3章 第97話 バンド活動
斜め上の急展開から、文化祭でバンドなんてやる事になってしまった私は人生で初めて音楽スタジオを利用している。
私みたいなモブ生徒Bが本来居る筈のない空間で、まるでキラキラ青春アニメみたいな事をやっている。いつの間に私は、主役ルートに入ったのだろう。これがゲームなら深刻なバグが発生している。
「なんや佳奈、全然どうもないやんか」
「部活でもちょっとだけ、やって来たからだよ」
「それでこれなら、十分よ?」
カナちゃんがドラムを叩けるのは知っていたし、音楽系のゲームは目茶苦茶上手い。だからそこに驚きは無いんだけど、小春ちゃんと友香ちゃんにはビックリだよ。
全く違和感を感じさせない、素晴らしい演奏を先ほどから披露している。お陰様で私も歌い易いんだけど、それにしても美人2人が万能過ぎる。
後から知ったのだけど、水樹ちゃんもピアノが弾けるらしい。何でも出来るね3人共、羨ましい限りだよ。
「キョウはまだ大丈夫?」
「うん、まだ平気だよ」
「ほなもうちょいやろか」
どんな曲をやるか、最初決める時は中々に難航した。私は知らなかったんだけど、バンドで演奏する為の楽譜、スコアと呼ばれる物が売られている。
最近流行った曲や、昔から有名な曲など様々だ。しかし、全ての曲が販売されている訳ではない。そもそもスコアが存在しない曲や、今はもう販売が終了している曲もある。
それに私が歌い易い曲と、演奏の難易度がイコールではない。4人でそのバランスを考えながら楽器店をハシゴしたり、スコアを置いてる書店を回ったりして漸く決まった。
4曲やる予定で、1曲だけ私の好みで選ばせて貰った。私達の世代では有名じゃないけど、少し上の世代ならそこそこ知名度がある曲。幸い演奏の難易度は高く無かったけど、楽器が足りずに少し音の幅が薄くなった。
本来なら6人必要な曲だから原曲には劣るけど、素人のバンド演奏としては十分だ。水樹ちゃんが参加出来れば、1本キーボードを追加出来たんだけどね。
モデルの仕事が忙しいから、彼女はあまり練習に参加出来ない。仕方ないので、人数と楽器数は妥協する事になった。でも3人とも演奏が上手だから、物足りなさは感じない。
スタジオを2時間の枠で予約して、1時間みっちり練習したので少し休憩。流石にこんな風に沢山歌い続けた事が無かったので、喉の渇きと疲労感が結構来る。
あんまり気にして来なかったけど、バンド演奏って大変だしただ歌うだけってのも、見た目以上に疲れるんだね。体力作りをしていなければ、今頃ヘロヘロになってたかも知れない。
「鏡花ちゃん、のど大丈夫?」
「流石にちょっと、大変だね。休憩で助かったよー」
用意して来たミネラルウォーターではとても足りず、休憩や待機用に用意されたスペースでスポーツ飲料を購入した。
ガコンと自販機から排出された500mlのペットボトルを取り出し、乾いた喉に潤いを与える。次からはもっと沢山持って来よう。あれだけじゃ、2時間は乗り越えられない。
「カナちゃんも良くやれるよね、ドラムって大変そうなのに」
「吹奏楽って意外と体力居るんだよ? これでも4年以上やってるからね」
「はぇ〜大変なんだねぇ」
確かに楽器って大体は重そうだもんね。チューバだっけ? あのでっかいトランペットみたいな楽器。あんなの私は演奏出来そうにない。
私の体格と腕力では、楽器に押し潰されるかも知れない。想像しただけで、滑稽な自分の姿が脳裏に浮かんだ。
そんな話をカナちゃんと交わしていたら、トイレに行った小春ちゃんと友香ちゃんが帰って来たのだけど、何やら男性達が着いて来ている。
「文化祭でやるだけだし、ガチで続けないよ?」
「それでもさ〜せっかくなら上手く行く方が良いじゃん?」
「ふーん。まあ、タダなんやったらエエけど」
「そう! 報酬なんて良いからさ、先輩からの教え的な?」
3人組の如何にもバンドマンな男性が、2人と会話しながら歩いて来る。あんな事言ってるけど、どう見ても美少女2人が目的に違いない。
2人ともそれは分かっているだろうけど、どうするつもりでここまで連れて来たのだろうか?
「ステージで映える立ち方とかさ、教えられるよ」
「へぇ、他には?」
「機材トラブルがあった時の対処とかさ〜場数踏まないと身に付かないよ?」
「ほんで? そん時どないしたん?」
あ、これは多分交渉と言うか駆け引きと言うか。『話だけは聞いたるわ』をやっているみたい。結構前に教えて貰ったナンパへの対処法の一つ。
知識を自慢する系のナンパは、ある程度話を聞いてやればわりと満足する。そう言うタイプを上手く躱す術らしい。
そのついでに、役立つ情報は頂いておくそうな。モテる人間にしか分からない世界がそこには合った。
「そ。ならこの子達にも教えてよ」
「え? ……あ〜いや、君達2人で十分って言うか」
「メンバーのレベルは揃えた方が良いんじゃない?」
「「はぁ?」」
あっ……2人の雰囲気が明らかに悪くなった。男性達はこの空気に気付いて居ないようだ。それっぽい軽薄な台詞を繰り返している。あの〜もうその辺で辞めた方が、そんな助言をしてあげたい。
「2人の価値が分からない奴に教わる事はないわ」
「見る目ぇない男はお呼びやないってな。帰った帰った」
「えっ、いやあの」
抵抗虚しく、3人の男性達は休憩スペースから叩き出された。私もカナちゃんも、気にはしてないんだけどね。小春ちゃん達に比べたら見劣りするのは分かっているから。
そりゃあ初対面であんな物言いは、多少なりの不愉快さはあるんだけどさ。それでも蚊に刺された方が辛い程度しかない。
それなのにこうして怒ってくれるから、小春ちゃん達と一緒に居ても楽しく過ごせる。そんな風に、真剣に友達として居てくれるから。
「さ、続き行くわよ」
「やるで2人とも!」
ちょっとしたトラブルもあったけど、残る1時間もしっかり練習出来た。この調子で良いのかは分からないけど、こうして過ごす時間は結構充実していた。
ちょっとだけ、ほんの少しだけ、本番が楽しみになって来た、かも?
もうすぐ100話ですが、思っていたよりあっと言う間でした。
本作をこれからもよろしくお願いします。




