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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest39:王都に向かえ その10【修正版】

 芳ばしい匂いが鼻腔を刺激する。

 食欲をそそるいい匂いだ。

 マコトは生唾を呑み込み、広間の片隅に視線を向けた。

 そこではフェーネがコンロに似たマジックアイテムを使って料理を作っていた。

 使っている食材は館の厨房にあったものではない。

 フェーネがこんなこともあろうかと持ってきたものだ。

 は~という音が響く。

 誰かが溜息を吐いたのだ。

 音のした方を見ると、ユウカが膝を抱えていた。

 しょんぼりと背中を丸めている。


「仕方がねーだろ。毒が入ってるかも知れないんだから」

「そんなこと分かってるわよ。あたしが溜息を吐いたのは別の理由よ」

「別の理由?」


 ユウカが何処か拗ねたような口調で言い、マコトは鸚鵡返しに呟いた。

 食事が理由でないとすると――。


「温泉か?」

「違うわよ!」


 マコトの問いかけにユウカは声を荒らげた。

 どうして、声を荒らげるのだろう。

 内心首を傾げていると、ユウカは胸を隠すように腕を組んだ。

 何となくユウカの考えていることというか、次の展開が読めたような気がした。

 だが、口にはしない。


「あたしがしょんぼりしてるからってす~ぐ温泉に結び付けて。これだから男は……」

「男を……」


 男を語れるほど恋愛経験ないだろと言いかけて口を噤む。

 セクハラ扱いされると考えたからではない。

 自分はどうかと思ったのだ。

 視線を巡らせる。

 フェーネは料理を作り、リブはソファーに寝転び、ローラは本を読んでいる。

 今頃、シェリーはどうしているだろう。

 何事もなければいいなと考え、小さく頭を振る。

 いけない。思考が脇道に逸れてしまった。

 恋愛経験かはさておき、女性経験は人並み以上にあるはずだ。

 だが、それで女を語れるかといえば首を傾げざるを得ない。

 それでも、語れることがあるとすれば男も女も本質的には変わりないということくらいか。

 そんなことを考えていると、ユウカが訝しげな視線でこちらを見ていた。


「どうした?」

「なんで、黙ってるのよ?」

「なんでって、考え事をしてたんだよ」

「それに、フェーネ達を見てたし」


 正直に答えるが、ユウカは無反応だ。

 マコトの言葉が聞こえていなかったかのように呟き、フェーネ達に視線を向ける。

 しばらくしてハッとしたようにこちらを見る。


「まさか、一緒に露天風呂に……」

「違ーよ」


 ユウカが恐れおののいているかのような表情で言い、マコトはすかさず突っ込んだ。


「何処がよ? 温泉の話をしてたじゃない」

「その後の会話があっただろ、その後の会話が」

「ああ、そういえば……」


 ユウカは記憶を漁るように視線を上に向けた。

 う~ん、とマコトは小さく唸る。

 いつもと変わらぬユウカだが、状況が状況だけに物忘れが激しくなるような精神攻撃を受けているのではないかと勘繰ってしまう。


「変態!」

「藪から棒にどうした?」


 ユウカが顔を真っ赤にして叫び、マコトは何となく理由を察しながら理由を尋ねた。

 ユウカのことだ。

 多分、『男を……』という言葉をエロ方面に結び付けたに違いない。


「男を知らないくせによく言うぜとかセクハラもいい所だわ」

「そんなこと言ってねーよ」

「仮にそうだとしても恋愛経験に言及していたらセクハラよ」

「……」


 マコトは答えない。

 一理ある。

 マコトだって女性経験の有無を聞かれたらセクハラだと思う。

 しかし、それを認めたらユウカは鬼の首でも取ったような顔をするに違いない。

 沈黙が最も被害を抑えられる回答だ。

 worstとworse程度の違いだが。


「な~んか、言いがかりを付けているようにしか見えんのぅ」

「……」


 クリスティンが呆れたように言うが、ユウカは無言だ。

 ただし、鬼のような形相で睨み付けている。

 クリスティンは目を逸らし、フジカの陰に隠れた。

 威嚇か、それとも本気でやるつもりか。

 ユウカがポキポキと指を鳴らす。


「無言で指を鳴らされると怖いんじゃけど……」

「そう? あたしは怖くないわ」


 ユウカがニヤリと笑う。

 自身を待ち受ける運命を察したのだろう。

 クリスティンがぶるりと身を震わせる。


「ユウカ、子どもを脅すのは感心しないし」

「脅し? 違うわ。これは躾よ」


 フジカが窘めるが、ユウカは何処吹く風だ。


「子どもってのは動物と一緒よ。痛い目に遭わないと学ばないの」

「子どもと動物は違うし。というか、ユウカのお母さんはそうやって育てたのみたいな?」

「そんな訳ないじゃない」


 ユウカは手の甲で誰もいない空間を叩いた。

 いや、叩くふりをしたと言うべきだろうか。

 フジカはきょとんとしている。


「だったら、どうして……」

「あたしと違って素直じゃないからよ」


 フジカが呻くように言い、ユウカは当然のように言い放った。

 親子関係が良好と分かっていたが、改めて聞くとホッとする。

 ユウカがハッとしたようにこちらを見る。


「どうした?」

「マコトこそ、あたしに言いたいことがあるんじゃないの?」

「いや、別に……」

「だったら、いいけど」


 マコトがはぐらかすと、ユウカは釈然としない表情を浮かべながらも引いた。

 随分、あっさりとしている。

 彼女なりに気を遣ってくれたのだろうか。

 その時、クリスティンがフジカの陰から顔を覗かせた。


「随分、あっさり引くんじゃな」

「……」


 クリスティンが子どもらしい無邪気な感想を口にする。

 すると、ユウカは無言でクリスティンに視線を向け、深い溜息を吐いた。


「あたしがスルーしたんだからアンタもスルーしなさい」

「なんでじゃ?」

「これだからお子ちゃまは」


 クリスティンの問いかけにユウカは大仰に肩を竦め、首を左右に振った。

 やれやれと言わんばかりの態度だ。


「大人には触れて欲しくない話題があるのよ」

「マコトは家族の話題に触れて欲しくないということか?」

「口にしてどうするのよ」

「じゃが――」

「今度、余計なことを言ったら口を縫い付けるわよ」

「――ッ!」


 ユウカの脅し文句にクリスティンは両手で口を押さえた。


「あまり子どもを怖がらせるなよ」

「あたしはマコトのために言ったんだけど?」

「それは感謝してるけどよ。子どもを脅すのは――」

「え!?」


 マコトの言葉はユウカの声によって遮られた。

 思わずユウカを見る。

 驚いたような表情を浮かべている。

 もしかして――。


「ただの脅し文句だよな?」

「……ええ、当然じゃない」


 ユウカはやや間を置いて答えた。

 まさか、本気だったのか。

 いや、そんな訳ないか。

 口を縫い付けるなんて普通に犯罪だ。

 犯罪といえばユウカは盗賊を蹴り殺していた。

 あれでタガが外れた可能性はある。

 そこまで考え、追及するのは止めようと思った。

 追及しても誰も幸せにならない。


「だったら、どうしてすぐに答えなかったんじゃ?」

「子どもは怖いもの知らずね」


 ユウカは溜息を吐くように言った。

 悪い予感でもしたのだろうか。

 フジカがユウカの視線を遮るように座り直した。


「マコトに脅し文句だよなって言われた時に自分の中でどういう位置づけだったのかちょっと考えたのよ」

「……」


 クリスティンは無言だ。

 沈黙が舞い降りる。

 居心地の悪い沈黙だ。

 鍋の煮立つ音しか聞こえないのも居心地の悪さに一役買っていると思う。

 しばらくしてクリスティンが口を開いた。


「どういう位置づけなんじゃ?」

「深く考えずに出た言葉だけど、意外に本心なのかもって思ったわ」

「怖! 何てことを考えとるんじゃッ!」

「怖がってくれて嬉しいわ」


 ユウカがにんまりと笑う。

 う~ん、もしかしてクリスティンをからかおうとしていたのだろうか。

 どちらも有り得そうだ。

 その時――。


「食事の時間ッスよ!」


 フェーネが大声で叫んだ。



 ユウカはカップを手に取った。

 中にはスープが入っている。

 干し肉と干し野菜、パンを煮込んで作ったパン粥というべきものだ。

 登山家やキャンパーが山で食べてそうな料理だ。

 材料が材料だけにやたらと塩っ辛い。

 多分、毎食食べていたら高血圧になると思う。

 半分ほど残っていたスープを飲み干してプハッと息を吐く。

 視線を巡らせる。

 フジカとクリスティンはまだ食事中だが、他のメンバー――マコト、フェーネ、リブ、ローラ、二人の御者はすでに食事を終えている。

 育ちの違いだろうか。

 そんなことを考えてうんざりした気分になる。

 ユウカの家は一般的なご家庭よりもちょっと収入が少ない。

 それでも、母はできる限りのことをしてくれたし、自分もできる限りのことをしてきた。

 だから、一般的なご家庭とそこまで極端な差は付いていないと思う。

 仮に極端な差があったとしても引け目に感じる必要はない。

 しかし、高校――大河学園高校にいると、育ちの違いというものを思い知らされる。

 そのたびに自分達の人生を否定されているような気分になったものだ。

 自分で選んだ高校なので文句も言えず、やり場のない怒りを抱えていたように思う。

 そんな日々に耐えられたのは輝かしい未来が待っていたからだ。

 マコトの話を聞いていると不安になるが、選択肢の幅がある人生を送れたはずだ。

 だというのに異世界に転移してしまった。

 この世界の神様――ペリオリスにも事情があるのは分かるが、自分なりに不遇な人生に向き合って、人間関係以外は上手くやっていたのだから放っておいて欲しかった。

 それにしても――。

 どうして、元の世界に帰りたくないんだか、とユウカはフジカを見つめた。

 先の見えた人生が嫌と言っていたのは覚えているが、死ぬかも知れない冒険の日々を送るよりマシな気がする。

 まあ、恵まれた人生を送っていても何かしら不満が生じるということなのだろう。

 小さく溜息を吐いたその時、視線を感じた。

 視線を巡らせると、マコトがこちらを見ていた。


「ボーッとしてどうしたんだ?」

「何でもないわよ」

「眠いんなら――」


 マコトは最後まで言い切ることができなかった。

 欠伸をしたのだ。


「あれだけ眠ったくせにまだ眠いの?」

「食事して血糖値が上がったからだろ、多分」

「……血糖値」


 ユウカは鸚鵡返しに呟き、カップを見下ろした。

 ん? と首を傾げる。

 食事を摂って血糖値が上がるのも、血糖値が上がって眠くなるのも理屈としては分かる。

 だが、血糖値が上がるほどの量とは思えない。


「単に寝過ぎじゃないの? もしくは姿勢が悪くて疲れが取れなかったとか」

「若い体なのにな」

「マコトは若さを信じすぎよ。若くても、高レベルでも疲れる時は疲れるわ」


 ユウカはレベル80だが、それでも疲れ知らずという訳にはいかない。

 超人的な身体能力を発揮できても生物という枠組みからは逃れられないということだ。

 元の世界にいた頃の感覚に縛られている可能性は否定できないが。


「二階の寝室で――」

「それは危険だ。一人で行動したら――」

「はいはい、分かってるわよ。敵に襲われるかも知れないんでしょ」


 ユウカはマコトの言葉を遮って言った。


「ったく、これだから映画脳は」

「別に映画だけで判断してる訳じゃねーよ」

「本当に?」

「本当だ」


 マコトは真顔で言ったが、正直にいえば信じられない。

 何しろ、社畜時代に演技でその場を凌いできた男なのだ。

 真顔で嘘を吐くことなんて朝飯前だろう。

 そんなことを考えていると、マコトは再び欠伸をした。

 その時――。


「兄貴! 寝床の準備ができたッスよ!」


 フェーネの声が響いた。

 声のした方を見ると、床に毛布が敷かれていた。


「いや、流石に――」


 マコトは最後まで言い切ることができなかった。

 三度目の欠伸をしたのだ。

 ゴーストと戦った時、殆ど何もしていなかったが、こんな状況だ。

 本人にも分からない形で疲弊させられた可能性はある。


「フェーネの言葉に甘えなさいよ」

「けどよ――」

「いざって時に戦えないと困るのよ。マコトはあたし達の中で最大戦力なんだから」


 ユウカが反論を遮ると、マコトは眉根を寄せた。

 多分、一理あるとかもっともな意見だとか、そんなことを考えているのだろう。


「もっともな意見だ」

「だったらとっとと寝ちゃいなさい」

「念のために言っておくが――」

「分かってるわよ。一人で行動するな、お風呂に入るな、食材を口にするなでしょ?」

「そうだ」


 ユウカの言葉にマコトは神妙な面持ちで頷いた。

 だが、寝床に移動しようとしない。

 無言でこちらを見ている。


「さっさと寝たら?」

「本当に気を付けろよ」

「少しは相棒を信じなさい」

「…………分かった」


 マコトはかなり間を置いて頷いた。

 微妙に信じていない目だ。

 正直、傷付く。

 しばらくしてマコトは立ち上がった。


「何かあったら呼べよ?」

「分かったわ。その時はよろしく」


 ああ、とマコトは頷き、寝床に向かった。

 横になり、コートを掛け布団代わりに被る。

 すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。

 恐るべき寝付きのよさだ。

 の●太くんかと思わないでもない。

 その時、二人の御者が立ち上がった。

 反射的に視線を向ける。

 すると――。


「ちょっとトイレに行ってきます」


 御者の一人が照れ臭そうな顔をして言った。

 クリスティンがカップを床に置く。


「気を付けるんじゃぞ」

「ええ、分かってます」


 クリスティンの言葉に御者は頷き、広間を出て行った。

 さてと、とユウカは立ち上がった。

 フジカがこちらを見る。


「ユウカもトイレみたいな?」

「違うわよ!」

「じゃあ、何処に行くのみたいな?」


 ユウカが声を荒らげると、フジカは不思議そうに小首を傾げた。


「もしかして、露天風呂みたいな?」

「違うわよ」

「……そう」


 フジカはやや間を置いて頷いた。

 お嬢様らしからぬ笑みを浮かべているのは気のせいではないだろう。

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