2章 第72話 母と娘
以前、鏡花ちゃんのお母さんの名前を間違えていました。該当部分と、今回で訂正しています。
真君と2人でトレーニングをしたり、小春ちゃん達と一緒に春子さんの所で一緒にバイトをしてみたり、夏休みのスタートは未だかつて無いほどに充実していた。
小春ちゃんにオススメされた美容室に行ってみたりもした。小春ちゃんに教えて貰った、インナーカラーと言う髪染めの一種にも挑戦してみた。
髪全体を染めるのではなく、髪の内側にだけ色を入れる染め方だ。耳の周辺だけに入れたので、パッと見では分かりづらい。
さほど派手ではないので、私でもあまり抵抗感がない。些細なオシャレだけど、ちょっと気に入っている。
普通にしていると、薄すい青色がチラ見えする程度。でも髪を耳に掛けるとしっかり染まった部分が露出する。
これ考えた人、凄いと思う。派手にしたければもっと色を入れれば良いし、人に合わせて様々なパターンを楽しめる。
「うーん、こんなものかなぁ?」
最近、ちょこちょこ小春ちゃん達からメイクを教えて貰っている。水樹ちゃんがSNSにアップしている、簡単メイク動画も見せて貰った。
習ったとは言っても初歩も初歩、ベースメイクと言う超初心者向けが、辛うじて理解出来た程度。まだ肌を綺麗に見せる事と、眉を整えるぐらいしかやれていない。
単純に覚える事が多過ぎるから。目の周りだけでも一杯種類がある。アイラインとか、まだ全然分かっていない。
社会に出る上で出来た方が良いのは分かっているので、覚えるモチベーションはある。でも一気には無理だし、小春ちゃんにもちゃんと段階を踏む様に言われている。
「凄いなぁ。こんなに変わるんだもんね」
ちょっと顔に塗っただけで、肌が綺麗になった。今まで気にして居なかったけど、見え方がかなり変わる。ちょっとだけオシャレさんになった私は、以前の地味モブ感がだいぶ薄れた。
以前はリップクリームすら殆ど使っていなかった。せいぜい乾燥する時期に荒れたら使う程度。
それが薄っすら色付きのリップを使うだけで、何か凄いプルプルになる。自分の顔じゃないみたいだ。
もちろんこの程度で劇的な変化はないけれど、それでも細部が異なっている。そこら辺に生えてる雑草から、タンポポぐらいにはなれたんじゃないだろうか。
せっかく名前に花の字が入っているのだから、雑草のままよりは良いんじゃないかな。
「あ、そろそろ行かなくちゃ」
今日は真君と映画を観に行く約束だ。人気のアクション映画で、真君も気になっていたらしい。
私は原作を読んだ事があるので、元々興味がある。お互い観てみたい作品だったので、じゃあ一緒に行こうかと。
だからこうして、いつも通り美羽駅前で待ち合わせ。特に示し合わせては居ないけれど、駅前のコンビニが所定の場所になっている。
「お待たせ鏡花……何か、この前と違わない?」
「へ、変、かな?」
「いや、その……結構良いと思う。俺は好きだな」
真君にちゃんとメイクした姿を見せるのはGW以来だった。あの時よりは全然軽いメイクだけど、それでも違いはあるわけで。インナーカラーも、ここ3日ほど会えて居なかったので、彼は初めて見ている。
「その、ちょっと、頑張ってみたの」
小春達美少女3人衆が監修する佐々木鏡花改造計画により、少しずつ女の子らしくなっていく鏡花。
その変化はしっかり真へと刺さって行く。一切飾らない鏡花こそが、真を捕らえた本領であっても、この変化もまた十分な魅力がある。
「こう言う鏡花も、良いもんだな。可愛いと思う」
「あ、ありがとう」
相変わらずストレートに褒められるので、正直心臓によろしく無い。でもこうして、頑張った結果を喜んで貰えるのは嬉しい。
自分で自分を可愛いとは思えないけど、彼がそう思ってくれるならそれで良い。
「さあ、行こうか鏡花」
「うん!」
それから映画を見て、ウインドウショッピングをしたり。学生の領分を超えない程度のごく普通で平凡なデートを楽しんだ私達は、2人で夕食を食べた後で自宅に帰った。
幸せの絶頂に居た私は、自分の変化が身内にどう見えるかなんて、一切考えて無かった。だから、こうなってしまったのは必然と言えた。
「鏡花、貴方それ、どうしたの?」
「……別に、何でもないよ」
帰ったら久しぶりに母親、佐々木杏子と鉢合わせした。今までとは明らかに変わった、自分の娘に気付いたらしい。
分からないわけがないか、同じ女性同士なんだから。これが父親なら、気付かなかったかも知れないけど。
「そんな事はないでしょう? 化粧品とか、どうしたの? お金は?」
「自分で稼いだよ。何に使うかは、私の自由だよね」
「か、稼いだって貴女……」
バイトをしてる事も、両親には伝えていない。春子さんにだけ、家庭を事情を話していたから、その辺りは上手くやって貰っている。
まるで自分の子供に接するみたいに、真摯に接してくれているのが嬉しかった。この実の親よりも余程、親身になってくれているから。
「もう良いでしょ……お風呂沸かして来るから」
「待ちなさい! 貴女、変な事してないわよね?」
「……してないよ。普通にしてるだけ」
「普通って……」
今まで娘のプライベートなんか、全然気にして居なかった癖に、今日に限って急になんなのだろう。
何も聞こうともせず、ただ必要最低限の会話をするだけ。そんな冷え切った日々を送っておいて、今更なんだと言うのか。
「鏡花、貴女騙されているんじゃ……」
「……騙す? 誰が?」
「だって……貴女、あんなカッコいい彼氏なんて……」
目立たない大人しい娘が、少しずつ華やかになりつつある。親に何も言わずにお金を稼いでいるらしい。
その原因と思われる、容姿が整った男の子。普通の親なら、怪しいと思ってしまうのも仕方ない。
それが、ちゃんと娘とコミュニケーションを取っている、普通の家庭であればの話。真逆を行く母親から向けられたその疑いは、鏡花にとっては最悪の対応。
杏子としては自分が夫に裏切られたから、だからこそ持ってしまった疑惑。そしてそれは、決定的な親子のすれ違い。
「何も知らない癖に!! 真君を疑うの!?」
「そ、そう言うつもりじゃ……貴女が心配で」
「全然家に帰って来ないのに、今更心配? 勝手な事言わないで!!」
これまで、表に出さない様にしていた鏡花の不満。我慢していた事、辛い気持ちなど様々な問題。
それらが籠もった複雑な気持ちと、滅多に見せる事のない怒りの感情が、ここに来て爆発した。元から複雑だった親と子の関係に、致命的な亀裂が生まれてしまった。
渦巻く怒りの感情を母親に初めて見せた娘は家を飛び出し、今まで不器用な接し方しか出来なかった母親は、遠くなる娘の背中を呆然と見送る事しか出来なかった。




