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【書籍化】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる(Web版)  作者: 合澤知里
続編

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18.ネーロ国国民

(後もう少し……)


 バァン!!


 集中しておまじないを描いていたら、突然部屋の扉がノックもなく勢いよく開かれた。ビックリした私は手を止めて振り返る。


「この女!! てこずらせやがって!!」


 大声で怒鳴りながら、ズカズカと無遠慮に入って来たのはヴァンスだ。後ろに先程の男の人達が、戸惑ったような表情を浮かべながらこちらを窺っている。


「何をしている!? お前が一日に作れる魔札は、十枚までじゃなかったのか!?」

 私の手元を見て、ヴァンスが声を荒らげる。


「翌日の体調に影響せずに作れる枚数が、十枚までってことよ。明日作れる枚数が減ることになるけれど、作ろうと思えばもう少しだけ作れるわ」

 おまじないを早く描き上げたいのに、流石にこの状況では集中できず、私はヴァンスを睨みながら答える。


「貴重な魔札を何に使うつもりだ!? 魔獣からやっとの思いで取り戻した国土を守るためにも、今は魔獣排除の魔札が一枚でも多く必要だというのに、平民の怪我の治療如きに魔札を作るつもりか!?」


(『平民の怪我の治療如き』ですって!?)

 ヴァンスの言葉に、私は苛立つ。


「その通りよ。私は大怪我した人を、このまま放っておけないわ!」

「ふざけるな!! そんなことは認めない! お前はただ魔獣排除の魔札だけを作り続けていればいい! 余計なことは一切するな!!」

 ヴァンスのあまりにも傍若無人な態度に、私もついに堪忍袋の緒が切れた。


「ふざけているのはどっちよ!? 無理矢理私とアガタさんを誘拐してきて、おまじないを強要して、挙句の果てには奥さんと子供もいるのに、私をベッドに引きずり込もうとするなんて!! 貴方みたいな最低な人になんて、従う義理はないわ!!」

「何だと!?」

「私はヴェルメリオ国で、キンバリー辺境伯領で、セス様と皆と幸せに暮らしていたのに! 貴方は私の生活を全て壊しておいて、守るべき国民さえ見殺しにしようと言うの!? 貴方みたいな人は、絶対に国王に相応しくないわ!!」

「貴様ァ!!」


 ヴァンスが殴りかかってきて、私は思わず目を瞑る。


 バキイィィィン!!


 三度氷の壁が現れて、私は目に涙を浮かべて胸を撫で下ろした。


(セス様……! いけない、頭に血が上ってしまったわ。セス様の魔石の効果を無駄に使ってしまう訳にはいかない。冷静にならないと……)


「クソ!! おい! この女を捕らえろ!!」


 ヴァンスに命令されて、男の人達が狼狽えた様子を見せながら、部屋に入ってきた。だけど、狭い部屋に出現した氷の壁に阻まれて、私の所までは辿り着けない。


「貴方達は、どうしてこの男に従うんですか?」

 私は男の人達を見据えて問いかける。


「私は貴方達の仲間を助けたくて、治癒のおまじないを作っている所なんです。それを邪魔して、仲間を見捨ててまで、どうして従うのですか?」

「……それは……」


 男の人達は、顔を見合わせて口ごもる。彼らを見渡していたら、いつの間に来ていたのか、扉の外からこちらを窺っているブルーナさんに気付いた。部屋の外は暗いのでよく見えないが、戸惑ったような表情をしているように見える。


(……?)


「……私達は、隣国に居場所がなかったのです」


 私がブルーナさんに気を取られていると、黙り込んでいる男の人達の後ろから、初老の男性がゆっくりと進み出てきた。私は気を取り直して、彼を正面から見据える。


「ネーロ国が魔獣に襲われたあの日、私達は国を捨てて命からがら逃げ出し、大勢の犠牲者を出しながら、何とか生き残って隣国に辿り着きました。ですが、着の身着のままで逃亡してきた私達は、住む場所にも食べる物にも、すぐに困るようになり……。何とか仕事を恵んでもらって、必死で働きましたが、慣れない土地や習慣になかなか馴染むことはできず、あの時魔獣が襲ってさえこなければと、望郷の念に駆られるばかりでした」

 初老の男性が静かに語る中、皆沈痛な面持ちをしていた。


「貧相ではありましたが、親兄弟や友人との思い出が詰まった、住み慣れた土地が恋しくて、皆国に戻りたがっていました。魔獣さえいなければ、すぐにでも国に戻りたい。犠牲になった人達の、骨の欠片でもいいから、何とか見つけて供養してやりたい。陛下は、そんな私達の思いを汲んでくださったのです。生き残ったたった一人の王族として、常に私達を導き、希望を与え続けてくださり、何年もかけて膨大な量の魔札を作られました。そして、遂にネーロ国の土地に棲みついていた魔獣を追い払い、私達を故郷に戻してくださったのです。サラ様には申し訳ないと思っておりますが、私達は生き残ったネーロ国国民として、ネーロ国の再建を目指されている陛下のために、少しでもお力になりたくて、ここに留まっているのです」


(……意外と、この人達には慕われているのかしら)


 考えてみれば、国土を占拠している魔獣を全て追い払うためのおまじないを、たった一人で描き上げるとなると、どれだけ長い時間と労力が必要だったのだろうか。私から見れば最低最悪の男だけれど、この人達からしてみれば、国を再建しようとありとあらゆる手段を用いて奮闘する、支えるべき国王なのかもしれない。


(手段は問題だらけだけれど。私を誘拐して脅迫するわ、人の命よりもおまじないを優先するわ……)

 最悪な印象は変わらないが、ヴァンスに対する見方が、ほんの少しだけ、変わった気はする。


「……そうですか。聞かせてくださって、ありがとうございます」

 私は初老の男性にお礼を言い、氷の壁を挟んでヴァンスに向き直る。


「明日もきっちり十枚、魔除けのおまじないを描き上げるわ。それなら、今治癒のおまじないを描き上げてしまっても、問題はないでしょう?」

「……本当に十枚描けるんだろうな?」

「ええ。約束するわ」

「チッ……。いいだろう」


 ヴァンスは舌打ちしながらも、治癒のおまじないを描くことは認めてくれた。それならばと、私は再び机に向かい、おまじないの続きを描き始める。ヴァンスは明日の分のおまじないが確約されて興味を失ったのか、扉の外にいたブルーナさんを促して、部屋から立ち去っていった。


 暫くして、私は治癒のおまじないを作り終えた。

 どうやって氷の壁の向こうにいる人達に渡そうか、と思いながら、そっと氷の壁に触れる。すると、氷の壁から白い煙が上がり、ゆっくりと蒸発していった。


「あの、これを怪我された方に」

「は……はい! ありがとうございます!!」


 おまじないを手に走り出す男の人の後を、他の人達と一緒になって、私も追いかける。小さな部屋に駆け込んだ男の人は、ベッドに横たわる人の頭に巻かれた包帯を緩め、おまじないを固定して包帯を巻き直した。


「サラ様、ありがとうございます! これで、きっと大丈夫です!!」

「そうですね。良かったです」


 今までの経験上、明日にはきっとこの人は意識を取り戻すだろう。心なしか怪我をした男性の表情が安らいだことに安堵しつつも、流石に疲労を感じた私は、自分の部屋に戻ってベッドに潜り込んだのだった。

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