2章 第74話 それは所謂朝チュン的な
いつもより早い時間に目が覚めた。時刻はまだ朝の6時過ぎ。昨夜の記憶はちゃんとある。鏡花に望まれるまま一線を越えてしまった。隣では、まだ裸の鏡花が眠っている。
「はぁ…………やっちまった」
つい雰囲気に流されたとは言え、肉体関係を持ってしまった。アレを買っておいて良かったけど、ちゃんと避妊出来ていたのか自信は無い。
鏡花はタイミング的に大丈夫だと言っていたけど、そう言う問題ではない。いつだったか、春子さんに言われた通りになったら不味い。
もちろん出来てしまったら責任を取るし、自分の責任だと思っている。ただ、その覚悟だって所詮は高校生のそれ。大人から見たら、全く考えの足りない愚かな発想だろう。
自分の両親にも鏡花の両親にも、何と言って頭を下げたら良いんだろう。後の祭り、後悔先に立たず、様々なこの状況を示す言葉が脳内を埋め尽くす。
何もかも無かった事にしたいかと言えば、全然そんな事はない。正直言って、昨夜の経験は一生忘れたくない。
鏡花の女性としての、そう言う一面は信じられないぐらい魅力的だった。まさに妖艶と言って良いだろう。
何となく想像していた情景を、遥かに上回っていた。これからも同じ体験が出来ると思うと、それはもう物凄く唆られる。だがそれはそれ、これはこれ。
一線を越え、2人で大人の関係になった事に頭を悩ませていたら、鏡花がモゾモゾと動き始めた。起こしてしまっただろうか?
そう思って隣を見ると目に入るのは、鏡花の無防備な寝顔と裸体。寝てる女の子を、ジロジロと見るのは宜しくない。
それは分かっているけど、つい見てしまう。だってこれは、俺だけが見れる光景なんだから。
「んん……あれ? 私は……」
「悪い、起こしてしまったな」
「あ、真く……わぁぁぁ!?」
今の自分が置かれた状態を思い至ったのか、鏡花は慌てて近くにあった毛布で体を隠す。そりゃあまあ、鏡花ならこう言うリアクションになるよな。
昨夜の鏡花とは違い、いつもの鏡花らしい反応に安堵する。あの雰囲気で朝から来られたら、正気を保てるか怪しいから。
「あ〜その、ごめん。つい」
もっと見て居たいし、もっと触れたい気持ちもあるけれど、だからって少々無遠慮だったか。
でもこうして、恥ずかしそうにしている姿はいつ見ても可愛い。何回見ても飽きない彼女の反応。
「……ごめんね、私、昨日はその、勢いであんな事」
「いや、それは……俺だってそうだよ」
「私ってその……スタイルも良くないし、胸も平均的だし……ガッカリしたでしょ?」
何を言ってるんだろうこの子は? 自己肯定感が低いのは分かっているが、自身の魅力を全く理解していないんだろうか?
微妙どころか、ヤバかったとしか言い様がないんだが。そもそも平均的って言うのは、魅力が無いと言う意味じゃない。
「そんな訳ないだろ。その、凄く綺麗だった」
「そ、そう、なの?」
鏡花は中々自信が持てないタイプだ。それは分かっているが、流石にここまで来たらその調子では困る。
俺から見たら目茶苦茶魅力的だし、無自覚で居られると大変だと、最近身に沁みて分かったから。
そろそろ女性として魅力的だと、ちゃんと自覚して欲しい。毛布ごと鏡花を抱き寄せて、正直な本音を鏡花に告げる。
「凄い魅力的だし、綺麗だよ。今こうしてるだけでも結構ヤバイ」
「えぇっ!? そ、そうなの?」
「そうだよ。鏡花はちょっと、自覚が足りないぞ。俺がこれまで、何回ドキドキさせられたか」
いやもう本当にな! 無自覚に振り撒かれる女性としての色気に、何度理性を試されただろう。
だからこうして、流されてしまったと言うのに。そろそろ自覚して貰わないと、俺の理性が吹き飛んでしまう。……いや、もう吹き飛んだ後かも知れないが。
「そ、その、じゃあ、私でも……興奮、するの?」
「当然するよ当たり前だろ? 何か良い匂いもするし」
「えぇっ!? 匂いなんてしてる!? 臭くない??」
「臭かったらこんな事してないぞ」
先ず自分を疑う事から始められるのは鏡花の良い所ではあるけど、俺が相手でもやっぱり自分を疑うのは困るな。
そこは時間が解決するんだろうけど、早く慣れて貰いたい。俺はお世辞で言ってるんじゃないから。だが今はそれよりも、大事な話がある。
「それよりさ、昨日の事だけどな……ちゃんと責任は取るから」
「それは……私が良いって言ったからでしょ?」
「そう言う問題じゃない。俺はちゃんとそのつもりで居るから」
これはその意思があるかどうか、ちゃんと宣言せねばならない事だと思う。昨夜も言ったと思うけど、ちゃんと改めて言っておかねば。
その場の雰囲気に流された中で言うのと、冷静になってから再度約束するのは違う。もし俺が中退してでも働く必要が出るなら、俺はそれでも構わない。
「うん……ありがとう」
「それに出来て無くても、そのつもりは最初からある」
ちょっと驚いた反応を見せた鏡花だが、意味が理解出来ると微笑んでいた。自然とそう言う空気になったから、お互いの唇を軽く重ねる。
いちいち言葉にしなくても、伝わる何かが出来つつあった。ちゃんと恋人として、信頼関係が出来始めたって事だろうか。
「それでその……これって……」
「あ~~~まあそのな、朝は自然現象って言うかな」
鏡花が何かに気付いたと言うか、ナニに気付いたと言うか。せっかくの良い雰囲気を壊したいのではないんだ。
ただその、体が勝手にそうなるだけで、邪な気持ちがあったのではなく……いやあったけどさ、多少なりとも。
「じゃあ、別にしたくてなるんじゃないんだ? 男の子って不思議だね?」
「あぁ、いや、別にしたくないってわけでは」
「え? えぇ? そ、それじゃあ、したいの?」
それはまあそりゃね? 朝から彼女が全裸で目の前に居るからね? 毛布と言っても夏用の薄いやつだからさ。ちゃんと鏡花の柔らかさは、それなりに感じるわけで。
大体さっきからずっと、鏡花の甘い匂いがしてるからね。反応しないのは不可能でしてね。
ただ昨日の今日と言うか、数時間前の話だからね。鏡花の体の負担とかも、気になるし。
「まあその、したいのはしたいよ? でも、鏡花も辛いだろうし」
「…………そ、そうなんだ」
毛布の中から両腕を出した鏡花が、ゆっくりと抱き着いて来る。鏡花の表情は、まるで昨夜の様な雰囲気がある。まさかそんな、こんな朝っぱらから?
幾ら関係を持ったからって、節操なしになるつもりは…………そんな建前が、浮かんでは消えて行く。
変なトコで積極的になる鏡花に、いつも翻弄されている。ずるいだろうこんなの、抵抗出来る筈がない。
結局俺はまたしても、彼女の不思議な魔力に絡め取られるのだった。
新着メッセージ:小春
『窓閉めろ聞こえてるぞ馬鹿』




