3章 第92話 男子達の決戦
あと1試合勝てば、うちのクラスがトップ通過。つまり1位で優勝と言う事だ。未だかつて無い程に、鏡花に良い所を見せられて居る。
純粋にサッカーが楽しいと言う気持ちもあるが、今は鏡花にアピールする方がどちらかと言えば大事だ。
何だかんだ言って、これまで大して良い所を見せられて居なかったから。結局は小春頼りだったり、鏡花に翻弄されたり。俺自身の何かが、プラスに働いた面は少ない。
やはり、得意分野でしっかりと活躍しておきたい。やっぱり彼女には、カッコイイと思われたいから。
「葉山、次の試合だけど」
「分かってる。遂に来たか」
翔太と俺が最も警戒している相手。元相棒で現役ストライカーの霧島卓也だ。お互い負け無しでここまで来たが、今回でどちらかが敗北する。
スポーツには必ず負ける時がある、だから負けたとしても仕方ない。それは俺も翔太も分かっている当たり前の事。でも今回は、2人して勝ちたい理由がある。
俺は鏡花に、翔太は結城さんに良い所を見せたい。口には出さないが、今日の翔太は相当気合いが入っている。初戦からガッツリと活躍している。
いつもなら球技大会ぐらい、適当で十分だよなんて言う癖に良くもまあ。練習でもかなり真剣に取り組んで居た。
しかし卓也だって、その条件は同じ。松川先輩が観に来て居る以上は、不甲斐ない姿は見せないだろう。何よりも、アイツの性格を考えたらどう来るか分かる。
「退部したとは言え、真を相手に手抜きはしないぞ」
「こっちも負けられないんでね」
お互い良く分かって居る者同士だからこそ、これ以上の言葉は必要ない。まだまだ焼ける様に熱い日差しの下で、ここを譲る気はないと示し合う。
戦力的にはほぼ五分五分のチーム同士、最後に物を言うのは気持ちだ。負けないと言う、シンプルな想いこそが勝敗を決めるのがスポーツ。
運が左右する時だってあるけど、それは期待する要素じゃない。最初から運に賭ける様な考えでは、勝利を勝ち取る事は出来ない。
「翔太、頼むぞ」
「ああ。任せてよ」
優勝を決める試合が開始されてから、15分以上経つ。後半戦の残された時間は、5分を切っている。しかしお互い無得点のまま、つまり0対0の状況。
だがサッカーと言う競技は、例え残り1分であっても油断は出来ない競技だ。残された僅かな時間で逆転する事はザラにある。
「中々頑張るじゃないか真」
「当然だろ!」
互いのプレースタイルを熟知しているからこそ、妨害する方法は手に取る様に分かる。立たれたくない位置、確保したいライン。いつ何をしたいか、空気で感じ取れるからこそ激化する読み合い。互いに引かず、思う様に動けない。
優勝が懸かっているから、両チームの士気も高い。ただの球技大会にしては、激しい攻防が開始時から続いている。
「ったく、厄介だな」
「そりゃこっちのセリフだぞ卓也」
両チームの主力同士が牽制し合い、決定打に欠けたまま時間だけが過ぎて行く。またしても、放たれたシュートはゴールポストに阻まれた。両陣営のゴールネットが一度も揺れぬまま、残り時間は1分となった。
「流石にキツそうだな、限界じゃないか?」
「まだ、やれるさ」
頬を伝う汗を拭う。卓也の指摘通り、体力的な限界は近い。流石に現役の選手相手では、分が悪いのは分かっていた。
特に卓也ほど動ける相手を、ずっとマークし続けるのは厳しい。前半と後半で合わせて20分近くもの間、張り付いて来たツケが来た。部を辞めたから付いた体力の差が、こうして出始めている。
「貰ったぞ!」
「クッ!?」
パスを受けた卓也が、俺の脇を抜けていく。やはり現役との差は埋めようがない。毎日の様に練習を続けた元相棒と、運動はしていても嗜み程度の俺。
この半年ほどで付いた、運動量の差は確かに存在している。半年近いブランクも無かった事にはならない。
だがしかし、そんな事は最初から分かっている。百も承知なのだから、俺が取るべき手段は始まる前から用意してある。俺1人では厳しくとも、サッカーは1人で戦うスポーツではない。
「お前、いつの間に!?」
「悪いね、霧島」
元々陸上部だった翔太は、足が速く持久力も高い。だから差が出始めるであろう後半から、俺のフォローを頼んでいた。
俺との勝負に集中していた卓也の隙を突き、翔太がボールを掠め取る。残り30秒、もう時間的余裕はない。
翔太を信じて早めに駆け出しはしたが、霧島が追い付くまでに勝負を決めねばならない。数メートルの差なんて、アイツならすぐに詰めて来る。
「任せたよ葉山!」
「ああ!」
翔太から任されたボールを蹴り、敵チームのディフェンスを躱して行く。勝負を決める為に、相手の主力はかなり強気に攻め込んで居た。
そのせいで守備の要は殆どおらず、スルスルと簡単に抜き去る事が出来た。ここで決めなきゃダメだろう。無理をする事になるが、この際仕方ない。最後の一発まで、そこまで保ってくれれば良い。
これだけ運動して、その上全力で駆け抜けるのは危険な賭け。いつかの様に情けない姿を晒す可能性はある。でもやっぱり、やるからには勝ちたい。
それに何より、走るのに合わせて胸にコツコツと当たる感覚がある。それは、現在ペンダントとして着けている、あの時買ったペアリング。
それが今、体操服の中で跳ねている。あの日と違って、今の俺には鏡花が居る。それをこの小さな衝撃が教えてくれるから。
「ふっ!!」
今出せる全力のシュートは、ゴールポストギリギリを掠める様に飛んで行く。ゴールネットが揺れるのと、試合終了のホイッスルが鳴るのはほぼ同時だった。
「っしゃあ!!」
「お疲れ葉山」
「ふぅーーー。お前もな。助かった」
今回フォローに回ってくれた翔太には感謝だな。無言でハイタッチを交わしながらコートを出ようとすると、卓也がこっちに歩いて来た。
「ったく。翔太お前、かなり練習して来たな?」
「さぁ? どうだろうね」
「やっぱお前サッカー部来いって」
「昔から言ってるだろ? 僕は趣味程度で十分だって」
そうなのだ、中学時代から翔太はサッカーが上手かった。だから何度も霧島と共に誘ったのだが、本人にはその気がない。
趣味でやるのは好きだけど、本気でやるのは嫌らしい。イマイチ分からない価値観だが、本人がそう言っているから仕方ない。
無理強いしてまでやらせる事でも無い。いつかの懐かしいやり取りも済んだ事だし、そろそろ良いかな?
「あん? どうした真?」
「葉山?」
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「もう、気を付けないとダメでしょ!」
「す、すまん」
無理をして激痛に襲われた後、現在校舎の近くにあるベンチで鏡花に介抱されている。再び膝枕をして貰いはしたものの、お説教付きなので素直に喜べない。
「前みたいに倒れるんじゃないかって、凄い心配してたんだよ!」
「い、嫌ほら、あの時と違って計画的だったと言うか」
「でも結局こうなってるじゃない」
いやそうなんですけどね、少々締まらないオチが付きはしたけど勝ちは勝ちだから。ちゃんと1位取って来ましたんでね。そこの所はご容赦願いたいって言うかね。
と言うか、一番大切な事を聞かねばならない。そもそも何でこんなに頑張ったかと言えば、鏡花に良い所を見せたかったからだ。今日の俺は、ちゃんと鏡花に格好良く見えただろうか?
「それよりさ、どうだった?」
「え? 何が?」
「だからその……俺がだよ」
これ、改まって聞くのまあまあ勇気が居るな。何ていうか、今日の俺カッコ良かったか? とか聞くのはどうにもナルシストみたいで嫌だ。
でも少なくとも、好いてくれる女の子達が居たのだから大丈夫な筈。ちゃんとアピール出来たんじゃないか?
「それはもちろん、カッコ良かったよ」
「そ、そうか。それなら良いんだよ」
「でも、そんなのいつも思ってるよ?」
「え? そうだったのか?」
それは知らなかったんだが? そうならそうと、言ってくれれば良いのに。中々言ってくれないから、鏡花から見た俺は大した事ないのかと、不安に思って居たぐらいだ。どうやら勘違いだった様で安心した。
「真君、そんな事気にしてたの?」
「……だって鏡花、あんまり言ってくれないだろ。他の男は褒めるのに」
「えぇっ!? か、勘違いだよ! 恥ずかくて言えないだけ!」
なんだ、そんな理由だったのか。ある意味鏡花らしいと言えるけど、だからってあまり言って貰えないのも嫌だな。
毎日とは言わないけど、たまには言って貰いたい。やっぱり彼氏である以上は、そこは気になってしまう。
「じゃあ2人で居る時なら良いよな?」
「えっ? うーん、ま、まあ。うん」
「じゃあ頼む」
こう言う時は押す、ゴリゴリにゴリ押す。このパターンなら鏡花は言ってくれる。恥ずかしそうにしているのが可愛いなぁ。…………おや?
「真君は、私にとって一番カッコイイ男の子だよ」
額にキスをした後、そう言って俺の顔を覗き込む様にして微笑んだ彼女は、最高に可愛いと思った。




