【幕間6:フェーネ】
夜――食事が終わり、カウンター席に座っていたマコトが大きく欠伸をした。
「ふぁ~、今日はもう寝るわ」
「あたしも――」
「二人とも気が――ごふぅッ!」
同じくカウンター席に座っていたユウカの言葉をフジカが遮る。
だが、彼女は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。
脇腹にユウカの貫手が突き刺さったのだ。
フェーネはテーブル席で小さく溜息を吐いた。
リブはニヤニヤと笑い、ローラは困ったように眉根を寄せている。
ちなみに二人ともフェーネと同じテーブルにいる。
それにしても警告を受けたばかりなのにユウカを茶化すなど迂闊にも程がある。
しかも、彼女の手が届く範囲でときている。
二重の意味で迂闊だ。
生存本能がぶっ壊れているとしか思えない。
「茶化したら死ぬわよ?」
「わ、わわ、割と、しゃ、洒落にならないダメージを受けたと思うみたいな」
フジカは脂汗を流しながら言った。
治癒、と自分を治療する。
「回復魔法って便利ね?」
「えへへ、そこまで便利じゃないですみたいな」
ユウカが指を鳴らしながら言うと、フジカは愛想笑いを浮かべた。
殺されないように必死だ。
その時、シェリーがカウンターから声を掛けた。
「ユウカさん、私の店で殺人は勘弁してもらえませんかね」
「三人も死んでるんだから今更でしょ」
「強盗が死ぬのとお客さんが死ぬのは違いますよ」
ユウカの言葉にシェリーは溜息交じりに応じた。
「…………それもそうね」
「返事まで時間が掛かったことに恐怖を覚えるみたいな」
「あたしが怖いなら口を慎みなさい」
ちッ、とユウカは舌打ちした。
「ま、マコトさん、リーダーとして一言お願いしますみたいな」
「自分で蒔いた種なんだからきっちり自分で収穫しなさいよ」
「自分で収穫できそうにないみたいな」
フジカがマコトに助けを求めるが、答えたのはユウカだ。
「マコトさん?」
「ユウカはこういう生き物だから諦めろ」
「そんな~」
「こういう生き物って何よ!?」
マコトの突き放すような物言いにフジカが情けない声を上げ、ユウカが声を荒らげた。
「野生動物と一緒だ。距離を保て」
「それでも、襲われたらどうするのみたいな?」
「戦うか、防御姿勢を取るか好きな方を選べ」
「ぐッ、好き放題言ってくれるわね。マジでムカつくんだけど」
ユウカが口惜しげに呻き、マコトは立ち上がった。
「ちょっと! 逃げる気?」
「久しぶりのダンジョン探索で疲れてるんだよ」
あらあら、とシェリーが笑う。
なんだかんだと、いいコンビなのだろう。
「分かったわ。今日は許してあげる。でも、覚えてなさいよ」
「へいへい、分かったよ」
「その言い方は何よ!」
マコトが歩き出すと、ユウカがイスから立ち上がる。
「いちいち突っ掛かってくるなよ」
「だったらちゃんと配慮しなさいよ。あたしは女子高生よ。繊細なの」
「俺だってそうだよ」
「は!? おっさんの何処が傷付きやすいのよ?」
「お前より長生きしてる分、傷付きやすいんだよ。俺を労れ」
「それでもプロの社畜なの?」
「社畜が務まらなかったから異世界で冒険者をやってるんだよ」
ユウカとマコトはぎゃーぎゃー言いながら階段を登っていった。
しばらくして静かになり、階段を登る音が響く。
どうやら二階で分かれたようだ。
フジカは溜息を吐き、イスから立ち上がった。
「私も寝るみたいな」
「お休みなさい」
「お休みなさいみたいな」
シェリーに挨拶を返して階段を登っていく。
ローラが立ち上がる。
「では、私は帰――」
「待つッス」
「は? はぁ……」
フェーネが声を掛けると、ローラは困惑したような表情を浮かべながら座り直した。
「どうかしたのかよ、痩せ狐?」
「痩せ狐じゃないッス、この脳筋」
フェーネはリブに言い返し、居住まいを正した。
空気を読んでくれたのか。
リブとローラも居住まいを正す。
「作戦会議が必要ッス」
「何だ、そりゃ?」
「おいらが兄貴と結ばれるための作戦会議ッス!」
バンッ、とフェーネはテーブルを叩いた。
「シェリーさんも席に着くッス!」
「私は食器を洗わなきゃならないんですけどねぇ」
シェリーは溜息を吐きながらカウンターから出た。
テーブル席に歩み寄ってフェーネの隣に座る。
なんだかんだと付き合いがいい。
だからこそ、店を続けられるのだろう。
フェーネは静かに口を開いた。
「第一回おいらが兄貴と結ばれるための作戦会議を開催するッス」
「お~!」
「……お~!」
リブが手を打ち鳴らし、ローラも一拍置いて手を打ち鳴らした。
睨み付けると、手を打ち鳴らすのを止める。
フェーネが真剣だと気付いたからではないだろう。
多分、面倒臭いとかそんな理由だ。
「会議をするってのは分かったけどよ。本当に何もなかったのかよ?」
「ぐッ、だから、そう言ったッス」
リブが身を乗り出して言い、フェーネは呻いた。
「なんで、そんなことを聞くんスか?」
「いや、マコトは意思が弱ぇからよ。ぐいぐい攻めりゃ何とかなると思ったんだよ」
「「あ~」」
リブの言葉にシェリーとローラが声を上げる。
二人とも思い当たる節があるようだ。
ぐッ、とフェーネは再び呻いた。
危機感、いや、焦燥感を覚える。
自分の方がマコトと先に出会っていたのに先を越されているのだ。
さらにレベルが上がらなくなっている。
それで放り出されるようなことはないと思うが、甘えては駄目だ。
マコトの傍にいるために全力を尽くすのだ。
「で、本当に何もなかったのか?」
「本当に何もなかったんスよ!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて下さい」
フェーネが声を荒らげると、ローラが割って入った。
流石、盾役だ。
状況判断が速い。
「他に三人もいたんですからいい雰囲気にならないのは仕方がありません」
「そりゃエロい雰囲気にはならねぇだろうけど――」
「随分、露骨な言葉を使いますね」
「気取ってどうすんだよ」
ローラが言葉を遮ると、リブは溜息交じりに言った。
「まあ、エロい雰囲気にはならねぇだろうけど、視線を感じたことくらいあるだろ? あたいの時はなんだかんだと胸を見てきたぜ」
「「ぐッ……」」
フェーネとローラの声が重なる。
すると、リブは勝ち誇ったような笑みを浮かべて胸を張った。
胸が揺れる。
意識せずにはいられない揺れだ。
羨まし、いや、あれは贅肉だ。
羨ましくなんかない。
「……ないッス」
「ないです」
フェーネがぼそりと呟くと、ローラが後に続いた。
仲間がいるのに気が休まらないのは何故だろう。
「いい雰囲気にもならなかったのか?」
「ならなかったッス。むしろ……」
「むしろ?」
「フジカの方がいい雰囲気になってたッス」
うぐぐ、とフェーネは呻いた。
自分はこんなに頑張っているのにフジカはあっさりといい雰囲気になっているのだ。
根がお嬢様なので空気を作るのが上手いのだろうか。
恐るべき能力だ。
羨ましい。
本当に羨ましい。
リブがぼりぼりと頭を掻く。
「しばらく様子を見た方がいいんじゃねーか?」
「それで、先を越されたらどうするんスか?」
「どっちが先かなんて関係――」
「あるッス! 関係あるッス!」
フェーネはリブの言葉を遮り、バシバシッとテーブルを叩いた。
「どんな?」
「女としてのプライドが傷付くッス」
フェーネが拳を握り締めて言うと、リブは面倒臭そうな顔をした。
「フォックステイル族は変な所でプライドが高ぇな」
「死に急ぎのバイソンホーン族に言われたくないッス。とにかく、おいらと兄貴が結ばれるためのアイディアを出して欲しいッス」
「あたいは思い付かねぇな。つか、考えてどうにかなるもんじゃないんじゃねーか?」
「ぐぬぬ、役に立たないッス」
「……お前と話してると、あたいも相当なお人好しだなって思うぜ」
リブが溜息を吐き、ローラがおずおずと手を上げた。
視線を向け、しげしげと眺める。
少し頼りないような気もするが――。
「どうぞッス」
「デートなんてどうでしょう?」
「デートッスか」
「はい! 以前、知り合いがデートをすると距離が縮まるって言ってましたッ!」
う~ん、とフェーネは唸った。
すると、ローラは訝しげに眉根を寄せた。
「どうして、唸っているんですか?」
「デートの経験はあるッスか?」
「ありません」
「そうッスか」
ローラが自信満々に言い、フェーネは溜息を吐いた。
伝聞ということもあってますます頼りなく感じる。
パンッと音が響く。
シェリーが手を打ち鳴らしたのだ。
「いいですね、デート」
「経験はあるんスか?」
「家の手伝いもあったんで、デートというほど大したものじゃないですけどね。いつも顔を合わせているのに新鮮な感じがしていいものですよ」
シェリーは苦笑じみた笑みを浮かべて言った。
誰とデートしたのか気になったが、尋ねはしない。
聞かぬが仏というヤツだ。
う~ん、とフェーネは再び唸った。
シェリーに言われると悪くないような気がしてくる。
「じゃあ、デートをする方向で――」
「私の時と反応が違いませんか?」
フェーネの言葉をローラは遮って言った。
「それは仕方がないッス。女子力の違いッス」
「……女子力」
ローラは呻くように言い――。
「で、でも、私だってそれなりに料理とか――」
「サバイバルスキルは女子力と似て非なるもんス」
「ぐッ……」
ローラは女子力の高さをアピールしようとするが、フェーネの言葉に呻いた。
確かユウカにも同じことを言われていたはずだが、認められなかったのだろうか。
リブがローラの肩を叩く。
「何でしょう?」
「お前もお人好しだなって思ってよ」
「そう、いえ、そうですね」
ローラは深々と溜息を吐いた。
「さあ、次はデートのプランッス!」
は~、とリブとローラは深々と溜息を吐いた。
※
深夜――フェーネ達は作戦会議を終えて階段登る。
一階からガチャガチャという音が響いてくる。
シェリーが皿を洗う音だ。
手伝いを申し出たのだが、疲れているでしょうからと断られてしまった。
そういう所がマコトを引きつけるのだろうか。
「じゃあな、痩せ狐」
「痩せ狐じゃないッス、脳筋」
「あたいも脳筋じゃねーよ」
階段を登りきってリブと軽口を叩いていると、ふぅ~という音が響いた。
ローラの溜息だ。
夜も遅いので『黄金の羊』亭に泊まることになったのだ。
夜は物騒だが、今の彼女と互角に戦える者は殆どいない。
多分、心理的なものだろう。
「お休みッス」
「……はい、お休みなさい」
ふぅ、とローラは溜息を吐き、三階へと向かった。
「お前もとっとと寝ろよ」
「分かってるッス」
リブが頭を掴もうと手を伸ばしてきたので払い除ける。
「お休みッス」
「ああ、お休み」
フェーネは挨拶を交わすと自分の部屋――202号室に向かった。
元はユウカが借りていたが、宿を引き払った時に移動したのだ。
部屋に入り、施錠を確認して奥へと進む。
装備を外して机の上に置き、ベッドに倒れ込んだ。
どっと疲労が押し寄せてくる。
シャワーを浴びなければと思うが、疲労感と眠気の方が強い。
目を閉じ――夢を見る。
夢を見ている。
東国で生まれた少女の夢だ。
マズい。これは葛葉の夢だ。
どうして、自分が――いや、理由は分かっている。
自分にはマコトとの繋がりがあるし、同じ種族だ。
夢で繋がっても不思議ではない。
目を覚まさなければと思うが、その方法が分からない。
その間にも夢は進んでいく。
ああ、マズい。
王太子に一目惚れしたこと。
必死に努力して宮廷に上がったこと。
近くにいられるだけで満足していたこと。
やがて、それだけでは満足できなくなったこと。
さらに近づこうと努力して才能に叩き潰されたこと。
本当にマズい。
彼女に共感してしまう。
だが――。
「優しくしてくれた人を陥れるのはよくないッス」
フェーネは呟いて目を開けた。
ベッドに突っ伏したまま視線を巡らせる。
どうやら目を覚ますことができたようだ。
「兄貴はどうしてるんスかね」
フェーネは体を起こすとベッドから下りた。
熱に浮かされたみたいに頭がボーッとする。
まだ夢の影響が残っているのだろうか。
ふらふらしながら廊下に出て、マコトの部屋――201号室に向かう。
扉を叩く。こんな夜更けに迷惑じゃないかと思ったが、今更だ。
しばらくして扉が開いた。
「……どうしたんだ?」
「い、いや、変な夢を見たんス」
「あ~、フェーネもか」
「兄貴もッスか?」
ああ、とマコトは頷き、頭を掻いた。
「キングの時も、フトシの時も夢を見たんだが、二度ってのはなかったな」
「そうッスか。ちょっとお話ししていいッスか?」
「いや、今は――」
「いいッスか?」
「……ああ、分かった」
フェーネが尻尾をいじりながら言うと、マコトは頷いた。
扉を大きく開き、中に入れと言うように顎をしゃくる。
「お邪魔しますッス」
ぺこりと頭を下げて部屋に入る。
扉が閉まる音と施錠する音が響く。
心臓の鼓動が速まる。
やはり、マコトも自分と同じなのだ。
フェーネは細い廊下を抜けると、ベッドに腰を下ろした。
「あ、兄貴も座って欲しいッス」
「あ、ああ……」
マコトはフェーネの隣に腰を下ろした。
落ち着かないらしく体を揺すっている。
もっとも、それは自分も同じだ。
太股を摺り合わせてしまう。
無言のまま時が過ぎ――その夜、フェーネは尾が三本になった。





