【幕間8:タテイ・タケシ】後編
「盾撃ッ!」
タケシは爆発的な加速を得て、盾ごとスケルトンに突っ込んだ。
盾撃を喰らい、スケルトンが吹っ飛ぶ。
スケルトンは壁に叩き付けられ、耳障りな音と共にバラバラになった。
倒したようだ。
だが、安心するのはまだ早い。
盾を構え、壁際に退避する。
壁を背に視線を巡らせる。
敵の姿はない。
バラバラになった骨が地面に散乱しているだけだ。
小さく息を吐き、倒したばかりのスケルトンを見下ろす。
緩みそうになる口元を必死に引き締める。
自分が強くなったことに対する喜びはもちろんある。
だが、それ以上に目的――ボスに近づいている実感が気分を高揚させていた。
今の状態でボスと戦えるだろうか? と自問する。
怪我はない。
疲労も無視できるレベルだ。
水薬もまだある。
精神状態は言わずもがな。
「……俺は戦える」
タケシは小さく呟き、リュックを背負って歩き出した。
真っ直ぐ通路を進む。
だが、それだけのことが難しい。
気持ちが逸ってしまい、どうしても歩調が速くなる。
それで歩調を落とすのだが、気が付くと歩調が速くなってしまっている。
そんな自分に苛立ちながら通路を抜けると、そこは広い空間だった。
中央には祭壇が設けられ、その前には鎧を身に纏ったスケルトンが立っている。
ボロボロの革鎧ではない。
板金鎧だ。
さしずめスケルトンナイトといった所か。
あれがボスだろう。
足を止め、リュックを下ろす。
幸い、スケルトンナイトは祭壇の前から動こうとしなかった。
タケシは斧と盾を構え、摺り足でスケルトンナイトに近づく。
だが、半ばまで距離を詰めてもスケルトンナイトは動こうとしない。
さらに距離を詰めるが、動こうとしない。
どうする? とタケシは自問する。
一気に距離を詰めるべきか、それともこのまま摺り足で近づくべきか。
答えが出るよりも早くスケルトンナイトがこちらを見る。
足が止まり、どっと汗が噴き出す。
「くッ――うぉぉぉぉぉッ!」
タケシは雄叫びを上げてスケルトンナイトに突っ込んだ。
スケルトンナイトはこちらに気付いている。
ならば先制すべきだ。
一撃入れられればそれだけ有利になる。
そう考えてのことだ。
スケルトンナイトが剣を振り下ろす。
「衝撃反転ッ!」
攻撃を跳ね返すべく技を使う。
だが、攻撃を跳ね返すことはできなかった。
スケルトンナイトがぴたりと動きを止め、脇に回り込んできたのだ。
目を見開く。
まさか、アンデッドがフェイントを使うとは思わなかったのだ。
どうして、こんなことができるのか。
いや、考えている時間はない。
「こなくそッ!」
タケシは盾をスケルトンナイトに向けた。
まだ盾は光に包まれている。
攻撃を跳ね返せるはずだ。
だが、スケルトンナイトは攻撃を仕掛けてこなかった。
光が消え、スケルトンナイトが剣を振り下ろす。
くッ、と小さく呻く。
フェイントを使ったばかりか、状況判断までしてくるとは。
流石は試練の洞窟のボスだ。
とはいえ、攻撃を仕掛けてくるまでに間があったのは幸いだった。
お陰でこちらも体勢を立て直せた。
タケシは横に跳んで攻撃を躱し、斧を振り下ろした。
甲高い音が響く。
スケルトンナイトが剣を振り上げて斧を弾いたのだ。
すさまじい衝撃だ。
堪えきれずによろめく。
その隙をスケルトンナイトは見逃さない。
剣を引き戻して突きを放つ。
盾で突きを受ける。
耳障りな音が響く。
剣が盾の表面を削る音だ。
凌ぎきった。
そう考えた次の瞬間、すさまじい衝撃がタケシを襲った。
スケルトンナイトが体当たりを仕掛けてきたのだ。
辛うじて、いや、運よく足から着地し、タケシは盾を構えた。
「強ぇ……」
思わず呟く。
このスケルトンナイトは強い。
にもかかわらず笑みがこぼれる。
自分は戦えている。
数日間の経験が活きているのだ。
ダンジョンに挑んでよかったと思う。
もし、コウキの言う通りにしていたらこれほどの高みに至ることはできなかっただろう。
不意に屈辱の――フトシに敗北した記憶が甦る。
斧を持つ手に力を込める。
ここで勝利を収めても屈辱の記憶からは逃れられない。
ことあるごとに甦り、臓腑を抉られるような痛みをもたらすだろう。
だが、元の世界に戻ることができれば通過儀礼だったと納得できるようになるはずだ。
タケシは静かに息を吐いた。
余分な熱が放出される。
適度な熱――闘争心を保ったまま冷静さを取り戻すことができた。
「――ッ!」
鋭く息を吐き、大地を蹴る。
すると、スケルトンナイトが剣を構えた。
「盾撃!」
タケシは解き放たれた矢のように加速し、一気に間合いを詰める。
だが、スケルトンナイトの遙か手前で失速する。
当然だ。盾撃には一回で間合いを詰めるほどの性能はない。
スケルトンナイトが足を踏み出し――。
「盾撃ッ!」
タケシは再び盾撃を使った。
衝撃が伝わり、スケルトンナイトが吹き飛ぶ。
どうやら二度続けて――盾撃を移動手段として使うという発想はなかったようだ。
「盾――ッ!」
三度目の盾撃を放とうとして息を呑む。
スケルトンナイトが消えたのだ。
反射的に視線を巡らせる。
視界の隅で銀光が閃く。
それが何なのか確かめている暇はない。
敵の攻撃と考えて盾を向ける。
衝撃が伝わる。
スケルトンナイトの剣を受けた衝撃だ。
どっと汗が噴き出す。
危なかった。
半瞬遅れていたら殺されていた。
恐らく、縮地――数メートルの距離を一瞬で踏破する技を使ったのだ。
まさか、スケルトンナイトが――。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
敵を倒すことに専念すべきだ。
スケルトンナイトの姿が消え――。
「衝撃反転!」
タケシは大声で叫んだ。
盾が光に包まれ、視界の隅で銀の光が閃く。
すかさず、そちらに体を向けると、スケルトンナイトが剣を振り下ろす所だった。
剣が盾に触れ、弾き返される。
その勢いに負け、スケルトンナイトが棒立ちになる。
チャンスだ。
斧を一閃させる。
だが、わずかに距離が足りず、板金鎧の表面を削るに留まる。
もう一撃と足を踏み出すが、そこでスケルトンナイトが体勢を立て直した。
スケルトンナイトが剣を振り下ろし、タケシは盾を構えた。
剣が盾の縁を叩き、よろめきそうになる。
だが、何とか堪えて盾を構え直す。
息を吐く間もなく次の攻撃が浴びせかけられる。
それを凌いだら次の攻撃、次の攻撃を凌いだら次の次の攻撃――。
たちまち防戦一方に追い込まれる。
技を使うことさえできない。
スケルトンナイトが剣を一閃させる。
タケシは剣を受け、その勢いを利用して後ろに跳んだ。
計算通り、距離を取ることに成功する。
スケルトンナイトの姿が消える。
「衝撃反転!」
タケシは技を使い、視界の隅に閃く銀の光に向き直る。
盾で攻撃を受けることに成功するが、弾くことはできなかった。
スケルトンナイトは突きの――腰だめに剣を構えた体勢で動きを止めている。
作用と反作用という言葉が脳裏を過る。
スケルトンナイトは衝撃反転によって跳ね返った力を押さえ込んでいるのだ。
それだけではない。
じり、じりと前に進んでいる。
力では対抗できない。
「うぉぉぉぉぉッ!」
雄叫びを上げ、前に出る。
すると、スケルトンナイトは押し返されまいとさらに力を込めた。
その瞬間を見計らって半身になる。
突然、支えを失ったようなものだ。
スケルトンナイトがたたらを踏む。
タケシは大きく足を踏み出し、無防備な首筋に斧を叩き付けた。
板金鎧がひしゃげ、スケルトンナイトが体勢を崩す。
チャンスだ。またチャンスが巡ってきた。
同じ箇所に斧を叩き込む。
板金鎧の破損が大きくなる。
ドクン、と心臓が大きく鼓動する。
勝利は間近だ。
あと一撃入れればスケルトンナイトの首を叩き落とせ、いや、都合よく考えすぎか。
だが、首を叩き落とせないまでにしても勝利に大きく近づくはずだ。
逸る気持ちを抑えて斧を振り下ろす。
耳障りな音が響く。
スケルトンナイトが剣で斧を弾いたのだ。
くそッ、とタケシは内心毒づきながら盾を構え直した。
そこにスケルトンナイトが攻撃を仕掛けてくる。
力では敵わない。
ならばと芯をずらすように攻撃を受け流す。
すると、スケルトンナイトが体勢を崩した。
といってもほんのわずかな隙だ。
すぐさま体勢を立て直して攻撃を仕掛けてくる。
盾で攻撃を受ける。
これまでの攻撃よりも軽い。
体勢を崩さずに済むようになった程度だが、戦いにおいてこの差は大きい。
首のダメージが尾を引いているのか。
不審に思いながら反撃に転じようとするが、できなかった。
スケルトンナイトが次の攻撃を仕掛けてきたのだ。
今度の攻撃も軽い。
その代わりにスピーディーだ。
またしても防戦一方に追い込まれるが、反撃の糸口を掴めないだけで攻撃自体は凌ぎやすい。
何故、こんな攻撃を繰り返すのか。
その疑問はしばらくして解けた。
盾が、体が重い、呼吸が苦しい。
そう、スケルトンナイトの目的は体力を削ることだったのだ。
あまりの苦しさに盾を構えていられない。
体力を削りきったと判断したのか。
スケルトンナイトの攻撃が苛烈さを増した。
斬撃が縦横無尽に襲い掛かってくる。
タケシは震える腕で盾を支え、何とか攻撃を受ける。
そのたびになけなしの体力を消耗させられる。
スケルトンナイトが大きく足を踏み出して剣を一閃させる。
辛うじて盾で受けることはできたが、あまりの威力に吹き飛ばされてしまう。
「う、おぉぉぉぉぉぉッ!」
タケシは雄叫びを上げた。
スケルトンナイトはこちらに駆け寄り、動きを止めた。
きょろきょろと周囲――細い通路を見回す。
タケシは笑う。
モンスターを引き寄せる雄叫びがスケルトンナイトに通用するかは賭けだったが、首尾良く細い通路に誘い込めた。
スケルトンナイトは身動ぎし、動きを止める。
縮地で移動しようにも狭い通路ではその力を十全に活かすことができない。
タケシは地面を蹴った。
距離を詰め――。
「盾撃ッ!」
大声で叫ぶ。
体が加速する。
だが、それは攻撃するためではない。
スケルトンナイトの背後に回り込むための盾撃だ。
視界からスケルトンナイトの姿が消え、タケシは盾を投げ捨てた。
両手で斧を構え、振り向き様に横薙ぎの一撃を放つ。
振り返ると、丁度スケルトンナイトも振り返る所だった。
だが、遅い。
タケシは渾身の力で斧をスケルトンナイトの首筋に叩き付けた。
衝撃が伝わる。
骨にまで響くような衝撃だ。
スケルトンナイトの首が吹き飛び、壁に当たって砕ける。
同時に体もバラバラになった。
タケシは斧を握り締めたままよろよろと後退した。
壁にもたれ掛かり、息を吐き出す。
すると――。
【レベルが上がりました。レベル2――】
御遣いの声が脳裏に響いた。





