Quest39:王都に向かえ その9
マコト達は庭園を横切り、館の前で立ち止まった。
顔を上げ、改めて館を見つめる。
ユウカはマコトらしい月並みな感想と言ったが、やはりホワイトハウスっぽい。
玄関部分はパルテノン神殿を思わせる神殿風、その奥にある建物は二階建て。
玄関部分と色を合わせるためだろう。
漆喰が塗られている。
しばらく館を見上げていると、ユウカが歩み出て隣に立った。
「これからどうするのよ?」
「……そうだな」
ユウカに問いかけられ、マコトは腕を組んだ。
体力が残っている内に罠に飛び込む。
そう考えたものの、いざとなると不安が湧き上がってくる。
「正直、館に入りたくないんだが……」
「兄貴、ゴーストの声が聞こえたッス」
「あたいも聞こえたぜ」
「分かりやすすぎるだろ」
フェーネとリブの言葉にマコトは顔を顰めた。
やはり、館の主はマコト達に入ってきて欲しいようだ。
「馬を厩舎に連れて行って、それから屋敷の探索だな」
「なら手分けしてやりましょ」
「ユウカ、待て」
マコトが待ったを掛けると、ユウカはこちらに向き直った。
きょとんとした顔をしている。
「何よ」
「一人で行動するのは危険だ」
「それは分かるけど、効率が悪いじゃない」
「それでも、一人で行動するのはマズい。こういう時に一人で行動すると、死ぬって相場が決まってるんだ。俺には分かる」
「相場って……」
ユウカは呆れたように言い、口を噤んだ。
気になることでもあったのだろうか。
訝しげに眉根を寄せている。
しばらくして口を開く。
「もしかして、映画の話?」
「そうだ。ホラー映画だと単独行動をするヤツから死ぬんだ」
「映画と現実の区別くらい付けなさいよ」
ユウカは肩を落とし、溜息交じりに言った。
「でも、何があるかわからねぇんだから用心は必要だろ?」
「そうだけど……」
最初に用心って言ってくれれば素直に頷けたのに、とユウカはぼやくように言った。
「とにかく、用心するぞ」
「はいはい、分かったわよ」
マコトは振り返り、フェーネ、リブ、ローラ、フジカ、クリスティン、それから二人の御者を見つめた。フェーネ、リブ、ローラは普段通り、フジカ、クリスティン、二人の御者は神妙な面持ちだ。
「という訳で館の中では団体行動を心掛ける。いいな?」
「りょ~かい」
「分かったッス」
「分かったぜ」
「承知しました」
「分かったし」
「分かったのじゃ」
「「……」」
マコトが確認すると、全員が頷いた。
直後、御者の一人がおずおずと手を上げた。
「すみません。馬を厩舎に連れて行きたいのですが……」
「そのままって訳にはいかないんだよな?」
「はい、馬はデリケートな生き物ですから」
御者は神妙な面持ちで言った。
正直、逃げる手段が狭まるのは痛い。
だが、いざという時に馬が動かせないのでは本末転倒だ。
「分かった。ただ、箱馬車はいつでも動けるようにしておいてくれ。やり方は任せる」
「承知いたしました」
御者はやはり神妙な面持ちで頷いた。
「そういや厩舎の場所は分かるのか?」
「いいえ、分かりません。ですが、館の周辺を歩いていれば見つかると思います」
「それじゃ行くか」
え!? と御者が声を上げた。
だが、団体行動を心掛けるという言葉を思い出したのだろう。
納得したような表情を浮かべ、箱馬車に歩み寄る。
やや遅れてもう一人の御者も後を追う。
二人は労うように馬の首筋を撫でると手慣れた動作で留め具を外した。
手綱を引いて歩き出し、マコト達はその後に続いた。
厩舎はすぐに見つかった。
館の裏手に建てられていたのだ。
幸運とは思わなかった。
この配置にも何らかの思惑があるのではないかと勘繰ってしまう。
ブラッシングなどして馬をたっぷり労った後、馬房に入れて元来た道を戻る。
「よし、今度こそ行くぞ」
「はいはい、分かってるわよ」
ユウカがうんざりしたように言ったが、マコトは何も言わずに足を踏み出した。
玄関の扉を開ける。
すると、そこはホールになっていた。
無言で視線を巡らせる。
ホールはやや殺風景だった。
奥に扉がある。
歩み寄って扉を開けると、そこは広間だった。
ワインレッドの絨毯が敷かれ、ソファーなどが置かれている。
部屋の広さに比して家具が少ない。
それでも殺風景と感じないのは空間の使い方が上手いからだろう。
家具の配置と空間の広さが見事に調和していると言い換えてもいい。
マコト、とユウカが手の甲で二の腕を叩く。
「何だよ?」
「扉が三つあるけど、どこから行くの?」
ユウカに問い返され、視線を巡らせる。
ユウカの言う通り、三方に扉があった。
「まず左、次に正面、最後に右だな」
「その順番にした理由は?」
「大した理由はねーよ」
ふ~ん、とユウカは興味なさそうに頷いた。
強いていえば正面の扉の向こうが階段になっているのではないかと思ったからだ。
マコトは宣言した通り左の扉に向かった。
扉を開けると、そこは通路だった。
左右に二つずつ扉が並んでいる。
手前から扉を開けていく。
書斎、応接間、遊戯室、最後はよく分からない。
多分、使用人の控え室か何かだろう。
広間に戻り、今度は正面の扉を開ける。
予想通りというべきか。
扉の向こうには階段があった。
階段を上ると、かなり広い空間が広がっていた。
視線を巡らせる。
二階を貫くように通路が伸び、その左右には扉が並んでいる。
扉の数は十個近い。
少しうんざりした気分になりながら正面にあった扉を開ける。
すると、そこには天蓋付きのベッドがあった。
どうやら寝室のようだ。扉を閉めようとして動きを止める。
不審に思ったのだろう。
ユウカが声を掛けてきた。
「どうして、扉を閉めないのよ?」
「この部屋、狭くないか?」
そう? と言いながらユウカは廊下と部屋を見比べた。
「確かに狭いわね。もしかして――」
「化粧室じゃろ」
ユウカの言葉をクリスティンが遮った。
振り返ると、クリスティンがきょとんとした顔をしていた。
どうして見られているのか分からないという顔だ。
「化粧室?」
「文字通り、化粧をしたり、身支度を整えたりする部屋じゃな」
マコトが鸚鵡返しに呟くと、クリスティンは当然のように言った。
寝室を覗き込んで壁を見る。
すると、扉があった。
なるほど、中で空間が区切られていたから狭く見えたのか。
気付いてみれば何てことなかった。
「どうするの? いちいち全部調べるの?」
「一応な」
ユウカの問いかけにマコトは溜息交じりに答える。
正直、調べてもどうにもならないような気がする。
だが、思い込みで足を掬われるのも馬鹿らしい。
部屋に入り、扉を開ける。
そこは化粧室――化粧台の置かれた部屋だった。
扉を閉めて振り返る。
だが、そこには誰もいなかった。
ユウカ達は廊下からこちらを見ていた。
彼女達的にはこれも団体行動に含まれるのだろうか。
そんなことを考えながら彼女達のもとに戻る。
全員を代表してだろうか。
ユウカが口を開く。
「どうだった?」
「化粧台があった」
「もう面倒臭いから手分けしない?」
「いや、それは危険だ」
「これだから映画オタクは」
マコトの言葉にユウカは顔を顰めた。
「あたしよりよっぽど面倒臭いじゃない」
「……行くぞ」
ユウカがぼやくように言い、マコトはちょっと間を置いて歩き出した。
「ちょっと! 今の間は何よ!?」
「何でもねーよ」
「嘘! 絶対に嘘ッ! どうせ、自覚があったんだなとか考えてたんでしょ!?」
「そんなことねーよ」
マコトは否定しつつ広間の左手にある扉に向かった。
まだユウカが何か言っているが、確認を優先する。
結論から言うと、二階には寝室と化粧室、トイレしかなかった。
階段を下りて最後に残った扉に向かう。
扉を開けると、通路が伸びていた。扉の数は五つだ。
手前から確認していく。
一つ目は厨房、二つ目は食堂、三つ目は子ども部屋だ。
奥に扉があったので確認したが、ベッドがあるだけだった。
四つ目は居間のようだった。
そして、最後の扉を開ける。
「これは……」
「脱衣所ね」
「脱衣所ッスね」
「脱衣所だな」
「脱衣所ですね」
「脱衣所だし」
「脱衣所じゃな」
マコトが小さく呟くと、ユウカ、フェーネ、リブ、ローラ、フジカ、クリスティンが口々に言った。
籠の置かれた殺風景な部屋にしか見えないが、皆がそう言うのならそうなのだろう。
とりあえず、脱衣所に足を踏み入れ、奥にある扉を開ける。
扉の向こうにはバスタブがあった。
もちろん、蛇口とシャワーもある。
どういう訳か、奥に扉がある。
ボイラー室だろうか。
そんなことを考えながら扉を開け、マコトは目を見開いた。
そこにあったのは露天風呂だった。
何というか、日本の温泉宿にでもありそうな露天風呂だ。
いや、微かに硫黄のような臭いがするので温泉だろうか。
「温泉だし!」
「ったく、子どもじゃないんだから」
「これが温泉ッスか」
フジカが嬉しそうに声を上げると、ユウカは喜色を滲ませつつ、フェーネは感心したように言った。
リブ、ローラ、クリスティンは無反応だ。
反応から察するに三人にとってはさほど珍しいものではないのだろう。
フジカがマコトの脇を擦り抜け、温泉に歩み寄る。
「おい、危ないぞ」
「念のために聞くけど、なんでよ?」
「モンスターが潜んでるかも知れないだろ?」
「映画の見過ぎよ」
ユウカは深々と溜息を吐いた。
フジカがお湯に手を浸け――。
「入ってもいいみたいな?」
こちらに向き直って嬉しそうに言った。
「止めておいた方がいいんじゃねーか?」
「「え~」」
フェーネとフジカが不満そうな声を上げる。
「無防備な所を襲われたらマズいだろ? それに……」
「それに、何よ?」
「幻覚も見せられてる可能性もある」
「心配しすぎでしょ」
ユウカの質問に答える。
すると、彼女はうんざりしたように言った。
「そうか? 幻覚を見せられて肥だめに浸かる可能性もあるんだぞ?」
「なら自己責任でいいじゃない」
「分かった。ただし、一人で入るなよ?」
「分かってるわよ」
「とりあえず、広間に戻って、そこを拠点にするぞ」
「本当に心配性ね」
「性分だ」
そう言って、マコトは踵を返した。
風呂場と脱衣所を通り抜けて廊下を歩いていると、クリスティンが口を開いた。
「ところで、この館は変ではないか?」
「何処が変なんだ?」
「これだけの規模なのに使用人の部屋がないのは変じゃ。普通、こういう館には使用人の部屋やら何やらがあるもんじゃ」
「そういう――」
マコトは口を噤み、立ち止まった。
壁を見ると、扉があった。
「ここに扉なんてあったか?」
疑問を口にする。
今いるのは広間の近くだ。
さっきは扉などなかった。
そのはずだ。
それなのに扉がある。
ユウカが歩み寄り、マコトの隣に立つ。
「見逃したんじゃないの? って、そんな訳ないでしょ!」
そう言って、ユウカは手の甲でマコトの胸を叩いた。
「一人ボケツッコミかよ」
「知能が低下した訳じゃないから安心して」
「そういう映画も――」
「階段になってるわね」
マコトは最後まで言い切ることができなかった。
ユウカが扉を開けたからだ。
彼女が言った通り、扉の先には階段があった。
地下へと続く階段だ。
壁にはマジックアイテムが設置され、階段を白々と照らしている。
「どうするの?」
「一応、確認だ」
「はいはい、最後まで付き合うわよ」
ユウカが溜息交じりに言い、マコトは足を踏み出した。
階段を下り、地下を一通り見て回る。
地下にあったのは洗濯室やワインセラー、使用人用の食堂と寝室、物置、そしてトイレだった。
「満足した?」
「……ああ」
マコトは言葉少なにユウカの問いかけに答え、広間に戻った。
疑問は増えたが、ともあれ館の間取りは確認できた。
次にやることは――。
「腹ごしらえだな」
「賛成ッス!」
マコトがぽつりと呟くと、フェーネが元気よく応じた。





