Quest10:冒険の準備を整えよ【前編】
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朝、マコトは欠伸を噛み殺しながら部屋を出た。
「兄貴、おはようございますッス」
「ああ、おはよう」
フェーネが元気に挨拶をしてきたので、挨拶を返してワシワシと頭を撫でる。
マコトが歩き出すと、嬉しそうに後を付いてきた。
借金の件を恩義に思ってくれているようだが、驕ってはならない。
理不尽なことを要求すれば感謝の気持ちなど簡単に消し飛んでしまう。
二十年前のことを思い出す。
入社当時は自分を採用してくれた社長に感謝の念を抱いていたが、一年が経つ頃にはそんな気持ちはなくなっていた。
人間なんてそんなものである。
「旦那、おはようございます」
「おはよう」
階段の中程でシェリーと挨拶を交わす。
「飯は?」
「もう少し待って下さい」
何が面白いのか、シェリーはクスクスと笑った。
カウンター席に座ろうとしたその時、ユウカが下りてきた。
低血圧なのか、普段の二割増しくらいで目付きが悪い。
「おはようございます」
「……おはよう」
ユウカは不機嫌ですと言わんばかりの口調でシェリーに挨拶を返した。
「おはようございますッス、姐さん」
「……誰、こいつ?」
「もう少し取り繕えよ」
どうして、全方位に喧嘩を売るような真似をするのか。
マコトがユウカくらいの時分にはもう少し周囲に気を遣っていたと思う。
「で、誰?」
「ダンジョンで会ったトムだよ」
「フェーネって表示されてるわよ?」
ステータスを見ているのだろう。
ユウカは目を細めて言った。
「フェーネがトムなんだよ」
「は?」
つっけんどんな口調にイラッとしたが、ここで怒っても仕方がない。
「フェーネはフォックステイルって種族で外見やステータスを誤魔化せるんだよ。百聞は一見にしかずだ。フェーネ、見せてやれ」
「分かったッス」
ハッ! とフェーネが叫ぶ。
すると、ボムという音と共に煙が立ち上った。
煙が晴れると、そこにはトムが立っていた。
「……ステータスの名前がトムに変わったわ」
「信じてくれたか?」
「そりゃね」
ユウカは軽く肩を竦めた。
「もういいぞ」
「ハッ!」
再び煙が立ち上り、フェーネに戻る。
「ご飯は?」
「もう少し待って下さいね」
ふぁ~い、とユウカは返事をする。
「飯ができるまで今後について話そうぜ」
マコトがテーブル席に着くと、ユウカは正面、フェーネは隣の席に座った。
「で、何から話すの?」
「そうだな」
マコトは腕を組んだ。
冒険者として生きていくのは確定事項なので、どんな風に活動するかを話し合うべきだろう。
しかし、もっと重要な議題がある。
「報酬の分配方法についてだな」
「よりにもよってそれなの?」
「まずはここからだろ」
報奨金の件をすっかり忘れているようだ。
「俺は、金の遣り取りは命の遣り取りだと思ってる」
「言いすぎじゃない?」
「人間は金で裏切るし、殺し合うことだってあるんだぜ。俺だって金のことを話し合うのは好きじゃねーけど、なあなあで済ませていいとは思ってねーよ」
「……そうね」
ユウカは神妙な面持ちで頷いた。
「どんな風に分配するつもりなの?」
「報酬はキッチリ三等分だ」
「役割で負担が違ってくると思うんだけど?」
ユウカが視線を向けると、フェーネは申し訳なさそうに肩を窄めた。
戦闘面に関して言えばそれほど頼りにならないだろう。
しかし、マコトがフェーネに求めているのは知識と技術だ。
この二つで貢献してくれれば戦闘で役に立たなくても構わない。
「アンタはそれでいいの?」
「俺は三等分で構わない。つか、そうでなけりゃ三等分なんて言い出さねーよ」
「それもそうね」
そう言って、ユウカは思案するように腕を組んだ。
提案を受け入れた時のデメリットを考えているのだろう。
「……提案を受け入れなかった時は?」
「一緒に仕事をすることはできないってだけだ」
「選択肢がないじゃない」
「条件を呑むか、呑まないかの選択肢があるだろ」
ユウカは不満そうに唇を尖らせたが、チームを組むための前提条件なのだから呑んでもらうしかない。
「この三等分ってのはずっとなの?」
「新しいメンバーが加わりゃ頭数で割る」
「規模が大きくなったら?」
「その時に話し合えばいいだろ」
「……」
ユウカは腕を組んだまま唸る。
「念のために言っておくが、条件は変えねーからな」
「分かってるわよ!」
ユウカはムッとしたように言い返してきた。
「……アンタのメリットって何?」
「できるだけ公平な条件にして揉め事を避けたい」
明らかに不利な条件を呑むことで主導権を握りたいと考えてはいるが、まるっきり嘘という訳でもない。
ユウカは長い沈黙の後で口を開いた。
「…………分かったわ」
「あとで文句を言うのはなしだぞ」
「分かってるわよ! 報酬は三等分でいいわよ!」
ユウカに怒鳴られ、肩を竦める。
「フェーネ、三人の共同口座を作ることはできるのか?」
「共同口座を作って、報酬を振り込むってことッスね。できるッスよ」
「そいつはラッキーだ」
これで討伐や依頼をこなすたびに残高を確認しなくて済む。
「これでチーム結成と言いたい所なんだが……」
「まだ何かあるの?」
「ああ、情報収集についてだ。これはフェーネに頼ることになるんだが、情報がただで入手できるのか疑問に思ったんだ」
個人的にはそんなことはないだろうと思う。
フェーネはダンジョンを探索することで生計を立てていたと言っていたからだ。
「情報を買う必要があるんなら自腹を切らせる訳にはいかねーだろ。で、どうなんだ?」
「場合によるッス」
「そりゃ、場合によるだろうけどよ」
マコトはこめかみを押さえた。
「情報を買った時に領収書を切ってくれればいいんだけどな」
「一緒に行けばいいじゃない」
「……一緒にか」
ユウカの言う通り、立ち会えば問題ない。
しかし――。
「情報を売り買いする時は一対一じゃなくても大丈夫なのか?」
「禁制品の取引をする訳じゃないから大丈夫ッスよ」
どうやら、考えすぎだったようだ。
「これでチーム結成ね」
「ああ、ようやく本題に入れるな」
マコトは居住まいを正した。
「俺達の目標はヴェリス王国の騎士団を上回る組織になることだ」
「うん、まあ、そうよね」
ユウカが同意し、マコトは内心胸を撫で下ろした。
ここで『目的は復讐よ!』と言われたら困る。
個人と組織の目標は切り分けて考えるべきだ。
「騎士団ッスか?」
「まんま騎士団って訳じゃねーけどな」
「……兄貴はでっかいッスね」
「でっかいのは夢だけだけどな」
マコトが苦笑しながら答えると、フェーネは目を輝かせて言った。
その姿に罪悪感を刺激される。
今後はスローライフを送るのが夢だと言わない方がいいかも知れない。
チラリとカウンターを見ると、シェリーが微苦笑を浮かべていた。
「千里の道も一歩から、つーことで最初はAランクの冒険者を目指す。俺とユウカはEランクなんだが、フェーネはどうだ?」
「……おいらはDランクッス」
フェーネは申し訳なさそうに言った。
きっと、多額の借金を背負っていたせいでランクがなかなか上がらなかったのだろう。
「Dランクだとどんな依頼を受けられるんだ?」
「薬草の採取とか、素材集めくらいッスね」
「塩っぱいわね」
ユウカが吐き捨てるように言った。
「ここから積み上げてくんだよ」
「分かってるわよ」
ユウカはそっぽを向いた。
「飯を食ったら共同口座を作りに行って、依頼を受けて……装備を整えるか」
「装備って買ってきたばかりでしょ?」
「俺じゃなくてフェーネの装備な」
「……あの、兄貴」
手持ちがないことを心配しているのか、フェーネがおずおずと声を掛けてきた。
「金のことは心配するな。俺が出してやる」
「嘘!?」
「お前は自分で買えよ」
「わ、分かってるわよ。言ってみただけじゃない」
チェッ、とユウカは可愛らしく舌打ちした。
「その、兄貴にそこまでしてもらう訳にはいかないッス」
「勘違いすんな。これは投資だ」
「投資ッスか?」
フェーネが驚いたように目を見開く。
「上を目指すためにはお前の強化が必要だと判断したんだ」
「分かったッス! 兄貴の期待に応えられるように頑張るッス!」
感動しているのか、フェーネは目を潤ませながら言った。
「朝食ができましたよ」
タイミングを計っていたのか、シェリーがテーブルの上に料理を置いた。





