Quest39:王都に向かえ その7
マコト達は二台の箱馬車を守るように陣形を組んで濃霧の中を進む。
マコトが正面を、リブが右翼、ローラが左翼、ユウカ、フェーネ、フジカが後方を守る。
ちなみにクリスティンは箱馬車の中だ。
正直にいうと少し不安だ。
リブとローラは何も言わなかったが、この陣形は理に適っているのか。
後方の戦力は十分か、逆に戦力過多になっていないか。
そんな不安が湧き上がってくる。
もっと色々な依頼を受けて経験を積むべきだろう。
だが、不安が湧き上がってくるのは経験不足だけが理由ではない。
視界が利かない上、かなり歩いているにもかかわらず、明かりが近づいてこない。
これらの状況が不安を助長しているのだ。
そんなことを考えていると――。
「ちょっと! いつまで歩けばいいのよ!?」
後方から声が響いた。
ユウカの声だ。
多分、ユウカも不安なのだろう。
不安から逃れるために文句を言っている。
そんな風に感じる。
「ユウカ、そんなにびびらなくていいし」
「びびってないわよ!」
フジカが声を掛けると、ユウカは声を荒らげた。
「その割に腰が引けてるみたいな」
「引けてない! 引けてないわよね!?」
「ノーコメントッス」
ユウカの問いかけに答えたのはフェーネだ。
フェーネは空気が読める娘だ。
その彼女がノーコメントと言うことは本当に腰が引けているのだろう。
腰の引けているユウカを想像すると微笑ましい気分になる。
「何、笑ってるのよ!?」
「笑ってねーよ」
ユウカが大声で叫ぶが、マコトは反射的に否定した。
その後で『微笑ましい気分』は『笑った』内に入るのかと首を傾げる。
馬鹿にするとか、嘲笑する的なニュアンスではないから除外していいような気がする。
「つか、そこからじゃ俺がどんな顔してるか分からねぇだろ?」
「分かるわよ!」
やはりというべきか、ユウカがムキになったように言い返してきた。
引っ込みがつかなくなった子どもみたいだ。
ますます微笑ましい気分になる。
「どうやって、俺の表情を把握してるんだ?」
「そ、それは……」
マコトが尋ねると、ユウカは口籠もった。何とか切り返そうとしているのだろう。
ぐッ、ぐぅぅ、と苦しげに呻く。
しばらくして――。
「笑いの波動を感じたの」
「笑いの波動……」
鸚鵡返しに呟く。
鸚鵡返しに呟くことしかできなかった。
「信じてないわね!?」
「い、いや、信じてるよ」
「その声は信じてない声だわ。いい? 笑いには色々な効果があるのよ? たとえば――」
どう反応していいのか分からねーんだよ! と心の中で突っ込みを入れる。
だが、ユウカはマコトの心の声を聞き取ってくれなかったようだ。
笑いの効果について語り始める。
何処かで聞いたような話だが、内容は全体的にふわっとしている。
「――という訳よ」
「つまり、ユウカは他人のアルファー波を感知できるってことか?」
「そういうことよ」
「……」
ユウカが勝ち誇ったように言い、マコトは押し黙った。
不審に感じたのだろう。
ユウカが口を開く。
「なんで、黙ってるのよ?」
「今の話を何処まで信じればいい?」
「120%に決まってるじゃない」
「……そうか」
マコトはやや間を置いて答えた。
フジカがおずおずと口を開く。
「……ユウカ」
「何よ?」
「疑似科学というか、カルトはちょっと勘弁して欲しいし」
フジカが呻くように言う。
流石というべきだろうか。
普通の人間が愛想笑いで切り抜ける所に果敢に突っ込んでいく。
もっと世渡りについて学ぶべきだと思う。
「は!? 誰がカルトよッ!」
「ユウカだし」
「はぁッ!? 宗教女のくせにあたしをカルト扱いしてるんじゃないわよ!」
「うちはカルトじゃないし」
「宗教女は――って、マコトもあたしのことをカルトって思ったの!?」
「……」
ユウカが驚いたように声を張り上げたが、マコトは無言を貫く。
「というか、話の流れを読みなさいよ! あんなの――」
「けど、ユウカの言うことにも一理あるぜ」
「あれは出任せだから!」
リブが言葉を遮り、ユウカが再び声を張り上げた。
「いつまで歩けばいいって方だって」
「なんだ、そっちか」
リブが呆れたように言うと、ユウカはホッと息を吐いた。
タイミングを計っていたのか。
ローラが口を開く。
「確かに明かりに近づいている実感が全然ありませんね」
「ほら! あたしが言った通りじゃないッ!」
「あ、うん、ユウカの言った通りだな」
ユウカが勝ち誇ったように言い、マコトは口籠もりつつ応えた。
ぼやいただけだろという言葉は呑み込むことにする。
「腫れ物に触るような対応をしないで!」
「高校時代の友達に真顔で宇宙は神が作ったって言われたのを思い出して……」
「瞑想の時といい、どれだけトラウマ抱えてるのよ!」
マコトがごにょごにょと言うと、ユウカは大声で叫んだ。
「歳を取るとこうなるんだよ。ユウカにもいつか分かる日が来る」
「地味に嫌なことを言うわね。で、どうするのよ?」
「どうするって?」
「このまま進むか、一旦戻るかってこと」
マコトが問い返すと、ユウカはちょっとだけイラッとした口調で答えた。
そうだなと小さく呟いたその時、黒い線のようなものが視界に飛び込んできた。
慌てて跳び退る。
突然の出来事に驚いたのだろう。
馬がいななき、箱馬車が急停車する。
「警戒!」
ユウカが鋭く叫び、ガチャという音が響く。
多分、武器を構えた音だ。
マコトは拳を構えようとして止めた。
黒い線の正体が分かったからだ。
それは門だった。
鉄板を縦にしたような門ではない。
優美な装飾の施された門だ。
視線を巡らせると、石造りの塀が建っていた。
高さは二メートルほどだろうか。塀の上には忍び返しが設置されている。
おかしすぎるだろ、と心の中で突っ込みを入れる。
マコト達は街道を真っ直ぐに進んできた。
曲がった記憶はない。
つまり、この門と塀は街道を塞ぐように建っていることになる。
「どうしたのよ?」
不審に思ったのだろう。
ユウカがやって来た。
「いや、いきなりこの門と塀が目の前に現れてよ」
「いきなりって、ボーッとしすぎでしょ」
「ボーッとしてねーよ」
ユウカが呆れたように言い、マコトは言い返した。
その時、ギィィィという音と共に門が開いた。
風が吹き、霧が薄まる。
そして、庭園とその向こうにある館が姿を現す。
パルテノン神殿を思わせる白い館だ。
いや、玄関だけが神殿風で、あとは洋館というべきか。
「……ホワイトハウス」
「――ッ!」
ユウカが小さく呟き、マコトは思わず視線を向けた。
すると、彼女はニヤリと笑った。
何というか、ユウカらしい意地の悪い笑みだ。
「ホワイトハウスみたいだって思ったでしょ?」
「……」
マコトは答えない。ユウカの言った通りだったからだ。
「どうなのよ?」
「…………そうだよ」
ユウカの問いかけにかなり間を置いて答える。
黙っていてもしつこく聞いてくると何となく察しがついたからだ。
「マコトらしい月並みなたとえね」
「お前なら何てたとえるんだよ?」
「そうね。あたしなら……」
ユウカは口を噤んだ。
いいたとえが思い浮かばないようだ。
「思い付かないならそれでいいぞ」
「そんな訳ないでしょ」
ユウカはムッとしたように言った。
再び口を噤んでいいたとえを捻り出そうとする。
だが、出てくるのは唸り声ばかりだ。
バンッという音が響く。
慌てて振り返ると、箱馬車の扉が開いていた。
クリスティンが身を乗り出して口を開く。
「どうしたんじゃ?」
「いきなり洋館が目の前に現れたんだよ」
「罠じゃろ、それ」
「俺もそう思う」
濃霧はまだいい。
護衛とはぐれたのも視界が悪いことを考えれば納得できなくもない。
だが、街道を塞ぐように洋館が現れ、門が開いたとなれば話は別だ。
あまりにも不自然すぎて罠としか思えない。
迂回する方法はないか考えていると――。
「兄貴!」
フェーネが叫んだ。
こんな状況だ。
悪い予感しかしない。
「どうかしたのか?」
「声が聞こえたんス」
「声が?」
マコトは鸚鵡返しに呟き、リブに視線を向けた。
リブが耳に手を当てた。
「遠くから叫び声みたいなものが聞こえるぜ」
「もしかして、モンスター?」
「マコト様、気配探知は?」
リブの言葉にユウカが視線を巡らせ、ローラがこちらに視線を向ける。
マコトは手で首筋を押さえた。
何も感じないが――。
「陣形を変更する。リブとローラはそのまま、フェーネとフジカは俺と交替だ」
マコトはユウカ、フェーネ、リブ、ローラ、フジカに聞こえるように言った。
気配探知を無効化するスキルを持った敵である可能性もある。
警戒をするに越したことはない。
「あたしは?」
「フェーネ、フジカと援護を頼む。頼りにしてるぜ」
「仕方がないわね」
ふふん、とユウカは満更でもなさそうに鼻を鳴らした。
拳を突き出す。
すると、ユウカは照れ臭そうに拳をぶつけてきた。
「そういうことだから箱馬車の中に引っ込んでなさい」
「何だかいい雰囲気じゃな」
「そうッスね」
「ユウカが素直になって嬉しいみたいな」
「いいからさっさと動く!」
ユウカが声を荒らげると、クリスティンは箱馬車に引っ込み、フェーネとフジカはちょっとだけ慌てた様子で移動を始めた。
「ほら、マコトも移動して」
「おう」
ユウカが急かすように言い、マコトも移動を開始した。
箱馬車の後方に陣取ったその時、ホァァァァァァッ!ッという叫び声が聞こえてきた。
叫ぶということはゴースト系のアンデッドだろう。
もちろん、そうでない可能性もあるが――。
「……念のためだ。点火」
小さく呟き、地面を踏み鳴らす。
地面に小さな亀裂が走り、漆黒の炎が噴き出す。
漆黒の炎は亀裂を広げ、箱馬車だけではなくマコト達をも守る結界を構築する。
「兄貴、正面から叫び声が近づいてくるッス」
「十や二十じゃきかねぇな」
フェーネが緊張した声音で言い、リブが面白がるように言う。
二人の言う通りだ。声がどんどん近づいてくる。
マコトは目を細めた。
濃霧の向こうに無数の影が見えた。





