Quest36:新生ダンジョンを攻略せよ その5
「兄貴、朝ッスよ」
マコトが目を開けると、フェーネが顔を覗き込んでいた。
視線のみを動かして周囲を確認する。
メアリ、アン、フジカは輪になって朝食を摂っている。
まだ大丈夫そうだ。
「……あと十分」
そう言って、マコトは再び目を閉じた。
「兄貴、朝ッス! 目を覚まして欲しいッス!」
「……」
フェーネがゆさゆさと揺する。
起きなければならない。
それは分かる。
だが、だがしかし、もう少し寝ていたい。
「あ~、に~、き~ッ!」
「……分かった」
揺れが激しくなり、根負けして体を起こす。
すると、フェーネがおしぼりを差し出してきた。
「どうぞッス」
「ありがとよ」
「当然ッス」
ふふん、とフェーネは得意げに鼻を鳴らした。
おしぼりを受け取り、顔を拭く。
冷たく、意識がシャキッとする。
「目が覚めたッスか?」
ああ、とマコトは頷き、首を左右に捻った。
「久しぶりにダンジョンで寝たせいか首が痛ぇ」
「その割にぐっすり眠ってたッスね」
「寝付きはいい方なんだ」
もう一度首を捻り、立ち上がる。
毛布を畳もうとすると、フェーネが口を開いた。
「ここはおいらに任せて食事をして欲しいッス」
「悪ぃな」
「いいってことッス」
そう言って、フェーネは嬉しそうに毛布を畳み始めた。
マコトは頭を掻きながらメアリ達――メアリ、アン、フジカのもとに向かった。
「「マコトさん、おはようございます」」
「……おはようございます」
メアリとフジカは元気よく、アンは怠そうに言った。
「おはよう」
「マコトさん、どうぞ」
フジカの隣に座る。
すると、彼女はカップとパンを差し出してきた。
カップの中にはスープが入っている。
夕食の残りだろう。
ああ、いや、ダンジョンの中なので本当に夕食か分からないが――。
「ありがとう」
「それほどでも――」
「温めたのはおいらッスよ」
地の底から響くような声がフジカの言葉を遮った。
フェーネの声だ。
「失礼するッス」
フェーネがマコトとフジカの間に座る。
いや、ぐいぐいと割り込んできた。
フジカは微笑ましそうに笑っている。
気分を害するかと思ったのだが――。
フェーネを呼ぶ時はちゃん付けだし、多分ライバルと認識していないのだろう。
「フジカ、魔力は回復したか?」
「ばっちりだし!」
マコトが尋ねると、フジカは拳を握り締めた。
カップを口元に運び、スープを飲む。
「メアリとアンはどうだ? 体調は悪くないか?」
「ちょっと体が痛いですけど、大丈夫です」
「……少し怠いですが、問題ありません」
そうか、とマコトは頷き、三人――メアリ、アン、フジカを見つめる。
顔色は悪くない。
嘘ではないようだ。
なら――。
「今日は第二階層に進む。もちろん、問題があると判断すればすぐに引き返す」
「了解です」
「……異議はありません」
「問題ないし」
マコトの言葉に三人が頷いた。
「フェーネはどうだ?」
「賛成ッス。けど、戦い方はどうするんスか?」
「戦い方か」
マコトは小さく呟いた。
メアリとアンに経験を積ませ、フジカの戦闘スタイルを確立する。
それがダンジョン探索の目的だ。
だが――。
「昨日はフジカが魔力切れを起こしたッスからね」
「ううッ、申し訳ないし」
「責めてる訳じゃないッス。けど、第二階層に下りたら敵が強くなるはずッス。それなのに昨日と同じ調子で進んでいいものかと思ったんス」
フジカが肩を窄め、フェーネが意見を口にした。
もっともな指摘だ。
「第一階層と同じアンデッドが出れば問題ないんだが、今考えておくべきだな。第二階層に下りてから相談するなんて事態は避けてーし」
けど、と続ける。
「その前にレベルを確認しておきたいんだが……」
「私はレベル8になりました」
えへん、とメアリは胸を張って言った。
当然か。探索前はレベル3だったのだ。
誇らしい気分にもなるだろう。
アンに視線を移す。
「……私はレベル10です」
え!? とメアリが驚いたように声を上げた。
「……モンスターハウスで沢山のゴーストを討伐しました」
「ああ、そうよね」
メアリがしょんぼりとした様子で呟いた。
二人ともマコトの張った結界の中から攻撃していたので、これは単純にリーチの差だ。
「レベル8と10ッスか」
「フェーネちゃんの気持ちは分かるし。たった一日でこんなにレベルアップされると羨ましくもあり、寂しくもありみたいな」
「違うッス」
フジカがしみじみとした口調で言い、フェーネはちょっとムッとしたように言った。
「何が違うのみたいな?」
「レベルが上がっても駆け出しであることには変わらないッス。考えて立ち回らないと使い潰されるッスよ」
フジカの質問にフェーネは何処か拗ねたような口調で答えた。
そんなことを言いながら多少は危機感を抱いているのだろうか。
マコトに擦り寄ってくる。
「まあ、そうだな。レベルが高くても世間知らずってのはマズい。俺達にはフェーネっていう頼りになる仲間がいるが、メアリとアンにはいないからな」
「兄貴、誉めすぎッスよ」
マコトが頭を撫でながら言うと、フェーネは謙遜した。
だが、背後から風を感じる。
フェーネが尻尾を振っているのだ。
「俺もできるだけ相談に乗るつもりだが、自分達でも気を付けてくれ」
「分かりました」
「……肝に銘じます」
メアリとアンは神妙な面持ちで頷いた。
「話が横道に逸れちまったが、第二階層の進み方だ。第一階層よりも敵が強いって前提で……連携して戦う感じで進みたいと思う。それでいいか?」
「異議なしです」
「……異論はありません」
視線を向けると、メアリとアンが頷いた。
やや間を置いてフジカが口を開く。
「指示はマコトさんでOKみたいな?」
「ああ、俺が指示する」
「なら問題ないし」
フジカは胸に手を当て、ホッと息を吐いた。
「フェーネはどうだ?」
「おいらも異存ないッス」
「飯を食ったら出発だな」
マコトはパンを頬張った。
※
マコト達は食事を終えると休憩所として使っていた小さな空間を出た。
前衛がマコトとメアリ、中央はアンとフジカ、後衛はフェーネだ。
敵を警戒しながら通路を進む。
無言で進み――。
「敵がいないですね」
メアリとぽつりと呟いた。
「……油断は禁物です」
「分かってるわよ」
アンが窘めると、メアリは拗ねたように唇を尖らせた。
さらに進むと、開けた空間に出た。
中央には第二階層に続く縦穴がある。
足下を見る。
穴の縁に打ち込まれた金属の杭が目に留まった。
金属の杭からはロープが垂れている。
「俺達が一番乗りって訳じゃないみたいだな」
「ん? そうッスね」
フェーネが金属の杭に視線を向け、マコトは縦穴を覗き込んだ。
横穴――通路は一つだけだ。
首筋は痛まない。
敵はいないはずだが、油断は禁物だ。
ゴーストが壁などに潜んでいた場合、気配探知は上手く機能しない。
「……ゾンビが出そうだな」
「まあ、そうッスね」
「ゾンビなら問題ないです」
フェーネが相槌を打ち、メアリがポールハンマーを握り締める。
頼もしいと言いたい所だが――。
「いや、油断するべきじゃない。ゾンビには二種類いる。フレッシュなゾンビとジューシーなゾンビだ。フレッシュなゾンビは――」
「今更だけど、すごい言葉のチョイスだし」
マコトの言葉を遮り、フジカが呻くように言った。
「フレッシュなゾンビは走るからな。気を付けろ」
はい、とメアリ、アン、フジカの三人が頷いた。
「念のため俺が先行する」
「いえ、私が行きます」
マコトが宣言した直後、メアリが名乗りを上げた。
「なんでだ?」
「経験を積んでおきたいんです」
なるほど、とマコトは頷いた。
階層間を移動する時は無防備な姿を曝すことになる。
最も警戒すべき時だ。
骸王のダンジョンではそれで死にかけた。
となればマコトという保険がある状態で経験を積みたいと考えるのも道理だ。
「駄目でしょうか?」
「リスクは避けたいが……。分かった。やってみろ」
「ありがとうございます!」
却下されると考えていたのだろう。
メアリは嬉しそうに声を弾ませた。
「兄貴、いいんスか?」
「さっきも言った通り、リスクを避けたいってのが本音だ。けど、本人が危険を承知の上で経験を積みたいって言ってるんだ。やらせるべきだろ」
「そうッスね」
「もちろん、バックアップはするけどな」
兄貴、とフェーネは微笑んでいるような、困っているような表情を浮かべた。
仕方がないな~とでも思っているのだろう。
「フェーネは背後からの襲撃を警戒、アンとフジカはバックアップだ。俺はいつでも飛び降りられるようにしておく」
「「「了解!」」」
「了解ッス」
メアリ、アン、フジカの三人は元気よく、フェーネは気負った様子もなく返事をした。
とはいえすぐに下りるという訳にはいかない。
アンがポーチから紐を取り出す。
「……メアリ、紐でポールハンマーを体に縛り付けましょう」
「手伝って」
「……もちろんです」
メアリはアンの手を借り、ポールハンマーを体に縛り付けた。
さらに――。
「……ナイフは持ってきましたか?」
「私はそこまでうっかりしてないわよ」
メアリは拗ねたように唇を尖らせ、腰の辺りを叩いた。
そこにあったのは鞘に収められたナイフだ。
きちんとバックアップ装備を持ってきたようだ。
「……剣の方がよかったかも知れませんね」
「そうだけど……。動きづらくなっちゃうし」
メアリは小さく溜息を吐いた。
なるほど動きやすさを優先してバックアップ装備を選んだということか。
ちゃんと考えているようで安心する。
「じゃあ、行ってきます」
「気を付けろよ」
はい! とメアリは元気よく返事をして金属の杭から垂れたロープを掴んだ。
ゆっくりと――危なっかしい動作で第二階層に下りていく。
アンとフジカは穴の縁からメアリを見守っている。
「敵にも注意な」
「……はい」
「分かったし」
マコトの言葉にアンは弓を構え、フジカは錫杖を握り締めた。
フェーネは、と背後を見る。
彼女は壁の陰に隠れて襲撃を警戒している。
こういう所がベテランと駆け出しの差なのだろう。
マコトは再び縦穴に視線を戻した。
すると、メアリが穴を下りきった所だった。
首筋がチクッと痛む。
「敵だ!」
「――ッ!」
マコトが鋭く叫ぶと、メアリは紐を解こうとした。
だが、紐が固く結ばれているのか、それとも焦っているからか。
なかなか解けない。
ようやく紐が解ける。
その時だ。
「オオオオッ!」
ゾンビが雄叫びを上げて横穴から飛び出してきた。
フレッシュなゾンビこと走るゾンビだ。
走るゾンビと遭遇するのは初めてなのだろうか。
メアリがポールハンマーを取り落とす。
カラーンという音が響き渡る。
甲高く、不快な音だ。
メアリは動きを止めている。
ポールハンマーを拾うべきか、ナイフを抜くべきか迷っているのだ。
その間にもゾンビはメアリとの距離を詰めている。
アンは動けない。
メアリとゾンビの距離が近すぎるせいだ。
ゾンビのスピードを想定していれば、射線のことを考えていれば援護できただろう。
「おおおッ!」
ゾンビがメアリに掴み掛かろうとしたその時――。
「昇天!」
フジカが魔法を放った。
ゾンビが動きを止め、派手に転倒する。
幸いにもというべきか。
メアリは巻き込まれなかった。
ゾンビは倒れたまま動かない。
メアリがポールハンマーを拾い上げる。
すると、ゾンビが起き上がろうとした。
「――ッ!」
メアリは息を呑み、それでも、ポールハンマーを振り下ろす。
生々しい音が響く。
ポールハンマーが肉を潰し、骨を砕く音だ。
だが、起き上がろうとしている。
頭部を捉えられなかったせいだ。
「メアリ!」
「――ッ!」
マコトが叫ぶと、メアリはポールハンマーを構え直した。
ポールハンマーを振り上げ、一気に振り下ろす。
今度は見事に頭部を捉えた。
ゾンビの頭部が陥没し、力尽きたように倒れ伏す。
メアリはポールハンマーを構え直した。
視線はゾンビが飛び出してきた横穴に向けられている。
「敵は?」
「見える範囲にはいません!」
マコトが声を掛けると、メアリは大声で答えた。
「……次は私が行きます」
「分かった」
アンが名乗りを上げ、マコトは頷いた。
彼女はベルトに弓を固定するとロープを掴んだ。
装備が軽いからか、それとも慣れているのか。
危うげなく下りていく。
第二階層に到達し――。
「……どうぞ!」
アンが叫び、マコトはフジカに視線を向けた。
「頑張れよ」
「錫杖が……」
「OK、錫杖は俺が持って下りる」
フジカが呻くように言い、マコトは溜息交じりに応じた。
「お願いしますみたいな」
ああ、とマコトは頷き、フジカから錫杖を受け取った。
フジカがロープを伝い、第二階層に下りていく。
途中、ヒヤッとする場面があったが、何とか無事に下りきる。
「フェーネ!」
「おいらの番ッスね」
マコトが名前を呼ぶと、フェーネは駆け寄ってきた。
ロープを掴み、あっという間に下りてしまった。
「兄貴、いいッスよ!」
「分かった」
下からフェーネの声が響き、マコトは穴に向かって跳躍した。
地面がぐんぐん近づいてくる。
軽い衝撃が足に伝わり、錫杖が音を立てる。
メアリ、アンがぎょっとした顔でこちらを見ている。
「今のは真似しちゃ駄目みたいな」
「そうッスね」
フジカがメアリとアンに視線を向け、フェーネが頷く。
錫杖を持っていたから飛び降りたのだが――。
いや、言うまい。
「フジカ、錫杖」
「ありがとうございますみたいな」
マコトはフジカに錫杖を返し、横穴を見た。
通路が一直線に伸びている。
「隊列を組み直して進むぞ」
「「「了解ッ!」」」
「了解ッス」
メアリ、アン、フジカが元気よく、フェーネがいつもと変わらぬ口調で返事をした。





