温泉と歓迎会
眩い光の奔流に流された後、健一が地面の力強さを感じた時には、既に魔法陣の光は消えていた。
周囲を見渡すと木や土で出来た壁の家々や、農作物を育てている畑がある。
傍らには森が広がり、その奥には山も見える。
転移してきた場所は家々の交差する村の広場だったようで、周囲には村民が立ち上がり健一達を見ていた。
その村民の集団の中に、自分達の学校の制服を着ているグループを見つける。
男子が二名に女子が二名、これに裕二を合わせて五名が初日脱出組なのだろう。
レイチェルは転移してきた全員へ視線を向けると、ニヒルな笑みを浮かべた。
「ようこそ、世俗から逸れたはぐれ村へ。お主らを歓迎しよう」
「……世俗から逸れた、はぐれ村?」
レイチェルの言葉に思わず問いかけた凜音に、レイチェルは笑みを浮かべて応える。
「いかにも。この村は世俗に塗れて生きるを良しとしない者、世俗から切り離された者が集まって村を成している。ある種の駆け込み修道院のようなものじゃ」
「なるほど、それで『はぐれ』村ね」
「そういう事じゃ。さて、早速で何だが、お主達の世界には風呂に入る習慣があると聞く。夕餉にもまだ時間はあるし、先に風呂でもどうじゃ。そこの森を10分程行くと温水が湧いておる」
レイチェルのその言葉に、ワッと女性陣が喜ぶ。
何せ風呂などあの森では入っておらず、毎日ペットボトルの水でタオルを濡らし身体を拭いていたぐらいだ。
色々あったし、風呂というのは大歓迎であった。
しかも温水が湧いているという事だから、天然温泉なのは間違いない。
健一達はレイチェルの誘導に従い、森の中へと入っていくのだった。
森から出てきてまた森の中か、とおも一瞬思ったがここの周辺、山道へと続く森は人の手がきちんと入っており整備されている。
地面の多少のでこぼこしか無いこの道は、安全な道である事を理解させてくれる。
暫く歩いて、ヒクリと鼻に香る独特のツンとした匂いが周辺に漂い出す。
「……これ、硫黄の匂い」
「温泉、温泉よやっぱり!!」
女性陣が硫黄の香りにきゃいきゃいとはしゃぎ出し、それをレイチェルが苦笑を浮かべつつ、それでも柔らかな笑みを向けていた。
「本当にお主らの世界の人間は風呂が好きなのだな。ここまで喜んでもらうと有難いわい」
「俺達の世界じゃ温泉地っていうのは観光名所だからね。やっぱり馴染み深いし嬉しいものがあるよ」
「そうかそうか、なら存分に楽しんでいってくれ。ほれ、あの掘っ立て小屋が着替え所じゃ」
レイチェルの指し示した所には平屋の小屋があり、その奥からは湯気がもうもうと出ている。
女性陣達とは別の入り口から健一は入場すると、内部はやはり男女で簡単に仕切りが作られていた。
健一は誰に憚ること無く豪快に服を脱ぎ捨てて真っ裸になると、温泉へと続く扉を開けた。
目の前には、石垣で作られた巨大な湯船と、雄大な自然が広がっていた。
「すげぇ、天然温泉すげぇ!」
硫黄の香りが立ち込める湯船から一掬いお湯を取り、香りを嗅ぐ。
ツンとした硫黄の香りと、ほのかに自然の草木の香りが健一の鼻を擽った。
「おっしゃー! 一番風呂ー!!」
パシャパシャと軽くかけ湯をした後で、健一が勢い良く湯船へと浸かる。
肩まで浸かり足を伸ばしても全く問題ないスペースのある湯船の中で、健一は久方ぶりのお風呂を楽しむ。
風呂の中にも仕切りがあり、女性陣は仕切りの向こうで嬉しそうにはしゃいでいるのが聞こえる。
きゃっきゃとはしゃぎながら湯船に浸かっているだろう面々に、思わず笑顔を浮かべる。
あの過酷な森の中での生活の疲れが全て、今浸かっている温泉の湯に溶け出しているような気になった。
「中本さーん、石鹸いりますかー?」
「おー、石鹸くれー!」
「はーい! 投げますよー!?」
女子風呂から声をかけられた健一が返事を返すと、上を飛んで新品の石鹸が湯船へと飛んでくる。
それを着水寸前にキャッチした。
「受け取ったー! サンキュー!」
「いいえー」
早速受け取った石鹸で身体や頭を洗おうかな、と湯船から半身を上がらせた所で、ふと自分の身体を見てみる。
そこには細身ながらもくっきり割れている胸板やボコボコとシックスパックになっている腹筋が目に入る。
試しに力瘤を作ってみると、黄金の腕が輝き見事な上腕二頭筋を披露してくれた。
何だか、レベルアップその他の要因で身体が作り替えられているような気がしたが、これのお陰で生き残る事が出来たのだから良いだろうとプラスに考える。
一旦湯船から上がり、健一は石鹸を泡立てて身体を擦り始める。
初めはこびりついた垢などで上手く泡立たなかった全身だが、何度も掛け流し、また洗う事でつやつやの肌になったと思う。
そうして続いて頭を洗っている時に、健一の背後のほうでガラリと扉の開く音がした。
「お、居るな。生き残りのボウズ」
「んあ? 誰だ? ていうか頭洗ってる時声かけんなよ、目ぇ瞑ってるんだから!」
「おう、悪い悪い。気にせず頭を洗っちまってくれ」
背後の気配はそう言うと健一の横を通り、湯船へと遣っていく。
それを確認してから頭を流して前を見ると、そこには筋骨隆々の壮年の男が居た。
白髪交じりの短髪に鳶色の瞳、見える胴の左肩から斜めに大きな傷が見受けられる。
歴戦の戦士を思わせるその男は、健一の視線に気付きザバッと湯船から手を上げた。
「おう、改めてだな。俺はガナード、はぐれ村の自警団長兼冒険者って奴だ」
「俺は中本健一、今日地獄に一番近い島から脱出してきたメンバーの一人だ」
「知ってるぜ。ユウジが言ってたからな。それにその身体を見りゃ分かる。随分と荒波に揉まれた身体してやがるからな」
健一が再び湯船へ戻ると、ガナードが間を空ける。
そこへ泳ぐように移動すると、健一が気になった単語を聞いてみた。
「自警団? 村にはそんなもんがあるのか」
「あぁ。はぐれ村は一応国に属しちゃいるが、管理外だ。村長が開拓した場所に入植者が集まってできた村だから国の騎士団やなんかは駐屯しちゃいない。それだと犯罪やらなんでもやり放題になっちまうから、俺達で自警団を組織した。ま、尤もはぐれ村に居る奴はどいつもこいつも癖のある奴だからな、殺人以外じゃ俺達の出る幕は無い。専ら森のモンスター退治が仕事みてぇなもんだ」
「へぇ……おっさんは何ではぐれ村に?」
「俺ぁ元々とある国の騎士団に所属してた。大隊長になったはいいが、そこで上層部の腐敗を目の当たりにしてな。内部告発をしたら組織が一新されたが俺の居場所も無くなったって訳よ。そんで冒険者としてやり直した所ではぐれ村の噂を聞いてな。国に居場所も無いっつんで嫁と一緒に来た訳よ」
「へぇ、色々あるもんだなぁ……」
「おう、男の一生にゃあ色々あるもんよ。俺も、お前さんもな」
そういうガナードはニヒルな笑みを浮かべ、健一を見ていた。
そんなガナードに、健一は困ったような笑みで返す。
お互いぎこちないながらも笑みを浮かべた二人の影へ、囲いの外から声が響く。
「ケンイチ! わしらはもう出るぞ。お主もそろそろ出てきとくれ」
「わかった!!」
「それじゃ、俺もあがるかな。この後は歓迎会だからな」
ガナードの言葉に健一が驚く。
歓迎会が開かれるなど、聞いていなかった。
「そんな、なんか申し訳ないな。助けてもらった上に歓迎会なんて」
「まぁお前さん等の心を慰撫する飲み会ってやつよ。随分と酷い目にあったみたいだからな」
「そっか。うん、それは有難い」
「おう、有りがたく楽しんでいってくれよな」
ガナードの爽やかな笑みに、健一も笑みを浮かべて返した。




