Quest39:王都に向かえ その14
夢を見ている。
最初は七悪を倒した後に見る他人の人生を追体験する夢だと思ったが、どうも違うようだ。
というのもいくら待っても夢が始まらないのだ。
せめて何か見えれば暇を潰せるのだが、視界は闇に閉ざされている。
「どうするんだよ、これ」
マコトが思わずぼやくと、闇が薄れた。
いや、闇の中に何かが浮かび上がったというべきか。
正直にいえば近づきたくない。
だが、こうしていても埒が明かない。
仕方がなく歩み寄る。
近づいて初めてそれが何なのか理解する。
それは人間だった。
だが、それ以上のことは分からない。
こちらに背を向けて座っている上、姿がぼんやりしているのだ。
朧月だってもっと自己主張している。
「おい……」
「……」
声を掛ける。
だが、その人物――七悪はこちらに背を向けたままだ。
ふと七悪が蝸牛の姿だったことを思い出す。
学者ではないので蝸牛の生態は分からない。
だが、少なくとも蝸牛に働き者というイメージはない。
さらに戦闘スタイルやこちらをガン無視していることを踏まえると怠惰という気がする。
う~ん、とマコトは唸った。
これまでは夢を見終わると自然に目を覚ましていたが、この場合はどうすればいいのだろう。
夢の中で戦えばいいのだろうか。
そんなことを考えていると、七悪の姿が薄れ始めた。
そして――。
「面倒臭ぇ……」
七悪はぽつりと呟いて消えた。
※
マコトがゆっくりと目を開けると、天井が見えた。
自分の部屋――『黄金の羊』亭の天井だ。
視線を巡らせる。
どうやらベッドに横たわっているようだ。
手に力を込めると指が動いた。
足も同様だ。
うん、問題なさそうだ。
それにしても――。
王都に向かっていたはずなのに、どうして『黄金の羊』亭にいるのだろう。
そんな疑問が脳裏を過るが、ほぼ同時に回答も脳裏を過る。
というか、ユウカの姿が脳裏を過った。
どれくらい眠っていたのか分からないが、七悪を倒した後は数日間寝込むのが常だ。
介護が面倒臭いと考えて――。
もとい、動けない人間を連れての旅は危険と判断して『黄金の羊』亭に運び込んだに違いない。
合理的な判断だが、釈然としない。
そんなもやもやした気持ちを抱いて天井を見上げていると、ガチャという音が響いた。
扉が開く音だ。
体を起こす。
すると、シェリーが通路から出てくる所だった。
「旦那、目が覚めたんですね」
「ああ、お陰様で……」
心配していたのだろう。
シェリーは足早に歩み寄り、イスに腰を下ろした。
「俺は――」
「道中でトラブルがあったとかでユウカさん達が運んできたんですよ」
シェリーはマコトの言葉を遮って言った。
「ユウカは他に何か言ってたか?」
「後始末はこっちでするとか何とか言ってましたけどね。意識不明で戻ってくるんですから生きた心地がしませんでしたよ」
「悪ぃな。心配ばかりさせて」
「ホントですよ」
そう言って、シェリーは拗ねたように唇を尖らせた。
でも、と続ける。
「だからって冒険者を辞めるつもりはないんですよね?」
「他に割のいい仕事がありゃいいんだが……」
「地道に働くって発想はないんですね」
「地道に働いても早期リタイヤはできそうにないからな~」
「旦那は冒険者気質なんですねぇ」
「そういう訳でもないんだが……」
シェリーが呆れたように言い、マコトは口籠もりながら反論する。
「じゃあ、どういうつもりなんです?」
「俺自身は安定した人生を送りてーし、安定こそジャスティスって思ってるんだが……」
「安定した人生こそジャスティス……」
シェリーが鸚鵡返しに呟く。
鸚鵡返しに呟くのはそっちなのかと思わないでもない。
「どうも安定した人生が俺を嫌ってるらしい」
「考えすぎじゃありませんか?」
「そうか?」
「そうですよ」
否定しきれない部分があったのか、シェリーは微妙に顔を背けていた。
ともあれ――。
「しばらくのんびりしてーな」
「それは無理かも知れませんねぇ」
マコトの言葉にシェリーは溜息交じりに応じた。
当然、いい予感はしない。
ややあってドタバタという音が聞こえた。
誰かが近づいているようだ。
音がぴたりと止み、バンッという音が響く。
扉が開く音だ。
ますます嫌な予感がする。
体を起こすと、ユウカが通路から出てきた。
予感が的中した。
思わず溜息を吐く。
すると――。
「なんで、溜息を吐くのよ!?」
「飲み物を持ってきますね」
ユウカが声を荒らげ、シェリーが立ち上がった。
そのまま部屋を出て行く。
当然のことながら部屋にいるのはマコトとユウカだけだ。
「なんで、溜息を吐くのよ?」
「座ったらどうだ?」
「言われなくても座るわよ」
ふん、とユウカは鼻を鳴らし、どっかりとイスに腰を下ろした。
「それで、俺が眠っていた間に――」
「待った!」
ユウカはこちらに手の平を向けて言った。
「マコト、世の中には順番というものがあるわ」
「分かった。先に話せ」
「分かってもらえて嬉しいわ」
そう言って、ユウカは居住まいを正した。
こほん、と咳払いをする。
「なんで、溜息を吐いたのよ?」
「吐いてねーよ」
「嘘よ! マコトは絶対に溜息を吐いたわ。これは、あれね、あれ、あれ……」
ユウカは『あれ』を繰り返し、そっと顔を背けた。
頬がほんのり上気している。
「何を考えてるんだよ。このむっつりスケベが」
「誰がむっつりスケベよ! マコト達がこそばゆい雰囲気を醸し出してるのが悪いんでしょ! 自分の娘くらいのシェリーに欲情して――この変態!」
「そこまで離れてねーよ」
「十五歳くらいで親になればいいじゃない」
「金●先生かよ」
「そのたとえは現代っ子には通用しないわ。まあ、金●先生は学校ものだから中学生で妊娠&出産みたいなエピソードがあったんでしょうけど」
「通じてるじゃねーか」
「それはそうよ」
マコトが突っ込むと、ユウカは髪を掻き上げた。
勝ち誇ったような態度だ。
「なんで、勝ち誇ってるんだ?」
「マコトの――おっさんトークを理解できるのはあたしが優れた洞察力の持ち主だからよ。自分の才能が怖いわ」
「世渡りの才能があれば完璧だったのにな」
「それね!」
ユウカはマコトを指差して言い、ハッとしたような表情を浮かべた。
「いや、違うから。あたしはすでに完璧だから」
「その割に滅茶苦茶いい顔してたぞ」
「嘘!?」
「お前には芸人の才能があるよ」
「そうかしらって? って誰が芸人よ! せめて、女優っていいなさいよ!」
ユウカは満更でもなさそうな表情を浮かべ、ぐわっと身を乗り出して叫んだ。
手の甲で何もない空間を叩く動作を合間に入れるあたり芸が細かい。
「女優は顔芸をしねーんだよ」
「これだからおっさんは。女優が顔芸をしないなんて認識が古いわ。昭和脳ってヤツね」
「最近の女優は顔芸をするのか」
「ちょっと昭和脳に突っ込みはない訳?」
「お前が勢いで使った造語だろうから無視した」
「そうだけど! 一応、突っ込みを入れるのが礼儀ってもんでしょ?」
「俺は芸人じゃねーんだよ。それで、最近の女優は顔芸をするのか?」
「するんじゃない? あまりテレビを見ないから知らないけど」
「知らねーのかよ。それでよく俺をおっさん呼ばわりできるな」
「仕方がないじゃない。マウントを取りたかったんだから」
「そりゃ仕方がねーな。って、んな訳あるか」
「マコトも芸人気質ね。社畜より芸人を目指した方がよかったんじゃない?」
「別に社畜を目指していた訳じゃねーよ」
「マコト、人間はなりたいものになるのよ」
「ってことはお前も――」
「待った!」
ユウカは手の平をこちらに向けて言った。
「あたしはぼっちじゃなくて孤高だから」
「同じだろ」
「勝手にそうなったのと自分で選んだのとじゃ違うわよ」
ふ~ん、とマコトは相槌を打った。
傍から見ればどっちも同じような気がする。
それに口ぶりから考えるにユウカもそれを自覚しているようだ。
まあ、四六時中ぼっちの自分と向き合わなければならないのだから気分は大事か。
あたしはぼっちじゃないと突っ張っている想像をすると、先程の金●先生の話ではないが、ごめんな~、先生、気付いてやれなくてという気分になる。
「それで、俺が――」
「待った! まだ溜息を吐いた理由を聞いてないわ」
「のんびりしてーなって思ってたんだよ」
「――ッ!」
マコトが溜息交じりに言うと、ユウカはぎょっと目を剥いた。
「何だよ?」
「三日も寝てたくせにまだのんびりするつもりなの? マジで最悪ね」
「三日も昏睡したヤツをもう働かせるつもりなのか? マジで最悪だ」
「誰が最悪よ!」
「二人とも元気ですねぇ」
ユウカが立ち上がって叫ぶと、シェリーが戻って来た。
手にトレイを持っている。
こちらにやって来てサイドテーブルにトレイを置く。
トレイの上にはグラスが二つあった。
ユウカはグラスを手に取り、ぐびぐびと中の液体を飲み干した。
プハーッと息を吐く。
「ありがとう、美味しかったわ」
「どういたしまして」
ユウカはどっかりとイスに腰を下ろした。
「それで、俺が――」
「待った!」
「またかよ」
「言ったでしょ? 物事には順番があるのよ」
またしても言葉を遮られ、思わずぼやく。
すると、ユウカはしれっと言った。
「で、今度は何だよ?」
「マコト、仮面●イダーを知ってる?」
「ブラックとRXは世代だな。どっちも最終回は見逃したが……」
「平成ライダーは?」
「殆ど見たことねーな。ああ、でも、映画は見たな。あとYouTubeとかで」
「ならいいわ」
ユウカはにんまりと笑った。
なんで、笑ってるんだ? と思ったが、口にはしない。
「で、俺が眠ってる間に何かあったか?」
「特に何もなかったわよ」
「は!?」
マコトは思わず聞き返した。
七悪はそれ自体が森と思える規模で枝を伸ばしていた。
何もなかったとは思えないのだが――。
「衰弱した人間が沢山見つかったり、あの蝸牛――というか七悪? の根元から人間や動物の骨がごろごろ出てきたけど」
「大事じゃねーか!」
「いきなり大声出さないで。びっくりするじゃない」
「俺は特に何もなかったで済ませようとするお前にびっくりなんだが……」
ユウカが眉間に皺を寄せて言い、マコトは体を起こした。
「フェーネも、リブも、クリスティンも無事だったんだからいいじゃない。ああ、あと護衛の騎士も無事だったわ」
「フジカが抜けてるぞ」
「うっかりしてたわ。フジカも無事だったわ」
ユウカはペシッと額を叩いて言った。
「それにしても骨がごろごろ出てきたってのにお前は……」
「失礼ね。あたしだって人間や動物の変死体、もとい、骨がごろごろ出てきた時にはびっくりしたわよ。あたしが犯人にされたらどうしようって」
「清々しいほど自分本位だな」
「けど、クリスティンがあれやこれや頑張ってくれてお咎めなしだったわ」
「あれやこれや……」
「ええ、あれやこれや」
マコトが鸚鵡返しに呟くと、ユウカは何故か満足そうに頷いた、
「で、無事に王都に着いたから迎えに来たって訳よ」
「もうちょっとのんびりしたいんだが……」
「駄目よ」
「ちょっとくらいいいじゃねーか」
「騎士団長から呼び出しを喰らってるから駄目」
「ルークが?」
「きっと、八百長の申し出よ。あたしには分かるわ」
「そんな訳……」
ないだろと言いかけて口を噤む。
「ありそうだな」
「そうよね!? マコトもそう思うわよね?」
小さく呟くと、ユウカは身を乗り出して言った。
「何かあったのか?」
「皆に否定的なことを言われたのよ」
よほど口惜しかったのか、ユウカは拳を震わせて言った。
その姿を見ていると、意識不明だったとはいえ一人にして申し訳なかったな~という気になる。
「仕方がない。行くか」
「そう来なくっちゃ!」
マコトが溜息交じりに言うと、ユウカは手を打ち鳴らした。
「けどよ――」
「分かってるわ。あたしも……」
ユウカは口籠もり、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「お、お邪魔虫になるつもりはないし。そこら辺で時間を潰すのも吝かじゃないわ」
「俺はシャワーを浴びたかったんだよ、このむっつりスケベが」
「だ、誰がむっつりスケベよ!」
ユウカが顔を真っ赤にして叫ぶと、パンパンという音が響いた。
シェリーが手を打ち鳴らしたのだ。
それで冷静になったのか、ユウカはイスに座り直した。
「私はシャワーを浴び終えたらすぐに食べられるようにご飯の準備をしてきますね」
「すまねーな」
「えらい人の呼び出しを無視する訳にもいきませんからね」
シェリーは溜息交じりに言うとユウカの肩に触れた。
「どうしたのよ?」
「旦那はシャワーを浴びるんですよ?」
「…………ああ、そういうことね。分かったわ」
ユウカはかなり間を置いて頷いた。
イスから立ち上がり、シェリーと共に部屋を出て行く。
「面倒臭ぇことになりそうだな」
マコトはぼやき、ベッドから下りた。





