼に倣うように挨拶した。

 アルキフォンスは上背も高く精悍で知的な雰囲気さえ感じさせる魔族の男であったが、ベルモットはその胸ぐらいまでしかない、どちらかといえば小柄な体躯であり、アルキフォンスと同じく蒼い肌を有しているが爪はそこまで長くない。


 但し彼には、蝙蝠のような飛膜が背中より生えていた。


「……ど、どうして、どうして魔族が――」


 集められた貴族たちが震える声で口にする。

 だが、アルキフォンスは冷血な眼を彼らを見下ろし、残酷な現実を突きつけた。


「これから魔物の餌になる貴様らに、答える必要はないだろう」


 その場にいる貴族や、その家族を含めた全員の表情が絶望に変わった――


「ちなみに皆を食べるのは、僕の作品達だからよろしくね」


 きゃはっ! と微笑みながらベルモットが指を鳴らす。

 すると広間の左右に設けられた両開きの扉が開け放たれ――そこから一斉に人の姿にも似た魔物たちが押し寄せる。


「ひ、ひいいぃいいいぃいい! 嫌だ! 嫌だこんな魔物に喰われるなんてぇえぇええ!」


「おい! や、やめろ! 私を誰と心得る! 由緒正しき子爵家の、びいぎいいぃいいいいい!」


「やめてくれぇええ! せめて、せめて妻と娘はぁあぁあぁあぁああぁあ!」


「痛い! 痛いよパパ~、いやだぁああぁあ痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃいいいいい!」


 次々とベルモットの作品である魔物たちに貪り食われる餌達を眺めながら、

「やはり栄養のあるものを食べ続けた貴族は、ご馳走のようだな」

とゴールドがほくそ笑む。


「ところでゴールドさぁ、魔物の子を宿らせるのに使えそうなのはちゃんと選別してくれた?」

「……えぇベルモット様。しっかり分けておきましたよ。ここのは残った餌ですから」

「そっかぁそれなら良かったよ」


 ベルモットは満足気にニコニコとした無邪気な笑顔を浮かべる。

 それを一瞥した後、再び食事中の魔物に目を向け、それにしても、と呟き。


「あ、あぁ、そんな、こんなの、ん、あ、ひぃ! いやぁ! らめぇ! 私を食べないでぇええぇええええ!」


「――あれですな。性欲と食欲ぐらい分けて考えられないものですかな」


「う~ん仕方ないよ。まだ知能の方がね、どうしても魔物寄りなんだから」


 ベルモットの返しを耳にしながら、ゴールドはやれやれと溜息をつくのだった――


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