動かぬ証拠【絢子視点】
先生の提案で、すぐにテストが行われた。結果はもちろん。
「うん。いつもどおり、ほとんど満点だ」
「勝木君は本物の秀才だ」
「実力で高得点が取れるなら、やはりカンニングの必要なんて」
学校側がカンニングの疑いを撤回しようとした矢先。またしても財前が
「『カンニングは落ちこぼれがするもの』というのは思い込みじゃないでしょうか!? 勝木君は入試以来ずっと1位だった! 1位にこだわるあまり保険としてカンニングペーパーを用意したのかもしれないじゃないですか!」
私が無実になれば「私がカンニングするところを見た」という財前の証言は自動的に嘘になる。だからなんとしても私に罪を着せようとする財前に、先生は「ほう?」と冷ややかに目を細めて
「それが事実だとしたら他のカンニングペーパーは?」
「ほ、他のとは?」
「そのカンニングペーパーは、歴史の範囲の一部分だけを記したものです。絢子君が真に1位にこだわるなら、他の教科のカンペもあるはずでは?」
先生の指摘どおり。私が僅かなミスも許さない性格なら、他の教科のカンペも存在しないとおかしい。
先生の鋭い追及に、流石の財前もうまい言い訳が浮かばなかったようで
「彼女が何を考えて歴史の一部分だけカンニングしようとしたかなんて、こっちは知りませんよ! だが、こうして彼女の筆跡で書かれたメモがあるんだ! これが勝木君がカンニングしたという何よりの証拠です!」
恐らく並の人間なら、この捏造証拠を素直に信じてしまうだろう。でも数多くの冤罪事件を扱って来た先生は、捏造証拠に踊らされることなく
「先生は証拠証拠とおっしゃいますが、そんなメモは簡単に偽造できますよ。特に内容が歴史に関するものでしたら。社会担当の財前先生は、絢子君のノートやプリントを合法的に手に入れ、家に持ち帰り、じっくりなぞることさえできるのですから」
どうやって私の筆跡を真似たのかと思っていたが、確かに教師である財前なら、私のノートやプリントを合法的に家に持ち帰れる。
私だけでなく、他の教師たちにも疑惑の目で見られた財前は
「ぼ、僕がこのメモを偽造したと言うのか!? なんの根拠があって、理事長の息子である僕を犯人扱いするんだ!?」
追い詰められた財前は、自分が理事長の息子であることを強調した。
どこまでも見苦しい財前と対照的に、先生はスマートな物言いで
「確かに今は推測にすぎませんが、根拠ならそのメモをお貸しいただければ、近日中に証明できるでしょう」
「メモで証明って、いったいどうやって? 仮に誰かの偽造だとしても、筆跡自体は勝木君のものなのに」
校長の質問に、先生はにこやかに名刺を出すと
「申し遅れましたが、私は主に刑事事件を扱う弁護士です。ゆえに私には警察関係の知り合いがおりまして、頼めば指紋を採取してもらえます」
「し、指紋採取?」
ギョッとする財前に、先生は「ええ」と冷ややかな微笑で
「絢子君によれば、彼女はその紙に触っていないそうです。当然ながら、紙に触れずに見たり書いたりはできません。つまりそのカンペに絢子君の指紋が無ければ、彼女のものではないと証明されると同時に『絢子君が試験中この紙を見ていた』という財前先生の証言も覆されます」
ちなみに先生によれば、もし指紋がダメでも筆跡鑑定で偽造が分かるそうだ。素人は形だけ真似ればいいと油断するが、プロは筆圧や書き順まで調べると言う。
「私の推測どおり。絢子君のノートやプリントの文字をなぞったのだとしたら、ずれないように不自然な力が加わっていたり、書き順もメチャクチャのはず。どちらにしても彼女を嵌めようとした偽りの証拠によって、犯人は逃げられません」
先生にとどめを刺された財前は
「あ……あ……」
今度こそ真っ青になって言葉を失った。
「財前先生! 本当にこのカンペは勝木さんのもので間違いないんですか!? 保護者まで呼び出しておいて「間違いでした」ではすみませんよ!?」
校長に問いただされた財前は、その場にバッと土下座して
「も、申し訳ありません! 全て善道さんのおっしゃるとおりです! 勝木君に手酷く振られてカッとなって、ついこんなことを! 頭に血が上って、おかしくなっていたんです! け、警察沙汰だけは勘弁してください!」
自首はまだ逃げられる余地がある時にするから意味がある。全ての逃げ道を潰された末の謝罪は、反省ではなく命乞いだ。
軽蔑の眼差しで財前を見下ろす私をよそに
「じゃあ、本当は全部勝木さんの言うとおりだったんですか!?」
「ざ、財前先生! なんてことを!」
慌てふためく学校側に、先生は淡々と話を進めて
「財前先生は絢子君を、他の生徒の前でカンニング犯扱いしたそうですね? では明日。それを目撃した生徒たちに、キチンと事実を説明して彼女の無実を証明してください。それと教育委員会に財前先生の所業を報告して、教員免許をはく奪していただきたい」
すごい。先生は私が望んでいることを、言わなくても全部分かってくれる。まず正式にカンニングの誤解を解いて欲しいし、財前は二度と教壇に立つべきではないと思っていた。
しかし被害者からすれば当然の要求に、校長たちは「そ、そんな」と狼狽えて
「財前先生はこの学園の理事長のご子息なんです。その財前先生が生徒に手を出そうとした上に、逆恨みで濡れ衣を着せようとしたと知られたら、この学校の評判まで……」
財前の暴走によって不祥事に巻き込まれた学校は気の毒だが
「では、この学園の評判を守るために絢子君に濡れ衣を着たままでいろと? こんな悪意に塗れた男を、教師のままでいさせるとおっしゃるのですか?」
「そ、それは……」
先生は本件に関して一歩も譲らず、厳しい態度で
「絢子君の名誉回復と財前先生の教員免許のはく奪は絶対条件です。明日、先生方自身で生徒たちへ事実関係を説明していただけないのでしたら、私が代わりに動きます」
学校側に2つの条件を約束させると、私を連れて生徒指導室を後にした。
いつもは電車を利用しているが、今日はタクシーで帰宅した。家に入り玄関の戸を閉めると、私は重い口を開いて
「すみません、先生。私のせいで大変なご迷惑をかけてしまって」
財前を言い負かす先生は、すごく格好良かった。私を信じて護ってくれて嬉しかった。それでもある種の興奮状態が冷めた後は、先生に迷惑をかけた申し訳なさが勝った。
「君は身勝手な大人に一方的に傷つけられたんだよ。自分のせいだなんて思ってはいけない」
先生は優しいから、そう言ってくださるけど
「でも私があれほど酷く言わなければ、ここまで大事にはならなかったかもしれません」
かもではなく明らかにそうだ。私は財前を嫌悪するあまり必要以上に強く罵った。それで余計な恨みを買って、自分では解けない罠に陥り、先生に迷惑をかけたのだ。自分がとても恥ずかしくて、情けなかった。
ところが先生は
「確かに自衛のために言葉を選ぶのは大切だ。しかし君くらいの少女が、大の男、それも教師に、異性として求められるのは酷くおぞましかっただろう。人は取り乱すと言動が荒くなる。それだけ君はショックだったんだよ」
私の肩に手を置いて強く言い聞かせると
「君はただでさえ恐ろしい目に遭ったんだ。こんな時くらい正しくあろうとしなくていい。「怖かった。嫌だった」でいいんだよ」
「せ、先生……」
目から涙が溢れて初めて、自分が泣くのを堪えていたことを知った。
「本当のことを言っても誰も信じてくれなくて、すごく怖かった……」
震えながら抱き着くと、先生はしっかりと私を抱き返して
「他の誰が疑おうと、私が君を信じている」
温かな手で私の頭を撫でながら、親のように優しい眼差しで
「そして私が味方でいる限り、誰にも君を傷つけさせない。何があっても護るから大丈夫だよ」
「先生……」
先生の言葉に、さっきとは別の意味で感極まる。私は先生への温かな思慕が心から溢れそうになるのを感じながら
「今日はすごく怖かったから、もう少しだけいいですか?」
「ああ。君が落ち着くまで、こうしていよう」
私を抱く温かな腕が、保護者としてのものだとは分かっている。それでもどうしようもなく、この人が好きだと改めて思った。




