【幕間8:タテイ・タケシ】前編
タケシは一人でダンジョンを進む。
王都近郊にあるダンジョンだ。
自然の洞窟と融合したダンジョンで最下層にいるボスを倒しても消滅しないという特性を持つ。
その特性を活かして古くから騎士達の腕試しに利用されているらしい。
腕試しといってもこの世界基準の腕試しだ。
武運拙くアンデッドの仲間入りした者も少なくないそうだ。
そのため試練の洞窟と呼ばれている。
その名前を聞いた時、タケシは大層な名前を付けるものだと嗤った。
同時に自分ならば試練を乗り越えられるはずだと思った。
むしろ、試練を望んでいた。
だが、試練の洞窟を目の前にしてタケシはある漫画を思い出した。
洞窟だと思っていたものが実は巨大な生き物の口で主人公はそうと知らずに足を踏み入れてしまうという内容だった。
漫画の主人公は仲間の尽力もあって辛くも生還したが、脇役は死んだ。
自分もあの脇役のように消化されてしまうのではないかと足が竦んだ。
だが、タケシは自分を奮い立たせて足を踏み出した。
コウキは足場を固めるべきだと主張している。
馬鹿なことをと思う。
攻める姿勢を崩したらルークはますます調子に乗ることだろう。
下手をすれば足場そのものを失う。
キララを守れるのは自分だけなのだ。
そんな使命感を胸にタケシはダンジョンに足を踏み入れた。
最初はこんなものかと思ったが、恐怖はことあるごとに鎌首をもたげた。
いや、違うか。
足を踏み出すたびにだ。
普段は敵を警戒する必要なんてない。
タケシの役割は敵と戦うことであって警戒することじゃないのだ。
だが、ここではそんなことを言っていられない。
タケシは恐怖を噛み殺しながらダンジョンを進んだ。
最初に出くわしたのはスケルトンだった。
横合いから殴りつけられた。
洞窟が大きく湾曲していて、横穴が死角になっていたのだ。
今にしてみれば恥ずかしい限りだが、タケシはパニックに陥った。
武器を構えることもできずに殴打された。
逆転できたのは柔道のお陰だ。
パニックに陥りながらも体は動いた。
防御でも、逃走でもなく、戦いを選んでくれた。
苦い勝利だったが、死んでしまうよりはいい。
苦い勝利を糧にできるのも生きていればこそだ。
その後、タケシは何度もアンデッドと戦った。
正直、満足できる勝利なんてものは一度もなかった。
だが、戦うたびに学びがあった。
それは野営にも同じことが言えた。
どうすれば安全に野営ができるのか。
どうすればもっとよく体を休めることができるのか。
試行錯誤の連続だ。
レベルは思ったように上がらなかったが、精神は別人のようになったという自負がある。
そのせいだろうか。
最前線で体を張っている自分が優遇されるのは当然としてもクラスメイトをもうちょっと気遣ってやってもよかったかなと思うようになった。
その時、ぐぅという音が響いた。
腹の鳴る音だ。
そろそろ、野営の準備をした方がよさそうだ。
視線を巡らせる。
野営に適した空間はない。
仕方がない。
もう少し進んで野営に適した場所がなければ引き返そう。
タケシは足を止める。
音が聞こえたのだ。
すっかり軽くなったリュックを下ろし、斧と盾を構える。
ややあって前方から敵――剣を持ったスケルトンが二体、杖を持ったスケルトンが一体――近づいてきたのだ。
こちらに気が付いたのだろう。
剣を持ったスケルトンががちゃがちゃと音を立てて駆け出す。
迎え撃ちたいが、ぐっと堪える。
かちかちという音が響く。
杖を持ったスケルトンが歯を打ち鳴らす音だ。
それが呪文だったのだろう。
杖の先に魔法陣が浮かび上がる。
杖を持ったスケルトンが魔法を放つ。
何の魔法かは分からない。
分かるのは当たったらマズいということだけだ。
魔法は剣を持ったスケルトンの間を通ってタケシに迫る。
魔法に気を取られれば剣を持ったスケルトンの攻撃を受け、剣を持ったスケルトンに気を取られれば魔法への対処が疎かになる。
実にいやらしいコンビネーションだ。
ぎりぎりまで引きつけて前に出る。
そして――。
「衝撃反転ッ!」
タケシは盾で魔法を跳ね返す。
剣を持ったスケルトンを巻き込むように角度を付けてだ。
跳ね返った魔法がスケルトンの肩を貫く。
タケシは歯噛みした。
上手く跳ね返せば倒せた。
それなのに――。
そこまで考えて思考を切り替える。
上手く跳ね返せなかったとはいえ、剣を持ったスケルトン――その一方の動きを封じることはできた。
このチャンスを活用する方法を考えるべきだ。
もう一方のスケルトンの脳天に斧を振り下ろす。
頭蓋骨が砕け、乾いた音と共にスケルトンがバラバラになる。
視界の隅で何かが動く。
剣を持ったスケルトンだ。
もう体勢を立て直したのだ。
盾撃で潰すか。
いや、かちかちという音が響いている。
杖を持ったスケルトンが魔法を使おうとしているのだ。
盾撃を使った直後――無防備な所に魔法を喰らえばただでは済まない。
だからと衝撃反転を使えば今度は剣を持ったスケルトンの攻撃を喰らう。
同時に対応するには手が足りない。
その時、ふと閃くものがあった。
剣が振り下ろされ、魔法陣が展開する。
タケシはまず盾で剣をいなした。
剣を持つスケルトンが前のめりになり、そこに斧を引っ掛ける。
相手がスケルトンだからできたことだ。
ゾンビではこうはいかなかっただろう。
杖を持ったスケルトンが魔法を放つ。
タケシはぐいっと斧を引っ張った。
剣を持ったスケルトンを射線上に割り込ませる。
乾いた音が響き、剣を持ったスケルトンの手足が跳ねる。
かちかち、と杖を持ったスケルトンが歯を打ち鳴らす。
また魔法を使うつもりだ。
だが、そうはさせない。
タケシは剣を持ったスケルトンを抱え上げ、地面を蹴った。
もちろん、逃げるためではない。
杖を持ったスケルトンを倒すためだ。
杖を持ったスケルトンが魔法を放つ。
タケシは剣を持ったスケルトンで魔法を受け、さらに距離を詰める。
半分ほど距離を詰めた所でガシャという音が響いた。
剣を持ったスケルトンの腕が落ちたのだ。
まだ“死んで”いないようだが、時間の問題だろう。
タケシは強く、強く地面を蹴った。
着地と同時に――。
「盾撃ッ!」
盾撃を使った。
解き放たれた矢のように加速し、杖を持ったスケルトンに盾ごと――いや、剣を持ってスケルトンごと体当たりを仕掛ける。
杖を持ったスケルトンと激突し、けたたましい音が響く。
それでも、流石はアンデッドというべきか。
二体のスケルトンはまだ動いている。
タケシはまた地面を強く蹴り、二体のスケルトンを盾と壁の間に挟み込む。
「盾撃ッ!」
体が加速する。
だが、体が前に出ることはなかった。
微かな音が響き、次の瞬間、二体のスケルトンは爆ぜるようにバラバラになった。
タケシは静かに後退り、二体のスケルトンを見つめた。
動かない。
今度こそ“死んだ”ようだ。
ホッと息を吐く。
いや、安心している場合じゃない。
周囲を警戒しなければ。
視線を巡らせる。
どうやら目視できる範囲に敵はいないようだ。
「そろそろ、野営の準備をしねーと」
タケシは小さく呟き、足を踏み出した。
※
「今日はここで野営にするか」
タケシは視線を巡らせ、小さく呟いた。
そこは三方を壁に囲まれた空間だった。
出入り口は細く長い通路だけなので敵に囲まれる心配もない。
ゴーストは壁を擦り抜けてくるので100%安全という訳ではない。
だが、そんなことを言い出したらダンジョン探索はできない。
ある程度のリスクは許容せねばならない。
腰のベルトから短剣を引き抜き、正方形を描くように地面に突き刺す。
結界の完成だ。
これで敵は結界の内側に入ってこられない。
今度こそホッと息を吐き、リュックを下ろす。
毛布を地面に敷き、鎧を脱ぐ。
誰にも頼れない状況であることを考えれば鎧を脱ぐべきではない。
だが、鎧を着たまま休憩を取っても休んだ気がしないのだ。
それどころか、徐々に消耗している気さえする。
それで仕方がなく脱ぐことにしたのだ。
おかしなものだと思う。
油断すれば命取りになる状況にもかかわらず無防備な姿を曝さなければならないのだから。
毛布の上に座り、リュックを開ける。
カセットコンロを思わせる調理用マジックアイテムを取り出して地面に置き、さらにその上に鍋を置く。
石のように硬いパンと干し肉を鍋に入れ、水筒の水を注いでスイッチを押す。
オレンジ色の光が灯り、熱が伝わってくる。
ぼんやりとオレンジ色の光を見ながら息を吐く。
初めて使った時はマジックアイテムなのだから光を灯す機能などいらないのではないかと思ったが、オレンジ色の光を見ていると妙に落ち着く。
きっと、気分を落ち着かせるためにこの機能を付けたのだろう。
石のように硬いパンが程よく崩れた頃を見計らって鍋を調理用マジックアイテムから下ろす。
スイッチを切り、スプーンでスープを口に運ぶ。
料理と呼ぶのも烏滸がましい代物だが、一日中歩き詰めだったせいだろう。
ぺろりと平らげてしまう。
毛布に横たわり、リュックを見る。
用意した食糧は半分ほどになっている。
帰還すべきだと思うが――。
「せめて、ボスを倒してぇ」
タケシは拳を握り締めた。
コウキの反対を押し切ってダンジョンにやって来たのだ。
一人でボスを倒したと胸を張って報告したかった。
リュックを見つめる。
帰るだけならば保つはずだ。
だが、途中で食糧が尽きたらという不安が湧き上がる。
どうするべきか。
タケシは悩み、そして――。
「決めた。明日一日だけ粘る」
決断を下した。





