2章 第61話 一緒に登校って良いよね
「おはよう、真君」
「ふぁ……おはよ、鏡花」
「やっぱり、もう少し遅い方が良い?」
鏡花と付き合う様になってから、朝は一緒に登校する様にしている。お互いに時間を合わせて、学校の最寄り駅で合流する。
俺が鏡花に合わせる方が良いと思ったから、普段より早く家を出ている。サッカー部に所属していた頃は朝練があったから、もっと早い時間に来ていた。
怪我をして退部してからは、小春の登校に合わせていたから起床時間が大きくズレてしまっていた。体内時計が戻るまで、もう少し掛かりそうだ。
「いや、最近ちょっとダラけてただけだ。本来はこれぐらいなんだ」
「そう? それなら良いんだけど」
朝練が無い日は実際、これぐらいの時間に登校していた。崩れた生活習慣を改善するのに丁度いい機会だ。
早起きは三文の徳なんて言うけど、こうして朝から鏡花に会えるんなら十分な利益がある。
「はいこれ。今日のお弁当」
「いつもありがとうな」
「あの、さ……もう付き合ってるんだし、毎日でも良い、よ?」
このちょっと遠慮がちで照れくさそうにしながらも、内容自体は結構積極的な可愛さを無自覚に発揮してくる女の子、めっちゃ良くない? 俺の彼女なんですけど。
「それは、嬉しいけど。流石にそれは食費払うぞ?」
「え、別に良いよ? 基本余り物を使ってるから」
「だけどさ……悪いよ」
鏡花の言い分は実際間違いじゃない。鏡花はいつも、家族3人分の量で作るし両親が用意してくれている費用もそれ相応である。ただ、父も母も帰って来ない日が多いから結果的に余っている。
特に鏡花の父親は、滅多に帰って来ない。その癖自分の分が無いと小言を言われるので、仕方なく鏡花は3人分作っているだけだ。
成人男性1人分とプラスαの量が頻繁に余るのだから、真へのお礼として作っている食費は実質ゼロに近い。
殆ど鏡花1人しか食べて居なかったので、預かっている食費が余っていて扱いに困っていたぐらいだ。
しかしそんな佐々木家の事情は、真が知る由もない裏側。無駄に食費を圧迫しているのでは、と考えるのが普通だ。以前もそれが原因で話し合いになったのだから。
「私はそれより、一緒に遊びに行ったりする方に回して欲しいかな」
「そう、か? そう言うなら甘えさせてもらうけど……親に怒られたり反対されるなら、ちゃんと言ってくれよ?」
「うん。その時は、ちゃんと言うから」
それはある意味嘘ではなくて、同時に嘘でもある。不倫相手の家に入浸りで、まともに帰って来ない父親と鏡花が話す機会はほぼ無い。
故に鏡花は交際も弁当も、父親に報告していない。弁当については母親にも。家庭より異性を優先した両親と、家族との交流を諦めた娘。その結果に過ぎない。
冷え切った崩壊寸前の家庭よりも、将来家族になるかも知れない異性に使う方がまだ価値がある。鏡花としては、預かったお金のせめてもの有効な使い方として悪くないと考えている。
まだ両親を信じていた頃は、食べきれない余りをやむなく捨てていたのだから。
それに全てが悪い方向を向いているわけではない。家族の役に立ちたくて教わった料理が、少し前までは生きるために仕方ないものに変わっていた。
それが今では、好きな人の為に作る料理に変化している。本来の鏡花の料理として正しい形に戻ったのは、今は亡き料理の師。鏡花の祖母も、草葉の陰で喜んでいるだろう。
「最近はお弁当作るのが楽しいんだ」
「あれ? 前は面倒って言ってなかったか?」
「そ、それはその。心境の変化ってやつだよ。うん」
何かあったのだろうか。理由は良く分からないが、鏡花が楽しいと言うなら別に良いか。
彼女にはいつも笑っていて欲しいから、楽しい事や嬉しい事に囲まれていて欲しい。その為になら出来る限り頑張りたいし、沢山与えたい。
ただの高校生の身で出来る事なんか、大した事はないけどそれでも。後悔しないで済む様に日々を大切にしたいと思う。
俺にとって、この世界で一番魅力的な女の子と過ごす毎日を。
今までは自分1人か、小春と2人で歩いていた学校までの道のりを鏡花と2人で歩く。もう気温はすっかり夏そのもの、夏服でも汗を多少なりともかいてしまう。2人揃って、額に僅かながら汗が浮かんでいる。
「そう言えば、鏡花は日傘使わないのか?」
「実は持ってないの。日焼け止めは、小春ちゃん達に言われて使ってるんだけど」
「じゃあさ、鏡花の誕生日プレゼントにしようか? ちょっと良いやつ買うぞ?」
「えぇ!? 普通ので良いよ〜」
こんな普通で、平凡なやり取りを繰り広げながら歩く2人の日常が楽しい。付き合うと言うのが、これで良いのかは分からない。
物語の様な山あり谷ありではないけど、俺と鏡花はこれで良い。そんな風に思えているんだ。
お互いの時間を、重ね合わせる様な日々が続いて欲しい。そんな事を考えながら、今日も教室へと向かう。
「よっ! お二人さん。今日も夫婦で登校とは羨ましい限りで」
「うるせぇ。そう思うならお前も頑張れよ」
「あら辛辣な事。佐々木さーん、旦那が冷たいの何とかして〜」
「え、えっと、その、友達には、優しくしないとダメだよ?」
うちのクラスの体育会系男子達は、揃いも揃ってからかいに来る。何が楽しいのやら、毎日毎日飽きないものだ。
あと野球部の佐藤、お前ちょっと鏡花に馴れ馴れしいんじゃないか。鏡花が素直で大人しいからって、それ以上調子に乗るならライン越えだぞ。
冗談にも真面目に対応する鏡花が面白いのか、最近馴れ馴れしく接する男達が増えている。鏡花のリアクションが初々しくて可愛いのは分かるが、この可愛さは俺のものだし譲らんぞ。
「おっと、葉山がお怒りみたいだからこの辺で。そいじゃ!」
ジト目で睨まれている事に気付いた佐藤は、朝のひと弄りに満足が行った所でそそくさと退散して行く。
どうやら真は独占欲が強いらしいと知った面々が、わざとやっているのを真はまだ知らない。
あんなに異性に興味が無さそうだった男が、分かり易い嫉妬心を見せるのが面白い。それが最近の彼らの楽しみだった。
「真君、怒ってたの?」
「そんな事はない」
「え、でも」
真が鏡花を理解出来る様になって来たのと、同じ様に鏡花もまた真を理解し始めている。
鏡花が真に好意を持ち始めたのは真より遅い為、まだそれほど深い理解ではない。それでも微妙な変化は読み取れる。そう簡単には誤魔化し切れなくなりつつある。
「良いか鏡花。佐藤みたいなノリの軽い体育会系は信じるなよ。女子とあれば誰にでも馴れ馴れしいからな」
「……真君も、最初あんな感じだったよね?」
「…………俺は、またその、違うんだよ。系統が違うって言うか。誰でも良いわけじゃないから」
「えぇ〜〜違いが分かんないよ」
春から真夏へと変わっていく過程で変化していく2人の日常は、こうして少しずつ違いが生まれていく。
それまでの2人には無かった、決して小さくない変化。恋人のいる高校生活を、2人は満喫していた。




