第101話 作戦と準備
「ヒット! やはり来たか!」
「え? アンジェ!? どうして君がここに?」
イーストアーツの街が確認できる位置まで辿り着いた俺達だが、そこで思わぬ再会を果たした。
王国騎士のアンジェと、後は見慣れない者達が一緒にいるが……とにかくまた出会えたことを喜び、そしてお互いに情報交換を行う。
「そうか、メリッサがそんな事を――」
「ほんま、そんな気持ち悪い伯爵に捕まってるいうのに鑑定とか……メリッサも頑張っとるんやな」
「あぁ、だがおかげで敵の情報も大分掴むことが出来た」
アンジェは昨晩屋敷に忍び込んだ際、メリッサに頼まれレイリアという侍女を連れて一旦屋敷を離れたらしい。
だがその際、次の日までに情報を何とかするから可能なら、この周辺の森まで来て欲しいといわれ、その通り実行し、一枚の紙が入った空き瓶を見つけたようだ。
「それにしてもアンジェ。本当に仲間がくるとは思わなったぜ」
今俺に顔を向けて声を上げたのはゲイル。
アンジェの話では、打倒伯爵を掲げるレジスタンスのリーダーらしい。
アマチュアランクの冒険者で、上位職であるソルジャー持ちとの事。
ソルジャーは、攻撃と同時に相手を痺れさせるスタンアタックのような、ダメージと同時に状態を変化させるスキルを得意とするジョブだ。
見た目には短く刈った茶髪に楕円形の大きなブラウンアイ。
身長は俺より低く男性としては小柄な方だろ。
一応戦士系というだけあって、筋肉の盛り上がりかたは鍛えられているそれだが、ただムキムキという程ではない。
装備品は内服の上から鉄製の胸当て。そしてショートソードといったところか。
ふむ、アンジェは、一応レジスタンスの、というような事を言っていたが、なるほど……
リーダー以外に集まった八人も冒険者だったり、一応戦えそうだったりといったものを選んでるようだが、装備品はどれも使い込まれた感があり……はっきりいえばボロボロだ。
一応手入れはしているようだが、どれも騙し騙しという感じだな……正直言えばどこか頼りないという印象を受ける。
「だがヒットといったよな。アンジェが随分かってるようだし期待してるぜ! 一緒に頑張ろう!」
「あ、あぁ……」
俺は戸惑いつつ返答する。
何せ一応大体の話は聞いたとはいえ、既に俺達も協力するみたいな流れになっている。
勿論メリッサ救出が目的である以上、チェリオとの対決は避けられないとは思っているけどな。
「なぁボス、何か妙な話になってるけどえぇの?」
カラーナがそっと俺に耳打ちしてきた。
それに関しては少々アンジェに話を聞いておく必要がありそうだが――
「ヒットちょっといいか? ふたりで少し話したいんだが……」
そう思っていたらアンジェの方から声を掛けてきたな。
勿論願ったり叶ったりだ。カラーナが少し不満そうに眉を寄せたが、雰囲気から察したようで。
「しゃあないな~ボス貸したるわ。でも誘惑したら駄目やで~」
なんて軽口をいいながら承知してくれた。
アンジェも苦笑いだが、とりあえず少し離れた影になるところまで移動する。
ここなら話していることも聞こえないだろう。
「ヒット……すまない!」
て! いきなり地面に付くぐらいの勢いで謝られてしまった。
う~ん、参ったな。
後頭部を擦りつつ、ちょっと待ってみるがアンジェは頭を下げたままだ。
「よしてくれアンジェ。別に君に謝られるような事は何もない。寧ろメリッサの件を思えば感謝したいぐらいだ。頭を上げてくれ」
俺が頼むように言うと、ゆっくりと頭を上げるが、随分と神妙な表情を見せている。
「しかしメリッサの事は、救おうと思えばあの時救えたのも事実だ」
「だがメリッサはそれを望まず、残って手に入れたジョブの鑑定を活かすことを優先させたのだろう? 俺はそのメリッサの気持ちを理解したいと思うしアンジェの行動も間違ってないと思う。その結果相手の情報を掴むことができたんだ」
まぁ俺からしてみたら、あの男が奴隷としての縛りを行使せず、自由にさせている事が意外ではあるが。
「そういってもらえると少しは気が楽になる……ただ謝りたいのはその、彼らの事だ」
俺は、あぁ、と短く発した後、ぽりぽりと頬を掻く。
アンジェもばつが悪そうにしてるがな、まぁやっぱその事はアンジェとしても想定外って感じなのか?
「レジスタンスの彼らは随分と張り切ってるようだな」
「……困ったことにな。私としては彼らには上手く誤魔化してアジトにとどまっておいてもらおうと思ったのだが……」
ふむ……
「その、なんだ。例のレイリアを救出しアジトまで戻ったまでは良かったんだが」
「あぁ屋敷に潜入しようとした時か」
「そうだ」
てか、よく考えたらアンジェも一人で無茶してるな。
「その、なんだ。あのゲイルは話を聞くまでは忘れていたようなのだが、レイリアは前に一度ゲイルに助けられた事があったようでな。それでまぁなんというか気があったというか、で、ゲイルもそれを思い出してふたりはなんというか……」
「いい感じになったと?」
「あぁまぁそうだな」
アンジェはしゅっとした顎をポリポリしながら、弱ったように言う。
「それで私はメリッサの情報を手にし、一旦はアジトに戻り、そこで紙にかかれた情報をみたのだが……そ、それをうっかりゲイルにもみせてしまい――」
このあたりから流れが怪しくなってきてはいるな。
「更にタイミング悪いというかなんというか、ゲイルはレイリアからメリッサとの事を聞いたようで、それもあいまって妙な闘志に火がついてしまって……」
「レイリアを逃してくれたメリッサを助けるためにも、今こそ打倒伯爵! という流れになったってとこか……」
「め、面目ない」
「いや、それは別にアンジェが謝ることではないだろ」
「だが、今日ヒットと合流できそうな旨も知られてしまい、あいつらはすっかり協力してもらえる気になってしまっている。すまない、私がつい、そのヒットとの事を色々語ってしまったせいだ」
……一体何を語ったのだろうか。
気にならないでもないけど、しかし――
「そういえばアンジェはなんで俺が来るって判ったんだ?」
「あぁそれは前にいった情報提供者が知らせてくれてな」
情報? セントラルアーツにいるって奴の事か。
「でもそれだと、そいつは俺のことを知ってるということか? てかどうやって情報を?」
「うむ。情報はカラスを使って知らせてくれたんだ。実は私が最初にセントラルアーツに赴いたきっかけもそのカラスでな」
カラス……あっ、あの時上空にいたのがそれか――つまり、ははっ、なんだそうか。
「アンジェ、もしかしてその情報提供者ってシャドウって名前じゃなかったか?」
「な! ヒットどうしてそれを!?」
仰け反るようにして随分驚いているけどな。
全く、本当にな。
「シャドウとは俺も知り合いでな。俺自身色々情報を貰ったり仕事に協力してもらったりさせられたりしたんだ」
俺の言葉にアンジェはやれやれと頭を振った。
「なんだか奴にいいように利用されているような気がしてきたぞ」
思わず苦笑する。
ただ、シャドウはシャドウで目的があって俺やアンジェを動かしてるっぽいのは確かか。
「シャドウは俺のことだけをアンジェに伝えたのか?」
「……いや実はもう一つ。可能ならここでチェリオ達は討ち倒して欲しいと、そう言い残してカラスは消えたんだ」
……伯爵を討つか。
「それでアンジェはその役目を担うつもりなのか?」
「う、うむ、それは……」
伏し目がちにどこか弱った様子を見せる。
まぁそれもそうか。
「……判ったアンジェ。どっちにしろ俺だってあの男には借りを返す必要がある。伯爵を討つのは俺が引き受けるよ」
「え? いやしかしヒット――」
「いいから任せて欲しい。それにメリッサの事がある以上、奴と対峙する可能性が高いのは俺だ。第一こういう場合は冒険者……まぁ元になるかもしれないが俺みたいな人間のほうが縛りがない分、自由が利く」
「ヒット……もしかして私の為に?」
「それは違う。これは俺の為だ。やられっぱなしじゃ格好つかないしな。一〇倍、いや一〇〇倍にして返してやらないと気がすまないんだよ」
これはわりと本当の気持ちだ。
まぁアンジェの立場も気にはしてるが。
何せアンジェも俺と同じでこの領地からは出れないでいる。
つまり今の領地の状況なんて王国は全く気づいていないはずだ。
そんな状態なのに、一介の騎士が独断で領主を討つわけにはいかないだろ。
盗賊を退治するのとはわけが違うしな。
「さて、そうと決まれば頭を切り替えよう。あまりぼやぼやもしてられない。ここまで来たらレジスタンス達にも頑張ってもらわないといけないしな」
「あ、あぁそうだな。……ありがとうヒット」
俺は改めて、いいって、と返しつつ、今度はカラーナとセイラも呼んで伯爵達を打倒するための作戦を立てることにする。
「う~んメリッサ助ける為やし、襲撃するのはえぇんやけど、レジスタンスの連中は素直に戻したほうがえぇんちゃう?」
カラーナが眉を顰め遠慮無く言う。
俺とアンジェが話してる間、彼女なりに彼らから話を聞いたようだが、リーダーのゲイルはまだマシだが、他のは足手まといに成りかねないとの事だ。
「カラーナの気持ちも判るが、ただ士気は相当に上がってる。だから上手く働いてもらう方向で考えたほうがいいだろ。下手な事をいって勝手な行動される方が命取りだしな」
「確かにな……言ったからと素直に戻って待機しているようにも思えないし」
俺とアンジェの説明でカラーナも、仕方ないか、と納得するが。
「でも、それやったらどないする?」
「あぁそれなんだが、カラーナは一時間でどれぐらいのトラップを設置できる?」
「う~ん、程度にもよるけどなぁ」
「落とし穴とか、動きを止められる程度のでいい」
「それやったら一〇や二〇は可能やな」
流石カラーナだな能力が高い。
「アンジェ、前に潜入した時、街の中はどんな状況だった?」
「……あぁ、酷い有様で人の姿は殆どなかったな。代わりに魔物が随分多く存在していた」
「そうか……今回は更に多い可能性があるな。メリッサの情報でいくと、街から屋敷へと通じる場所への守りはジュウザが控えてる可能性が高いしな……」
俺の言葉に、ジュウザ……とカラーナが呟き奥歯を噛みしめる。
色々と恨みが募ってるだろうしな……
とにかく俺たちはその後、メリッサの情報とアンジェの情報を頼りに作戦を練り――
そしてレジスタンスの下へ戻り、その内容と彼らの配置を伝えた。
それから直ぐにカラーナがトラップの設置に取り掛かり――そして一時間後……
いよいよメリッサ救出及び、チェリオ伯爵打倒の為、俺達は動き出すのだった――




