炎帝の民
ギルティが加わったあと、無事村の入り口らしい場所までたどり着いた。
「焔、その子起こしておいたほうが良くない?」
焔との戦いの際、生け贄として捧げられていた、緑色の髪をした焔の眷属だ。焔は生け贄を取ったことはないが、眷属からしたら捧げた生け贄が帰って来ていないのだから、話がこじれるのは必須だろう。
しかし、生け贄が無事に生還したとすれば誤解は解けやすい。
焔が承諾し、治癒魔法をかけると、女の子の意識は戻り、状況を確認したいのか、焦ったように辺りを見回す。
「こ、ここは……? 私は炎帝様に食べられたのでは……」
混乱しているようで、自分の状況が理解できておらず、焔に食べられたと思っているらしい。そもそも焔は眷属を食べていない。
簡単に事情は説明したが、この後何度も説明するのが面倒になったので、女の子に「説明は炎帝の民全員に説明したいので村の長を呼んできて欲しい」と伝えた。
女の子は一度深々と礼をし、村の中に入っていった。
このあと焔は辛い状況になるのかもしれない。守護者である焔が、自分の眷属を守れなかったという事実が残っているからだ。生け贄を与え続けてきた眷属にも思うところがあるはずだ。
あれこれ考えていたら、村の人が集まって来た。中央の人垣が開け、村の長らしい人が前に出てきた。
「炎帝様の民を束ねている、エルグと言います。話がしたいと伺いましたがどういったことでしょう?」
やっぱりか……。同族を助けた相手に対して少し刺がある。
「炎帝の民よ。炎帝は生け贄を求めておらぬ。今後、生け贄を捧げるのは止めよ」
「どういうことでしょう? あなた様はいったいどなたなのでしょうか?」
「ワラワは炎帝の使いの焔じゃ」
焔が炎帝だと知っているこっち側のメンバーが一斉に焔を見た。
「炎帝はそなたらの守護を約束している。生け贄も必要ない。ゆえにその娘も返す」
「我らを守る? では、なぜ生け贄を? なぜ我が娘は帰って来ないのですか?」
どうやら族長の娘はすでに生け贄として捧げられているらしい。
「それはッ……」
焔は言葉に窮する。神器で縛られていたとはいえ守れなかったのは事実。それを言い訳にすることは出来ないだろう。
「我々は数百年の間、炎帝様の眷属として暮らしてきました。炎帝様との契約を守り、務めてきました。しかし、炎帝様はここ数年お姿も見せず、あげく守護を受ける為に生け贄までも……」
娘のことを思い出したのだろう。涙で言葉が切れる。
「だから、炎帝は生け贄など取ってはおらぬ!」
「ならば戻って来ていない村の子は? 我が娘は何故戻って来ないのだ!」
焔が苦悶の表情を浮かべる。
「炎帝様は我々を···
「待ってください!」
これ以上は言わせてはいけない。俺はエルグの言葉に被せて話を遮った。
「エルグさん。炎帝様はあなた達の守護者です。今だってずっとあなた達を守っています。炎帝様だって全知全能の神じゃない。守りたいけどどうしようもないことだってあるんです。それともあなた達は、この数年の不遇だけで、数百年間守り続けた炎帝様の全てを否定するのですか? なぜ信じてあげられないのですか? 守護に生け贄が必要? あなた方を守ってきた炎帝様は本当にそんなことを言うのですか? 自分の眷属を守れなかったことを一番悪いと思っているのは炎帝様自身ではないのか!」
事実を言おう。炎帝の民には気の毒だが、正しく知ることは大事なことだ。
「炎帝様は意識と能力を縛られる神器を何者かにつけられていていました」
「……今なんと」
エルグだけではなく、そこいたほとんどの民がざわつく。
「自由が効かず、あの碑石にずっと縛られていました。ただそれだけです。
生け贄など必要としていませんでした。必要なのは助けだったでしょう。それなのに求めてもいない生け贄が捧げられてしまう。あんな森に貴重な炎帝の民が倒れていて、それが賊に見つかってしまったら? 当然拐われるでしょう。
炎帝様は意識を縛られていました。それは僕が見ています。僕はたまたま碑石にたどり着き、あなた方の同族が石壇にいるのを見つけました。助けようと近づくと、炎帝様は眷属を守るように僕と彼女の間に入り、僕に襲いかかってきました。意識が無くても本能的に自分の眷属を守ろうとしていたのでしょう。
もう一度言います。炎帝様はずっとあなた達を守っています。それだけは分かってあげて下さい」
今度は民達が黙ってしまった。そんな時一人の女の子が前に出てきた。緑色の髪をした彼女だ。
「わ、私、思い出しました。確かに炎帝様は私を守ろうとしてくれていました。何度も賊が現れて、それを追い払って……。最後はその少年の前に立ちはだかり、私を守ろうとしてくれていました。わ、私は炎帝様を信じたいです」
彼女は涙を流しながら膝をつき祈るように胸の前で手を合わせている。その方向には焔がいる。
焔はうつむき肩を震わせている。しょうがない主と眷属だなぁ。もう少しだけ背中を押してあげるかな。
「皆さん、これは可能性の話ですが、生け贄に出したお仲間は、まだ帰って来ないと決まった訳では無いんじゃないでしょうか」
焔を含め全員がこちらを向いた。エルグが口を開く。
「どういうことでしょうか?」
「炎帝様は生け贄を食べていない……。さっき彼女が言ったように碑石には賊が現れていたとします。さらに、僕たちも人拐いにあって馬車で運ばれていました。碑石から賊が使用していた林道はそう遠くはありません。多分、僕たちを拐った賊と、生け贄を拐った賊は同じだと考えられます。
こちらにいる、ペルシア族のセリナさんも同じ賊を捕まえる調査をしているところです。拐われたのは希少な種族のため、殺される可能性は少ないと思います」
思いつきで話してしまったが……。セリナさん、巻き込んでごめんなさい。さぁみんなどう出る。
「炎帝様!」
突然エルグが声をあげる。
「我ら炎帝の民は、今一度あなた様の眷属であることを誓います! 今度は守られるだけではなく、あなた様の力になれるようになります! だから、どうかお願いします! 同族を助ける為にあなた様のお力を今一度お貸しください!」
エルグが膝をつき頭を下げる。他の民も次々と膝をつき、やがて炎帝の民全員が焔に対して跪き、誓いを立てていた。
「ワラワは炎帝ではないと言っておろうがばかものめ……。だが、すまんかった……」
俺にしか聞こえてないよ焔。
焔は吹っ切れたように顔を上げた。その表情は何かの誓いを立てたようだった。今度こそ守り抜くと。
「あい分かった! 炎帝の使いであるこの光月焔が必ずやそなたらの仲間を救ってくれよう!」
あッ! 勝手に光月を名乗りやがった。
焔が満面の笑みでこちらを向いている。今思えば名を欲しがった理由が分かった気がした。自分の眷属を守れなかったのに、民の前で炎帝を語ることを是としなかったのだろう。
まぁ今回は多めにみるか。一度炎帝の名を捨て、もう一度自分の力で民を守ると誓ったようだしね。さてとこれからどうしようか。




