Quest39:王都に向かえ その2
夕方――ドンッと突き上げるような衝撃でマコトは目を覚ました。
壁に寄り掛かったまま視線を巡らせる。
そこは箱馬車の中だった。
ユウカは本を読み、ローラはぼんやりと外を眺めている。
窓の外は斜陽に染まっていた。
ユウカがこちらを見る。
マコトはゆっくりと視線を逸らして目を閉じた。
しばらくして――。
「ぐぎッ!」
濁った悲鳴が響いた。
ユウカの悲鳴だ。
うんざりした気分で目を開ける。
すると、ユウカが座席に横たわっていた。
いや、脚を抱えて苦しげに呻いていた。
ローラが床に落ちていた本を拾い上げ、そっとユウカの目の前に置く。
マコトは再び目を閉じた。
そして――。
「ちょっとくらい心配しなさいよッ!」
ユウカが声を荒らげ、マコトはうんざりした気分で目を開けた。
「何だよ?」
「『何だよ』じゃないわよ! 相棒が苦しんでるのよ!? 少しくらい心配するのが筋ってもんでしょうがッ! それなのに、興味なさそうにして!」
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよ! ローラ、治癒の魔法を!」
「治癒の魔法はいざという時の切り札です」
「ここで使わなくていつ使うのよ!」
ユウカは顔を真っ赤にして言った。
「分かりました」
「なんで、うんざりしたように言うのよ!?」
ローラがうんざりしたように言うと、ユウカは涙目で怒鳴った。
「ふぅ、治癒」
ローラはユウカの足に手を翳して魔法を使った。
手から光が放たれ、苦痛に歪んでいたユウカの表情が和らぐ。
光が消えると、ユウカは体を起こした。
魔法は偉大だとつくづく思う。
「はい、終わりました」
「一生恨むわ」
「え!?」
ユウカが地の底から響くような声で言い、ローラは目を見開いた。
「もう長い付き合いなんだから察しろ。ユウカはすぐに魔法を使ってくれなかったことを恨むって言ってんだよ」
「ちゃんと治したのに恨まれるなんてやるせないですね」
「ユウカはそういう生き物なんだよ。いい加減慣れろ」
「ぐッ、二人とも覚えておきなさい」
マコトは拳を握り締めるユウカに視線を向けた。
「つか、なんで、お前は箱馬車の中で負傷してんだよ」
「マコトが悪い」
理由を尋ねると、ユウカは拗ねたように唇を尖らせた。
「なんで、俺のせいなんだよ?」
「マコトが目を逸らして眠ろうとするから」
「ユウカさんはマコト様に構って欲しくて蹴りを入れたんです」
「それで、自傷ダメージか」
マコトは小さく溜息を吐き――。
「馬鹿じゃねーの?」
「ぐッ、馬鹿じゃないわよ!」
率直な感想を口にすると、ユウカは声を荒らげた。
だが、呻いた所を見るに馬鹿なことをした自覚はあるようだ。
「けど、構って欲しかったなんて可愛い所があるんだな」
「気持ち悪いこと言わないで!」
「気持ち悪くねーよ」
「気持ち悪いわよ。何か、こう、アラフォーのおっさんがニチャリと笑って『可愛い所があるんだな』なんてセクハラもいい所よ?」
「ニチャリと笑ってねーし。そもそも、この世界にセクハラはねーよ」
「そうだったわ。この世界は人権が仕事してないのよね」
ちッ、とユウカは舌打ちした。
「で、なんで俺に構って欲しかったんだよ?」
「別に構って欲しかった訳じゃないけど……」
ユウカは顔を背け、拗ねたように唇を尖らせた。
ややあって――。
「暇だったから」
ごにょごにょと呟いた。
「本を読んでただろうが」
「そりゃそうだけど、気分転換で話そうにもマコトはぐーすか寝てるし、ローラはずっと景色を眺めてるしで暇だったのよ」
「自分は孤高とか言ってたくせに構ってちゃんかよ」
「うぐぐッ……」
ユウカは口惜しげに呻き――。
「ったく、寂しいなら――」
「そうよ! あたしは構ってちゃんよッ!」
マコトの言葉を遮ってユウカが叫んだ。
思わず目を見開く。
まさか、構ってちゃんと認めるとは思わなかった。
どういう心境の変化だろう。
「だから、優しくしてッ! とにかく、構って、優しくして、楽しませて!」
「余計、面倒臭くなりやがった」
「街を出てから半日以上無言ですごしてれば面倒臭くもなるわよ」
ユウカはぷいっと顔を背けた。
「分かった分かった。じゃ、トランプに似たゲームをやるぞ」
「……」
ユウカは無言だ。
無言でそっぽを向いている。
しばらくしてチラリとこちらを見る。
心が揺れているようだ。
あと一押しといった所か。
それにしても面倒臭い。
警戒心の強い猫に餌付けしているような気分だ。
まあ、猫を飼ったことはないし、餌付けしたこともないが。
「しょ、しょうがないわね。そこまで言うなら――」
ユウカが照れ臭そうに頭を掻きながらこちらに向き直る。
だが、最後まで言い切ることはできなかった。
箱馬車が揺れたのだ。
いや、止まったというべきか。
ローラが窓を開けて前方――進行方向を確認する。
「今日宿泊する村に到着しました」
「ぐッ……」
ローラの言葉にユウカは苦しげに呻いた。
箱馬車が動き出し、ガタガタと揺れる。
窓の外を見ると、そこには堀があった。
どうやら橋の上を通っている最中のようだ。
橋を通り過ぎ、村に入る。
強い既視感を覚える。
ああ、と声を上げる。
ここはジャイアント・スケルトンに襲われた村だ。
あの時は一日半掛かったが、箱馬車だと半分程度の時間で済むらしい。
そんなことを考えていると、箱馬車が再び揺れた。
今度こそ、到着したようだ。
ローラが馬車から降り、マコトとユウカも後に続く。
もう一台の箱馬車を見ると、クリスティンが村長と話をしていた。
フェーネ、リブ、フジカの三人は黙ってそれを見ている。
こちらに気付いたのだろう。
村長がハッとしたようにこちらを見る。
つられるようにクリスティンが振り返る。
しばらくして会話を再開する。
さらに時間が経ち――。
「ったく、何を話してるのかしら。こっちは疲れてるんだからさっさと宿に案内してくれればいいのに……」
ユウカが文句を言い始めた。
それだけではない。
腕を組み、体を小刻みに揺らしている。
「足下に魔弾を撃ち込んでやろうかしら」
「落ち着けよ」
「落ち着いてるわよ」
マコトが窘めると、ユウカはムッとしたように言い返してきた。
またこのパターンか、と小さく溜息を吐く。
だが、行動に移されるよりはマシだろう。
「足下に魔弾をぶち込んでやるって言ってるヤツの何処が落ち着いてるんだよ」
「ぶち込むなんて言ってないわ。撃ち込んでやろうかしらって言ったの」
「同じことだろ?」
「違うわ。殺人と殺人未遂くらい違うわ」
「被害者からしたら同じだと思うが……」
「被害者視点でも違うわよ。殺されたと殺されそうになったじゃ天と地ほども差があるわ」
「上手いこと言いやがるな」
「当然」
ふん、とユウカは鼻を鳴らして髪を掻き上げた。
改めてクリスティン達に視線を向ける。
すると、クリスティンが手招きをしていた。
どうやら、話し合いは終わったようだ。
「クリスティンの所に行くぞ」
「わざわざ言わなくても分かってるわよ」
お前もいちいち憎まれ口を叩くなよと思ったが、口にはしない。
ここで言い合いをすれば寝床に案内してもらうのが遅れる。
それに、夕食時にユウカがまた文句を言ってきそうな気がする。
マコト達はクリスティンに歩み寄った。
立ち止まると――。
「随分、長々と話し込んでたわね?」
「ワシは領主じゃし、色々と話さなければならぬことが……」
苛立った様子のユウカにクリスティンはごにょごにょと答える。
子どもに対するパワハラを見過ごすことができなかったのだろう。
フジカがクリスティンを庇うように前に出る。
「ユウカ、苛々してるのは分かるけど、子どもに当たるのは駄目絶対みたいな」
「おお、フジカ!」
クリスティンは感極まったようにフジカに抱きついた。
ふん、とユウカは鼻を鳴らした。
「念のために言っておくけど、そいつはチームで最弱よ? 肉の壁にもならないわ」
「何じゃと!?」
クリスティンは驚いたように目を見開き、フジカから離れた。
きょろきょろと周囲を見回してリブの後ろに隠れる。
フジカは――ちょっと寂しそうだ。
「残念ね、フジカ。そこのお子ちゃまはアンタなんてお呼びじゃないそうよ?」
「ユウカ、子どもを脅すのは止めた方がいいと思うし」
「領主がこの程度の脅しに屈してどうするのよ? あたしなんてフトシに大腿骨をへし折られても屈さなかったわよ」
「……」
ユウカが胸を張って言うが、フジカは無反応だ。
いや、ちょっと顔色が悪いだろうか。
流石にそのことに気付いたのだろう。
ユウカが訝しげな表情を浮かべた。
「なんで、黙ってるのよ?」
「いや、あの時のユウカの顔を思い出したら気分が悪くなってきたし」
「は!? なんで、気分が悪くなってるのよッ?」
「ユウカは自分の顔を見てないから仕方がないけど、ひどい有様だったし。こう、顔全体がぐしゃぐしゃになって、折れ残った歯が――」
「止めて! 言わないでッ!」
ユウカは耳を押さえて叫んだ。
珍しい光景だ。
好機と見たのか。
フジカがニヤリと笑う。
「見分けが付いたのは口だけだったけど、その中で蠢く舌は折れた歯でズタズタに――」
「魔弾!」
「ぎゃひぃぃぃッ!」
ユウカが魔弾をぶっ放し、フジカは跳び上がった。
「いきなり魔弾をぶっ放すとか有り得ないし!」
「止めろって言ってるのに止めないからでしょうが!」
フジカが叫ぶと、ユウカは叫び返した。
こういう所があるからフジカはユウカと仲よくなれないんだろうなと思わないでもない。
まあ、ユウカと仲よくなること自体、ハードルが高めなのだが。
「どうしますか?」
「放っておいたらフジカが死ぬからな」
いつの間にか隣に来ていたローラに答える。
その時、村長が二人の間に割って入った。
「「「「「「――ッ!」」」」」」
マコト達――ユウカと村長を除く全員が息を呑んだ。
「何?」
「これは、これは、ユウカ様、お久しぶりでございます」
ユウカが不機嫌そうに言うと、村長は深々と頭を垂れた。
気勢を削がれた――平身低頭で接してくる相手に文句を言えなかったのだろう。
ユウカは気まずそうに顔を背け、髪を掻き上げた。
「過日は村を救って頂き、ありがとうございます」
「別に……」
村長の言葉にユウカは口籠もった。
いや、拗ねたように唇を尖らせた。
「で、その後はどうなのよ?」
「ご存じの通り、収穫も終わり――」
「そうじゃなくて」
ユウカは村長の言葉を遮って言った。ちらちらと村長に視線を向け――。
「あれからモンスターは出てないの?」
「はい、お陰様で」
ユウカがごにょごにょと言うと、村長は笑みを浮かべた。
「お部屋の準備が整っておりますので、どうぞおくつろぎ下さい」
「お世話になるわ」
「では、荷物を運ばせて頂きます」
村長が手を打ち鳴らすと、村長の家から数人の女性が出てきた。
使用人、いや、村人に臨時で手伝いを頼んだのだろう。
手回しがいい。
村長を見ていると、クリスティンはちゃんとした領主なのではという気がしてくる。
※
手伝いの女性は立ち止まると扉を開けた。
「どうぞ、こちらのお部屋をお使い下さい」
「ありがとな」
「いえ……」
マコトが礼を言うと、手伝いの女性は照れ臭そうに髪を掻き上げた。
部屋に入り、バッグを床に置き、ベッドに横たわる。
ギシギシと抗議をするようにベッドが軋んだ。
「なんで……」
ユウカの声が聞こえたが、マコトは無視した。
「なんで……」
再び声が聞こえた。
もちろん、今回も対応は変わらない。
「なんで、マコトと一緒の部屋なのよ?」
「……」
三度目でようやくユウカは疑問を口にする。
当然のことながらマコトは答えない。
「黙ってないで何とか言いなさいよ!」
「な――」
「念のために言っておくけど、何とかって言ったら怒るわよ!」
ユウカが言葉を遮って言い、マコトは渋々体を起こした。
ベッドに魔弾をぶち込まれたら堪らない。
ユウカは扉の近くに立っていた。
案内をしてくれた女性の姿はない。
八つ当たりされる前に逃げたのだろう。
賢明な判断だ。
「仕方がねぇだろ。村長の家は狭いんだから」
「それは……」
ユウカは口籠もった。
「それとも、住人を追い出してそこに泊まるか?」
「そこまで言ってないでしょ! あたしは配慮が足りないって言ってるのよ」
ユウカは声を荒らげ、そっぽを向いた。
「配慮?」
「あたしは女で、マコトは男。ほら、色々あるでしょ、色々」
「色々な」
ユウカがごにょごにょと言い、マコトは溜息を吐いた。
どうして、こういう時にばかり女であることを意識するのだろう。
「なんで、溜息を吐くのよ?」
「何でもねーよ」
「答えになってないわ」
「あの、ユウカさん……」
ユウカがムッとしたように言い、背後から声が響いた。
ローラの声だ。
「何よ?」
「私も同室なのですが?」
ユウカが振り返って言うと、ローラはおずおずと切り出した。
「分かってるわよ」
「そうですか。分かってますか」
ローラは微妙な表情を浮かべてユウカの脇を擦り抜けようとした。
だが、できなかった。
ユウカに肩を掴まれたのだ。
「何か?」
「同室だからって変なことをしだしたら燃やすわよ?」
「変なこととは?」
「変なことは変なことよ」
「具体的に――」
「分かるでしょ?」
「……はい、分かります」
ユウカが言葉を遮って言うと、ローラはやや間を置いて答えた。
ユウカが肩を掴む手に力を込めたからだが――。
「わざわざ念を押さなくてもそんなことしねーよ」
「え!?」
マコトが溜息交じりに言うと、ローラは意外そうな声を上げた。
「変態!」
「なんで、俺に言うんだよ」
ユウカが顔を真っ赤にして言い、マコトはぼやいた。
「こういうのは男が悪いって相場が決まってるのよ」
「男女差別だ」
「言ってなさい」
ふん、とユウカは鼻を鳴らしてローラから手を放した。
ローラはホッと息を吐くとマコトの隣のベッドに歩み寄って荷物を置いた。
荷物はマコトとリブの中間といった所か。
「随分、荷物が少ないのね?」
「そうですか?」
ローラは装備を外しながら応じた。
「そうですかって、そんなに少なくて大丈夫なの?」
「これでも多すぎるくらいではないかと」
「そんな訳ないじゃない」
「大丈夫です」
ローラは自信ありげに胸を叩いた。
ユウカはといえば何やら渋い顔をしている。
「根拠は?」
「私は騎士です。ナイフ一本あれば着の身着のままで山に放り出されても何とかなります」
「ああ、そういうことね」
ユウカは深々と溜息を吐き、キャリーバッグを引いて空いているベッドに移動した。
キャリーバッグをベッドの傍らに置き、こちらに背を向けてベッドに横たわる。
その態度に釈然としないものを感じたのだろう。
ローラはユウカのベッドに歩み寄った。
「ユウカさん、どうしてそんな態度を取るんですか?」
「別に……」
「別にって態度じゃないです」
は~、とユウカは溜息を吐き、体を起こした。
「ローラに言っておくことがあるわ」
「何でしょう?」
ユウカが向き直って言うと、ローラは背筋を伸ばした。
「前にも言ったけど、ローラには女子力が足りないわ」
「――ッ!」
ローラはハッと息を呑み、頭を振った。
「い、いえ、私は料理もできますし、裁縫だって――」
「だから、蛙や野鼠を焼くのは料理って言わないのよ」
「――ッ!」
ユウカがうんざりしたように言うと、ローラは再び息を呑んだ。
前にも同じような遣り取りをしていたのに何がそんなにショックなのだろう。
「で、ですが、皆、美味しい美味しいと……」
「騎士基準で女子力を測るのは止めなさい。というか、何処の世界にナイフ一本で山に放り出されてサバイブできる女子がいるのよ」
「ここにいます」
ローラは肩を窄め、ごにょごにょと言った。
聞こえているのか聞こえていないのか。
ユウカはローラに冷たい視線を向けた。
「普通の女子はそんなことできないのよ」
「ですが、同僚はちゃんと結婚を……」
「それはその子達が騎士基準で物事を考えてないからよ」
「――ッ!」
ローラは息を呑み、打ちのめされたように膝を屈した。
「ま、まさか、そんなことが……」
「どうせ、騎士として生きるとか、勉強してないとか、持久走で最後まで一緒に走ろうとか、そういう言葉を真に受けたんでしょうけど、世の中は騙すか騙されるかよ」
「うぐぐ……」
思い当たる節があるのか、ローラは呻いた。
しばらくしてハッとしたように顔を上げ、こちらに視線を向ける。
嫌な予感がする。
「なんで、マコトを見てるのよ?」
「いえ、考えてみればもう私は結婚を焦る必要がないので」
ユウカがこちらに視線を向ける。
「いつの間に結婚の約束をしたのよ?」
「責任を取るって話は、まあ、したと思う」
「墓穴を掘ってどうすんのよ」
「ユウカさん、お言葉ですが――」
「シャラップ!」
ローラが抗議の声を上げるが、物の見事にユウカに撃墜された。
「結婚は人生の墓場って言うでしょ? つまり、言質を取られたマコトは墓穴を掘ったって訳。分かるでしょ?」
「ぐッ、理屈は分かりますが……」
「分かったんなら終了よ、終了」
ローラは抗議しようとするが、ユウカは用は済んだとばかりにベッドに横たわった。
「ユウカさん、私の話をもう少し――」
「はいはい、あとで聞くわ、あとで」
「約束ですよ?」
はいはい、とユウカはうんざりしたように言った。





