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2章 第66話 下心は女子にバレている

 本日は鏡花(きょうか)が我が家にやって来る日。自宅で出来るトレーニングを幾つか教える約束をしている。運動が苦手でも、体力作りや筋トレは無駄にならない。

 何より体育会系の人間だって、最初から出来たわけじゃない。貧弱ですぐバテる子供の体力からスタートするのは全員同じ。

 センスや向き不向きは確かに有るけれど、動ける体を作る事は出来る。


 少々心配になるぐらいには非力な鏡花の健康と安全の為に、体を鍛えるのには賛成だ。女性が体を鍛えるのは自衛にも繋がるし、基本的にメリットしかない。

 痴漢などの迷惑な輩は弱そうな相手を狙うらしいから、小柄で非力な鏡花はターゲットになりかねない。多少鍛えた程度では、効果は薄いかも知れない。

 だけど何もしないよりは良い。単純に体を鍛えておくだけでも怪我や病気のリスクが下がるのだから。


 何気に自宅で2人きりは初めてだからか、朝起きてから微妙に緊張している。もうすぐ鏡花が到着する時間だ。

 今か今かと駅前で待っていると、改札から鏡花が出て来るのが見えた。


「あれ? (まこと)君、迎えに来てくれたの? 家で待っててくれて良かったのに」


「そうなんだけどさ、何となく来てしまった」


 頻繁にここで見送りをするからだろうか。気が付けば駅まで迎えに来ていた。最早癖や習慣と言った方が良いのかも知れない。

 いつもの様に手を繋いで、駅から自宅まで歩く。流石に7月に入ると、朝からでも結構暑い。駅から家までの距離が近いのが救いか。


「昨日も言ったけど、シャワー使ってくれて良いからな。こんだけ暑いんだし」


「助かるけど、本当に良いの?」


「良いって。俺だって汗だくのままは嫌だしな。鏡花は女の子なんだから、尚更嫌だろ」


 女心はまだまだ勉強中の身だけれど、それぐらいの事は流石に分かる。汗をかいたままで異性の近くに居るのは気になるだろう。ましてや今日は軽く運動をする。それぐらいの配慮は当然だろう。


「じゃあ、上がってくれ」


「お、お邪魔します」


 駅から5分もあれば到着する我が家。GWの時に目の前までは着て貰ったけど、入って貰うのはこれが初めて。

 親が契約しているハウスキーパーさんが定期的に掃除をしてくれているし、俺だって掃除ぐらいはしている。そんなに汚くはないと思うが、絶対の自信なんてない。

 それに何も家事が出来ない男とは思われたくない。昭和の時代ならそれで良かったかも知れないが、今の時代に家事スキル無しの男はモテない。


「え、凄い。こんなに広いのに綺麗だね。掃除とか大変じゃない?」


「ま、まあな。それなりにな」


 綺麗なのは半分ぐらいハウスキーパーさんのお陰であるが、ここでは見栄を張っておきたい真の男心が敢えて濁しておく事を選ぶ。

 毎回葉山邸に来ている中年の女性から、掃除や洗濯のコツを教えて貰っている真は、実際にそれなりのスキルはある。

 ただし、プロには及ばないちょっと出来る素人の域は出ない。


「それにほら、ロボット掃除機とかもあるからな」


「あ〜やっぱり持ってるんだ。アレってどうなの?」


「無いよりはマシってぐらいかな? どっかに引っ掛かってる時もあるし」


 動かしている間にランニングをして来たら、階段下の窪みに何故か引っ掛かっていたりする。

 SF映画みたいに、何でも完璧にこなす家事ロボットが完成するのは、まだまだ先の未来だろう。


「それよりもさ、早速やろうか」


「う、うん。分かった」


 鏡花を洗面所に案内し、トレーニングに適した服装に着替えて貰う。もちろん神に誓って覗いたりはしていない。

 そんな下賤な行為を働いたりはしない。……もちろん見たくないわけでは無いが。洗面所から出て来た鏡花は、学校の体操服を着ていた。

 鏡花はトレーニングウェアとか買うタイプではない。分かってはいるけど、見慣れた体操服なのは少し残念でもある。


 いや、今度一緒に買いに行くのもありでは無かろうか。色違いのお揃いとか、何かこうそれっぽくてグッと来る。

 夏休みに2人で運動公園へ、なんて良いかも知れない。それはまあ、また今度考えるとして。


「じゃあ先ずは、腹筋からやってみようか」


「ゔっ……苦手なやつだ」


「最初はちょっとずつで良いから。やって見せるから見ててくれ」


 リビングに置いたトレーニング用のマットに寝転び、仰向けになって寝転ぶ。リラックスした体勢から、ピンと伸ばして揃えた両足を僅かに浮かせる。

 マットに足が触れない様に浮かせた足を、30度ほどの角度が付く様に空中に上げる。数秒ほど軽く停止状態を保ってからゆっくりと両足を下ろす。この時もマットに足は触れさせない。


「とまあ、こんな感じだな。これを20回5セットとか、規定回数をこなせば良い」


「そ、そんなに……」


「あ、すまん。鏡花は5回を3セットとか、少なめからスタートで十分だ」


「が、頑張る!」


 元々スポーツやトレーニングが好きと言うのもあって、鏡花に色々教えるのは楽しい。後輩に教えるみたいな気分で鏡花のフォームに指摘を入れる。


「伸ばしたままがキツイなら、膝に角度を付けると良いぞ……これぐらいかな」


 鏡花の膝に手を当てて、膝に適度な角度を付けさせる。全然腹筋が出来なかった頃は、このやり方でやっていた。

 サッカーを初めて間もない頃だ。体力も筋力もガキそのもので、全然出来なくて悔しかったのを覚えている。

 それが今やこうして教えているんだから、俺もちゃんと成長出来ているんだな。


「終わるまでは完全に足を下ろしたらダメだぞ。どうしてもキツイなら、2〜3秒キープしてから下ろすんだ」


「わ、分かった」


 鏡花と2人、地道なトレーニングを重ねて行く。どんな競技にしろ、地道で華やかさに欠ける基礎トレーニングは大切だ。

 それを積み重ねて初めて、輝かしい活躍へと繋がる。スポーツが出来る人間は生まれつき才能がある、なんて理論を振りかざす人も居る。

 でもそれは、誰も見ていない所で積み重ねた鍛錬を知らないからだ。汗だくになりながら、成果の見えない戦いの果てに得たもの。

 常に自分と戦い、厳しい自己研鑽を続けた賜物だ。楽して出来る様になった選手など居ない。誰もが楽をしたがる人間の性と戦い、勝ち抜いて来たのだ。

 だからこそ、ドーピングの様なズルが嫌悪される。それがスポーツの世界だ。


 こうしてトレーニングをしていると、そんな厳しい鍛錬の日々を思い出す。なんだかんだ言っても、やっぱりこうして体を動かすのが好きなんだ。それを彼女と同じ空間でやっているのは、新鮮な気持ちになる。


「良い感じになって来たな。まだまだ課題はあるけど、ちゃんと出来てる」


「ほ、ホント!? 私出来てる?」


「ああ、様になって来た」


 鏡花はお腹周りが気になるらしいから、腹筋や背筋を鍛えるタイプのトレーニングを中心に教えていく。

 腹筋だけを鍛えると背筋との筋肉量に差が出て姿勢が悪くなったりする。そのバランス感覚についても忘れず教えておく。




「これは、俗に言うプランクってヤツだな。体幹トレーニングにもなる」


「そうなんだ。やってみるね」


 うつ伏せになった鏡花が、俺の真似をしてプランクのポーズを取るも、プルプルしている。つい自分のやり方を見せてしまったけれど、初心者には厳しかったか。


「悪い、鏡花は肘をついた方が良さそうだな」


「こ、こう、かな?」


「ちょい違うな……こう、だな」


 腕の角度や肘の位置を微調整してやる。やはり実際にやって教える方を選んで良かった。動画なんかもあるけど、体格や姿勢の正しい修正は直接本人に合わせてやる方が良い。

 経験もない素人が真似をして、フォームがおかしいままやってしまうのは良くある失敗パターンだから。


「……膝もついた方が良いかもな。過負荷も過ぎると良くないし」


「ひゃっ!?」


「どうした!?」


「だ、だって……急に太もも触るから……」


 あっ……しまった。つい後輩に教える様な感覚のまま触れてしまった。トレーニングだからとつい熱が入っていて気付かなかった。

 目の前にあった鏡花の生足に、何の遠慮もなく触っていた。


「ご、ごめん!! 変な意味はなくてな! ちょっと姿勢を修正したくて」


「わ、分かってる。ただ肩とか膝と違ってね、位置的に、ちょっとね」


 そりゃそうだろう。今までにも何度も触れて来た部分やつま先、膝ぐらいならともかく位置が悪い。

 股関節周辺を急に触られたら、驚くのも無理はない。流石に彼氏と彼女の関係とは言え、遠慮が無さすぎた。


「先に言ってくれたら、大丈夫だから」


「ごめん、気を付けるよ」


 鏡花と過ごす日々に慣れて来たからか、結構遠慮のない接し方をしてしまっている。男と女だと言う認識もあるし、意識もしている。

 それなのにどこか気安い所がある。それが恋人と言う関係が持つ、特別性なんだろうか。


「こんなの触っても嬉しくないだろうけど、やっぱり恥ずかしいから」


「そんな事はないぞ。その、柔らかかったし」


「…………エッチ」


 はい……今のはちょっと変態っぽかったな。そんな意図はないと言っても、説得力はない。

 ちゃっかり感触を覚えていたのだから。狙ってやったわけでは無いから、その変はご容赦願いたい。


 いや、待てよ。狙ってやれば、合法的に触る事が…………ダメに決まってるだろ。そんなのは最低な行為だ。最低な……クッ、一度考えてしまったらつい意識がそっち方向に!!

 やめろ俺! 耐えろここは! 今は純粋にトレーニング。そう言う時間だから今は。鏡花に触れるのはそう言う目的じゃない! 落ち着いて冷静になれ。



「そ、そう言うのは、後で、ね?」



 その発言はズルいだろう。これで期待しない男が居てたまるか。彼女にこんな事をちょっと照れながら言われて、何ともない男なんて居ない。

 しかしそれを悟らせるのは格好がつかない。俺は努めて冷静な風を装いながら、トレーニングに勤しんだ。

 でも結局、鏡花は何かを察した様な表情をしていた。何故バレたんだ。

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