3章 第94話 学園青春モノでバンドは定番
本日は女子オンリーで放課後に駅前のカラオケに来ております。水樹ちゃんがモデルの仕事で来れない事が多いんだけど、今日は何とか都合が付いたのでいつもの6人全員集合。
辛うじてボッチじゃない所から、随分と成長したと思います! 脱陰キャ中の身としては、十分じゃないかな。普通の人と比べたら少な過ぎるとしても。良いんだよ、私は今が楽しいから。
「前に聞いてたけど、貴女本当に上手いのね」
「そう、なのかなぁ?」
「せやろ! 水樹もそう思うやろ!」
今回初めて水樹ちゃんの前で歌ったんだけど、やっぱり上手いと言われた。自分では良く分からないんだよね。音は合ってると思うけど、上手いかどうかは自分では分からない。
「ほら鏡花ちゃん、皆が言ってるんだからさ」
「だから言ったじゃない〜キョウちゃん歌うまいよ〜って」
それはだって、カナちゃんと麻衣が気を遣ってくれてただけだと思ってたから。まさか本当にそうらしいなんて、分かるわけがない。
合唱コンクールなんて目立ちたくないから、極力小さい声で参加していた。音楽の先生には、もうちょっと頑張りましょうと良く言われたし。
「相変わらずねぇキョウは」
「そんな調子じゃ、大阪で生きていかれへんで?」
そんな事を言われましても。あと大阪に移住する予定はないよ。関西は、怖い。面白くないと怒られるんでしょ? オチがないとダメなんだよね?
ほら、面白い事言えよ! みたいに言われるんだよきっと。そして全然何も言えないビジョンしか浮かばない。私には住めない土地だよ。
「せや! ほんならバンドやろうや! 文化祭で」
「バ、バンド!?」
「へ〜面白そうじゃない」
話が急過ぎない!? しかも何だか小春ちゃんが乗り始めた。ま、まあ私は何も楽器出来ないからね。やるとしてもステージの端でカスタネットでも叩くから。そして、出来たら参加しない方向でお願いします。
「佳奈ってドラム叩けるのよね?」
「一応だよ? 中学の時にやってただけで」
「小春がギター弾けるし、ウチはベースやれるで」
どんどん決まって行く。これはもうやる流れだ。良し! ここは麻衣と一緒に役に立たない組として、仲良くやって行こうと思います! ステージ裏で応援なら任せて下さい! 自分やれます! ステージ裏、やらせて下さい!
「キョウ、何歌う?」
「え? なんで?」
「そらアンタがボーカルやからや」
「ゔぇ゙っ!?」
無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理。絶対無理!! わ、私が、文化祭のステージに立つ? 一番目立つボーカルで?
あまりにも無理過ぎる。押し寄せる羞恥心で、きっと何も出来なくなる。棒立ちでアワアワして終了だよ。大失敗間違いなし。
「無理だよ! 人前で歌うなんて」
「え〜〜やろうや鏡花! アンタ上手いんやし」
「悪くないと思うわよ?」
そりゃ友香ちゃんとか水樹ちゃんとか、人前で何かするのに慣れてる人はね? 私みたいな極力目立たず騒がずで、平和に過ごしたい人間には大役過ぎる。
小春ちゃんと友香ちゃんが居る時点で、相当な人数が集まるだろう。ステージの上で突き刺さる生徒達の視線、想像しただけで吐きそう。
「緊張して声なんて出ないよ」
「キョウは目立ちたく無いんでしょ? 何か被るとかは?」
「被り物? どうかなぁ〜それでも恥ずかしいのは変わりないし」
馬やニワトリなんかの被り物を使えば、確かに顔は隠せるけどね。でも人前に立つのは変わりない。その大前提がある以上は、緊張するに違いない。
ステージとか舞台とか、目立つ所に立ちたくない。劇とかやるなら背景の木とか、そもそも出演しない大道具辺りが良い。幼稚園のお遊戯会では、喜んで背景の花役をやりましたよ。
「ステージにさえ立たなければ、キョウちゃん平気なんじゃない〜?」
「…………確かに? そうかも」
「鏡花ちゃん、それで良いんだ……」
それなら多分、大丈夫かも? それこそステージ裏でなら、誰にも見られてないから平気かも知れない。
あ、でも歌を聴かれるのはちょっと……恥ずかしいよね、やっぱり。上手いらしいけど、自信なんて無いし。
「けどそんなバンド、変やないか?」
「……まぁ、一切顔出し無しのバンドもあるし? キョウがそれで歌えるなら」
「そらそうやけどや」
あ、あれ? もうその方向で決まりな感じですか? 私が歌うの確定? 待って、私の意思! 鏡花ちゃんの意見も聞いて下さい!
観客の視線は感じなくても済むけど、歌声は聴かれちゃうんだよね? そこはまだ気持ちの整理が……
「キョウ、悩んでるけど今更よ?」
「ど、どうして?」
「ほら、前にアップしたカラオケの動画よ」
あ、あ〜やったね、そんな事。あの時は真君が褒めてくれるから、つい調子に乗ってオッケーしたんだよね。
あの後どうなったか知るのが怖くて、全く確認していない。何なら今まで無かった事として、黒歴史扱いで記憶を封印していたぐらいだ。あれが一体なんだと言うのか。
「めちゃくちゃ再生されたから、多分うちの生徒は大体知ってるわよ」
「な、なにを?」
「あれ歌ってるのがキョウだって」
そ、そんな馬鹿な……あんなちょっと一曲歌っただけで!? その程度で誰か分かっちゃうって言うの?
「ち、ちなみに再生数は……」
「20万ちょいかな。あ、そうそう広告収入渡さないとね。この前入ったから」
な、なん……だと……。小春ちゃんのSNS関係は、生徒の多くが観ている。つまり20万も再生されたのなら、多くの生徒が知っているのは本当だろう。
何故そんな事に……誰も興味ないか、ボロクソに言われてると思っていたのに。有り得ない、一体何が起きたと言うのか。
「あ、あの〜変過ぎて逆にウケたとか?」
「そんな訳ないでしょ? 高評価だったわよ」
「なあ鏡花、腹括ろうや?」
既に外堀は埋まっていたと? やるしか道が残されて居ない? うっ……胃が……。文化祭でバンドなんてそんな、キラキラ陽キャの中でも更に限られた陽の者だけに許された行為を私が?
大丈夫だろうか。石とか投げられないかな? あ、ステージ裏だから届かないか。いやでも、そう言う問題じゃなくて。
「良いじゃん、折角だしやろうよキョウ」
「で、でも……」
「大丈夫やって。ウチらを信じろ」
そう言われると、頑なに拒絶するのも悪い気がする。彼女達は嘘を言っているのではないのだから。単に私が自信を持てないと言うだけ。
恥ずかしいって、思ってしまうだけの事。本当に上手いのかどうかより、そんな感情面の理由で気が引けるだけ。
分かっては居る。ここで一歩踏み出せれば、また一つ先に進む事が出来る。いつまでも後ろ向きで、ウジウジする陰キャ気質を改善する。そう決めてここまで来たんだから。
「わ、わかったよ。やってみる」
「よっしゃ! ええ返事や!」
「じゃあドラムの練習しなきゃ」
「よーし、やるわよ!」
こうして私達のバンド活動と言うか、文化祭に向けて練習をする日々が始まった。意外と絵心がある麻衣がチラシ等を用意し、水樹ちゃんがSNS担当に決まった。私の高校生活は、何だか思っていたより華やかかも?




