第108話 解放! イーストアーツ!
チェリオを倒した後は、メリッサの気持ちを考え、直ぐに広間を出ることにした。
奴のやった事はとても許されることではなく、死を以って償うほかないのは間違いないだろうが、それでもメリッサが以前は弟のように思っていた男でもある。
しかし……力を手にした事でここまで変わるものなのか。
いやチェリオの場合は過去の自分を憎むあまり、こうなったというべきか。
メリッサの話だと、どうやらチェリオも覚醒によって強大な力を手にしたタイプだったようだ。
俺の覚醒も何故そうなったかはわからないが……ひとつ間違うとこの男のようになってしまうかもしれないわけか。
……いや、大丈夫。俺には信頼できる仲間がいるしな。
それに、もし俺が間違った方向に進んでしまったといてもみんなが止めてくれる……そんな気がする。
「あ、あの!」
「うん?」
広間を出て皆を探そうとメリッサと通路を歩き始めたが、後ろから付いてきていた彼女が突然声を上げた。
なにかと思って肩越しにメリッサを見ると、足を止め俯き気味に、そして上目で覗きこむような格好で俺を見ている。
なんだろうか? と思い身体も彼女に向けた。
そして口を開こうと思ったところにメリッサの声が被る。
「ご、ご主人様! さ、先程は、そ、その、あの! 私と、く、口吻をその――」
あ……と声を漏らしつつ俺は思わず半眼になり、顎を閉じるのを忘れたまま思い出す。
メリッサはそれ以上言葉を紡ぐことなく、俺の反応を待っているようだが――
よくよく考えたらとんでもないことをしてしまった……
正直あの時は、チェリオに対する私怨もあり、いやまぁ勿論、メリッサはお前なんかの好きにさせない! というのを知らしめるためという目的もあった。いや、メリッサを愛おしいと思った気持ちに嘘偽りはないが……
ただ、なんとなくメリッサはこれは演技だと承知した上で受け入れてくれたと勝手に思ってしまったが、しかし許可も得ず実際に唇を奪ってしまったのはどう考えてもやりすぎだったか……
カラーナとの事もあり、その辺の認識が甘くなりすぎていたのかもしれない。
あの時は恐らく、アドレナリンみたいなものが出まくっていて気持ちが高揚しまくっていたのだろう。
だから冷静な判断がとれていなかった。
メリッサも流石にあの状況で文句はいえなかったのかもしれないが、戦いが終わり、落ち着いてきたことで言及したくなったのだろう。
しかし……まいったな。殴られなかっただけマシだが、やはり怒っているのか、俺を覗き見るその顔は赤い。
き、嫌われたかな? と、とにかく! できる事は一つ!
「メリッサ! 済まなかったーーーー!」
ジャンピング土下座だ! 勿論キャンセルなしのまっとうな!
「えっぇええぇええぇええぇええ!」
メリッサの驚きの声が俺の耳を響かせる。
しかし今の俺にはこれぐらいしかできない。
「ご、ご主人様! おやめ下さい! そのような真似されても困りますし謝られる理由がありませんので」
語尾の方が尻すぼみに小さくなっていく。
謝られる理由がない?
俺は顎を上げてメリッサの顔を覗き見るが、怒りより戸惑いのほうが大きそうだ。
……もしかしていきなり土下座はひかれたか?
俺は立ち上がりつつ後頭部を擦り、すまない、と気持ちを伝える。
「その、なんだ……てっきりメリッサは怒っているかと思ってな――演技とはいえ、それで口吻は流石に」
「は? え、演技?」
うん? なんかメリッサの身体が固まったような……
「へ、へぇ。そうなんですか。ご主人様は、あれを、演技で、へぇ~……」
……な、なんだ? よく判らないが、メリッサの背後にゴゴゴゴッという効果音と炎が見えてるきがするぞ。
や、やはり怒っているのか!
「メ、メリッサ! その気持ちもわかる! 勿論俺だって本気で出来たならそれが一番だが、君の気持ちも考えずあんな、謝って許してもらえることじゃないな。わ、わかった! 俺を好きなだけ殴ってくれ! 君の! 気が済むまで!」
「…………」
俺は瞳をぎゅっ! と閉じ覚悟を決めた。
ぼこぼこにされても構わない!
「……ご主人様は私とはしたくなかったのですか?」
え? 俺は堅く閉じていた瞼をそっと開けメリッサを見た。
少しだけ俺から顔をそらすようにして、視線は斜め下の床に向けられている。
頬はまだ若干赤い。当然怒っているのだろうが……
「そ、それはしたいさ! でも、やっぱりこういうのはお互いの気持が大事だしな。一方的に求めるだけじゃ俺もあの男と変わらなくなってしまう」
チェリオの最期を思い出し、どこか哀れに思う自分がいた。
初めは純粋な恋から始まったのだろうに……その想いが強くなりすぎて、間違った方向に進み、歪んだ愛情でしか気持ちを表現できなくなってしまっていた……俺はあんなふうにはなりたくない。
「……ふぅ。判りました。では、いきますね」
「え? あ! あぁ! どんとこい!」
すると、メリッサが溜息混じりに言葉を発した。
やはりくるか! と俺は改めて覚悟を決め瞳を閉じる。
すると、おでこに、ペチン! という軽い衝撃。
え? これって、俺は目を開けて確認するが、デコピン?
「え~と……」
少し戸惑い気味に発する俺だが、メリッサはニッコリと微笑み。
「これで超鈍感なご主人様に対する罰は以上です」
首を少し傾けて口にした彼女の姿は、罰というよりはご褒美のように思えるほど可愛らしい――
ただ……
「え~と、超鈍感? それって……」
「知りません。ご主人様がご自分でお考え下さい」
ぷいっとそっぽを向いて拗ねたように言う。
それもキュートだが……とりあえず許してもらったという事でいいのだろうか?
む、むぅ、女の子の気持ちは判らないな……
「あ! ボスや! メリッサも無事や!」
「おおヒット! という事は無事片付いたのだな!」
俺がそんな事を考えていると、後ろからカラーナとアンジェの声が届き、それに反応して振り返る。
横目に見えるメリッサも手を振り嬉しそうだ。
そしてメリッサは俺の手を取り、いきましょう、と笑顔で促してくれた。
俺はそれを認め、一つ頷いた後、メリッサと一緒にふたりの下へ急いだ。
◇◆◇
アンジェとカラーナの活躍もあり、屋敷内の魔物は殲滅。
また生き残っていたシェフ達も無事保護された。
街のほうでも、セイラによってガイドの命は絶たれ、街なかの魔物は勿論、壁の周囲の魔物たちもレジスタンスの手によって全て駆逐され……とりあえず街は解放されたのだが――
「問題はやはり山積みだよな」
とりあえずは一旦主だった者達で教会に集まり、俺が口にした言葉にアンジェが、あぁ、と反応を示した。
「とにかく街、というよりは、この領地そのものが酷い有様だからな……生き残った人々もどれぐらいいるか――」
確かに……伯爵の件も片付きレジスタンスと共に建物の中を探して回ったが、餓死した骸や、魔物によって食い散らかされていた遺骸などが殆どだった。
だが、そんな中でもなんとか頑張って隠れ潜んでいたものもいる。
かなり衰弱しきっているものも多いが……この生き残った人も含めて、今後どう立て直していくかが大きな課題となる事だろう。
「伯爵を討つと決めてから、茨の道になることはこっちも覚悟の上さ。とにかく俺達で村を回り、生き残っている人々を集めてこの街を立て直すことから始めようとは思う」
ゲイルが真剣な表情でそう宣言した。
確かに……落ち込んでばかりもいられないだろう。
実際彼らは既に動き始めている。
レジスタンスのメンバーの何人かは、シェフを務めていた者達と屋敷に戻り、衰弱した者達に食べさせてあげられる食材の確保に向かっている。
あの伯爵は、メリッサに豪華な食事を振る舞える程度の備蓄はあったようなので、それを利用すればスープぐらいであれば振る舞うことも可能だろう。
「正直俺達はあんたらに感謝してもしきれない思いだぜ。あの伯爵が死んだだけでも、いつ死ぬかもわからないような恐怖から解放されたわけだからな。本当にありがとう」
ゲイルが頭を下げ、それに倣うように他の面々も深々と頭を下げた。
こういうのは少し照れくさいがな……
「それとメリッサ……レイリアの件、彼女に代わってお礼を言わせてくれ。貴方がいなければ彼女もどうなっていたかわからないからな」
「そんな! でも、無事でよかった……」
メリッサが心から安心したような表情でゲイルにそう告げた。
俺は会っていないが、メリッサがここまで思う人物ならきっといい子なのだろう。
アンジェの印象はいまいちぽかったが。
「しかしこの街を復興させるのはもちろん大事であるがな、大事な事はまだ残っている……」
そういってアンジェが表情を険しくさせた。
確かにこれで全てが終わったわけではない。
寧ろここからが本番だろう。アンジェにしてもこのままでは王都に戻れないし、領地だって放っておくわけにはいかない。
本来ならこのイーストアーツにしても、完全に復興させるためには、王国からの援助が必要不可欠であろう。
「なぁボス。そっちも勿論大事やと思うけど……こいつどないする?」
「ん~! ん~!」
あ、忘れてた。セイラにもナイフを突きつけさせたままだったな。
ちなみにいま猿轡を嵌められ、両手両足を縛り付けられたまま、教会の床に転がされてるのは、伯爵の屋敷で見つけた奴隷商人のブールだ。
シェフたちとは違い、セントラルアーツから、あのメフィストに派遣された奴隷商人である事をメリッサから聞いたので、一旦縛らせて貰ったわけだけどな。
「そうだな、とりあえずは口は自由にさせよう。セイラ頼む」
「……判った」
セイラが手早く猿轡を外す。
「ぷはぁ! き、貴様らこの私にこんな事してただで済むと思うのか! メフィスト公に頼まれわざわざ来てやったというのに! 大体お前ら伯爵を討つなどそんな事をして無事でい、ひぃ!」
「……勝手に喋るなら殺す」
「え~と、そのなんだ、セイラはかなり真面目だから、勝手にしゃべると本当に殺されるから注意してくれよ。判ったか?」
奴隷商人のブールは首を千切れんばかりに縦に何度も振る。
理解が早くて助かるな。
で、その後はこの小太りの奴隷商人にメフィストの事や、セントラルアーツの領主のことなんかも質問するが……正直これといって有意義な情報は掴めなかったな。
嘘を言っているわけでもなさそうだし。
「も、もうこれでいいだろう! 私を解放してくれ!」
「そうはいかないな。それにあんたにはまだやってもらいたい事がある」
「や、やってもらいたいことだと?」
「そうだ。今から手足の拘束は解いてやるから、メリッサとセイラの隷属器の情報を書き換え、主人を俺にしろ」
俺がそう告げると、はぁ!? と眼を丸くさせ、そして俺に言ってくる。
「つまり取り引きということか。ふん! だったら金を用意するんだな! 私にだって商人としての意地がある! そうでなければ、ひぃ!」
「お前よくこの状況でそんな事がいえるな……」
セイラにナイフをあてられるブールを見ながら、俺は半眼で呆れたようにいうが――
「こ、殺すなら殺せ! 商人として対価も貰わずそんな事をさせられるというなら、潔く死を選んでやる! お前たちの討ったあの伯爵からだってしっかり対価は貰っているんだ! それにこんな真似して奴隷を手に入れれば、後で困るのはお前たちだぞ!」
……まさかここまでとは。只のゲスってわけじゃないのか。
この心意気に関しては感心出来るものがあるな。
「……ヒット。そのなんだ、この男を擁護したいわけではないが、言っている事に間違いはない。奴隷制度自体は王国にも存在する。奴隷商人も認められている以上、脅して無理矢理となると、後々問題になる可能性があるのは確かだ――」
……アンジェが心配そうにいってきたな。
むぅそうなると……
「契約書はあるのか?」
「なに? 取引してくれるのか! だったら勿論あるぞ! 縄をほどいてくれたらすぐに用意しよう!」
ふむ……仕方ないな。まぁメリッサの鑑定済みだし、なんの戦闘能力も持ち合わせていないから問題ないしな。
「一応いっておくが逃げようとしても――」
俺がそこまでいったところで、カラーナが奴隷商人の顔の細かい毛をナイフですぱすぱ刈り取った。
「ボスのいうとおりや。そこのセイラだけでなく、うちも容赦せぇへんで」
それが効いたのか、縛めを解いても抵抗する様子も見せず契約書を取り出してくる。
「金額は?」
「そっちのメリッサが三〇〇万ゴルドでセイラが二〇〇万ゴルド、ひっ!」
セイラのナイフが首に食い込む。傷はないけど力込めたらスパッといくなこれ。
「この領地の値上げした金額じゃなく、正式の金額でいえ」
「……わ、判った。一五〇万と一〇〇万だ」
二五〇万か。まぁそうだな別に問題なく払える額だ。
「ほら二五〇万だこれでいいな?」
「あ、あぁ判った」
俺が二五〇万ゴルド分の金貨を置いたことで納得を示してくれた。
そして契約書を交わし、お金を渡す前にふたりの隷属器を書き換えてもらう。
勿論制限は一切なしだ。
「これでふたりの主は変更された。これで大丈夫だろう」
ブールがそう告げてきたが、一応念のためメリッサにも鑑定で確認してもらう。
こういう事にも使えるのは便利だな。
「ご主人様……私もセイラも間違いありません。これで正式な奴隷に――」
そこでメリッサが口元を手で押さえ、ぽろぽろと涙を零した。
俺は彼女の涙を指で拭い、そっと抱きしめる。
「メリッサ……良かったな」
「全く。ほんまに長かったで。てかセイラももうちょっと喜んでもえぇんちゃうか?」
「……奴隷が買われるのは至極当然」
三人の声を耳にしつつ、メリッサの頭を撫でながら、俺もかなり感慨深い思いだ。
本当に長かった……といっても実際はそこまででもないのだが、色々ありすぎたからな――
「さて、じゃあこれで二五〇万ゴルドは私が……」
そんな中、ブールが金に手をのばそうとしたが、その動きを一旦キャンセルし、俺は皆に聞こえるように声を上げる。
「なんだって! おい皆聞いてくれ! なんとこのブールが、俺から受け取った二五〇万ゴルドを寄付してくれるそうだ!」
メリッサから一旦離れ、床においた二五〇万ゴルドをひょいと両手で拾い上げてから、皆に見えるよう掲げ、全員に聞こえるように叫びあげる。
「……は! はぁ? 馬鹿な! 私はそんなこと――」
キャンセルから立ち直ったブールが当然文句を言い出すが。
「うむ! この私も聞いたぞ! 騎士の名において証明しよう! この二五〇万ゴルドはこの街の為のものだ! いや流石は商人の鏡たるブール殿だ! このような真似は中々出来るものではないぞ!」
「な!?」
うん。流石アンジェ、俺の意図をしっかり理解してくれた。
勿論その後はゲイル達もしっかりお礼を述べ二五〇万ゴルドを受け取り、既成事実を作り上げる。
契約書も勿論しっかり受け取ったしな。
まぁこれぐらいしてもらわないと、俺も納得が出来ない。
まぁ何はともあれ、これで正式にふたりは俺の奴隷となったわけだ――




