Quest38:クリスティンと交渉せよ
朝――マコトは階下から響く足音で目を覚ました。
ダンジョンを攻略した翌日にもかかわらず疲労感はない。
澱を吐き出したような爽快感がある。
実に爽やかな朝だ。
ふと昨日のことを思い出す。
昨日は食事を終えるとすぐに自分の部屋に戻った。
疲労感があったし、眠気もあった。
そのままベッドに倒れ込みたかったが、ダンジョンを攻略したばかりだ。
汗臭いというか、埃っぽかったので、眠気を堪えてシャワーを浴びた。
それがいけなかった。
いや、いけないということはないか。
ただ、わずかに残っていた集中力が途切れた。
疲労感と眠気がどっと押し寄せ、体を拭くのもそこそこにベッドに倒れ込んだ。
意識を失うように眠り、夢を見た。
葛葉の夢だ。
夢で葛葉の人生を追体験した。
正直に言えば困惑した。
他の七悪――キングを倒した時も、フトシを倒した時も夢で人生を追体験した。
もちろん、葛葉の人生もだ。
だが、二度も夢で人生を追体験したのは葛葉だけだ。
理由は分からない。
夢が終わり、マコトは目を覚ました。
悪夢ではなかったが、全身が汗ばんでいた。
それだけではない。
フトシを倒した後のようにムラムラした。
シェリーの所に行こうとも思ったが、すぐに思い直した。
彼女を軽んじているようだと思ったのだ。
気分を落ち着けるためにシャワーを浴びようとベッドを下りた。
その時、扉を叩く音が響いた。
無視する――自身の状態を考えればそれが最適解だったはずだ。
だが、マコトは正常な判断力を失っていた。
だから、扉を開けてしまった。
すると、フェーネが立っていた。
頬を紅潮させ、もじもじと太股を摺り合わせていた。
さらに尻尾を弄っていた。
それだけでも彼女が自分と同じ状態にあると分かった。
会話を交わし、確信を強めた。
だから、『ちょっとお話ししてもいいッスか?』と問われた時に断ろうとした。
フェーネを部屋に入れたらどうなるのか分かっていたからだ。
分かっていたのだ。
にもかかわらず、断ることはできなかった。
部屋に招き入れ、ベッドに座らせてしまった。
無言のまま時が過ぎ、肩が触れた。
フェーネがびくっと震え――。
何、びっくりしてるんだよ?
いや、びっくりしてないッスよ? うりゃッス!
うおッ!
兄貴こそ、びっくりしてるじゃないッスか。
そんな遣り取りが徐々にエスカレートし、マコトはフェーネと関係を結んだ。
今にして思えば恥ずかしすぎる遣り取りだ。
ユウカならば『砂ぁぁッ!』と叫ぶことだろう。
やっちまった、とマコトは天井を見上げる。
いや、諦めるのはまだ早い。
夢だった可能性もゼロではない。
そうだ。マコトはアラフォーなのだ。
あんな子どもみたいな遣り取りをする訳がない。
う~ん、と隣で誰かが呻く。
視界の隅で何か――尻尾のようなものが動いた。
汗が噴き出し、心臓の鼓動が速まる。
いやいや、最後まで諦めるべきじゃない。
意を決して隣を見る。
すると、フェーネがマコトに背を向けて寝ていた。
ご丁寧に真っ裸だ。
しかも、尻尾が二本から三本に増えている。
「……やっちまった」
マコトは天井を見上げて呟いた。
シェリーやリブ、ローラと関係を持った時よりもやっちまった感が強い。
今更、本当に今更だが、今までフェーネを女と思っていなかったのだ。
可愛い弟分のように感じていた。
もし、仮に、関係を結ぶとしてもずっと先のことだと思っていた。
それなのにやった。
やってしまった。
男女の関係になった。
なんてこった。
だが、やってしまったものは仕方がない。
覆水盆に返らずだ。
フェーネと男女の関係になった事実を受け入れて前に進むしかない。
幸い、この世界はそんなにお堅くない。
陰口などはあるだろうが、せめてお金の苦労をさせないように頑張ろう。
「……頑張ろう」
マコトは自分に言い聞かせるように呟いて体を起こした。
※
マコトがシャワーを浴びて一階に下りると、シェリーはカウンターの内側で調理中、ユウカ、リブ、フジカはカウンター席に座っていた。
「旦那、おはようございます」
「あ、ああ、おはよう」
シェリーに挨拶を返し、指定席――カウンター席の端に座る。
しまった。思わず口籠もってしまった。
「どうぞ」
「ありがとう」
シェリーがカウンターにグラスを置き、マコトは礼を言って受け取った。
グラスを呷ると、レモン水の爽やかな味わいが広がった。
カウンターにグラスを置き、小さく息を吐く。
シャワーを浴びた直後だからだろうか。
殊更、美味しく感じる。
ややあって、ユウカが口を開いた。
「おはよ」
「あ、ああ、おはよう」
ユウカに挨拶を返す。
しまった。またしても口籠もってしまった。
ユウカが訝しげに眉根を寄せる。
「マコト、なんで――」
「マコトさん、おはようございますみたいな!」
フジカがユウカの言葉を遮って挨拶をした。
ナイスタイミング、とマコトは心の中でフジカに感謝し--。
「おはよう。今日は元気だな」
「レベルが上がったせいかもみたいな」
「はッ、何がレベルが上がったよ。どうせ、マコト達に頼りきりだったんでしょうが」
この糞セレブ、とユウカは吐き捨て、レモン水を呷った。
プハーッ、と息を吐く。
「何もしてないのに中傷されたみたいな」
「アンタが調子ぶっこいてるからよ。いい? いくらレベルが上がったからって油断しちゃ駄目よ。レベルをカンストしてるマコトが何度も死にかけてるんだからアンタなんて油断した途端にアンデッドの仲間入りよ」
「一理あるかもみたいな」
ユウカがこれまた流れるように言い、フジカは神妙な面持ちで呟いた。
単にマウントを取りたいだけではないかと思ったが、口にはしない。
フェーネのことがある。
矛先がこちらに向いたら困るのだ。
「そういやレベルはいくつになったんだ?」
「……レベル19ね」
リブがこちらに体を向けて言い、ユウカが目を細めながら答えた。
「へ~、大したもんだ」
「そう言ってもらえると――」
「あまり甘やかしちゃ駄目よ。すぐに調子に乗るんだから」
リブの言葉にフジカが声を弾ませるが、ユウカに言葉を遮られる。
フジカはがっくりと肩を落とし、責めるような視線をユウカに向けた。
「何よ、その目は?」
「もう少し誉めてくれても罰は当たらないし」
「さっきは『一理あるかもみたいな』って言ってたでしょうが」
「それはそれとして少しは誉めて欲しいみたいな」
「ったく、面倒臭い女ね。まあ、いいわ」
ユウカはうんざりしたように言い――。
「よくやったわ。アンタにしては上出来よ」
「ユウカはお母さんに向いてないと思うし」
「は!? お母さん?」
フジカがぼやくと、ユウカは素っ頓狂な声で言った。
「そう、ユウカはお母さんに向いてないし」
「あたしの何処がお母さんに向いてないのよ?」
「ユウカは子どもを誉めずに才能の芽を摘んじゃうみたいな」
ぐッ、とユウカは呻いた。
「心当たりでもあるのか? 親戚の子どもに厳しく当たったとか」
「ないわよ」
マコトが尋ねると、ユウカは拗ねたように唇を尖らせて答えた。
「鬼の目にも涙、ユウカの心にも一欠片の情みたいな」
「アンタ、マジでムカつくわね」
「それはお互い様だし」
ぐぅ、とユウカは呻いた。
いや、獣のように唸った。
昨夜は貫手を叩き込んだのに今日は大人しい。
思わずシェリーに視線を向ける。
「どうしたんですか?」
「いや、ユウカが大人しいから何か言ったのかと思ってさ」
「何も言っちゃいませんよ」
「そうか」
マコトはレモン水を飲み、ユウカに視線を向けた。
「それで、なんで言い返さないんだ?」
「マコトさん、ユウカが言い返さないなら私はそれでハッピーみたいな」
「ちッ、アンタ達がどう思ってるかよく分かったわ」
マコトとフジカの言葉にユウカは舌打ちをし、髪を掻き上げた。
「別に親戚の子どもに辛く当たったことはないわ。そもそも、親戚付き合いなんてないから辛く当たれる相手もいないし。ただ……」
「「ただ?」」
マコトとフジカは鸚鵡返しに呟いた。
「小学校にそういう教師がいたなって思ったのよ」
「そういう教師がまだ生き残ってたんだな」
マコトはしみじみと呟いた。
「昭和は酷そうね」
「今なら問題になりそうな教師がちらほらいたな。やたら沸点が低いのとか」
「あ~、昭和の時代にもいた訳ね」
「まあ、全生徒に対して沸点が低けりゃ抑止力になると思うんだが……」
「分かる! よ~く分かるわ」
「時々、二人が別の世界に生きているような気がするし」
ユウカが拳を握り締めて言い、フジカが呆れたように呟いた。
「これだから金持ちは嫌なのよ。同じ世界に生きていないとか馬鹿にしてるわ」
「いや、そこまで言ってないし」
「同じことよ」
ユウカは吐き捨てるように言い、ちびちびとレモン水を飲んだ。
「拗ねることないみたいな」
「拗ねてないわよ」
「マコトさんも何か言って欲しいし」
「……」
フジカが助けを求めるが、マコトは無言でレモン水を飲んだ。
「マコトさんも拗ねてるみたいな?」
「別に拗ねてねぇけど、貧乏は辛いなって」
「マコト、あたしの家は貧乏じゃないから」
マコトがぼそっと呟くと、ユウカは神妙な面持ちで言った。
「前に貧乏って言ってなかったか?」
「言ってないわよ。そりゃ、まあ、うちは平均的なご家庭よりちょっとび――ッ!」
ユウカはごにょごにょと呟き、ハッとしたようにマコトを見た。
「あたしに貧乏って言わせようとしたわね!」
「してねーよ」
「ま、まあ、うちは平均的なご家庭より収入が少ないけど……」
うぐぐッ、とユウカは呻いた。
そんなに貧乏を認めるのが嫌なのだろうか。
「ユウカ、そんなに辛ければ何も言わなくていいし」
「アンタのせいでしょ!」
「うんうん、私のせいみたいな」
「畜生、覚えてなさいよ」
ユウカは口惜しげにカウンターを叩いた。
敗北を認めるなんて珍しいこともあるものだ。
明日は雪だろうか。
「そう言えば――」
「話題を逸らそうとしなくても大丈夫みたいな」
「ぐッ、そんなんじゃないわよ」
フジカに言葉を遮られ、ユウカは呻いた。
「それで、何が言いたいのみたいな?」
「リブもレベルが上がってるって言いたかったのよ」
ちッ、とユウカは舌打ちをした。
「いつ調べたのみたいな?」
「アンタのレベルを調べた時に決まってるじゃない」
「へ~、いくつになったのみたいな?」
「へへ、聞いて驚け。レベル54だ」
フジカの問いかけにリブはドヤ顔で答えた。
ほぅ、とマコトは感嘆の声を上げた。
確か葛葉と戦う前はレベル41だったはずだが……。
それだけ強敵だったということか。
「あたしが80、マコトが100、フェーネが29、リブが54、ローラが45。そう言えばアンタはどうだったかしら?」
「うぐぐ、さっきレベルを確かめたばかりのくせに」
ユウカが嫌みったらしく言い、フジカは呻くように言った。
ここぞとばかりにマウントを取りにいく。
二人が仲よくなるのは難しそうだ。
「でもでも、フェーネちゃんはレベルが上がってないし――」
「フジカ、その言い方は失礼よ。いえ、さもしいわ」
ユウカはフジカの言葉を遮って言った。
確かに自分より下がいるみたいな発言をすべきではない。
そのことに気付いたのだろう。
フジカは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
もちろん、フェーネのことを慮ったという訳ではない。
その証拠に――。
「フジカ、自分がこのチームの底辺って忘れちゃ駄目よ」
ユウカはフジカを見つめ、優しく諭した。
優しいのは口調だけで内容は最低だが。
「ぐッ、やっぱりそこに繋げてきたし」
「人聞きが悪いことを言わないで。あたしはチームの和を考えて発言したのよ。つまり、アンタが今の地位で満足してれば問題は起きないのよ」
「最低! ユウカは最低だしッ!」
「あたしの何処が最低なのよ!」
ユウカとフジカはギャーギャーと言い争った。
リブは落ち着き払った様子でレモン水を飲み、グラスをカウンターに置いた。
そして、大きな欠伸を一つ。
「フェーネの件はそんなに気にする必要ないんじゃねーの?」
「どういうことよ?」
リブが指で涙を拭いながら言うと、ユウカが問い返した。
悪い予感がする。
今すぐにこの場を去るべきだ。
数多の戦いを経験して磨かれた危機察知能力が危険を訴えている。
「あたいの部屋はマコトの部屋の真上なんだよ」
「――ッ!」
ユウカはハッと息を呑み、周囲を見回した。
フェーネがいないことに気付いたのだろう。
こちらに視線を向けてきたので、そっと顔を背ける。
沈黙が舞い降り、シェリーがレモン水をグラスに注ぐ。
何故だろう。その音がやたらと大きく聞こえた。
「マコト、まさか……」
「……」
マコトは無言だ。
無言にならざるを得ない。
グラスを手に取り、ちびちびとレモン水を飲む。
静かにグラスをカウンターに置くと――。
「変態! 変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態ッ!」
ユウカが顔を真っ赤にして叫んだ。
予想通りの展開だったのでショックは小さい。
それにしてもよく息が続くものだ。
感心してしまう。
「ま、まま、まさか、フェーネちゃんに手を出すだなんて……」
「あたいは時間の問題だと思ってたぜ」
相当、衝撃だったのだろう。
フジカが信じられないと言わんばかりの口調で言った。
だが、リブは余裕綽々という感じだ。
「なあ? 意外でも何でもないよな?」
「私の予想よりちょいと早かったですねぇ」
リブが問いかけると、シェリーはいつもと変わらぬ調子で言った。
マコトはホッと息を吐く。
時間の問題と思われていたことに思う所はある。
だが、泣かれたり、怒られたりするよりはマシだ。
「それで、何かあったんですか?」
「昨夜、夢を見て……」
シェリーが静かに切り出し、マコトは正直に事情を説明することにした。
「ムラムラしてやった」
「また!?」
声を荒らげたのはユウカだ。
自分が悪いのは分かっているが、イラッとしてしまう。
「仕方がねぇだろ。ムラムラしてたんだから」
「仕方がなくないわよ!」
「マコトさん、それは碌でなしの台詞だし」
ユウカが顔を真っ赤して、フジカが失望したと言わんばかりの口調で言う。
「七悪を倒した後は欲求が高まるんだよ」
「マコト、言い訳にしてない?」
「してねーよ」
「だ、大丈夫でしょうね?」
ユウカは自身の体を掻き抱き、マコトから距離を取った。
と言ってもイスに座っているので数十センチ程度だが。
「何がだよ?」
「あたしを襲ったりしないわよね?」
「襲わねーよ」
「そんなことを言って、フェーネに手を出してるじゃない。あんな小さい娘に――」
「おや?」
ユウカは最後まで言い切ることができなかった。
シェリーが階段の方を見たのだ。
フェーネが下りてきたのだろう。
つられて階段を見る。
「「「「――ッ!」」」」
マコト達は息を呑んだ。
金髪の美女が階段を下りてきたからだ。
階段を下りるたびに艶のある長い髪と豊かな胸、さらに三本の尻尾が揺れる。
顔立ちは整っていて、黙って座っていたら冷たく感じたことだろう。
だが、眠たそうにしているせいか奇妙な愛嬌を感じさせる。
彼女は階段を下りると欠伸をした。
「フェーネちゃん、おはようございます」
「「「「え!?」」」」
シェリーがいつもと変わらぬ口調で言い、マコト達は思わず声を上げた。
新規の宿泊者でなければフェーネの可能性が高い訳だが、それはないだろうという思いが強かった。
「あ、おはようッス」
「「「「――ッ!」」」」
金髪の美女がフェーネそのものの口調で挨拶し、またしてもマコト達は息を呑んだ。
一体、何が起きているのだろう。
固唾を呑んで見守っていると美女が足を踏み出した。
次の瞬間、ポンッという音と共に美女の足下から煙が立ち上った。
煙の中から現れたのはフェーネだ。
「あ!? 認識阻害ッ!」
「あ~、そういうことか」
ユウカが声を上げ、マコトは合点がいったと手を打ち鳴らした。
ふと疑問が湧き上がる。
何故、シェリーは金髪美女がフェーネだと分かったのだろう。
視覚に依存していないからとも考えられるが、認識阻害の効果はステータスにまで及ぶ。
そういえば葛葉がアンデッドにロックウェルを襲われた時、シェリーは地下室に隠れて難を逃れた。
嫌な予感がして避難したと言っていたが、特殊なスキルを身に付けている、あるいは特殊なスキルを身に付けたと考えた方が自然な気がする。
そんなことを考えていると――。
「大ニュースじゃ!」
背後から声が響いた。
クリスティンの声だ。
振り返ると、クリスティンが紙を持って立っていた。
その後ろにはローラが控えている。
すでに雇用関係にないはずだが、情は残っているようだし、色々あるのだろう。
「なんと! 王都で武闘大会が開催されるんじゃッ! しかも、賞金は100万A くぅぅぅ、これは、もう、参加するしかないって感じじゃな!」
「そうね。参加するしかないって感じね」
「おお! お主もそう思うか!?」
ユウカが頷くと、クリスティンは嬉しそうに声を弾ませた。
「ええ、だから、お金の話をしましょ?」
「また金の話か」
「当たり前でしょ。あたし達を利用して自分の影響力を強めようってんだから報酬はきちんと頂くわ」
クリスティンが呻くように言うが、ユウカは何も感じていないようだ。
自分のことを棚に上げてよくぞ言ったものだと感心してしまう。
きっと、こういう面の皮の厚いヤツが出世するのだろう。
頑張って出世して母親に楽をさせて欲しいと思う。
「葛葉の件もあって、ワシはかなり散財しとるんじゃけど……」
「クリス様、出し惜しみをするべきではありません」
クリスティンがごにょごにょと呟くと、ローラがぴしゃりと言った。
ちらちらとこちらに視線を向けてくる。
役に立っているとアピールしたいのだろうか。
なるほど、これが狙いか。
哀れ、クリスティン。
味方だと思っている相手に背中から刺されるとは。
自分で撒いた種だが、報酬を勉強してやってもいいかなという気がしてくる。
「……1万Aでどうじゃ?」
「安ッ! 安すぎるわ!」
クリスティンがおずおずと切り出すと、ユウカが声を荒らげた。
「なんで、お主が口を出すんじゃ?」
「あたしも一緒に行くからに決まってるじゃない」
「別にマコトだけで十分じゃし」
「マコトはシェリーを一人にしたくないのよ。そこで、転移魔法を使えるあたしの出番って訳よ」
ふふん、とユウカは鼻を鳴らした。
「なら、シェリーも一緒に来ればいいではないか」
「お言葉ですが、店を空ける訳には……」
クリスティンの言葉にシェリーは困ったような表情を浮かべた。
宿泊客がマコト達――黒炎だけならまだしも今はメアリとアンもいる。
流石に二人に留守番を任せる訳にはいかない。
それだけではなく、あまり目立ちたくないという気持ちもありそうだ。
「う~む、ここまで言っているのに駄目か」
「ここまでって、まだ条件らしい条件を提示してないでしょうが」
「ワシが条件を提示したらそれを基準に条件を出してくるに決まっとるし」
ユウカが呆れたように言うと、クリスティンは拗ねたように唇を尖らせた。
随分、すれたな~と思う。
あまり強気で交渉したら諦めてしまいそうだ。
まあ、今まで割と足下を見てきたし、今回は命が懸かっていない。
1万Aで手を打ってもいいような気がする。
マコトはぼりぼりと頭を掻いた。
「そうだな。クリスティンが移動の費用や宿泊費を持って、『黄金の羊』亭の警備をしっかりしてくれるんなら1万Aでも構わねーよ」
「ちょっと!」
ユウカが声を荒らげるが――。
「武闘大会は黒炎の宣伝をするいい機会だと思わねーか?」
「それはそうだけど……」
「優勝すりゃ100万Aだし、クリスティンの依頼を断って別の依頼を受けたり、ダンジョンを探索するより実入りがいいだろ?」
「そうだけど、な~んか譲歩しすぎって感じがするのよね。まさか、負けるかも知れないから報酬を抑えておこうとか考えてないでしょうね?」
「子ども相手に吹っ掛けすぎるのはって思っただけで、そこまで考えてねーよ。けど、まあ、絶対に優勝できる訳じゃねーし、それを考えたら1万Aは妥当なんじゃねーか」
「ほれほれ、妥当と言っておるぞ」
「アンタは黙ってなさい」
「……はい」
クリスティンは喜色満面で言ったが、ユウカの言葉に撃沈した。
「確かに一理あるけど、王都まであたし達が護衛することになるのよね。そこを考えると1万Aは安すぎじゃないかと思うのよ」
「まあ、そうだな」
「もうちょっと頑張ってくれんかの」
マコトが頷くと、クリスティンがごにょごにょと呟いた。
その時、リブが口を開いた。
「そういや、あたいらも王都に行かなきゃならねーのか?」
「当たり前ッスよ!」
「当たり前じゃないですか!」
「当たり前なのか」
フェーネとローラが声を張り上げ、リブは顔を顰めた。
「フジカは留守番ってことでいいわね」
「……」
ユウカが邪悪な笑みを浮かべるが、フジカは無反応だ。
不審に思ったのだろう。
ユウカが手の甲でフジカの二の腕をバシバシと叩いた。
「痛いし! なんで、叩くのみたいな!?」
「アンタが無反応だからでしょ。一人で留守番してていいの?」
「留守番しろって言うなら、まあ……」
「なんで、そんなに留守番したいのよ?」
「正直、クラスの皆に会いたくないみたいな」
「絶対、王都に連れて行くわ」
フジカが寂しそうな笑みを浮かべ、ユウカは断固とした口調で言った。
「いや、大人しく――」
「シャラップ!」
ユウカはフジカの言葉を遮って言った。
何故か、英語だ。
「いい? アンタは『私は裏切り者だし、顔を合わせにくいみたいな』って考えてるかも知れないけど……、アンタは悪くない!」
「――ッ!」
ユウカの言葉にフジカは息を呑んだ。
「だから、一緒にコウキ君達が打ちのめされる様子を見学しましょ?」
「何か、最低なことを言い出したし」
「いいじゃない! あたしはコウキ君達が打ちのめされる姿を見たくて頑張ってきたのよ!」
「ってことは六人か。どうよ、リーダー?」
リブがマコトに視線を向ける。
「六人で6万Aはどうだ? 黒炎を護衛として雇うなら安い方だし、帰りはユウカの魔法で一瞬だからな」
「…………分かったのじゃ」
マコトが条件を提示すると、クリスティンはかなり間を置いて頷いた。





