【幕間7:タテイ・タケシ】後編
朝――タケシはベッドで目を覚ました。
自分達のために用意された兵舎のベッドだ。
不意に昨日のことを思い出す。
スケルトンに負けた。
いや、負けただけならばまだいい。
問題はレイモンドとルークだ。
あのこちらを見下すような態度を思い出しただけで腸が煮えくりかえる。
あれはあいつらのミスだ。
何体いるのか教えてくれなかった。
だから、スケルトンのような雑魚に後れを取ったのだ。
何体いるか分かっていればいくらでも対処できたのだ。
それに、帰りの馬車だ。
コウキやキララは何も言わなかった。
まあ、それはいい。
ルーク達のミスが原因とは言え、迷惑を掛けたのは事実だ。
腫れ物に触るような扱いになるのも無理からぬことだ。
だが、他のヤツら――クラスメイトの態度は何なのだろう。
こちらを盗み見て、目が合うと視線を逸らしたり、顔を背けたりするのだ。
ああいう態度はよく知っている。
柔道の大会――団体戦で見た。
口ではドンマイ、と言いながら心の中で責任を転嫁する卑しいヤツらの態度だ。
きっと、ヤツらの中ではタケシが諸悪の根源なのだろう。
ふざけるなと思う。
こっちは最前線で体を張っているのだ。
そのおこぼれに与っている連中にどうして責められなければならないのか。
「くそッ……」
タケシは吐き捨て、体を起こした。
どうも思考が悪い方に傾いてしまう。
こんな時は体を動かすに限る。
ふと馬車で責めるような視線を向けてきたクラスメイトの姿が脳裏を過った。
「あいつらを訓練に誘ってやるか」
どれだけタケシが頑張っているのかを知れば舐めた態度は取らなくなるはずだ。
幸い、この世界には傷をたちどころに治す水薬や治癒魔法がある。
訓練に熱が入って骨の一本や二本折れてもノーカウントだ。
それに、骨の一本や二本で強くなれれば御の字だ。
いずれ、感謝するに違いない。
「よし、やるぞ」
タケシはベッドから下りた。
服を着替えて廊下に出る。
視線を巡らせる。
廊下が一直線に伸び、扉が等間隔に設けられている。
クラスメイトの姿はない。
近くにいれば呼びつけられるだが――。
仕方がなく、クラスメイトの姿を求めて歩き出す。
しかし、クラスメイトの姿はない。
「もしかして……」
タケシは窓から外を見た。
兵舎の外はちょっとした運動場になっている。
もう見慣れたが、初めて兵舎を訪れた時は感動したものだ。
それと同時に誇らしい気分になった。
コウキ――自分の親友は毅然と交渉してこの兵舎を勝ち取ったのだと。
「ちッ、誰も訓練してねーのか。ったく、誰のお陰でここにいられると思ってるんだ」
タケシはぼやいて再び歩き始めた。
歩き続けて廊下の角に差し掛かった頃、声が聞こえてきた。
クラスメイトの声だ。
こんな所にいたのかと足を踏み出し――。
「何でもスケルトンに負けたらしいぜ」
「――ッ!」
タケシは息を呑み、足を止めた。
「は!? スケルトンって雑魚だろ? どうして、雑魚に負けるんだよ?」
「油断してたんだろ。アイツ、柔道日本一とか言ってるけど、団体戦じゃ手を抜くって評判だしさ。その上、すぐに暴力を振るうだろ」
「ああ、確かに……」
「タケシの横暴に耐えられなくて部活を辞めるヤツとか多くてさ。あと、リンチまがいのことをしてライバルを蹴落としてるとか」
「たかが高校の部活動でそこまでやるか?」
「噂な、噂。でも、あいつならやりかねねぇぜ」
タケシは唇を噛み締めた。
怒りが込み上げる。
団体戦じゃ手を抜く?
ふざけるな!
俺はいつも必死にやってる。
なのに周りのレベルが低いから団体戦で優勝できないんだ。
勝たせてやろうと少しきつめに練習をさせれば泣き言を口にする。
だから、個人戦に注力しているのだ。
それの何処が悪い。
「つかさ、マジで勘弁して欲しいよな。普段から偉そうにしている上、装備まで優遇されてるんだぜ。だったらちゃんと結果を出せっての」
「言えてる。暴力しか取り柄がないんだからスケルトン如きに負けるんじゃねぇって」
「――ッ!」
限界だった。
タケシは壁の陰から飛び出した。
「「――ッ!」」
二人――確かアイバとコバヤシだったはずだ――が振り返って息を呑んだ。
タケシはアイバの胸倉を掴み、壁に叩き付けた。
よほど驚いたのだろう。
目を白黒させている。
「や、やあ、タテイ君」
「タテイ君? さっきみたいに呼び捨てでもいいぞ」
「……」
低い声で言うと、アイバは黙り込んだ。
マズいと考えたのか、コバヤシが動く。
「暴力は止めろよ」
「動くな!」
怒鳴りつけると、コバヤシは動きを止めた。
ふん、と鼻を鳴らす。
所詮、この程度だ。
陰口を叩くしか能がない。
本人を目の前にしたら何もできなくなる。
「おい、さっき何て言った?」
「何も言ってねぇ……。言ってません」
「嘘を吐くな。スケルトンに負けただの、暴力しか能がないだの言ってただろうが!」
「……」
アイバは無言で俯いた。
やはり、この程度だ。
タケシの苦労も知らずに勝手なことばかり言う。
まったく、クズばかりで嫌になる。
訓練で性根を鍛え直してやらなければなるまい。
手の力を緩めたその時――。
「っざっけんじゃねぇよッ!」
アイバは大声で叫び、タケシの手を振り解いた。
コバヤシの所まで跳び退る。
「ふざけてるのは――」
「うるせぇッ!」
タケシの言葉はアイバの叫びに遮られた。
「何様のつもりだよ、てめぇは! いつもいつも偉ぶりやがってよッ!」
「俺はお前達の纏め役だ。当然だろう?」
アイバが激昂しているせいか。
タケシはわずかに冷静さを取り戻した。
淡々と事実を口にする。
そうだ。自分は纏め役だ。
だから、指示を出したり、命令を下すのは当然なのだ。
「何が当然だ! リーダーはコウキだろ!? てめぇはただの腰巾着だ!」
「誰が腰巾着だ!」
「腰巾着だろ!? 何もしてねぇくせにリーダー風を吹かせやがって!」
タケシは怒鳴り返したが、アイバはひるまなかった。
「俺は最前線で戦っている!」
「頼んでねーよ、そんなこと! それなのに最前線で戦ってるとか言って、自分達ばかりいい装備を買いやがって! もっと公平に分配しろよ!」
「最前線で戦ってるんだ。いい装備を身に着けるのは当然だ」
「だから、なんで当然なんだよ!? 危険だからか? ふざけるな! 本当に危険なのはまともな装備をもらえずに戦ってる俺らなんだよ!」
「装備に不満があるのなら教会に行って報奨金を受け取ればいいだろうが!」
「俺らを後方に下げてよく言うぜ。戦う機会もなくてどうやって金を稼ぐんだよ」
アイバは声のトーンを落として言った。
タケシは殺意を抑えるのに必死だった。
陰口を叩いたばかりか逆ギレまでする。
さらに責任転嫁だ。
本当にクズばかりだ。
「大体、最前線で戦ってるって言うんなら敵を通すなよ。お前らが敵を通しすぎるせいでこっちは死にもの狂いなんだよ。近衛騎士団の助けがなけりゃとっくの昔に死んでる」
それに、とアイバは続ける。
「お前らのやり方は間違ってるんじゃねーの? ユウカは魔王なんて呼ばれる大魔法使いになったし、フジカだって聖女って呼ばれてるんだろ?」
「――ッ!」
何処でその話を、とタケシは息を呑んだ。
すると、アイバは顔を顰めた。
落胆、いや、侮蔑にも似た表情だ。
どうして、そんな顔をされなければならないのか。
「何だよ、本当の話だったのかよ。マジで参るぜ」
「何だと?」
アイバは溜息交じりに言い、タケシは問い返した。
「『何だと?』じゃねーよ。お前らに付いて行ってもいいことがないじゃねーか。ここを出て行ったヤツらは超一流の冒険者チームで大成してるってのによ。大体さ、なんでサトウが行方不明になった時に探しに行かなかったんだよ?」
「お前らも賛成しただろ!?」
タケシは声を荒らげた。
今更、終わったことを口にする。
本当に見下げ果てたヤツだ。
「言い出せる雰囲気じゃなかっただろ。そう言えばサトウと仲が悪かったよな?」
「それがどうした?」
「サトウが行方不明になったのもお前の差し金じゃないのか?」
「お前ッ!」
濡れ衣を着せられ怒りが限界を迎える。
そうだ。殴ろう。殴ってしまおう。
まったく、どうして我慢などしたのか。
ここは異世界だ。
元の世界よりも暴力との距離が近い。
アイバを殴ったからと誰が責められるだろう。
拳を握り締め、足を踏み出したその時――。
「おや、何をやってるんだい?」
「――ッ!」
背後から声を掛けられて振り返る。
すると、レイモンドが立っていた。
訳が分からないというように首を傾げている。
何をやっているかなんて分かりきっているだろうに。
なんて、わざとらしい。
バタバタという音が背後から響く。
肩越しに背後を見ると、アイバとコバヤシが逃げ去る所だった。
くそッ、と吐き捨て、レイモンドに向き直る。
「何の用だ?」
「ご挨拶だね。ここは王国の所有物なのに」
「何の用だ?」
「ルーク団長のお供で来たんだけど、はぐれてしまってね」
同じ質問を繰り返すと、レイモンドは肩を竦めた。
大仰な――芝居がかった所作にイラッとする。
わざとこちらを怒らせようとしているのではないかと思うほどだ。
「俺はここに来た理由を聞いているんだ」
「そうだったのかい? そう言ってくれないと分からないよ」
レイモンドは再び肩を竦めた。
「早く答えろ」
「君達の仲間を引き抜きに来たんだよ」
「何だと!?」
「だから、君達の――」
「くそッ!」
タケシはレイモンドに背を向けて駆け出した。
向かう先はコウキのいる執務室だ。
廊下を駆け抜け、階段を登り、執務室に飛び込む。
すると――。
「「――ッ!」」
執務室にいた二人の女――クラスメイトのアンドウとイイダが振り返った。
彼女達の隣にはルークの姿があった。
引き抜きに来たという言葉に偽りはなかったようだ。
怒りが込み上げる。
引き抜きだけでも許せないのに相手が女とは。
許せる訳がない。
「ルーク!」
タケシが叫んで駆け寄ると、ひッとアンドウとイイダが悲鳴を上げた。
その姿にさらに怒りが込み上げる。
自分は正しいことをしている。
にもかかわらずアンドウとイイダは怯えたような目でこちらを見ている。
ルークが足を踏み出し、タケシは立ち止まった。
顔を上げ、ルークを睨み付ける。
「引き抜きって、どういうことだ?」
「そのままの意味だが?」
「ふざけるんじゃねぇッ!」
「タケシ、落ち着いて」
声を荒らげると、静かな声が響いた。
ルーク達の背後を見る。
そこにはコウキの姿があった。
重厚そうな机に座っている。
タケシはルークと女どもを押し退けて机に歩み寄った。
バンッと机を叩く。
「これが落ち着いていられるか!」
「タケシさん、落ち着いて下さい」
横から声が響く。
キララの声だ。
視線を横に向けると、キララが机に座っていた。
コウキのそれと違いシンプルなデザインだ。
責めるような目で見られ、怒りが小さくなる。
「コウキ、説明してくれ」
「アンドウさんとイイダさんは近衛騎士団の世話になりたいそうだ」
「――ッ!」
コウキの言葉に怒りが再燃する。
近衛騎士団の世話になりたい?
なんて、ふざけた女どもだ。
今まで一度も役に立ったことがないくせに所属を選べる立場だと思っているのか。
「お前達ッ!」
「待て」
タケシが詰め寄ろうとすると、ルークが割って入った。
「そこを退け!」
「断る。私は彼女達の上司になった。守る義務がある」
「何が上司だ!? お前は客人の力が欲しいだけだ!」
タケシは叫び、女どもを睨み付けた。
「お前らもお前らだ! 俺達はお前らを守るために戦ってやってるのに……恥を知れ! それとも、あれか? お前らは家畜になりたいのかッ? ああ、そうだよな! それくらいしか役に立たない――ッ!」
タケシは最後まで言い切ることができなかった。
ルークに殴られたのだ。
どれほどの力で殴られたのか。
吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。
そのまま倒れてしまいそうだったが、何とか体を支える。
「暴力を振るって申し訳ない。だが、私の部下に対する暴言は慎んで頂きたい」
「こちらこそ申し訳ありません」
ルークが頭を垂れると、コウキは座ったまま頭を下げた。
「どうして、謝るんだ? 悪いのは――」
「貴様がそういう男だから彼女達は私の下に来たんだ」
タケシの言葉をルークは遮って言った。
「何だと?」
「ルーク団長、それは……」
「教えてやった方が本人のためだ」
コウキが懇談するように言うが、ルークは意に返さない。
タケシに歩み寄り、胸倉を掴む。
それほど力を込めているようには見えない。
にもかかわらずタケシの踵は宙に浮いた。
「いいか? 彼女達は貴様が怖いと言っている」
「俺の何処が――」
「訓練にかこつけて暴力を振るう人間を怖がらない者が何処にいる!」
ルークの声が執務室に響き渡る。
「貴様のジョブは守護騎士だったな?」
「それがどうした?」
「貴様のいた世界では分からないが、騎士とは主君を、そして民草を守るものだ」
ルークに睨み付けられ、タケシは目を逸らした。
「ペリオリス様が貴様如きに力を与えた意味を考えろ」
「知ったことかよ」
タケシが吐き捨てると、ルークは小さく溜息を吐いて手を放した。
浮いていた踵が床に着く。
落下と評するには低すぎる。
だが、タケシはそのわずかな衝撃に耐えられずに尻餅をついた。
「私は貴様が考えているようなことを彼女達にするつもりはない」
「嘘を吐くな」
「私は嘘など吐かない。彼女達が元の世界に戻りたいと言うのなら協力する。この世界で生きたいと言った場合も同様だ。戦うのが嫌だというのならば、私の力が及ぶ範囲でという条件付きだが、最大限の努力をする」
「嘘っぱちだ」
ふぅ、とルークは溜息を吐き、タケシに背を向けた。
「さあ、行こう」
「「はいッ!」」
ルークが信じられないほど柔らかい声で言い、女どもは嬉しそうに頷いた。
そのまま執務室を出て行くかと思いきやコウキに視線を向ける。
「武闘大会の件、考えてくれたまえ」
「はい、分かりました」
「まあ、個人的には参加して欲しくないがね」
ふん、とルークは鼻で笑い、女どもを連れて執務室を出て行った。
コウキも、キララも助け起こそうとしてくれない。
「くそッ……」
タケシは立ち上がり、ふらつく足でコウキの机に歩み寄った。
「どうして、止めなかったんだ?」
「タケシさん!」
名前を呼ばれて視線を向けると、キララは立ち上がってこちらを見ていた。
まるでタケシが悪いと言わんばかりの顔だ。
今まで最前線で戦ってきた。
それなのに、どうしてそんな目で見られなければならないのか。
「聞いていらっしゃらなかったのですか?」
「お前まで俺が悪いってのか?」
「貴方は……」
キララが呻くように言い、タケシはコウキに向き直った。
向き直ったが、心は乱れている。
この世界に来て、キララと距離が縮まったと思っていた。
それなのに今は元の世界にいた頃より遠く感じる。
今にして思えばフトシに負けた頃からだったように思う。
そうだ。あの頃からおかしくなった。
ボタンを掛け違えた。
間違いを正さなければならない。
どうすればと考えたその時、脳裏に閃くものがあった。
「なあ、武闘大会って何だ?」
「そのままの意味だよ。王都で行われる国王や貴族達の示威行為だね。自分はこれだけすごい騎士や傭兵を部下にしているっていう」
「参加しないのか?」
「優勝はルーク団長で決まりだよ。レベルの差を緩和する処置を施すって話だけど、それでもレベルが違いすぎる」
「俺が出る」
「何だって?」
聞こえていたはずだが、コウキは問い返してきた。
「俺が出るって言ったんだ。レベルの差を緩和する処置をしてくれるのならルークのヤツに一矢報いることができるはずだ。そうすればあの二人だって思い直す」
「本気で言っているのかい?」
「当たり前だろ」
「タケシ、今は地盤を固める時だよ。今まで強引にことを運びすぎた。皆から不満も出ている。このままじゃ――」
「媚びへつらってどうする!」
タケシはコウキの言葉を遮った。
「あいつらはクズなんだ。どっちが上なのか分からせてやらないと何処までも付け上がる」
「…………分かった」
コウキはかなり間を置いて頷いた。
「けど、バックアップはできない」
「大丈夫だ。俺にも蓄えはあるし、近場のダンジョンなら金も掛からないはずだ」
「知ってると思うけど、王都周辺のダンジョンはそんなに強いアンデッドが出ない」
「だから、一人で行く」
「一人で?」
コウキが鸚鵡返しに呟き、キララに視線を向ける。
イラッとするが、黙っておく。
レベルを上げれば見直してくれるに違いないのだ。
「一人で行けば効率よくレベルを上げられる」
「リスクも高くなる」
「承知の上だ」
「……分かった。気を付けて」
「ああ、必ず強くなって戻ってくる」
コウキが渋々という感じで頷き、タケシは踵を返した。
執務室を出て、自分の部屋に向かう。
とりあえず、今日はダンジョン探索の準備に費やそう。
そして、明日からダンジョンを探索する。
厳しい戦いになるだろう。
だが、それを潜り抜ければ輝かしい未来が待っている。
強くなれば全て解決する。
今まで――元の世界にいた頃と何も変わらない。





