第十三話 『それぞれの目的』
レグルス・アークハイドは《剣聖》アルデバラン・フォン・アークハイドの息子である。
《剣聖》。
世界最強の剣士。
剣の道を進む者を導き、全ての民の憧れとなって国を守護する者。
レグルスは《剣聖》とはそうあるべきだと考えている。
過去には、ただ暴力に酔っただけの《剣聖》もいただろう。
《剣聖》に相応しくない《剣聖》もいただろう。
それでも、《剣聖》とはそうあるべきだとレグルスは考えている。
「明日は学生試合だな」
「はい、お父様」
聖剣祭一日目の夜。
レグルスは珍しく家に帰ってきたアルデバランと、言葉を交わしていた。
レグルスは貴族住居街にある住居の一つで生活している。
父であるアルデバランと共にこの家で暮らしているが、彼が家に帰ってくることはめったにない。
今日も空いた時間に、少し家に戻ってきただけのようだ。
「……調子はどうだ?」
「問題ありません。明日もいつも通り、僕が優勝してみせます」
そう言って、レグルスはアルデバランに背を向けた。
「ようやく――お父様と戦えますね」
それだけ言って、レグルスは自室へ戻っていった。
レグルスとアルデバランの会話は少ない。
事務的な会話ばかりで、父と子らしい会話などもう長い間していなかった。
「いつも通り、勝つ」
自室の中へ入り、レグルスは噛み締めるように呟いた。
朝、すれ違ったウルグのことが頭に浮かぶ。
《剣聖》を目指し、ただ前へ進む黒い少年。
そのありようは脆く、歪で、真っ直ぐだ。
彼は自分にはない、物を持っている。
彼は言った。
剣を握る理由を見つけたと。
「剣を、握る理由か」
レグルスが《剣聖》を目指して剣を振り始めたのは、もう十数年も前のことだ。
実力も、功績も、目標へ向かって順調に進んでいる。
なのに、どうして自分はこうも、あの少年のことが気になるのだろう。
彼は強い。
だが、自分には届かない筈だ。
迷いなく《剣聖》を目指し続けた自分が負けていい筈がない。
「……僕は《剣聖》になるんだ」
もう一度、レグルスは呟いた。
まるで、自分に言い聞かせるように。
―
――ぜんぜんまったく、期待ハズレですよぉ!?
いつかの言葉を思い出す。
全てを失ったあの日、あの女に突き付けられた言葉。
自分はそれを否定しなければならない。
じゃないと、皆は何の為に。
ヴォルフガング・ロボバレットは王都に近接した森の中にあるボロ屋で生活している。
宿場街の宿が軒並みヴォルフガングの宿泊を拒んだからだ。
学園の寮を利用することを考えたが、あんな狭い空間で人間と共に暮らせばどうなるかなど、簡単に想像がつく。
人間はいつもそうだ。
自分が直接被害にあった訳でもないのに、勝手に恐れ、勝手に差別する。
穢らわしいと馬鹿にして、嘲笑う。
「俺が認めさせてやる」
人間共に、人狼種の存在を認めさせてやる。
それがヴォルフガングが、人間が多く暮らす王都へやって来た理由の一つだ。
そのための第一歩が、明日の学生試合。
誰もが、レグルスが優勝すると信じて疑わない。
人狼種が勝つなどと、考えていないだろう。
それをひっくり返す。
自分にはそれが出来る。
何故なら、自分は天才なのだから。
「…………」
ふと、あの黒い少年のことを思い出した。
人間に差別されながらも、意にも介さずに寮で生活する少年。
あの少年と共に過ごしているのは、人狼種の女だ。
帽子で頭を隠しているが、ヴォルフガングからすれば簡単に分かる。
何故、あの二人は共に過ごしている?
あの黒い少年の回りには、何人もの仲間がいる。
わざわざ人狼種であることを隠してまで、一緒にいる理由はなんだ?
分からない。
「まァ、どうでもいい」
誰が相手だろうが関係ない。
勝って、己の価値を示すだけだ。
――皆に期待された通りに。
―
―
聖剣祭二日目。
大会が始まる前から、出場する選手は会場へと集まることになっていた。
会場は貴族住居街と平民住居街の中間にある広間で行われる。
しばらく前に学園側から受けた説明はメモってあるから、時間も場所もバッチリだ。
王都の中央には、広間の他にアルト教の大聖堂が存在している。
学生試合は大聖堂の近くで行われるようだ。
そんな場所で物騒なことをしてもいいのか、と思っていたが、どうやらアルトという神様はそういった試合が好きなんだとか。
どうやらかなり大昔に、本当にいた人物らしい。
何でも、時折神様のような力を持った人間が生まれてくるらしく、魔神もアルトと同じように力を持って生まれてきた人間ではないかという話だ。
まあ、魔神なんかと同じにするな、と宗教家からは否定されているみたいだが。
「話には聞いていましたが、やっぱり凄いですね……」
早朝から、メイとキョウに見送られ、俺達は会場にやってきた。
驚くべきことに、広間にはコロッセオのような闘技場が出来ている。
「毎年、かなりの急ピッチで建物を作って、祭りが終わったら壊してるんだってさ。今年は学生試合があるから、かなり力が入ってるらしいけど」
「へぇぇ……」
闘技場の中にはいると、係りの人に案内された。
連れて行かれた部屋には既に他の生徒が集まっている。
テレス、レグルス、エステラ、ヴォルフガング。
彼らの他にも、流心流剣士のウィーネ・ブルクハルト先輩もいた。
「おはようございます!」
「おはよう。二人共、調子はどうだ?」
部屋に入ってすぐ、テレスとエステラがやって来た。
テレスは前に一緒に買いに行った魔術服を装備している。
相変わらず、凛としていて格好いい。
「おはよう。調子は万全だな」
「おはようございます。私もバッチリです」
昨日は早めに寝て、体調はしっかりと整えた。
朝ごはんも胃が持たれない程度にしっかりと食べたし、完璧だ。
「それは何よりだ。万全の状態で勝たなければ、意味がないからな」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべるテレス。
この日の為に、新技を編み出してきたというし、かなり強くなっていそうだ。
最近は手合わせ出来ていないし、新技がどうなのか楽しみだな。
「……うぅ。皆凄い人達ばかりで緊張します」
「エステラだって、予選を勝ち抜けた時点で凄い人なんだから、自信を持てって」
緊張していたエステラの肩を叩き、励ましの言葉を掛ける。
正直、俺もかなり緊張してるけどな……!
だが、エステラに自信を持てと言ったのは本心だ。
ここに来る途中、ベルスにあった。
『私では、予選を突破出来なかった。どうにか君としっかりとした場所で刃を交えてみたかったのだがな……。ウルグ、優勝しろ。私が貴様を超えた時、お前が有名になっていれば、それだけ箔が付くからな』
その目には激しい悔しさが浮かんでた。
この大会には、出たくても出られない人間が多数いるのだ。
そう考えると、自信が湧いてくる。
「……はい!」
そんな話をしていると、部屋に教師が入ってきた。
試合についての説明をするのだろう。
「今日の学生試合はいつもと違い、聖剣祭の催しの一つとして行われる。学園の恥を晒すような行動は慎むように」
そういって、俺やヴォルフガングを見る教師。
この教師、前から当たりが強いんだよなぁ。
貴族をかなり贔屓してるし。
学生試合は一対一のトーナメント戦。
既に対戦相手が決まっているので、後で確認するように。
試合前に、剣などの武器は大会側が用意した物を選ぶこと。
鎧や魔術服などの防具は自由に持ち込んでいいが、使用するには検査必要となる。
検査していない防具の使用は認められない。
試合が終わるごとに治癒魔術師による治療を受けられる。
と、まとめるとこんな感じだろうか。
「王立ウルキアス魔術学園の生徒として、誇りある行動をするように」
そういって締めると、教師はレグルスやウィーネ、テレスなんかの貴族の生徒に声を掛け、部屋を出て行った。
うーん、この。
その後、言われた通りに試合表の確認へ向かった。
俺の一回戦目の相手は一個上の先輩だった。
ヤシロ達も、それぞれ試合相手を確認していく。
「どうやら、ウルグとは決勝戦では戦えないらしい」
「……ああ」
試合表を見て、テレスが呟く。
俺とテレスは、お互いに勝ち上がれば二回戦目で当たるようになっている。
「ま、勝つのは俺だからな」
「いや、私だ」
「いやいや、俺だ」
「いやいやいや、私だ」
お互いに、初戦で負けるなんてことは考えていない。
見据えるのは優勝だ。
それから防具の審査や、自分が使用する武器選びなどを行った。
貸し出されるのは、特殊な素材で作られた武器だ。
魔力の伝導性は良いが、殺傷能力は低い。
試合場に治癒魔術の刻印が刻まれているが、万が一の時のための保険だろうな。
鳴哭を使えないのは残念だ。
一番鳴哭に近い重さと長さの剣を選んでおいた。
それから時間が来るまで、ウォーミングアップを行った。
貸し出された剣に若干の違和感を覚えたものの、使っている内に慣れた。
「お、お前たちか」
「よう」
ウォーミングアップを終え、休んでいるとアルレイドとエレナが通りかかった。
二人も教師として、この試合関連で色々と働いているようだ。
「ま、全員頑張れよ。ウルグは変なヤジとか飛ぶかもしれないが気にすんなよ。言うまでもないだろうけどな」
「ああ。ウルグはお師匠様が『優勝しなかったら殺す』とか言ったから気を付けろよ」
こりゃ、まずます優勝しないわけにはいかないな……。
「ヤシロ。お師匠様はこんなこと言ってるが、容赦なくウルグをぶっ倒してやれよ」
「はい!」
元気よく返事するヤシロ。
お、お前ら……。
「大丈夫です。ウルグ様が負けても、私が守りますから!」
ヤシロも随分と言うようになったな。
頼もしい限りだ。
それから、徐々に外が騒がしくなっていく。
試合時間が近付き、学生試合のプログラムが開始された。
まずは最初に国王や偉い人のありがたい話だ。
これはどこの大会でも一緒だな。
その後、レグルスが選手代表で宣誓をした。
細かい所は違えど、これも前世と一緒だな。
剣道の大会を思い出す。
「それでは選手はここで待機していてください」
試合時間が近付き、俺達は待ち合い室へと連れて行かれた。
基本、俺達はここで待機だ。
上の観客席に行ってもいいが、呼ばれた時にいなかったら不味いから、気を付けろと言われた。
そして、しばらくして、二人の生徒が呼ばれて外へ出て行った。
最初の試合が始まり、外が騒がしくなる。
この大会が始まる感じ、やっぱ少し緊張するな。
「ウルグさん、ハイシュさん、準備してください!」
二回戦目には、俺とハイシュという生徒が戦う。
係員に声を掛けられ、俺は席から立ち上がった。
「おい、お前」
俺と同時に呼ばれたハイシュという生徒が声を掛けてきた。
あ、この雰囲気、いつものやつだ。
「Aランク冒険者だが何だか知らないが、お前はこのハイシュ・ベルモンドが倒してやる。自分が負ける相手の名前を覚えておくことだな」
あーはいはい。
どうでもいい。
「よし」
ハイシュを無視して、外にでる前にヤシロ達へ話しかけた。
落ち着いて喋れるのはこれが最後だからな。
「テレスとは無理だが……みんな、決勝戦で会おうぜ」
「ああ。ウルグとは無理だが、決勝戦で会おう」
「はい、決勝戦で会いましょう」
「決勝戦で!」
どんだけ決勝戦に行くんだよ。
そう言葉を交わし、俺は係員の案内に従ってついて行った。
試合が終わり、戦い終わった生徒が戻ってくる。
すれ違い、俺は外へ出た。
さあ、勝ちに行くか。
―
―
剣聖祭、二日目の学生試合。
腕利きの魔術師によって建築された闘技場は熱気で溢れていた。
観客席には王都に住む人間、外から来た人間が入り交ざっている。
特等席にはアルナード家当主のタイレスを始めとした高名な貴族や、ジーク・フェルゼンのような招待された人間が座っている。
招待されたはずのシスイの姿はまだない。
「相変わらず、王国魔術師の結界は凄いですな」
「ええ。超級に匹敵する強度があるという話です」
招待された貴族達が、席に座りながら闘技場に張られた魔術を褒めそやしていた。
観客席には複数の魔術師によって、結界が何重にも張られている。
貴族もいるということで、恐ろしい程に頑強だ。
万が一のことに備えて、騎士も複数待機しているため、中で何かあっても観客席には被害が及ばないようになっている。
「観客席にも、高度な魔術が常時展開されているようですね」
試合上には死亡を防ぐための治癒魔術が張られている。
学園の訓練場にあるような常時発動型ではなく、死の危険が及ぶ状況になったら発動する。
「貴族の生徒も多く出場していますからな。万が一があっては困る」
貴族達が話している中、ジークはつまらなさそうな表情を浮かべて会場を見ていた。
話しかけられるが、適当にあしらっている。
「それでは、これより学生試合を開始いたします!」
しばらくして、魔道具で拡張された声が響き渡る。
扉が開き、二名の生徒が出てきた。
出てきた生徒に、歓声があがった。
「流石魔術学園ですな。この歳であれほどの魔術と剣術が使えるとは」
「今戦っているのは、どちらも貴族の学生とか。王国の未来は明るいようだ」
初戦が終わり、次の試合が始まる。
最初に扉から出てきたのは、貴族の生徒だ。
「おお。ベルモンド家のご子息ですか」
「理真流二段、弾震流と流心流の初段を持っているとか!」
魔術学園の三年。
ハイシュ・ベルモンド。
優秀な生徒として、貴族たちにも知られている。
「次の生徒が出来てますぞ」
ハイシュに続き、相手の生徒が出てくる。
それを見て、観客たちがざわめいた。
「なんと……。黒髪」
出てきた生徒の一人が黒髪だったのだ。
「穢らわしい。よりにもよって名誉ある聖剣祭に魔神の色の生徒を出すなど……。学園は何を考えているのだ?」
「学園は創立した英雄殿の方針で、差別はしないと決まっていますからな。仕方ありませんよ。あの黒髪の生徒が、災害指定個体を倒したなどという話を前に聞いたことがあります。その功績で出場を許可したのでは?」
「ふん……。まあ、ハイシュ殿が倒してくれる事を期待しましょう」
ざわざわと、観客席からウルグに対する不満の声が上がる。
そんな中で、何ともない表情でウルグは立っていた。
(気に入らないな)
そんなウルグを見て、ハイシュは眉を顰める。
まず、平民の分際で推薦枠で出場しているのが気に食わない。
ハイシュは三つの流派を習い、更に二属性の魔術を中級まで使用できる。
学園の三年生の中では、上位に入る実力者だ。
(レグルス殿やテレスティア殿には敵わないだろうが……私も大会で成果をあげなければ)
レグルスやウィーネ、そして今年から参加するテレスティアなどといった実力者には勝てないだろう。
だが、出場した以上、一度でも勝利しておかなければ。
あんな黒髪に、負ける訳にはいかない。
災害指定個体を倒したなどと言われているが、どうせ誇張なのだ。
聞けばいつもテレスティア殿と共にいたというし、彼女の手柄を横取りしているのだろう。
「決勝戦に出るとか何とか言っていたが……お前はここで終わりだ、黒髪」
審判の声があがり、試合が開始された。
剣を構えながら、ハイシュは同時に魔術を発動させる。
ここまでで磨いた剣技と魔術で、身の程を嫌というほど教えこんでやる。
「Aランクだの何だのと随分と調子に乗っているが、その化けの皮、ここで剥がしてやる!!」
そう叫び、ハイシュはウルグに向けて走り出した。
観客たちは殆どがハイシュを応援している。
その期待に答えて、あの黒髪を無様に叩きのめしてやろう。
向かっていくハイシュに対して、ウルグは身動きしない。
「はは。ハイシュ殿に怖気付いて、身動きが取れないようですな」
「やはり災害指定個体を倒した、というのはデマだったようだ」
ウルグが怖気づいたと判断した貴族達が笑いあう中。
「はっ」
《剣匠》ジークは一人、彼らのものとは違う種類の笑みを漏らした。
(この黒髪を倒し、二回戦に出るとしよう。テレスティア殿には勝てないだろうが、彼女に負けても恥にはなるまい)
地面に這いつくばるウルグ、そしてテレスティアと良い勝負を繰り広げる自分。
その様を想像して口元を歪ませながら、ハイシュはウルグに向かって剣を振り下ろした。
「え?」
その時、ハイシュは気付く。
目の前のウルグが、まるで自分を見ていないことに。
まるで、遥か先を見通しているかのような――。
そして、
「――――邪魔だ」
次の瞬間、ハイシュは地に沈んでいた。
「な、ぁ……!?」
地面に這いつくばるハイシュには、何が起きたか分かっていなかった。
剣を振り下ろした瞬間、何故か自分が地面に伏していたのだ。
ウルグの一振りを受けたことにも気付かず、ハイシュは意識を失った。
「え……?」
「何が起きたんだ?」
一瞬でついた勝負に、多くの観客が困惑する。
武の心得がない者には、いきなりハイシュが倒れたようにしか見えなかったのだ。
それが見えていたのは、ジークを始めとした実力者。
「ほう……」
観戦していたタイレスや、国王などが感心したように言葉を漏らす。
冒険者や、騎士達もウルグの早業を見て、目を見開いていた。
その中で、遅れて審判が判定を下す。
「勝者――ウルグ!!」
こうして、聖剣祭・学生試合は幕を開けた。




